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それならもう――

 木刀を用いた模擬戦闘であればイチゾーにも十分に勝ち目はあった。

 だがこれが赤刃音を用いた実戦、殺し合いである以上、イチゾーに勝ち目はなかった。

 イチヒコはイチゾーよりも上の八咫烏で、更に蟲憑きだ。

 技でほぼ拮抗か、相手が上である以上。昼間にやった様に避け続けて一方的に殴り続けて顔の形を変える様な真似はできない。

 故に勝負を分ける要因は、その他。八咫烏の技以外。即ち――蟲憑きとしての位階(レベル)

 イチヒコの蟲憑きとしての位階(レベル)(ろく)。現状、皇国内に十人居ないと言われ、それより上は無い人類の到達点だ。位階(レベル)零のイチゾーとは文字通りに『種族が違うほどの隔たり』そのままが実力差として存在していると言うことだった。

 だが、何故かイチヒコは魔法を使っていない。位階(レベル)(よん)以降の蟲憑きが取る戦闘形態もとっていない。


「……」


 舐めてるのか? そう思う。それに少し苛立つ。だが、それを止めろと言えるほどの傲慢さはイチゾーには無い。

 思い出したのは十年前の出来事。

 今の自分であれば三分で殺し切れる様な未熟で弱い小鬼種(ゴブリン)のハンター相手にたったの一撃で腹を破られ、死に掛けた思い出。

 イチゾーは理解していた。

 あの差以上の差が、イチヒコとの間には存在すると言うことを。

 それでも――

 その差を埋める為に八咫烏の技が存在していると言うことを。

 故に、特化する。

 血を、骨を、肉を、魂を、研いで、削って、特化させる。

 歩く。

 その機能だけに特化させる。ただそれだけに集中させる。

 一撃でも喰らえば死ぬ。それどころか軽く触れるだけで超振動ブレードである赤刃音はその部位を何の抵抗も無く斬り飛ばすだろう。


『魔力を持つモノに対しては、魔力を込めた攻撃以外は効き難い』


 そのルールを覆し、人類が魔物を斬る為に造られたのが赤刃音だ。

 それをイチゾーは使えない。飛べない(カラス)。羽の無い(カラス)であるイチゾーは使えない。

 だからイチゾーは自分に出来ることをした。


「おぉ!」


 思わず感嘆の声を漏らしたのは今回の戦いの見届け人となった弐號丸(にごうまる)から漆號丸(しちごうまる)の内の誰だったのだろうか?

 武人気質な所がある鱗種(リザードマン)伍號丸(ごごうまる)だったのかもしれない。

 雅号持ちの中では最も若く、未熟な猫人種(マオ)参號丸(さんごうまる)だろうか?

 いや、もしかしたらイチゾーの若さでそこまで仕上げたことに感動した最年長の漆號丸だったかもしれない。

 誰が声を出したのかは分からない。

 だって誰もが同じ感情を持っていた。

 即ち――御見事。

 演武。眼前で為されたのは(まさ)しくそれだった。まるで打ち合わせをして型を造り、その型の修練をした果て。千秋楽にて演じられた武の舞の様だった。

 思わず身惚れた。

 そしてそれが打ち合わせも、修練も無しに行われた単なる殺し合いの結果だと言うのが――悲しかった。

 当代の八咫烏において雅号を継いだ者達。

 イチゾーは今、そんな彼等を驚かせる次元を歩いていた。歩いていたのだ。そしてそれでも――届かない。

 八咫烏にとって、飛べないと言うことはそれ程までに不利なのだ。

 八咫烏。神の御使いであれど、(とり)の名を冠する以上、やはり羽は(かなめ)なのだ。

 受ければ捌ける一手も避けるしかない/バランスが崩れる

 刀を合わせれば逸らせる一手だが、受けた刀身が折れる/一手遅れる

 誰よりも見事に歩いて見せながらも、羽が無いが故にイチゾーはどんどん追い込まれて行く。


「ッ!」


 そうして積み重なった僅かなミスを見逃すほどイチヒコ――壱號丸は甘くない。

 弐足・円天。地を削る様にして回る歩法に乗せた一太刀がイチゾーの赤刃音の刀身を砕き、追っての一太刀が胸を斬る。浅い。それでも肉に届いた。赤が噴き出し、痛みにイチゾーが遅れる。


その傷(・・・)は蟲憑きとしての差だ」


 だからお前の技は負けてねぇぜ? とイチヒコ。その言葉は、イチゾーの胸から聞こえた。小柄な小鬼種(ゴブリン)であることを活かして潜り込んだイチヒコが、ぴた、と背中をイチゾーの胸に当て、足を引っかける。


 ――しくった!


