次代
「あの、ホテル王さんから紹介されたんですが、夜香 蘭さんは、こちらですか?」
それは、瓶底眼鏡をかけ、やぼったい服装の女性だった。
「はい。先生の名前が、夜香 蘭です。占いをご希望されますか? 何かご相談ですか?」
「どう違うんですか?」
「ご相談だけなら、基本料金の1万円だけです。占いは、年収の1%の料金で、あなたの過去や未来を見ます」
「占いかもしれないけど、とりあえず相談で」
「かしこまりました。1万円お預かりいたします」
そして渡してきたのは、伊藤博文の千円札を2枚だった。次に渡してきたのは、新渡戸稲造の五千円札、次に首里城の弐千円札、岩倉具視の五百円札、そして他に細かいのが無かったのか、最後に聖徳太子の壱万円札。なぜか全てピン札だ。
「す、凄い、旧札、初めて見ました! もし可能なら、僕のお札と交換して貰えませんか?」
受付にいる若い助手の男性は、生まれる前に発行された札に目を輝かせていた。
「良いですよ。まだありますけど、他にも取り替えますか?」
「可能な限り!」
合計で10万円近くあったらしく、他の助手から、明日返すからと言って現金を借りていた。
「うわー。嬉しい! 僕も、僕の兄も、古銭とか集めるの好きで、家に帰ったら、自慢したあと、兄と分けます!」
「あ、分けるんですか。良い兄弟ですね」
微笑ましそうに笑っていた。
蘭のところに案内されて来て、少し笑ったままの客に、蘭がお詫びを伝えた。
「ご面倒をお掛けしたみたいで、申し訳ございません」
「いえいえ、あんなに嬉しそうにされたら、持ち出した甲斐が有ります。最近自分でお金の受け渡しをすることが少なくて、タンスの奥のお金を久しぶりに出してきました。新しい壱万円札は、なんだか斬新なデザインなんですね」
「新札に変わってから、お札を使用されていなかったのですか?」
「支払いには旧札でも払えますし、お釣りはほとんど硬貨だったので、特に新壱万円札を手にする機会がありませんでした」
確かに、お釣りで壱万円札は渡されない。
「今日は、どのようなご相談ですか?」
「はい。私の能力を、誰に相続させれば良いか、相談させてください」
その女性は、分厚いレンズの眼鏡を外した。すると、見たこともないような不思議の色の瞳が現れた。透き通った黄緑色に見える瞳は、宝石のように美しい。
「私の能力は、植物の育成です」
「あ、貴族の方なのですね。存じ上げずに申し訳ございません」
「いえいえ、先日の集まりに欠席しましたので、今日、ご挨拶できればと思いまして。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
結局、占いで運命を見ることになり、蘭は衝撃的なこの女性の未来を見た。
次代に能力を譲る約束をした後、畑の土に埋まり、植物に変化し、そこに生った実を食べることによって、次代の主が決まるのだ。植物に関する全ての記憶が継承されるらしい。この能力は、仮当主が存在しなく、本当主になるしかないようだ。
生き埋めを見て、蘭の顔色が悪くなる。
「あ、あの、譲り方については、ご存じなのですか?」
「はい。あ、埋まるのを見ちゃったんですか?」
「ええ、ご存じなのですね。……みいちゃんと呼ばれる女児が、『お婆ちゃんの実』と言いながら食べていました」
「あ、玄孫なんですね。なるほど、子供たち、孫たちにあたってみても反応がないわけだわ」
蘭のところに相談に来たのは、次代の捜索に行き詰まったのだろう。
「あと、あなただった木は、もう1つ実をつけ、多分一般人の若い男性が食べました」
「あ、予備当主ですね」
「予備当主ですか?」
「夜香さんのところだと、仮当主ってあるでしょう? それと同じようなもので、本当主が継ぐまでの中継ぎです。次代へ引き継ぐ能力はなく、本当主が覚醒するまで農業指導などをします」
本当主が覚醒するまでと聞き、蘭は、恐る恐る尋ねてみた。
「本当主が覚醒したらどうなるんですか?」
「何年もかけて徐々に知識がなくなるそうですが、大体本当主と結婚しますね」
「消えてなくなったりしないのですね」
「夜香さんのところは、一掃ですものね」
「ええ」
夜香家の本当主の誕生は、仮当主を全て滅する。貴族の中では知れたことのようだ。
他の貴族は違うのかと、蘭は少しホッとした。大事な人を生け贄に使う儀式は、2度としたくない。
蘭は知らないが、本来、夜香家は、母親を贄に本当主を引き継ぐのだ。子を生んだ時点で寿命が縮むのだから、覚悟の上である。いつの時代かの当主が、次代に本当主を引き継がずに仮当主のままで、蘭の親の代まで来たのだろう。ちなみに仮当主は、人以外を贄に使うが、定期的に繰り返し儀式を行う必要がある。
夜子も、凛が成人して暫くして落ち着いたら、本当主の儀式をするつもりでいたが、凛が成人する前に、夫に謀られたのだった。そんな世界線があれば、蘭は、いつまでも幸せだったかもしれない。
「夜香さん、今日は助かりました。私の年収って、お金としてはほとんど無いので、うちで扱っている農作物をあとでお屋敷に届けますね」
「ありがとう存じます。私こそ、勉強になりました」
「玄孫はまだ幼稚園にも入っていないので、次回もどこかでお会いしましょう」
「はい。楽しみにしております」
受付で、年収の1%にあたる、12000円になるように、2000円を払って帰っていった。現金としての収入は、120万円しかないらしい。食品も衣類も紙も、植物を操るので困らない。その他の肉や魚は、お礼に誰かが持ち込み、家の維持は既に孫夫婦がしており、現金が必要なのは、お年玉くらいなのだ。




