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ジャンクバード  作者: ポチ吉


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42/43

笑え

今日は二話同時更新(1/2)


「……」


 ——また間違えたな、コイツ。

 九字切り。幼少時より仕込まれた暗示により、切り札を切ったメアリが来る先を見ながら(・・・・)イチゾーはそう思った。

 二段階加速の時点で追えていなかったのだから、これ以上速くなっても仕方が無い。あの速さは無駄だ。

 人間種(ヒューム)を仕留める前に、蟲の種類は吐かせてある。

 爆斑猫(はぜはんみょう)。名前の通り、最速の昆虫と名高い斑猫をベースとした蟲だ。宿った場所も良い。斑猫の速度の要である二本の大きな後ろ足。それを出せる腰。

 加えて八咫烏の歩法。

 甲殻を持つ蟲にも関わらず、〈硬化〉も生えずに全部〈加速〉と言うのはどうかと思うが、それでも思い切り尖らせると言う構成はそれ程悪くない。


 ——皇国軍が手古摺る訳だ。


 素直にそう思う。メアリを仕留めようと思ったら戦闘向きで、現役。それでメアリよりも位階(レベル)が二つは上の奴を用意しないとキツイだろう。

 複数の不老者(イモータル)を殺せた実力は間違いなく本物だ。

 ただ――

 イチゾーとは相性が悪すぎる。


「……」


 イチゾーが吸っていた煙草を指ではじく。ポイ捨てだ。後で拾うつもりであるとは言え、褒められた行為では無い。

 火が点いたままの煙草はくるくると横回転して――

 丁度火のついた先端が現れた(・・・)メアリの眼球の前に来た。


「っ!!」


 あわや目を焼かれるか? と言う所で、転ぶ様にして避けるメアリ。「――、——」。間一髪の回避に、呼吸は荒れ、背中にたっぷりと冷たい汗を掻いた。ふりふりのゴスロリ衣装も砂で汚れて洗濯が大変そうだ。


