詐欺
あれから30年経ち、色々な役職の人が入れ替わった。
いつまでも20歳そこそこに見える蘭。屋敷の者たちもほとんど年を取らない。派遣されてくる助手たちだけが、年齢を重ねていき、代替わりしていく。
最初に蘭に、国の行く末を見てほしいと言った者は、蘭が難しい占いが可能になった頃には、その立場を追われていて、蘭に重要な未来を見てもらおうと考える者は、今のところいないらしい。
夜香 蘭の件は、歴代の法務大臣のみが把握する、都市伝説的なものとなってきた。
占いの方で、予約は取ったが、支払いが出来ない者が出た。
「最初に1万円も払ったじゃないか!」
「それは基本料金です。年収に応じた支払いが必要です」
「そんなの詐欺だ!」
案内にしっかり書いてあるが、読んでいなかったらしい。助手が対応できないでいると、蘭の屋敷から来ている者が言った。
「だったら、あなたの寿命でお支払いなさいますか?」
「どういう意味だ?」
「そのままです。あなたから1年分の寿命を奪い、支払いとします」
「それで、もう請求はなくなるのか?」
「はい。基本料金の1万円もお返しいたします」
「なら、そうしてくれ!」
もう一度部屋に招き、蘭は占いの衣装のまま、365日分のエナジードレインをした。
「終りましたわ」
「何かやったのか? まあいい、本当にこれで請求はないんだな?」
「ええ、ありませんわ」
助手が持ってきた1万円札を、奪い取るようにして帰っていった。
「面倒ね」
蘭の何気ない言葉に、助手たちが震え上がった。占いの部屋のほうではエナジードレインをしないので、初めて見たのだ。見ているだけでも患者の変わっていく違いがわかる。丁寧な言葉を話す若い女性としか認識していなかった蘭を、本物の魔女だと、本当の意味で理解したのだった。
12時から15時迄解放している、エナジードレイン専用の入り口。
「あの、ここで、いくらでもお金を貸してくれると噂を聞いたんですけど」
若い女性だった。
「貸すのではありません。あなたの寿命と引き換えです」
助手が、抑揚無く話す。
「それって、2度と動けない人体実験的な何かですか?」
危険度の高い治験と勘違いしているらしい。
「違います。仮に、あなたの寿命が80歳だとしたら、現在の年齢を引いた額までお支払できますが、あなたが20歳で80歳の寿命だった場合、60年分を要求すると、死にます」
「そういう意味なんですね。1000万円だけお願いします」
「細かいことは、先生に尋ねてください」
「わかりました」
部屋に入ってきたのは、未成年に見える若い女性だった。
「どうされましたの?」
「あの、私、1000万円必要なんです。どうしても必要なんです」
「あなたの寿命を見ますか?」
「それは有料ですか?」
「1日追加で済みます」
「でしたら、お願いします」
大金が必要で、寿命を聞いてくる人は珍しい。
「今のお年が19歳。現時点での寿命は25歳。1000万円は、3年弱(約2年9か月)必要ですわね。よろしくて?」
「え、25歳……。本当に?」
「死因も聞きます? これはサービスしておきますわよ」
「教えてください」
「今、あなたにお金を要求している男に、精神的に殺されます。直接の死因は自殺。今、離れるなら、あなたの寿命は、86か87ですわね」
「え、どういう」
「有料でよろしければ、答えましてよ」
「わかりました。ありがとうございます。情報分だけ命を取ってください」
「わかりましたわ」
蘭は、1日分だけエナジードレインをした。
「もう2度と、来てはいけませんよ」
「本当にありがとうございます!」
女性は、決意を秘めた目をして帰っていった。
「先生、珍しいですね」
「私が、本当の意味で夜香 蘭になったのが19歳の時だったわ」
19歳の時、騙されて当主になったのだ。
「成る程、そうだったのですか」
「ここに来る1人くらい幸せになれば良いと思うわ」
蘭に関わった人は、ことごとく不幸になっているのだ。自身の運命を思い出してしまったらしい。
現行の法務大臣経由で、緊急連絡が入った。
至急、死刑囚1人に対応してもらいたいということだった。
蘭が直接話を聞きに行くと、残してきた子供に緊急手術が必要で、妻にそのお金を渡してほしいと言う願いだった。話の内容についての調査も終っており、嘘はないと言うのだ。
「いくら必要なのかしら?」
「手術は渡米する代金を含めると、億かかると言われた。俺が罪人だから募金も集まらないそうだ」
「あなたの寿命の全てを奪っても、少し足りないわね。不足分を、奥さんからもらって良いかしら?」
「俺はなんとも言えないが、子供のためなら了承すると思う」
「わかったわ。死装束を着て、横になっていただけるかしら?」
「わかった。着替えるまで待ってくれ」
蘭は一旦退室し、着替えを待った。再び刑務官から呼ばれ入室し、声もかけずに、一気にエナジードレインをした。
「あとはよろしくね。私は、奥さんにお会いしてくるわ」
「夜香 蘭様、ありがとうございます!」
蘭は、刑務官1人と屋敷の者を伴って、話の子供と妻を訪ねた。
遊び歩き、子供と共に生活はしておらず、子供は養育園に預けたままだった。
「あなたのご主人からの伝言です。子供の手術代の不足分を、お支払いください」
「はぁ? 何であたしが、払わなきゃなんないのよ?」
「そうですか。では、この約9000万円は、お渡しできかねます」
「何、9000万円って!?」
目をギラギラさせて食いついてきた。
「お子さんの手術の為に、お金が必要なのでは?」
「手術が必要だった子供なら、とっくの昔に死んでるよ」
「そんな馬鹿な!手紙が届いたのは1週間前だ!」
同行している刑務官が反論した。
「私、噂で聞いたのよ。死刑囚の余命をお金に変える仕組みがあるって。ふふ。本当だったのね」
「そのお話、続きがあるのはご存じございませんの?」
「え? 続き?」
「命をお金に変える魔女、夜香 蘭に嘘をついてはいけない、と」
「嘘をついたらどうなるのさ?」
「それは勿論。全て奪いますわよ」
「嘘じゃない、嘘じゃない、もう1人の子も、いずれ手術が必要なんだよ。あたしが不足分を払えば良いのかい?」
「それでしたら、構いませんわ」
「どうやって支払うのさ?」
「ほんの一瞬ですわ」
同行の刑務官が保証人となり、蘭の助手をしている屋敷の者が契約書を書かせた。
蘭は首筋を触り、不足分の3002日分をエナジードレインした。
8年と80日分老化する。化粧でごまかせないほど、見るからに老婆になった。
「刑務官さん。ここに1億2000万円ございます。後見人をたて、子供さんの名義で積み立ててくださいませ」
「かしこまりました」
「なんでだよ。あたしが使えるんじゃないのかよ!」
「お子さんの手術費用ですわよね?」
蘭は、妖しい笑みを浮かべ、その場をあとにした。
「当主、何かされましたか?」
「ちゃんと8年と80日分しかエナジードレインしていませんわよ。ただ、お顔を中心に、年齢を回収いたしましたわ。その分は内蔵には余分に若さを残しましてよ。年を取れば、平均化して寿命は同じになりますわ。私を騙すと報いを受けると、お分かりいただけたかと思われますわ」
「それは良い薬になるでしょう」




