海外
派遣されて来ている助手2人と、屋敷からの者を2人連れ、5人でプライベートジェットに乗り、蘭の知らない国に来た。
非公式な国賓の扱いらしい。なのでパスポートは取得していない。
今回は海外なので、いつもの占い師の装いではなく、和装に面をつけている。
通訳がてらについて来たらしい助手は、普段から人懐っこい態度で、蘭にも良く話しかけてくる。名を蒲 公英といい、昨年大学を卒業した23歳だ。蘭は20歳前後の見た目と違い今年で50歳になるが、もし結婚でもして子供がいたら、このくらいの年の子が居るのかしらと少し考えたことがある。
もう1人の助手は、普段からあまりしゃべらず、蘭を監視する役目で来ているらしく、仕事は早いが、良く上役に連絡を取っている。名は鳳 仙花という。同じく23歳だ。
蘭が人前で呼ぶことはないが、この2人は担当で一緒になることが多く、影でタンポポ君とホウセンカちゃんと呼んで、蘭は割りと気にいっている。
「先生、食事はどうされますか? 一律にお断りすれば良いですか?」
「ええ、全てお断りなさって」
「かしこまりました」
公英の次に、仙花が質問してきた。
「あの、先生、私たちは、食べてきても良いですか?」
「もちろんよろしくてよ」
ここで別れ、ホテルの部屋に先に案内された。スイートルームのようだ。
「当主、身にはなりませんが、お食事をされても問題はございません」
「お腹が空かないというのも有るのだけど、人とは違うという自覚をする為にも、食べないでおくわ」
蘭が少し寂しそうな目をして、断っていた。
「とーしゅー、探検してきても良いですかぁ?」
「悪い人に見つからないようにね」
「はーい」
黒猫になり、部屋を出ていった。
荷物などを片付けおわり、暫くして、蘭が言った。
「さあ、あなたは隠れていなさい」
「当主?」
バルコニーの外に閉め出した。
コンコンコン。
「ルームサービスです」
「頼んでいませんわ」
「ご依頼主からのお届け物です」
蘭は仕方なくドアを開けた。すると、まずはナイフが飛んできた。蘭が軽く避けてやり過ごすと、次はワゴンと一緒に男たちが押し入ってきた。
「オマエ、ヤコ、ラン、コロス」
片言の日本語で、犯罪予告をして来た。
「私は、魔女と名高い、夜香 蘭でしてよ。御存知無く、お仕事を請け負いましたの?」
「オマエが誰であろうと関係ない」
「コロス」
「コロス」
「殺すなら、殺される覚悟もおありということですわね」
蘭は、突進してきた賊を眠らせ、エナジードレインし、ほぼ動けなくした。まだ殺してはいない。
「当主!お怪我ございませんか?」
「問題ないわ。でも、これどうしようかしら?」
蘭は視線で今倒した賊を示した。数日間の過去を見てみたが、首謀者はわからなかった。
「先生、あれ? 何かありました?」
開けたままの戸を見たあと、中を見たらしい。
「大丈夫ですか!?」
公英が食事から帰ってきて、入り口に転がるワゴンと、転がる不審者を見て、何があったのかと驚いて尋ねてきた。
「強盗かしら?」
「え、えー! 鳳さん、ボスに連絡して!」
「はい」
仙花も後ろにいたようだ。
少しして、今回の依頼主が姿を現した。
「Ms.ラン。ハジィメマシテ、ヨロシュク、オネガィシマース」
外国語訛りの強い日本語で挨拶をされた。
「はじめまして、私が、夜香 蘭でございます」
強盗らしき男たちは、そのまま引き取るというので、寿命を戻さず引き渡した。
部屋を変更し、助手たちと同じ階に部屋を取り直した。
黒猫になって出掛けていた屋敷の者が、帰ってきたら当主がいなかったと、むくれていた。それでも匂いを追って新しい部屋にたどり着いたらしい。何があったのか教えると、驚いて謝ってきた。
「とーしゅ、誰に狙われたんですか?」
「わからないわ。私とわかって襲ってきたのは確かだけど、雇い主の情報は持っていなかったわ」
その日はおとなしく寝ることになり、翌日は依頼主と仕事の為、刑務所に出向いた。
「痛みはありません。1日辺り、60ドル支払います」
多言語通訳の人が、囚人の母国語に変換し、伝える。
前もって説明はしてあったらしいが、眉唾物だと思われていたようだ。
5人が、「どうせ家族の元に帰れないのなら、生きていても仕方がない」と言って、応じるらしい。
蘭はさっと囚人の人生を見てみたが、1人だけ犯罪歴が無いように見えた。
「この方、何をして死刑囚なのですか? 犯罪歴が見えませんわ」
蘭の言葉を通訳してくれたらしく、看守が書類を持ってきた。そして通訳の人に説明している。
「夜香さん、第一級殺人罪だそうです」
「どこかに閉じ込められている間に、人を殺したことになっていたようですわね」
通訳の人がその囚人の母国語で尋ねると、蘭が言ったのと同じ説明をしたらしい。
依頼主が呼ばれ、母国語での裁判を約束し、残る4人から、エナジードレインをした。
