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飛べない烏

 空に昇る太陽は高く、力強い。

 足元の草も青々と輝いている。

 夏。

 旧時代から変わらず、暑い季節で――迷宮ペンギン達の換羽期でもある。

 それは人と共にいることを選んだ傭兵稼業のペンギン達も変わらない。

 つまり、八咫烏衆の一部の者達が一番忙しくなる季節だ。

 身体から抜け落ちた瞬間にどういう仕組みか、対物ライフルを止められたはずの神秘は落ちるので防具には使えないが、ペンギンの羽毛は優秀だ。寒さに強く、暑さにも強い。

 彼等の羽毛で造った布団やシュラフ、それとダウンジャケットなどは八咫烏衆の様な多くのペンギンと共に暮らす狩猟団の収入としては結構な割合をしめていた。街へ行くと良く売れるのだ。

 羽毛を集め、手作業でゴミを取り除き、洗浄、殺菌の後に詰められて商品となる。

 八咫烏衆でこれ等の工程を担当するのは修行に入る前の子供や、八咫烏に成らなかったモノ達の仕事だった。


「ふぅ」


 と額の汗を拭う女も普段はドローン技士の見習いだが、この季節の風物詩としてペンギン毟りに駆り出されている一人だった。

 日差しを避ける為に張ったターフの下、傍らにクーラーボックスを置いて椅子に座る彼女の前にはペンギンの行列。彼等の抜けかけの羽毛を櫛や手で毟る彼女は人間種(ヒューム)の少女だった。

 歳の頃は十代の後半。

 濡れ羽色の艶のある黒髪をショートボブにした彼女は、作業のせいか、それとも夏の暑さのせいか、白磁の様な白い肌を少し赤くしていた。

 カエデ。十年程前に幼馴染の少年と一緒に八咫烏衆に加わった彼女には、もう既にこの作業は手慣れたモノではあるが、楽なモノと言う訳ではなかった。


「……」


 首に掛けたタオルで汗を拭き、口に宛がって、ぷー、と吹き込んでみる。暑い。取り敢えず今抜ける分を抜き終わったので、目の前の大柄なコウテイペンギンに「今日はもう良いですよ」。そう言いながら彼が持って居たリュックを背負わせて、協力のお礼として傍らのクーラーボックスから瓶コーラを渡してあげる。「ぐあ!」。痒い所が無くなったし、コーラも貰えたので大満足。そんな感じなのだろう。コウテイペンギンは嬉しそうにフリッパーを上げると去って行った。


「はい、次の子どうぞ」


 カエデがそう言うと、一羽のペンギンがやって来た。「ぐあ!」。よっ! と親し気にフリッパーを掲げる。

 先程のコウテイペンギンと比べると随分と小柄なペンギンだった。だが幼体と言う訳ではない。彼の目の上にはイワトビペンギン種の成体であることを示す立派な黄色い冠羽があった。


「狩りから戻ったんですね、ニゾー。……イチゾーは?」

「なっ。んな、ぐあぐああ、なっ」

「そうですか。それなら夕飯、一緒に食べようって伝えて下さい」

「ぐあ!」


 わかった! と敬礼の様な真似をするニゾー。

 そんな彼からリュックを受け取ると、カエデは随分と大きくなったニゾーの背中に手を伸ばした。「……」。何となく、同じ様に大きくなった幼馴染の男の子の背中を思い出した。









 右足を軸に、左足を軸に。

 両手に木刀を握り、イチゾーが弧を描く。弧を描く。弧を描く。弧を連ねて――円を描く。

 八咫式歩法術(やたしきほほうじゅつ)弐式(にしき)円天(えんてん)

 三人を相手どっての実戦組手。前衛を担当する黒髪の精霊種(エルフ)、カゲチヨの木刀の連撃を下がることで流して、書き換えていたイチゾーが跳ねる。銃撃。逃げ道に置かれた訓練用のペイント弾を跳んで避ける。複数人を相手にしている時に跳ねるなど、隙を晒す愚行でしかない。


 ――イチゾーが八咫烏でなければ。


 とす、軽い一歩。流体であるはずの空気を蹴り、方向転換。上から下へ。空から地へ。槍が突き刺さる様に真っ直ぐにイチゾー地面に刺さる。

 先程までカゲチヨの目よりも高い所にあったイチゾーが今は伏せるようにしてカゲチヨの膝より下へと移る。

 それは空のイチゾーを斬ろうとしていたカゲチヨからしたら、一瞬でイチゾーが消えた様に見える軌道だった。

 戦闘の最中に獲物から目を離したハンターの行く末など決まっている。

 伏せた体勢そのままにイチゾーが弧を描く。円天にてカゲチヨの足を刈り、倒してから木刀で止め。それを見て、遠距離を担当していた二人も両手を挙げて降参の意を示す。

 三人の内で最も近接に優れたカゲチヨが取られた時点で彼等に勝ち目はないからだ。


「……」


 それを見て、ふ、とイチゾーも肩から力を抜く。両手に持った二本の木刀を腰に納める。

 イチゾーがイチヒコの弟子になって十年。師に才能が有ったのか、弟子に才能が有ったのか。そのどちらもなのかは分からないが、イチゾーは八咫烏の技の殆どを修め、最早同年代であればカゲチヨの様に既に蟲憑きに成った者にすらも勝てる様になっていた。