 そんなイチゾーの心中を肯定する様に、為されるは絶紹。八咫式歩法術、壱足・槍天が崩し――墜天(ついてん)

 蹴り出す力を踏み込みに、踏み込んだ力を威力に。音すら置き去りにする槍天の技法にて放たれた鉄山靠(てつざんこう)は容赦無くイチゾーを撃ち出した。それでも――


「お前……マジで勿体ねぇな、クソ弟子」


 手応えの無さがイチヒコに舌打ちをさせる。

 もう結果は出た。だから終わらせた。そのつもりだった。それなのにイチゾーはギリギリの所で踏み止まって見せた。

 イチヒコはイチゾーの師だ。そしてイチゾーの父でもある。だから弟子であり、息子でもあるイチゾーに何人かの八咫烏が向ける感情が気に入らなかった。

 だが、今、理解できた。出来てしまった。

 羨望される訳だ。

 失望される訳だ。

 これ程の技を持って居るから羨望される。

 これ程の技を持ちながらも、八咫烏として完成しないのだから失望される。


 ――クソ共にすりゃぁ眩し過ぎンな。


 自分の様な天才なら兎も角、下の連中には眩しすぎる。

 嫌われる訳だ。

 それがイチヒコには理解出来た。

 そして当たり前だが――イチゾーにはそんな勝手過ぎる感情を理解出来るはずが無かった。








 咄嗟に後ろに飛んで衝撃全てを貰うのをどうにか防いだ。

 その代償とでも言うべきだろうか?

 飛び過ぎたイチゾーはテントの一つに突き刺さっていた。入り口がこちらを向いていたのが良かったのか、悪かったのか、テントを倒す代わりに入り口から飛び込んだ結果、中に入っていた荷物を崩していた。

 物置テントだった様で、イチゾーが崩した荷物の中には工具などがあった。


「――そこまで、なのかよ」


 そんな工具の中、身体を起こせずに、イチゾーの口から弱音が零れる。

 イチヒコは加減をしていた。それでもその一撃には確かな殺意があった。だからソレを避ける度に、防ぐ度に、心が傷ついた。

 そこまでか、と。

 そこまでなのか、と。

 飛べない(カラス)は生きていてはいけないのか、と悲しくなった。

 父親だ。イチヒコはイチゾーの父親だ。血は繋がっていないし、小鬼種(ゴブリン)であるイチヒコの身長は随分と前に追い越したけれど、イチヒコはイチゾーの父親だった。

 そんな父親に死ねと言われる。剣で、歩法で、死ねと言われる。

 自分はそこまで悪いことをしてしまったのだろうか?

 飛べないと言うことはそこまで悪いことなのだろうか?

 そう思ってしまう。――答えてくれる人はいない。


「……」


 上手く歩けた時、褒めてくれたことを覚えている。熱を出した時、看病してくれたことも覚えている。雛と認められ、赤刃音を貰った時、自分よりも喜んでくれたことだって覚えている。

 命を救ってくれた。自分だけでなく、ニゾーもだ。


「――あぁ、クソが」


 そんな相手が死ねと言ってくる。言ってくるのなら、それは正しいことなのでは? そう思えてしまう。あの時、奇跡的に救われた命なんだから、返すのが筋――


 ……。

 ………。

 …………いや。


 違う。それは違う。絶対に違う。そもそも。そもそもだ。褒めてくれたが、看病してくれたが、誰よりも喜んでくれたが、命を救ってくれたが――

 アイツ、今、俺を殺そうとしてるよな?


「は、」


 ふと、気が付いた単純な事実に思わず嗤いが零れる。口が歪む。目に、怒りが滲む。

 そう。そうだ。アイツは俺を殺そうとしている。それならもう――


 アイツ、殺しても良くないか?


「――」


 握っていた赤刃音の柄を放り捨てる。

 要らん。旧時代から継がれて来た技だかなんだか知らんが……使えない道具だ。そんなモノは必要ない。斬る為の刀の癖に斬れないのだから、もう必要ない。クソだ。

 その代わりに、イチゾーは散らばった工具の中からテントのペグ打ちに使うハンマーを何本か拾ってベルトに刺し、二本を両手に持ってテントの外に出た。


「へぇ? まだやるン――」

クソチビ(・・・・)

「……」

「ぶっ殺してやるから覚悟しろや、クソチビ」

「――おい。おいおい。おいおいおいおいウぉぉぉぉぉい! 小鬼種(ゴブリン)相手に喧嘩する時、『言っちゃダメな言葉』、親から教わってねぇのかな、ボクちゃんはよォ!?」