事前に聞いてはいたらしいが、実際に見ると怖かったようで、通訳の人が吐いていた。蘭は自分が人ではないことをますます自覚していくのだった。
帰り道、買い物をするために、ホテルの手前で下ろして貰った。
「先生、お仕事終わったんですか?」
蒲 公英が声をかけてきた。鳳 仙花も一緒らしい。
「ええ、終わりましたわ」
店の入り口で話していては邪魔になるだろうと、脇道に少し移動して話していた。
「帰国の予定は変わりませんか?」
「ええ、私に用事はなくてよ」
その時だった。仙花が何者かに拉致され、あっという間に車で連れ去られてしまった。
「鳳さん!」
「鳳仙花ちゃん」
「当主、どうされますか?」
「恐らく私に用があるのでしょう。ホテルに戻りましょう」
「先生、鳳さんを助けてください!」
「ホテルに戻りますわよ」
すぐにメッセージがあった。そこには、蘭が1人で郊外にあるゴーストタウンの立体駐車場まで来いというものだった。
「当主、危険です」
「先生、護衛を連れていってください」
「俺、ついてくー」
「そうね」
結局、全員でゴーストタウンまで来て、蘭と黒猫が立体駐車場へ行くのだった。
指定された階まで階段を上ると、仙花が椅子に縛られていた。猿ぐつわもされているらしく、こちらに気付いたようだが声をあげない。
「夜香 蘭が来ましてよ」
蘭が声をあげると、ゾロゾロと柱の影から男たちが出てきた。
「どういったご用件ですの?」
「この女の命が惜しくば、こちらへ来い」
「そちらの彼女は解放してくださる?」
「お前が素直に来たら解放してやろう」
「では、階を変えませんのこと?」
「良いだろう」
椅子に縛られている仙花を置き去りにし、蘭は、男たちと階を移動した。このとき、黒猫を残していった。
「それで、何のご用ですの?」
「お前には死んでもらう」
「何だか、聞き飽きましたわ」
蘭は、向かってくる男をことごとく眠らせ、軽くエナジードレインをして、昏倒させた。片付いたと思った一瞬だった。
「とーしゅ、危なーい!!!」
その声と同時くらいに、ナイフが飛んできて、蘭に、深く刺さった。
なんと、ナイフを投げたのは、鳳 仙花だった。
「何故?」
「あんたみたいな化物は、死んだ方が良いのよ!!」
そこに、残してきた蒲 公英ともう1人の屋敷の者が、駆けつけてきた。
「先生、大丈夫ですか!」
「アイツが、アイツがとーしゅにナイフを投げたんだ!」
そばにいた黒猫が人に変身し、叫んだ。
「何で蒲くんが来ているのよー!!」
「当主、残さず、最後まで命を取り、光の玉にしたあと、それをお飲みください」
転がっている者たちを、絶命するまでエナジードレインしてまわった。2~3人で光の玉がひとつ作れる。まずは1つ飲み込み、傷を治した。そして4人目に手を掛けようとしたときだった。
「止めてー! 兄から手を離してー!!」
仙花が叫んだ。
「これは、あなたの兄なの?」
「そうよ!」
「そう。でも、聞けないわ」
「止めてー!!!」
蘭は残り1日になるまで命の光を刈り取った。見るからに老化する。
「何でよ、何でなのよ、この化物ー!」
「あなた、喉が乾いた時に、コップに水があったら、それを飲まない?」
「え?」
「人の命なんて、私には、コップに注がれた水なのよ」
蘭が妖しく笑う。
「いやーー!」
叫んだ仙花が気を失い倒れた。
蘭は、仙花の兄という男に、少しだけ命を戻した。
「これを拘束して」
「かしこまりました」
「あなたはどうする?」
蘭が、公英に尋ねた。黒猫だった屋敷の者が、敵意を向けているのだ。
「あの、僕は、彼女の知り合いではありますが、この件には関わっていません。本当は内緒なんですけど、無実の証明のために、先生に近づいた理由と自分の正体を明かします。母の名は、花と言い、母の旧姓は八仙です」
「え、花さんの息子さんなの? そういえば、似ているわね」
大学生時代に写した写真を見せてくれた。蘭と八仙 花が仲良く笑っている。他に、大分老けた花と公英が一緒に写っている新しい写真もあった。
「資料写真を見て、もしかしてと思って、占いの館に派遣されるように内部試験をクリアしました」
「そう。花さんは元気なの?」
「それなりに元気です」
「そう。良かった。幸せになった人がいて……」
今回の依頼主を呼び出し、死体の処理を任せた。仙花の兄という男だけ、生かしたまま担いで連れて帰った。
「先生、怪我は大丈夫ですか?」
「あなたは、あれを見ても、私が恐ろしくないの?」
公英が、蘭を心配していた。
「昔、その力で母を助けてもらったと、聞いています。むやみやたら命を欲する訳ではなく、襲ってきた相手からなので、相手の自業自得と考えます」
「そう。ありがとう」
仙花と仙花の兄は、拘束したまま行きと同じようにプライベートジェットに乗せ、帰ってきた。
この兄妹は現職大臣の子供だったらしく、蘭の報告により、大臣は秘密裏に更迭された。表向きは、病気療養となっている。