「諦めろ」


 そんなメアリを見ながら、イチゾーが言う。


「……諦める? 目で追えない君に対して、どうしてボクが――」

テメェも(・・・・)見えてねぇだろ?」

「――」

「自分の動きが速すぎて見えてねぇだろ? だから予め決めた軌道でしか動けてねぇ。ンで、ブチ切れでいらっしゃるからその軌道が読み(やし)ぃ」

「そう言うことか。だったら、パターンを変えれば良いだろ!」

「……」


 説教の途中なのにまた消えた。

 切り札の二枚切りと言う奴なのだろう。

 メアリが使ったのは参足・鈍天。

 急加速と急停止を使うことで現れては消える歩法。


「……」


 成程。これならイチゾーの動きをある程度みて動きを決められる。軌道予測からの不意打ち対策は出来ているが――


「アホがよぉ」


 うんざりしながらイチゾーは足元に落ちていた砂岩を掴み、無作為に放り投げた。煙草よりも重さがある分、速度が出る。


「ぷ!?」


 だから今度はちゃんと当たった。砕けた砂岩が砂になり、砂が目に入ったメアリの動きが止まる。


「最後まで聞け。いくら軌道が読み易くてもな、ここ(・・)まで読まれる訳ねーだろうが」


 軌道くらいなら読める奴は読める。その程度なら不老者(イモータル)を複数殺すなど不可能だ。何と言っても彼等は経験の塊。軌道予測の精度はイチゾーの比ではない。

 と、言うかイチゾーはそこまで軌道を読んでない。イチゾーが先読みに使っているのは――


「雑! 足音たて過ぎ。予備動作も丸見え。基本がクソだぜ、お嬢ちゃん?」


 足音と予備動作。

 イチゾーは足音が聞こえればタイミングが取れるし、方向も読める。

 ——だから壱足は通じない。

 それ以上に予備動作が丸見えなので狙いも読める。

 ——だから弐足は勿論、参足とか丸見えだ。

 歩法を武器とする八咫烏の基本。足音を消す。メアリはそれが全く出来ていない。

 そして同じ八咫烏であり、同じ歩法を修めているイチゾーからしたらメアリの動きが読めてしまう。


「マジで失伝してンだな、テメェんとこ……」


 目潰しを喰らって隙だらけ。

 そんなメアリに追撃をすることなく、さっき投げた煙草を拾うイチゾー。大きな隙だが、正直メアリ相手ならこんな隙は幾らでも作れる。それよりも環境の方がずっと大事だ。


「将棋やったことある? アレってさ、格上相手だと、本当にどうしようもないよな? 気合い入れてもどうしようもねぇし、ルールの穴を突く裏技もねぇ」


 それと一緒だよ、とイチゾー。


「実力差がクソ過ぎンだよ。イチゾー百冠とメアリちゃん十級だと勝負にもなんねぇだろ?」


 蟲の位階(レベル)に寄らない強さ。それがメアリが勝ち続けてこれた理由だ。

 だがその『蟲の位階(レベル)に寄らない強さ』の差がイチゾーとメアリでは大きすぎる。


「つー訳で諦めろ」


 テメェは首謀者だから殺さずにカズキに引き渡すからよ、とイチゾー。


「――断る」

「あ?」

「言っただろう、イチゾー? ボクは殺し合いが好きなんだ。勝てないからって――引く理由には成らないよっ!」

「……あぁ、そう」


 イチゾーの目から、少しだけあった同情の光が消える。

 メアリは被害者だ。アホな先代が積んだ負の遺産。それを全部背負わされた天才。もし彼女がイチゾーと同じ群れ、本家・八咫烏衆にいたのなら、彼女は間違いなくイチゾーよりも上の八咫烏になっていただろう。

 だが、そう成らなかった。

 だから少し、同情をしていた。

 それが必要ないと言うのなら――残るのは純粋な『軽蔑』だけだ。

 イチゾーとメアリ。互いが互いに切ったのは、(じん)の歩法。歩法の中で最も難度が高いとされる参足・鈍天。

 鈍く、それでも速く。その矛盾。

 八咫烏同士がコレをやると、陣取りゲームの様になる。あいての踏める場所を潰し、自分が踏める場所を増やし、追い詰め、或いは追い詰められるフリをしながら追い詰め、一撃を叩き込む隙を作る。

 つまり、長期戦になる。

 だが――


「ヨォ」

「え?」


 イチゾーが一手で詰めた。

 メアリが姿を現すよりも速く、その予定地の前に立っていたイチゾーはメアリが現れると同時に、ウォーハンマーを叩きつける。現れた瞬間に出迎える衝撃。それを喰らい、咄嗟に受けたメアリの左腕の骨が折れる。


「まだっ!」


 それえでも跳び退りながら一歩を踏んで――


「……」

「なんっ、でっ!?」


 また左。

 ガードが追い付いていないのに、何故か同じ場所。明らかにわざと狙ったその一撃に、いや――狙いを付けることが出来る(・・・)と言うことにメアリは驚愕する。

 速いのだ。

 メアリの方が圧倒的に速いのだ。

 自分の眼で追えない速度。憑いている蟲、爆斑猫のベースと成った斑猫も抱えていたその欠点を確かにメアリも抱えている。だから攻撃は雑だ。それは認める。


 ――それなら彼は何なんだ?


 速いはずのメアリよりも先に、行く先にいる。

 その状況で的確に同じ場所を打ってくる。


「……」


 雑だと言われた。基本が出来てないと言われた。多分、その通りなのだろう。動きから読まれている。そう言うことだ。「――」。ふぅー、と肺の中を空にする。

 久しぶりの強敵。

 まともに戦える相手。

 それにメアリの頬が緩む。

 雑だと言うのなら。基本が出来てないと言うのならば――


 ——この殺し合いの中で学べばいい。


 メアリは間違いなく天才だった。

 基本すら伝えられない群れの中で失われた歩法、最も難易度が高い参足を自力で体得する性能に、そんな地獄の様な環境ですら自分を高めることが出来る性格。

 そして――殺し合いを楽しめる精神。

 だからメアリは地を蹴った。

 この殺し合いの最中に、もう一段、強くなる為に。

 相手が蟲も出さず、魔法も使わず、二刀を基本とする八咫烏でありながら未だに左手(利き手の逆)にだけウォーハンマーを握っていると言うのに――まだ『殺し合い』だと信じて。

 もう一度言おう。


 メアリは間違いなく天才だった(・・・)









 速度はとっくに落ちた。

 何度も。何度も。何度も、何度も、何度も――同じ場所を打たれ続けた結果、骨は粉々になり、内出血でどす黒くなった左腕。そこをどうにかする為に、メアリの中の蟲は中に戻って行った。

