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命を奪うと言うこと  作者: 葉山麻代
1章 ヒヤシンス
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受験

 16歳の時、人材派遣で呼ばれた先で、(らん)に良く似た少女を見かけた。彼女の名は、夜香 凛(やこう りん)(らん)の妹だ。ちゃんと生きていた。

 来月10歳になるそうで、お披露目の準備段階らしく、紹介しては貰えなかったけど、生きていることを確認できて(らん)は嬉しかった。


 妹の手を引いていたのは、(らん)を追い出した親戚だった。(らん)は顔を見られないように注意しながらその場をのりきった。

 妹は、体がとても弱いらしく、姉も幼い頃に急死していて、体が弱いのは血のせいだと噂されていた。


 あ、やっぱり、私は死んだことになっているのねぇ。(らん)は痛感した。


「ら、神風 信子(かみかぜ のぶこ)さん、帰りましょう」 

 (らん)と呼び掛けて、百合(ゆり)は言い直していた。

百合(ゆり)さん、フルネームで呼ぶ知人は、変です」

「だって、しっくり来ないのよね。信子(のぶこ)さんだと、(とび)さん呼んでるみたいだし、名字だけだと社長呼んでるみたいだし」


 今日は、受付をする綺麗どころを2人という依頼だったので、(らん)が駆り出されたのだ。条件が結構厳しくて、上流階級の客人に不快感を与えないことなどが、盛り込まれていた。

 あまりこういった依頼は多くなく、重い物を運ぶ人手や、作業者の依頼が多いため、今回出来そうなのが、秘書の百合(ゆり)(らん)くらいだったのだ。


「今までは、どうしていたんですか?」

「他社から借りていたわ」

「人材派遣会社に人材派遣!?」

「社長も断れば良いのに、基本断らないのよ」

「人相と違って、人が良いですものね」

「だからこそ、尚更らしいわよ」


 (らん)も勘違いしていた口なので、なんとも言えなかった。

 人相が、ザ悪役といった感じの上に、笑い方も、含み笑い。誰が見ても立派な悪役。お陰で、揉め事はすぐに片付く。


 仕事が終わって帰ると、社長がすまなそうにこちらを見た。

「ただいま戻りました」

「おかえり。今日はありがとう」

「この程度の事なら、いつでもおっしゃってください」

「でも、まだ未成年だし」

「16歳は、結婚も出来る年です。働くのは問題ありません!」

「そんな、大学までは、働かなくて良いよ」

「それでは、私は何も返せないではございませんか」

「大学を出て、立派になってくれれば、それで充分だよ」

 (らん)百合(ゆり)を目で探した。


百合(ゆり)さーん、何歳から働いていますか?」

「18ね。アルバイトは16からしてたわよ」

「なら、やはり私も」

(にしき)ちゃんの世代はそういう時代だったから」


「社長! アルバイト程度は、社会性を磨くためにもするべきです。それに、私、そんなに年食ってません!」

 実際、(にしき)百合(ゆり)は、20代のアラサーで、進学しなかったのは、家庭の事情だ。


「社内の物だけにしますので、私にもお仕事を下さい」

「うーん、そのうちにね」


 結局アルバイトはさせて貰えなかったので、勉強はしっかりしながらも、メイドの仕事の他、コックから料理も習い、いつでも嫁に行けそうな完璧な女性を目指した。


 この頃、(らん)には特殊な感覚が生まれ、妹がどこにいるのか分かるようになった。ふと、脳裏に妹の姿が写る。映像が引いていき、その場の全体が見え、そして消えるのだ。

 しかし、特に害もなく、疲れたりすることもないので、(らん)は誰にも相談もせず放置していた。

 高校生の年齢までは屋敷に家庭教師を呼んでいたが、大学は行かないと最終学歴にならないので、受験することが決まり、ここに来て以来初めて、外にいる時間の方が長い生活になることに決まった。


