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巣立ち

 八咫烏衆には有望な若い烏だけが掛かる病の様なモノがある。

 イチゾーの症状はまんまそれだった。

 狭い世界で強くなり、良い気になる。

 旧時代から継いで来た、と言う一族の歴史をさも自分の強さの様に語る。

 誇り。甘いソレに浸されて根が腐る。

 飛べずとも、歩法だけで『先祖帰り』と呼ばれる程の腕前を持って居たイチゾーもその例外では無かったらしい。

 あれ程、父に、師に、イチヒコに、言われていたのに、技を誇ってしまっていた。

 それでは先は無い。

 羽の形が異なることもあり、これ以上、八咫烏衆に居てもイチゾーに先は無い。


「……」


 はっきりと指摘されればこれ以上ない程に納得できるのに、自分ではソレに気が付けないのだから不思議なものだ。

 だが、気が付いてしまったので、もうイチゾーは八咫烏衆には居られない。

 このまま八咫烏衆に残り、あの揚げ物屋の店主の様にハンターのサポートに回る。そう言う道を選ぶ。そう言う選択肢もあるにはあるが――


「まァ、ねぇな……」


 イチゾーの口から思わずそんな言葉が漏れる。

 誰よりも先にその道を潰したのは他ならぬイチゾー自身だった。

 イチゾーは、蟲の卵を産み付けられて位階(レベル)零になったから仕方なくハンターを目指した――訳では無い。食う為、生きる為でもない。(イチヒコ)。或いはハンターとしての生き方。それに憧れたのだ。

 魔物から人を守るその誇りある生き方――などでは無く、ただその力を持った生き方に。

 イチゾーは昔、理不尽な暴力により死にかけた。

 ハンターの暴力により、死に掛けた。その経験があるから強さを求める。イチゾーは奪われる側よりも奪う側に居たい。

 だって弱かったから死にかけた。

 だって弱かったからニゾーも殺されかけた。

 スラムで生きていた時にも大切なモノがあった。

 イチヒコに拾われ、八咫烏衆に入って育つと、大切なモノが増えた。

 それらを奪われない為には、今の時代、確かな力が必要なのだ。何と言っても人類は弱い生き物なのだから。

 だからイチゾーは八咫烏衆から飛び立つ為に、旅支度をしていた。

 街から街への狩猟団である八咫烏衆だ。そこに所属していた以上、イチゾーは旅には慣れている。慣れているが、それは狩猟団としての旅だ。

 八咫烏衆には陸竜(アモス)の曳く竜車も、トラックもある。荷物はある程度絞るが、それでも個人での移動と比べると持ち運べることが出来る物資は多い。

 だからいつもの感じで荷物を選ぶことはできない。本当に必要なモノを選ぶ必要がある。

 逆に狩り場へ雑用として行った時の荷物では少なすぎる。


 ――中々に面倒だな、おい。


 そんな訳で慣れている様で、慣れていない旅支度をしているのだが――


「……ニゾー、瓶のコレクションは諦めろ」

「……な?」


 何か一緒に行くはずのペンギンが珍しいコーラの瓶のコレクションを持って行こうとしていた。当たり前のことを指摘したはずなのに、マジで言ってる? 正気? と言ってくる始末だ。


「……何も変なことは言ってねぇからな? 嵩張るだろーがよ」

「……な?」

「売れば良いだろ?」

「ぐが!」

「瓶と一緒に置き去りにすンぞ」

「…………ぐな」

「……いや、冗談だ。言い過ぎた。親父に保管しといて貰おうぜ? それで良いか?」


 泣きそうになるのはちょっと狡いと思うのデスガ? そんな訳で、妥協案を提案。ニゾーは少し考えて「ぐあ」と一応の納得をした。「……」。納得をしたはずなのに、何故かコレクションの中からイチゾーが直した瓶を一本選び、入れようとしているのは何故なのだろう?


