腎臓
「相談があるのですが、聞いていただけますか?」
「ええ。どうぞ」
その男性は、深刻な顔をしてやってきた。
「1度、限界まで寿命をとって、その後すぐに戻し、半年くらい後に、支払いとして必要な寿命を取ってもらえないでしょうか?」
何とも不思議な注文に、蘭も疑問に思い、思惑を尋ねてみることにした。
「理由を話せますか?」
「はい。私は搾取子として育ちました。兄に腎臓移植が必要らしく、両親から提供しろと言われています。何もなければ、提供しても良かったんですが、妻も移植を必用としています。私は妻に腎臓を渡したいのです。明日の検査の時に不合格になれば、円満に断れると思うんです」
「そうね、医療の範疇は分からないけど、あなたを余命1年くらいにしたら、確かにドナーとしては、断られるでしようね。戻す予定なら、当日中にいらっしゃい。そうでないと全てを戻すことは出来ないわ」
「なら、明日来た方が良いのですか?」
「明日検査なのなら、そうね」
「おいくらで請け負っていただけますか?」
「そうね、少し実験扱いになるわね。明日の朝いらっしゃい。開店前でも対応するわ。必ず明日中に再訪なさってね。取り合えず、寿命をみるための1万円で良いわ」
「お願いします」
蘭はこの男性の寿命をみたが、現在36歳で、寿命が54歳だった。
「あなた、今のハードな生活を続けていると、54歳だわ。明日、腎臓の数字が悪く出るようにするわ。この後から、お酒は絶対に飲まないこと。油もの、塩分の濃いものも食べないこと。入院したりせず、必ずここに来ること。良いかしら?」
「なら、何を食べたら良いですか?」
「お粥などの、病人食ですわね」
「あ、そうか。一時的に、病人になるのか!」
蘭のすることを理解できたらしい。
そして翌日の早朝に訪ねてきた。
蘭も早くから来ている。助手は、1人だけ早く出勤してきていた。
「あら、普通の時間でよろしかったのよ?」
「開店準備を手伝いに来ました」
「ありがとう存じます」
お客を部屋に通し、顔や肌などの見た目があまり変わらないように注意し、腎臓を中心に内臓の寿命を吸い取った。
「即入院をすすめられると思うわ。でも、必ず今日中にいらしてね。今日中にいらっしゃらなければ、寿命の買い取りと判断しますわ」
「はい。ありがとうございます。必ず来ます」
そう言ってその男性は帰っていったが、その日その男性は、営業が終了しても来なかった。
蘭は、予定の出張対応をしたあと、お店に戻ってきていた。
「どうしましょ。日付が変わるわ」
すると、一旦帰ったはずの助手が、戻ってきて報告をして来た。
「先生、調べてきました。検査の段階で、即入院になったみたいです。ご本人は意識がないらしく、話しに出ていた兄と言う人が付き添っているようです」
「私が様子見に行ってもよろしいのかしら?」
「はい。許可取ってきました!」
病院に行くと、患者の妻として、夜間の訪問を許された。
蘭が不思議に思っていると、助手は、「姉さん早く行くよ!」と、不思議な声掛けをして来たのだ。
病室につき、横たわる患者のそばにいる男性が頭を下げ、助手がそこに残り、カンファレンスルームを借り、蘭に事情を話し始めた。
「弟がご面倒をお掛けいたしました。私は異母兄です」
その異母兄の話によると、腎臓を患っているのは本当だが、移植を急ぎしなくてはならないほどではないことや、弟の妻が腎臓を悪くしていると言うのは真っ赤な嘘で、いくら言っても弟が聞かないので、一芝居打とうとしたら、変な方向に突っ走ってしまったことや、弟が搾取子だと言っていたのは、兄とは母親が違うことを知らず、母が厳しすぎたから誤解したのだと思うと話していた。弟の母は後妻らしく、先妻の子である長男に気を遣いすぎて、弟にはことさら厳しかったらしい。ちなみに、蘭を妻として夜間受付を通して貰ったのは、本当の妻が見舞いに来られないようにするためもあるそうだ。
「複雑ですのね」
「弟の命を戻すことが可能とうかがいました。おいくらお支払すればよろしいでしょうか?」
「私を騙すことになったから、お支払すると言うことかしら?」
「はい」
「27年と200日ほど戻せますわね。取り合えず、お支払に関係なく、体調を悪化させないためにも少し戻します」
蘭は病室に戻り、内臓が若返るように1度可能な限り戻し、その後、見た目が変わるように、全体的に20年ほど標準的なエナジードレインをした。
少しして、患者が目を覚ます。
「何で兄さんが? あれ、夜香 蘭先生も? ここはどこですか?」
「良かった気がついて。ここは病院だよ」
「少し過剰だったようですわ」
「あ、いえ、弟の体は、蓄積された毒物で弱っていたそうです。仮に寿命を奪っただけであるなら、状態は老衰のはず、白血球の数値が異常なほど高く、弱い毒を長期間に渡って、与えられ続けていた症状と、医者が言っていました」
年齢を見たときに、毒に侵されているようには見えなかったが、医学を勉強したわけではないので、見て分かるほどの物でもない限り、蘭にはわからない。
「少し見てもよろしいかしら?」
「ええ、どうぞ」
蘭は、生活を見てみた。仲睦まじそうな夫婦が、家で食事をしている光景だった。夫だけに出される特製ドリンク。市販のビタミン剤などをとてもたくさん入れて作っていた。それを見ても蘭には判断できなかった。
「私では、分からないようですわ」
「兄さん、毒って何だよ?」
「夜香さんとも話したけどな、俺に腎臓をくれる必要はないよ。でも、あの女の病気は嘘なんだ。それだけは信じてくれ。お前は、検査の前に倒れたんだよ。夜香さんの助手の方が来て、寿命を減らしたと聞いたけど、医者によると、お前の症状は老衰ではなく、毒素などによる中毒症状だそうだ」
内蔵機能が衰えたため、今までなら体調に出ない程度だった毒素の症状が、処理しきれなくなり、一気に状態に出たということのようだ。
話が少し落ち着き、ナースコールを押した。
医師と看護師が来て、脈や心音などを診たあと、明日検査しましょうと言って戻っていった。
「どうされますか? 全てお戻しいたしましょうか?」
「私は嘘を言ったことになりますか?」
「あなたは嘘を言ったつもりはないようなので、それについて追求いたしませんわ。私の方法も良くなかったみたいですし、ご希望なら手数料のみでお戻ししますわ」
「その手数料は、私に払わせてください」
患者の兄が申し出た。
「年収の1パーセントでしてよ」
「そんなに安くて良いのですか!?」
噂で聞いていたのだろう。1日1万円で買い取り、返品は3倍だと。
「ふふ。売った後に買い戻す場合は、3倍なのですわ。今回は最初から、実験のようなものとして、私も、加減が調整できなかったようですし、1度もこちらからお支払はしておりませんので、買い戻しは必要ありませんのよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
蘭は30万円を受けとり、戻せるだけの命の光を戻した。
患者は眠りにつき、悪かった顔色も明るく若々しく戻っていく。
「これでもう、こちらの問題はないわね。それではごきげんよう」
「ありがとうございました」
後日、兄の言うことが正しかったと、報告に来た。腎臓を売られるところだったらしい。妻とは離婚したそうだ。