 最速の昆虫、斑猫。その速さの要である足はもう無く、そもそも、とっくに魔法が切れているのにメアリは魔法をかけ直していない。

 肩で息をするメアリには最早それに気が付く余裕もない。

 戦いの中で学ぶ? そんなことはできない。染みついた癖を消すのに必要なのは、覚悟でも根性でもなく、的確な分析だ。


「どこまでも――どこまでも馬鹿にするっ!」


 メアリとイチゾーの実力差は縮まることなく、結果としてメアリはボロボロになり、イチゾーは戻って来たニゾーの腹を触って「太った?」と言って体調管理をしている始末だ。


「うっせぇなぁ。キレんなよ……」


 フードに入れた感触が変わって無いので、ニゾーは太ったのでは無く、冬毛に成っただけだ。

 そう判断したイチゾーがめんどくさそうにメアリに応じる。

 もうテンションの差があり過ぎて楽しい会話が無理になっていた。


「なん、でっ! なんで、ボクが、負ける!」

「……弱ぇからだよ」

「っ! そんなに基礎が大事なのかい? これ程、差がでるというのかい? それなら、なんで、ボクは、ボク達は――」

「……だからそこには同情してやっただろーがよ」


 同情が要らねぇって言ったのはテメェだぜ? 言いながらイチゾーがメアリに近づき――足がブレる。

 ごく単純な足払い。

 それでも今のメアリにはソレを避けるだけの力も無い。不様に転ばされる。

 すっ転んだメアリ。そんなメアリにイチゾーが視線を合わせて――


「ンなことよりもよ、笑えよ」

「? な、何でボクが笑わなきゃ――」

「殺し合いだぜ? テメェの大好きな……テメェが大好きだって主張した(・・・・)クソみてぇな殺し合いの最中だぜ? だから、おら――笑えよ」


 じゃねーと俺がイジメてるみてぇになんだろーが、とイチゾー。


「こ、こんなものが殺し合いなわけ――」

「殺し合いだよ。こんなモン(・・・・・)が殺し合いだ。ただ、今回はテメェが負ける番って言うだけの殺し合いだ」


 八咫烏衆の中にいたせいだろう。イチゾーは十七年の人生の中、何人か『殺し合いが好き』だと言うモノを見たことはある。

 彼等はその殺し合いの最中、傷を負っても楽しめる。そう言う種類の異常者は確かに存在する。メアリもそこまで(・・・・)は行っている。

 だが、一つ重要なことがある。

 殺し合いである以上、負ければ死ぬ。生きていると言うことは勝ったと言うことだ。

 そう、殺し合いが好きだと言う彼等。

 彼等は――これまでの殺し合いで『勝った』モノなのだ。

 その自己申告が『本物』か『偽物』かは、負けた時に初めて明らかになる。大抵は『偽物』だ。殺し合いではなく、勝つことが、或いは弱いモノ虐めが好きなだけだ。

 だから立場が変われば、負ける側になれば、途端に笑えなくなる。

 だから――


「ほれ、笑えよ」


 メアリの目を見ながらイチゾーが言う。そのイチゾーのフードから降りたニゾーが同じ様にメアリの眼を見ながら、「ぐーあー」と鳴く。

 メアリはペンギン憑きではないし、ペンギン語も分からない。分からないのに、何故かニゾーが、目の前のイワトビペンギンが『笑え』と言っていることが分かってしまった。


「おら、笑えって」

「ぐー、ぐーあー」

「笑え」「ぐーあー」「笑え」「ぐーあー」「笑え」「ぐーあー」「笑え」「ぐーあー」「笑え」「ぐーあー」「笑え」「ぐーあー」「笑え」「ぐーあー」「笑え」「ぐーあー」「笑え」「ぐーあー」

「――ひっ」


 言葉と鳴き声。それに耐えかねる様に、メアリは赤羽根を放り出し、蹲り、耳を塞いだ。

 そこに殺し合いが好きなテロリストは居ない。

 いじめっ子からいじめられっ子になってしまった少女が居るだけだ。


「……」


 終わったな。そう判断して、イチゾーは煙草に火を点ける。

 心を折った。丁寧に。これまで順風満帆だったメアリに刻まれたトラウマの深さは知らないが――


「先輩の為とは言え、女の子にここまですンのは流石に心が痛ぇな……」


 その呟きを聞いたニゾーがイチゾーに昇り、フードに入ると、フリッパーで髪を掻き分けて頭に傷が無いかを確かめだした。


ぐあぐ(大丈夫)?」

「……」


 どうやら頭を打ったと思ったらしい。


何話ぶりかは忘れたけど、ペンギン語講座。

今回は「ぐーあー」。意味は(音楽)(楽しい)(笑顔)。

この話で、ニゾーはこんなにプラスの意味の言葉を使っているのに、何故かそう思えない。

何故だろう?

僕には分からない。

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