「……おい、コラ」

「んぐ、ぐぐあ」

「……あー……そっかぁ、そう言われればそうかぁー……うわ。そこ考えてなかったわ……」


 稼ぐ道具だ、と言うニゾーの指摘に頭を抱え、イチゾーは折角纏まり掛けた荷物を解いた。稼ぐ手段は多い方が良いので、それ用の道具とかも持って行くことにしたのだ。


「ぐあ?」

「……ドヤ顔ウザいのでやめてくださーい」









 それでも荷物の準備はイチゾーにとって楽しい作業だった。

 だからそれとは逆に楽しくない作業もある。


「……報告が遅くないですか?」


 彼女の言葉を聞いたニゾーが「なっ!」と別れの挨拶をして逃げ出したことからどういう作業かを察して欲しい。「ぐあぐ(頑張れ)!」とすら言われなかったことから察して欲しい。サンドバッグ。相手の気が済むまで耐える作業である。

 濡れ羽色の黒髪をボブカットに切り揃えた少女、カエデは『わたし、おこってるんですけど?』と分かり易くほっぺを膨らませる。

 一見可愛らしい。同年代の奴等の中で人気が高いのも分かる。「……」。でも今は目が笑って無くて嗤っているので、とてもこわいなぁ、とイチゾーくんはおもいましたよ。


「コップ、空なんですけど?」

「……はい」

「ペンギンに見えますか、わたし?」

「……いえ」

「紅茶をホットで淹れて下さい」

「……はい」

「あ。さっきのコーラ、勿体ないので飲んで下さいね」

「……はい」

「やっぱり紅茶の気分ではないので、コーラで良いです」

「……はい」

「紅茶は勿体ないのであなたが飲んで下さいね。もちろん、一気で」

「……」


 おっと水責めですね? それを察してコップの半分ほどまでしかコーラを入れなかったら「ん? 何の為の隙間ですか、それ?」とか可愛らしく小首を傾げながら言われるのだから堪らない。助けを求めて回りを見渡しても、女衆はカエデの味方っぽくて、そんな女衆に逆らって迄イチゾーを助けてくれる人は居なさそうだった。「……」。因みにニゾーはテントの外から半分だけ顔を覗かせて見ているだけだった。

 一応、見守ってくれていることを感謝すべきか、安全地帯まで速攻で逃げたことを責めるべきか……イチゾーには今一判断が付かなかった。付かなかったが……取り敢えず今日の夜のコーラは振ってから渡してやることを今決めた。


「ねぇ、イチゾー? よそ見しないでわたしだけを見て」

「……はい」


 可愛い恋人の可愛いやきもちの様なセリフだが――実際には水責め再開の合図である。










 それからイチゾーが「……はい」以外の言葉を言うことは殆どなかった。

 テーブルにはカエデの要望に応える形で様々な飲み物()が置かれていくが、その全てがイチゾーの腹に入って行く。始めはそんなイチゾーに同情的な視線を向けていた男連中だが、しばらく立つと、カエデに加勢する様に飲み物()を持ってきだした。何を出しても飲むイチゾーが面白かったのか、一応は飛べるようになったイチゾーに対する祝福か――まぁ、多分半々だ。