「親はテメェだよ、クソチビ!」


 ファック! とイチゾーが唾を飛ばしながら、元気よく中指をおっ勃てれば――


「テメェみてぇなクソ餓鬼なんざ知るかボケェ!!」


 クソが! と親指下に向けてイチヒコが応じる。


「唾飛ばすんじゃねぇよ、クソ親父が!」

「飛ばしてんのはテメェだろーが!」

「飛ばしてたとしてもテメェにゃ関係ねぇよな? チビだから! 唾、頭越えてくからよォ!」

「重力の存在も知らねぇのかクソ馬鹿! 落ちてくンだよ!」


 先の戦い、一手目は音を置き去りにする程に見事な槍天から始まった。だが第二ラウンドの一手目は――


「待て! 待って、壱號! 冷静に成れ! 本来の目的を――」


 低レベルな親子喧嘩を制止しようとした弐號丸に対しての……


「「すっこんでろ、ハゲ!」」


 と言う罵倒から始まった。







 非常に低レベルな口論から始まった第二ラウンドだが、その内容は先の第一ラウンド以上のモノとなった。

 理由は簡単。

 イチゾーの動き、特に攻撃の精度が上がったからだ。


 ――マジかよ。


 そんな言葉がイチゾーの口から零れそうになる。

 動きが軽い。自由に動ける。今まではどうしたって精神感応金属(ヒヒイロカネ)の刀身を持つ赤刃音を震わす為に意識を割いていた。だが――


「ははっ!」


 今はそれが無い。

 良い。刃を震わせるどころか、刃筋を意識する必要すらない。雑に、ただ殴る(・・・・)。それだけで敵を破壊できる。あぁ、そうだ。武器とは、道具とは、こう言うモノ(・・・・・・)で良いのだ。

 武器は道具で、道具は物だ。

 相棒の様に扱う。女の様に扱う。そうやって大切に使う? そうしたら武器も応えてくれる? 何に? 思いに? メンテに掛けた時間に? ――アホらしい。

 物に魂は無い。

 威力は劣る。鳴かなかった赤刃音以下だ。それでも武器に意識を裂かなくても良い分だけ、歩くことに意識を裂ける。自由に動ける。


 ――あぁ、そう言うことか。


 この時、周りからの視線の意味をイチゾーは理解した。

 赤刃音。羽。飛ぶ為の翼に逆に縛られて藻掻く自分の姿は――成程。他の八咫烏からしたら随分と滑稽に映っただろうな、と理解した。

 馬鹿は笑われて当然だ。馬鹿は群れから弾かれて当然だ。

 赤刃音を捨てた今、初めてイチゾーは飛べた。八咫烏と成れた。


「割とヤケクソだったんだよ」


 殺すって言ったけど、本気で()れるとは思ってなかったんだよ、とイチゾー。「でもな」。笑う。笑う。嗤う。


「――今なら()れそうだぜ?」


 ハンマーの頭を握る。指の間から尖った部分を覗かせ、殴る。魔力持ち故に通らない。だが浮かせた。間合いを詰める一歩。右足を軸に、一度背中を晒す不様を晒しての回転。その間にハンマーの柄を持ち直し――叩きつける様に二本のハンマーを赤刃音に叩きつける。

 技術で負けている。武器で負けている。だが、相手は小鬼種(ゴブリン)。クソチビだ。だから――体格では勝っている。

 重さを活かせ。

 高さを活かせ。

 勝っている部分で勝負をしろ。重くてデカい奴は強いと言うことを証明しろ。

 軽くなった歩みを武器にイチゾーが猛攻をしかける。

 その猛攻を捌くイチヒコが――


「――へぇ?」


 と嬉しそうに笑って――この殺し合いから始まった親子喧嘩は一瞬で終わった。


ちくわより。

かまぼこの方が木の板がある分、攻撃力が高い。

そんなお話。


十年掛けてイチヒコはイチゾーの口調をチンピラにしてくれたのです。

――感謝ッ!!



あ、今日もニゾーが喋ってないからペンギン語はお休みです。

いやっほう!!

あと、説明無くて分かんないペンギン語があれば気軽に質問して下さいませー。

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飛べない烏…故にジャンクバード、ってことですね。 攻撃力問題は虫の卵が孵れば魔力パワーでどうとでもなりそう。 全然関係ないかもしれないけど、吉野御流合戦礼法 迅雷が崩し…を思い出しました。
親子の喧嘩なんだろうけど、なんかの節目なんだろうな。 独り立ち(彼女付き)の時期かな? ペンギンジョークを考えたけど思いつかねえ…。 そういえば俺はペンギンの何を知ってる…? いやそもそもペンギンっ…
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