「立てっか、カゲチヨ?」

「……」


 だが周囲から注がれる視線は厳しいモノだった。

 今もそうだ。負けたカゲチヨに、その周囲で稽古を見ていた他の八咫烏。ベテランも、新人も、修行中の子供ですらイチゾーを見る目には大なり小なり失望が滲んでいた。

 この組手でイチゾーが勝つことを望んでいる人は少なかった。

 理由は簡単だ。


「……飛べない癖に」


 負け惜しみの様にカゲチヨが吐き捨てた言葉が全てだった。

 八咫烏が旧時代より魔力に頼らず魔物を狩る為に磨き、継いで来た技は二つある。

 一つは八咫式歩法術。

 一つは赤刃音。

 イチゾーの歩法術は既に師であるイチヒコを筆頭とした現在七人居る雅号の継承者に並ぶ程の腕だった。誰よりも軽く、誰よりも重く、誰よりも鋭く、誰よりも鈍く、歩けない場所は既に存在しない。そう称されるほどにイチゾーの歩法術は磨かれていた。

 だが、赤刃音(あかはね)

 精神感応金属(ヒヒイロカネ)を用いた精神感応式超振動ブレードを使うことが出来なかった。

 碩学曰く、魔力とは生物の意思だ。故に赤刃音は単純な超振動ブレードが持つ驚異的な切れ味とは別に、人の精神を喰ってエネルギーとする精神感応金属(ヒヒイロカネ)の特性により、魔物を斬ることが出来た。

 八咫式歩法術と赤刃音。

 この二つは八咫烏の要だ。どちらが欠けても八咫烏として成り立たない。

 故にイチゾーは言われる。刃音が、羽が使えないが故に言われる。


 ――飛べない癖に、と。


 そこには羨望と失望があった。

 誰よりも上手く歩くイチゾーに対する羨望。

 そして誰よりも上手く歩く癖に、刀を使えないイチゾーに対する失望だ。


「――れ」

「は?」

「歯ぁ喰いしばれって言ってンだよ、クソが」


 だがそんなことはイチゾーには関係ない。

 負けといてクソみたいな負け惜しみを吐いて来たアホの顔面など、形が変わるまで殴り潰すだけなのである。








 八咫烏の技は魔力を持たない者が、魔物を狩る為の技だ。

 だから位階(レベル)零、蟲の卵が入っているだけのイチゾーであっても、位階(レベル)壱の蟲憑きであるカゲチヨの顔面の形を変えることはできる。

 理論上はそうだが、実際にソレがやれるかは別だ。

 技を継いで来た。技を磨いて来た。

 それでも今の時代には『蟲憑き』と言う外法で以って生き物としての強さの強化が出来てしまうので、どうしたって八咫烏の技術のピークは旧時代の終わり、純粋に技しか(・・・)頼るモノの無かった時代になってしまう。

 だから若くして雅号持ちの連中に並ぶ、その時代の先祖返りの様な歩法術が使えるイチゾーに対して、どうしても八咫烏衆の者は失望してしまう。『あんなに歩けるのに、どうして』と。


「……」


 だがそのことに誰よりも失望しているのはイチゾー自身だった。

 夜。

 月と星が見下ろす平原。八咫烏衆がテントを張る野営地から離れて闇の中にイチゾーは居た。

 夜は、暗い。

 スラムであってもある程度の光源が確保されている街とは異なり、人の手の入っていない夜は本当に暗いのだ。


「――」


 そんな闇の中、意識して呼吸を深くする。

 水を含んで重く、温くなった夜気はどこか濁っている。冬の夜気の方がイチゾーは好きだ。

 それでも『外』を『内』に取り込めば、意識が切り替わる。

 ハンターに。

 魔物を殺す者としての思考に切り替わる。「……」。ゆっくりと、イチゾーが腰に佩いた二刀を――赤刃音を抜く。


 ――音は無い。


 呼吸に合わせてゆっくりと神経を伸ばすイメージをする。手の平から、柄へ、柄から刀身へ。


 ――音は無い。


 手足の先に刀があるのではなく『刀』と言う器官を得たと言うことを意識する。


 ――音は無い。


 ゆっくり腰を下ろす。そのまま刀を振るう。風を切る。風を切る。風を切る。それでも――


 ――音は、無い。


「……」


 やっぱりな。そんな言葉が出そうになるのを堪えながら鞘に戻す。何がいけないのかが、分からない。どうして使えないのかが、分からない。何かが足りないのか、何かが多いのか、それすらも分からない。分からないが――事実として今日もイチゾーの赤刃音は鳴かなかった。


「ぐあぐ!」

「……ありがとよ」


 元気出せよ、と寄ってきて足をぽすぽす叩くニゾーにお礼を言いながら、その身体を持ち上げる。ニゾーは大きくなったが、それ以上にイチゾーの方が大きくなった。だから今でも徒歩での移動の際のニゾーの定位置はイチゾーの頭の上だ。インナーとして着込んだパーカーのフードを上手い具合に使って、ニゾーが定位置に収まる。

 それを確認してイチゾーは自分のテントに帰る為に歩き出した。


「……」


 月が随分と高い場所に有った。結構良い時間まで自分は剣を振っていたようだ。「……」。努力は報われて初めて努力になる。それならば自分が過ごしたこの時間は何時か『努力』に変わってくれるのだろうか?

