認証
「又会ったな」
「どうされました?」
フリー受付の時間帯に、先日の貴族の集まりで見かけた男性が訪ねてきたのだ。
「本当主になってみようかと思って、相談に来た」
「年収の1%お支払いただきますけど、よろしいのですか?」
さっと軽く見たところによると、不労所得が凄そうなのだ。
「1億円くらいだろう? 問題ない」
「質問1つにつき、ですが」
「本当主になることによる弊害や利点を聞くだけだ」
目的がはっきりしているらしい。
「かしこまりました。あなたの年齢は75歳、現時点での寿命は87歳。本当主になることで得られる寿命は、1段階目が250年前後。見た目は、人間の30代くらいに変わります。力については、2~3解放されるようです。弊害に当たるかはわかりませんが、同人物と認識されなくなります。指紋認証や、虹彩認証も利かなくなります。事前の通達が必須です。可能な限り、パスワード入力や、鍵などの物理的な方法へ変更が必要ですわね」
「成る程、見た目が変わるのは文献で知っておったが、現代の対処法として、認証システムの対応か。ありがとう全く思い至らなかった」
「お役に立てたようで、良かったですわ」
「他に貴族が来たことはないのか?」
「本来ならもう1つの質問になりますが、私、貴族の見分け方を習っておりませんの。妹を仮当主にしていたことでもお分かりになられるかもしれませんが、両親が亡くなった7歳頃、つまり10歳になる前に放逐されまして、夜香家には19歳の時に、私を拾って育ててくださった恩人を助けるために戻りました。そして騙されて当主になりましたので、本来なら勉強するはずの期間に、貴族の教育を受けておりません」
貴族としての教育は、10歳~20歳頃まで行う。20歳より前に本当主や仮当主になる必要がある場合、保護者の立場の人が後継人になる。その後継人のシステムを悪用し、叔父は蘭を支配しようとしていた。
「成る程、そういった経緯があったのか」
「代わりに一般教育を受けましたので、炊事、洗濯、掃除、手芸、洋裁などの家事は何でもできましてよ」
実は、蘭の着ている衣装は、蘭の手作りである。
「それは頼もしい。ホッホッホッ」
「時間があり余るので、趣味は多い方が楽しく過ごせましてよ」
「あー、長い時間を過ごすための趣味か。何か考えよう。今日は大変有意義であった」
満足して帰っていった。受付に置いていった現金は、2億5000万円有ったらしい。
「先生、今の人、250億円年収があるんですか!?」
「さっと見た感じだと100~120億円でしたわね。1部、法人化していないみたいですわね」
「金持ちって、居るところには居るんだなぁ」
「大入り袋を出したいところですが、制服でも揃えましょうか?」
助手たちは、そもそも蘭が雇っているわけではないので、給与の上乗せもありえない。
「どんな服ですか?」
「アロハシャツか、かりゆしウェアのような上着と、パンツ、もしくは、ノースリーブのワンピースかしら?」
「良いですね! いつ買いに行くんですか?」
「明日にでも、布を選びましょう」
「布?」
「ええ、皆さんお好きな柄がよろしいでしょう?」
「仕立てるんですか?」
「そのつもりよ。着替えられるように、2~3柄選ぶと良いわ」
助手は、話が少し噛み合っていないことに気がついた。
「えーと、一応聞きますが、誰が作るんですか?」
「作りたい方がいらっしゃるの? そうでなければ、私が作りましてよ」
「先生、洋裁もできるんですか!?」
「私が着ている洋服は、全て手作りでしてよ。和裁は、浴衣までしか作ったことがないわ」
「浴衣も作れるんですね……」
「浴衣は、洋裁よりも簡単でしてよ」
助手としては、そう言うことではないらしい。
蘭は、サラサラとメモを書いた。
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◎制服の希望について◎
開襟アロハシャツ or 立ち襟かりゆしウェア風
上着の生地の番号(2~3種類選んでください)
合わせ Men's Lady's
希望のサイズ SS S M L XL XXL
長パンツ or サブリナパンツ or ワンピース
生地の色 紺 黒 茶 灰 白 水
希望のサイズ SS S M L XL XXL
パンツ丈
必要枚数
刺繍するお名前(本名の必要なし)
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「こちら、コピーして、皆さんに配っていただけますかしら?」
「はい!」
「明日にも生地の見本を揃えて参りますわ」
メモを見ながら助手が悩んでいた。わからないところがあるらしい。
「先生、サブリナパンツって、何ですか?」
「あら、今は何て言うのかしら? 7部丈くらいのパンツね」
「先生、扱いが楽なのはどっちですか?」
「アロハシャツもかりゆしウエアも、綿100%で作れば、アイロンが必須ですわね。レーヨンで作れば、そのままハンガーで干せば、大体まっすぐかしらね」
「問題は、生地なのか!」
制服の話をまとめ、次の仕事を待っていると、助手に尋ねられた。
「先生は先程の方のように、見た目が変わったりしたのですか?」
「そうね、自分で鏡を見る限り、19歳の時から変わっていないと思うわよ。各種認証系は、登録をしたことがなかったから、変化がわからないわ」
「え? 当時、スマホのロックとかどうしていたんですか?」
「スマートフォン自体存在していなかったわね。携帯電話すら、1部のビジネスマンが持っていただけで、学生時代から、私は1度も持ち歩いたことがないわ」
助手にしてみても、蘭がスマートフォンや携帯電話を使っているのを見た記憶がない。
「使わずに生活ができるものなんですねぇ」
「フラッと公園に日向ぼっこをしに行っても、呼び戻されなくて快適でしてよ。ふふふ」
「先生、それ一般人がしたら、仕事でクビになったりします」
「そう、残念ですわね」
蘭には、監視やお付きの者がたくさん居るので、携帯電話は必要ないのだ。
「先生は、指紋の登録とかしたこと無いんですか?」
「意識下では有りませんわね。知らぬ間に登録されていればわかりませんわ」
運転免許証すら持っていないので、何かを登録することがない。有るとすれば、過去に入院したことがあるので、血液型は判明しているが、今も同じとは限らない。