 だが、酒が持ち込まれた時はストップの声が上がった。

 ペンギン憑きになる者の数少ない共通点に、下戸であると言うモノがあるからだ。


 ――ペンギンと一緒にコーラを飲む為。


 そんな説が囁かれる程にペンギン憑きは酒に弱いのだ。飲むと、直ぐ寝る。無理して飲ませれば倒れてそのまま死ぬ。

 イチヒコ(酒飲み)達に言わせると、ペンギン憑きと言うのはこの世の楽しみを全て奪われた可哀想な呪われたイキモノなのだ。

 因みに、酒にストップをかけたのはイチゾーと同年代の少年と、同じく同年代でイチゾーのことを少し『良い』と思ってる少女たちだった。

 肉食獣に狙われた弱った獲物の終わり方は決まっている。

 飲んで、寝たら――食われる。

 それが自然の摂理だ。

 そして(カラス)の中に居る以上、どれだけ可愛い少女の姿をしていても、カエデも(カラス)なので、狩れるなら狩る。

 そんな訳で恋する少年少女のお陰でイチゾーの貞操は守られたが、守って貰えたのはそこだけだ。腹からちゃぷちゃぷと音がする。苦しい。


「苦しいですか?」

「……当たり前だろーが」

「許して欲しいですか?」

「……いや」


 それは無い、とイチゾーは首を横にふる。そんなモノは必要ない。イチゾーは行くと決めた。出て行くと決めた。それに対してカエデの許しは必要ない。


「そう。……そうね。そうですよね」


 言いながらカエデはイチゾーの頬に触れる。それは小さい頃からの儀式。カエデが気分を切り替える為の儀式。むに、とイチゾーの頬が抓られる。


「許して、って言って下さい」

「――」

「そうしたら許してあげますから」

「――」

「言わないなら、わたし、怒ったままですけど……良いんですね?」

「あぁ」

「そうですか。……ここに戻って来ますか?」


 多分、戻って来ると言った方が良いのだろう。その言葉を待っているのだろう。だがイチゾーは小さく首を振る。


「いや、分かんねぇ」


 嘘を吐きたくなかった。

 幼馴染の少女に、安い嘘を吐きたくなかった。

 だってイチゾーはハンターになるから。いつ死ぬかも分からなかったから。カエデを安い言葉で縛りたくなかったから。だから言いたかった安い嘘を飲み込んだ。


「わたしも連れてって。――そう言ったら?」

「……悪い」

「そうですよね」


 イチゾーの強さも、弱さもカエデは理解している。だからそう言うことを分かっていた。十年。いや、それ以上だ。だってカエデはイチゾーの幼馴染だった。スラムの時から一緒に居た。姉なのかもしれない。恋人なのかもしれない。

 でも二人はお互いの関係を言葉にしないようにしていた。


 ――だって悔しいじゃないですか。


 カエデはそう思う。

 言えば多分、イチゾーは受け入れる。もうその程度は馴らした。匂いを付けた。わたしのものだ。でも、自分が想っている半分もイチゾーは想っていない。

 それはなんだか、悔しいから、カエデは口にしなかった。


 ――イチゾーから言い出すまで『そう』してあげない。


 だからカエデはイチゾーを離さない。離す気が無い。

 そっ、とイチゾーに顔を近づける。

 最期にキスでもされるとでも思ったのか、イチゾーが軽く目を瞑る。


 ――ほら、ここまでは慣らした。ここまではわたしのものだ。


 だけど、カエデはこれ以上、進んであげる(・・・)気は無い。以前も何回かこう言うことがあった。

 北の雪原で月を見た時。

 南の海で貝殻を集めた夕暮れ時。

 こう言うことに成りかけたことは何度もあったが、成らなかった。

 だから今回も『そう』はならない。イチゾーが受け入れようとしているが――


「いっでぇ!!」


 カエデはする、とイチゾーの服をずらすと肩に思い切り噛み付いた。「――」。不意打ちだったので本気で痛かったらしく、イチゾーは固まっていた。


「拠点が決まったらちゃんと連絡してくださいね?」


 ぺろ、と口の端に付いたイチゾーの血を舐め取りながらカエデ。

 イチゾーはちょっと状況に付いて行けない。肩の痛みが現実であることを伝えてくるが、それだけだ。それしか分からない。

 そしてそんなイチゾーを放置してカエデはさっさと自分のテントに帰って行った。


「……何だった――いでぇ! 今度は何――っ! 待て、待てって、いてえって!」


 ぽかん、としているイチゾーの背中が、そのやり取りを見ていた周りの人々から次々に叩かれる。

 同年代の少年と一部の少女は殺意を込めて。

 それ以外の少女たちは逆にきゃぁきゃぁ言いながら。

 そして男どもはニヤニヤ笑いながら。

 女衆は「しっかりしなさいよ!」と言う言葉と共に。

 こうして幼馴染に噛まれ、家族に背中を叩かれてボロボロになってイチゾーは十年を過ごした巣から飛び立つことに成った。


「……酷い追い出され方された様なきがすンな」

「ぐなぐ!」


イチゾーの認識は「巣立ち(ハンターになる)」

他の八咫烏衆の認識は「巣立ち(新しい巣を造る場所を探しに行った)」

そんな認識の違い。


有り難いことに、以前からの読者さんが結構読んで下さっている。

そのせいで、「なろう」「カクヨム」ともにカエデのヒロインレースに対して心配するコメントを頂いてしまった。


――御覧の有り様だよ!!!!


……いや、大丈夫。まだ大丈夫だから!




今日のペンギン語は

「んぐ、ぐぐあ」

「(価値のあるモノ)(稼ぐ)」

「お金を稼ぐ道具」

「んぐ、ぐあー、なっ」

「(価値のあるモノ)(どうぞ)(否定)」で(どうぞ)を(否定)することで(下さい)となって同じ意味になります。好きな方を使いましょう。


※お詫びと訂正。前回のペンギン語で四以上を「ぐああああー」と書きましたが、正しくは「ぐあああああああー」でした。申し訳ありません<m(__)m>

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― 新着の感想 ―
完全なマーキング(噛み傷) ふと思ったんだけど、ペンギン的にホットコーラはどうなんだろ? 好きなやつは好きって感じかな?
でもっ…でもカエデの扱いがまるで飢えた獣っスよポチ吉の旦那ァ!イッチの矢印がなんか向いてないしィ!とんずらこかれる感じの! ほんとに大丈夫なんスか!?
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