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命を奪うと言うこと  作者: 葉山麻代
1章 ヒヤシンス
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半年

 その昔、裕福に暮らしていた。

 だが、親の事故死に伴い、押し掛けてきた親族に謀られ、(らん)は知らない土地に捨てられた。その際、みすぼらしい服に変えられ、美しかった長い髪を短くザンバラに切られ、貴族令嬢だと訴えても、誰も信じてくれなかった。(らん)には幼い妹が居たが、妹がどうなったかはわからない。


 それからの数年、(らん)は必死で生きてきた。

 信念として、盗みはしない。わずかな食べ物を貰うため、店の回りを掃除したり、ごみを片付けたり、そんな中で、(らん)はあの男の目に止まったらしい。


 ひょいと腕を捕まれた。

「お前、女か? 顔を見せてみろ」


 何だと思い睨んだ。

「なかなか良さそうな顔立ちだな。お前、決まった雇い主は居るのか?」

「いない」

「なら、うちに来い」


 なに言ってんだ?と(らん)はもう一度睨んでみた。

「腹いっぱい食わせてやる」


 いつもひもじい(らん)は考えた。これ以上悪くなることもないだろうと。



 その男は、人材派遣(じんしんばいばい)の仕事をしているらしい。名前は神風(かみかぜ)龍一(りゅういち)と言い、その組織の社長(モトジメ)なのだそうだ。あれ以来、(らん)とは一度も会っていない。仕事が忙しいらしい。


 (にしき)百合(ゆり)は、天涯孤独で、神風(かみかぜ)の秘書をしているようで、いつも忙しそうにしている。

 飛 信子(とび のぶこ)は、この屋敷でメイドをしていて、掃除や裁縫のしかたを優しく丁寧に(らん)に教えてくれた。


 (らん)は与えられた機会を最大限に活かし、どこから見ても、れっきとしたレディに見えるように死にものぐるいで努力した。



「あれを呼んでこい」

 神風 龍一(かみかぜ りゅういち)が声をかけたのは、メイド服を着て掃除をしていた(らん)だった。


「あれとは、どなたのことでしょうか?」

「なんだお前、メイドになるのか?」

「いえ、どのようなことでも覚えようと思いまして、メイド業務もしております。これでどこに売り渡されても困りません」

「ちょっと待て、お前は、俺をなんだと思ってるんだ?」

「人身売買の元締めかと」

「あのなー。人材派遣の会社の社長だと、最初に説明しただろ? ひねくれてとらえるな。お前に酷いことをしたこともないだろ?」


 確かに。

 見るからに浮浪児だった子供に、温かい食事と教育を与えてくれた以外、何か酷いことをされたことはない。


「なら、本当に、私を拾ったのは、救うためなんですか?」

「それ以外、何があるんだよ」

「私以外にも子供はたくさんいました。なぜ私だったのですか?」

「姿勢だ。お前だけ、他と違って姿勢が良かったんだよ」


 成る程。(らん)に残っていた貴族の矜持が、(らん)を救ったらしい。


「大変失礼いたしました。これからは、改めます」

「是非、そうしてくれ。それでお前、名前は?」

「名乗って良いか分かりませんが、捨てられる前の名前は、夜香 蘭(やこう らん)です」

 学習の過程で習った。夜香(やこう)家とは、かなり危ない家だと。

「え、あの、夜香(やこう)?」

「恐らく、その夜香(やこう)です」

「うーん、命を狙われかねないな」

「はい」

「なら、俺の名字を名乗るか?」

「よろしいのですか? でしたら、神風 信子(かみかぜ のぶこ)と名乗ることにいたします」

「何で信子(のぶこ)?」

「元の名と、ほぼ同じ意味なのです。そして、パワーアップです」

「そうか、良く分からんが、お前が良いならそうしてくれ」


 (らん)は名を改め、神風 信子(かみかぜ のぶこ)になった。


 風信子も、ヒヤシンスなのだ。なので、神風伸子なら、神ヒヤシンス!

 その件を話したら、(にしき)百合(ゆり)が、物凄く喜んでいた。


 (らん)の実家だった夜香(やこう)家は、(まじな)いをする家で、直系しか継げない門外不出の何かがある家らしい。直系が途絶えた時、目に見えて崩壊するものがあるそうで、残された妹は、きっと生きていることだろう。(らん)が迂闊に姿を晒せば、本格的に命を狙ってくるのは、火を見るより明らかだ。


 (らん)は許される限りの勉学に励み、所作だけなら上流階級の娘に見えるようになったが、まだ、髪の長さと歴史などの学習が追い付いていない。


 働かなくて良いのですか?と聞いてみたが、「未成年働かせたら、俺が捕まるわ!」と、神風 龍一(かみかぜ りゅういち)は笑って言った。


 本当に良い人らしい。

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