日記
ある日、ふと思い出したことがあり、蘭は以前使っていた部屋の本棚の裏を見に行こうと思った。そこには隠し扉があり、小物をしまっておける場所がある。
この屋敷に戻ってからは、当主の部屋を使っているため、蘭が少女だった頃に使っていた部屋は、妹の凛が使っていたままになっており、片付けずそのまま手をつけていないのだ。
蘭がメイド服を着込み、掃除道具を持って廊下を歩いていると、黒猫がそっとついてきた。
「あなたは、本物の黒猫さん? それともお屋敷のどなたかかしら?」
「にゃー」
「皆さんには内緒にしてくださいね」
黒猫は返事をせずに行ってしまった。
蘭はそのまま以前の部屋に行き、掃除を始めた。30年は手付かずの部屋だ、さぞやホコリだらけだろうと考えていたのに、予想外に部屋は綺麗だった。雑巾は汚れないし、塵取りに塵も溜まらない。
「あら、これならお掃除しなくても大丈夫そうね、なら、本棚を退かしてみましょう」
子供の頃の勢いのまま、力いっぱい棚を押すと、本棚は勢い良く滑っていった。
バーン!
「あ、あ、力加減がぁ」
慌てて廊下に出て、誰も来ないかを確かめた。
「誰も来ないみたいね」
安堵して、本棚裏にある壁の扉を開け、中の物を取り出した。
オルゴールのついた綺麗な箱を開けると、母親から貰ったペンダントがそのまま入っていた。
「うわー、懐かしいわ」
猫目石のついたおしゃれなペンダントだ。イエローとブルーの2種類がある。
当時母が、「このペンダントは、大きくなったらつけて良いから、あなたにあげるわ。大事にしてね」といって、渡してくれた事を思い出す。
大きくなったから、つけて良いのかしらね。と、蘭は思い、黄色い猫目石のついたペンダントをつけた。青い猫目石のついたペンダントは、部屋に持っていこうとポケットにいれ、箱を元の場所に戻そうとすると、見覚えのない日記が入っている事に気がついた。大学ノートの表紙に日記と書いてある。箱を取るときには、見落としたらしい。
なにかしら? と、蘭はその日記を手に取り開いてみた。日常以外の、蘭に関係有りそうな所を読んでみる。
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○月○日
明日、とうとうお披露目式がある。10歳になんてなりたくなかった。お姉ちゃんはどうしていなくなっちゃったのかな。
○月○日
知らない大人がたくさん来て、みんなが私に頭を下げていった。変なの。お披露目式は、綺麗なドレスを用意して貰えたし、そんなに嫌じゃなかった。
○月○日
仮当主になるための試練を受けなきゃいけないらしい。怖いのと痛いのは嫌だな。
○月○日
不味い薬を飲まされて、真っ暗な部屋で、凄く臭いの変な煙の中で、動物を触って、その動物がだんだん冷たくなった。
○月○日
またあの儀式をしなきゃいけないらしい。もうやりたくない。お姉ちゃんはこれが嫌で、いなくなったのかな?
○月○日
儀式がどうしても嫌で、誰も来ない部屋に隠れて、お姉ちゃん助けてって、心の中で叫んだら、お姉ちゃんに会えた。でも、お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないって言ってた。
○月○日
お母様に、お姉ちゃんが生きているって言ったら、信じてくれなかったけど、お父様と何か話して、お母様は凄く怒っていた。
○月○日
お母様に頼まれて、お母様に生命エネルギーを渡してみたけど、あまりうまく出来なくて、怒られた。後で鏡をみたら、私がお姉ちゃんそっくりになっていた。
○月○日
お父様が、知らないお姉さんをつれてきた。このお姉さんの生命エネルギーを取ってみろと、お父様に言われた。私が近づいたら、「信子さん?」と聞かれた。
○月○日
お姉さんは、縛られたままで可哀想。お父様が、生命エネルギーを全部取る必要はないと言うので、少しだけ取るつもりだったけど、一気に減ってしまって、お姉さんがおばあさんに変わった。
○月○日
お父様が、買い物に連れていってくれると言うからついていったら、知らない優しそうなおばさんを捕まえて、こいつから生命エネルギーを取る練習をしてみろと言った。今回は少しだけ取ることに成功した。
○月○日
お屋敷に、格好良い男性が訪ねてきた。お母様がすぐに追い返したけど、お庭にいた私に声をかけてきた。話くらい聞けば良いのにと思って答えると、いきなり私の肩を掴んで、「神風君を困らせているのは君だろう?」と、訳のわからない事を怒鳴られて、怖くなって生命エネルギーを取っていったら、気がついたらミイラみたいになっていた。
○月○日
私は人間じゃないのかもしれない。お姉ちゃん助けて。もう、誰も傷つけたくない。
○月○日
お姉ちゃんがいる学校に行ってみた。お姉ちゃんは、お役目が嫌で逃げたんじゃなかった。捨てられたって言っていた。嘘つきは誰なの?
○月○日
お母様に本当の事を教えてと頼んだけど、お姉ちゃんが嘘をついているとお母様は答えた。嘘つきは誰なの?
○月○日
お父様が、お姉ちゃんの家に連れていってくれるというので行ったけど、お姉ちゃんはいなかった。そこにいた人に聞いてみたら、お姉ちゃんと同じことを言った。少しだけ生命エネルギーをとって怖がらせてみたけど、言うことを変えなかった。嘘つきは誰なの?
○月○日
助けてお姉ちゃん。もう嫌だ。
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日記はここまでだった。
蘭は、凛の苦悩を知って、心を痛めた。利用されただけの凛、血の繋がった妹。最後は、蘭の覚醒によって、仮当主の凛を滅してしまった。
だいぶ人の心を捨てた蘭だったが、精神的に幼い妹の心の叫びを今さら知り、心を痛めるのだった。
当時、蘭の通う大学の教員が夜香家を知っていたのは、蘭の提出した戸籍の書類に、本名が載っていたからだった。
部屋を出ると、屋敷の者に見つかった。外に待っていたらしい。
「当主、また珍しい物を」
「なにかしら?」
「そちらのペンダント、青い物はございませんでしたか?」
「あるわよ」
ポケットから取り出し見せた。
「有るのでしたら、青い方をご使用ください」
「何か違いますの?」
「黄色は、仮当主用でございます。青い瞳は当主のみですので」
何か不思議なことを言われた。
「青い瞳? とは、何ですの?」
蘭の瞳は、標準的な焦げ茶色だ。
「猫になったときの瞳の色でございます」
蘭は慌てて部屋に戻り、鏡の前で猫になってみた。そこには瞳の青い猫がいる。
「本当だわ!」
「ご存知なかったのですか?」
蘭は姿をヒト型に戻した。
「ええ、猫になって鏡を見る機会はなかったもの」
「100年を越え当主を続けると、ヒト型の時も瞳が青く変わります」
「黒髪には無さそうな組み合わせね」
蘭は、自分の真っ直ぐな黒髪を見ながら呟いた。
「この辺りでは珍しいかと思われますが、東欧などには居ります」
「そうなのね。100年越えたらか。あと70年近く有るわね」
「100年を越えると解放される力もございます。ご健闘をお祈り申し上げます」
「もう充分人間離れしているけど、更に人から遠ざかるのね」
蘭が少し寂しそうに呟いた。
「当主、人でありたかったですか?」
「わからないわ。でも、運命だとは思っているから、逃げたりはしないわ」
「我ら一同、何処までもお供いたします」
「ありがとう」