 月が細いせいだろうか? 思わずそんな弱音が浮かんでしまう。


 ――だから気が付くのに遅れた。


「ヨォ、イチゾー」


 声は進む先から、発したのは赤い肌の小鬼種(ゴブリン)。そして気配は七つ。イチゾーの師であるイチヒコを含めた七人の雅号持ちが野営地に戻るイチゾーを出迎える様に立っていた。「……」。嫌な臭いがした。殺気の混じった匂いがした。

 周囲を囲むように作られた篝火(かがりび)の輪がまるで――リングの様だ。


「……よぉ、親父。どうした? 調子でもわりぃのか? 夜なのに素面じゃねぇか」


 言いながらニゾーを降ろす。ニゾーも異様な空気を感じたのだろう。「ぐが」。と、威嚇の言葉を口にして、三回地面を掻いた。それを見てイチヒコ以外の六人が無言で腰を低くした。

 本気か? そう思った。

 冗談だろ? そう思った。

 そして――


「――そこまで(・・・・)か?」


 嘘であってくれと、祈る様にその言葉を口にした。

 だってイチヒコ達は武器を、赤刃音を佩いている。

 だってイチヒコ達は殺気をこちらに向けている。

 それはつまりイチゾーを殺すと言うことだ。だから嘘であって欲しかった。失望された。それは知っている。それでも八咫烏衆はイチゾーの家族だ。この十年、人生の半分以上を一緒に過ごして来た家族だ。怒られたこともある。褒められたこともある。泣かせたことも、泣かされたこともある。笑わせたことも、笑わされたことも、そして共に笑いあったこともある。そんな家族だ。


「……」


 家族、なのだ。

 だから嘘であって欲しかった。


「クソ察しが良いじゃねェか、馬鹿息子」

「……」

「飛べない(カラス)は要らねぇ」

「……」

「その癖、お前は技を修めてる。持ち出されたら拙ぃだろ?」

「……ただの技ってのがアンタの教えだって気がすンですけどね、お師匠サマ?」


 何時の間に趣旨変えしたんだ? とイチゾー。


「ついさっきだよ、クソ弟子」


 だから――分かるだろ? と赤刃音を抜くイチヒコ。

 イィィィィン、と緋色の刀身が高く鳴く。


「……あぁ、そうかい」


 応じて、イチゾーも赤刃音を抜く。

 ――。緋色の刀身は無音。「……」。ちっ、と思わず舌打ちをする。


「ニゾーには手ぇだすな」

「ニゾーが手ぇださねぇならな」

「……ニゾー、雅号持ちに数で来られると負ける。手ぇ出すな」

「……ぐあ」

「心配すんな」


 強がりを口にする。それでも無理矢理笑ってニゾーを送り出す。


「もう良いか、クソ弟子?」

「あぁ。ばっちりだよ、クソ師匠」


 彼我の距離は、一足一刀と呼ぶには未だ遠い。


「そうかい、そんなら――」

「……」


 それでもこれは八咫烏であるイチゾーとイチヒコにとっては互いが互いに既に間合いの内だ。

 ちりり、と殺気が空気を焦がす中、深く、低く、構えを造る。

 お互いが一手目に選んだのは――


「八咫烏が当代、壱號丸。参る」

「――イチゾー、仕る」


 壱足(いっそく)槍天(そうてん)

 音すら置き去りにする一歩目を合図に、(カラス)(カラス)がぶつかった。


イチゾーの寝袋はニゾー百パーセントらしい。


ARの弾丸を平気で避けるけど、武器が『ちくわ』。

それがイチゾーの現状なのです。可哀想。




この辺からアナグマ語では対応しきれずに、エクセル使ってオリジナルのペンギン語を造りだした。

でも未だ2つ新しいの足しただけで頑張ってる。

本当にコスパが良いよ、ペンギン語!


と、言う訳で、今日のペンギン語はオリジナルの

「ぐあぐ!」

元気、大丈夫、頑張れ、ドンマイ

などの意味を持ちます。

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― 新着の感想 ―
精神感応金属……ということは、禽眼ドラグナーからの受け継ぎ要素ですかね? ポチ吉さんの生み出す世界には、独特な魅力と中毒性があって凄く惹き込まれてしまいますな。
次回、イチゾー死す! 多分、イチゾーが他の連中にやっかみを受けてるの彼女がいるってのもあるかもな…。 イチゾー死すべし慈悲はない。
なんか既視感があると思ったらLOMかぁ。ぐぁ。
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