 受験会場までの電車を調べたが、結局、顔見知りのハイヤーでの送迎だった。私は神風(かみかぜ)家のお嬢様ではないんだけどなぁ?と、(らん)は思っていた。


 受験日、再びハイヤーで乗り付けた(らん)は、やはり目立ってしまったようで、注目の的だった。

「どこの成金娘だよ」

「金持ちアピールか?」

 知らない人が、陰口を叩いているのが聞こえる。


「ふふ」

 メンタルは強い(らん)が、全く気にせず歩き出すと、近寄ってくる少女がいた。何か本を見ていて、前が見えていないようだ。

「ぎゃ!」

 前を見ていなかったその少女は、(らん)にぶつかりそうになり、(らん)は避けたので、そのまま壁にぶつかっていた。

「痛ー!」

貴女(あなた)、大丈夫ですの?」

 長い髪の(らん)が覗き込む。

「え? お貴族様?」

「違いますわ。言葉遣いは、家の方針でしてよ」

「あー良かった。お貴族様とだけは揉めるなって、言われているもので。あはは」

「大丈夫なのでしたら、ここを立ち去りますわよ」

「え?」


 回りを見て理解したらしい。こそこそと話し、嘲笑われていることを。

 一緒に駆け出し、その場から逃げ出した。


「ありがとうございます。私は八仙 花(はっせん はな)です」

 受験票を見せてくれた。氏名が漢字で表記してある。

(わたくし)は、神風 信子(かみかぜ のぶこ)でしてよ。(わたくし)はヒヤシンス、貴女のお名前の文字、アジサイの別名ですわね」

「別名、そうだったのか!だから」

「どうかされましたの?」

「いつもアジサイばかり貰うので、何でかなぁと思ってました」

「貴女、お調べになりませんでしたの!?」

「えへへ」


 チャイムが聞こえ、とりあえずは受験を真剣に受けて、終ってから話すことになった。



 後日、神風(かみかぜ)家に訪ねてきた八仙 花(はっせん はな)は、大層な手土産を持参してきた。


「うちのお父さ、じゃなくて、父が、神風(かみかぜ)グループのお嬢様なら、就職できなくても何とかしてくれるだろうから仲良くするんだぞって言って、これを」

「うふふふふ。貴女、それ丸々言ってしまっては、お父上に叱られましてよ?」

「あ」


 神風 龍一(かみかぜ りゅういち)が顔を出した。

「愉快なお嬢さんだな」

「友人が怖がりますので、お控え願います」

 (らん)が冷たく言い放つ。

「小さい頃はあんなに可愛かったのに、いつからそんな事を言う子に」

(わたくし)、小さい頃から割りとこのような感じでしてよ?」

「んー、そう言われてみれば、そうだったね!あはは」


神風(かみかぜ)さん!」

 八仙 花(はっせん はな)が呼び掛けた。

「はい?」「なんだい?」

 (らん)神風 龍一(かみかぜ りゅういち)が返事する。

「あ、いえ、信子(のぶこ)さんの方の神風(かみかぜ)さん、お父様、とてもダンディーで素敵ですね!」

「え?」「え?」「!?」

 後ろに控えていた秘書の(にしき)百合(ゆり)まで、疑問の声をあげていた。


(らん)、良い子じゃないか! (はな)君といったね、うちの子とずっと仲良くしてやってください」

「は、はい。こちらこそ」

 神風 龍一(かみかぜ りゅういち)は、満足げに微笑みながら去っていった。

 笑うと余計に悪人顔だわぁと、(らん)百合(ゆり)は思っていた。


「外国の俳優さんみたいに格好良いお父さんで、羨ましい!」

 確かに、マフィアのボスといった見た目だ。

「え、貴女、あれ、本気でおっしゃっていたの?」

「え? 格好良いですよね? うちのお父さんなんて、剥げてて、お腹出てて、置物の狸みたいなんです」

 信楽焼の狸を思い出し、確かにあれよりは、格好良いのかな?と考えるのだった。


 (らん)は、(はな)と部屋に行き、お茶とお菓子を用意して貰った。

神風(かみかぜ)さん、さっき、お父様が、ランって呼んでいた気がするんだけど、あとね、一番最初の自己紹介の時、ヒヤシンスがどうのって言ってたのは、なあに?」

(わたくし)ね。出生時の名前を改名したのよ。昔の名前が(らん)だったの」

「へぇーそうなんだ!」

「私の名前を漢字で書くと、神風信子でしょ?ヒヤシンスを漢字で書くと、風信子なのよ。だから、それを言ったのよ」

 (らん)は紙に文字で書いてみせた。

「成る程ねぇ! だから、私の名前がアジサイって知ってたのね」

「そんなところ。ちなみにね、先ほど出迎えた女性は、秘書の(にしき)百合(ゆり)さんで、お菓子とお茶を持ってきてくれたのは飛 信子(とび のぶこ)さんでね。その2人もヒヤシンスなのよ。うふふ」

 (らん)は、文字にして説明しながら話していた。

「えー! ここは巨大ヒヤシンス帝国!?」

「おはほほほ。貴女、本当に、面白いわね」


 こうして、(らん)は、仲の良い友人を得たのだった。もちろん2人とも大学には合格した。

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