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ジャンクバード  作者: ポチ吉


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41/43

超加速

 取り敢えず蜂たちに離れる様に命令を出す。「……」。先輩の匂いが薄れて来たからなのか、何なのか、命令が通り難くなっていた。当たり前と言えば当たり前だが、雑にポケットに入れておいただけなので、何時かはイチゾーの匂いの方が強くなってしまう。


「お前等迷宮の外に出て、解散な」


 それが何時になるかは分からないが、そうなる前に紅蜂を逃がすことに。戦闘中に行き成り裏切られたら堪らない。正直な意見を言わせて貰うなら、メアリお姉ちゃんよりも蜂の群れの方がイチゾーにとっては厄介だ。

 既に匂いが薄れていたのか、単純に出口が分からなかったのか、何匹かが部屋の奥や通路をうろうろしだした。いざと成ったら百頭丸のおやつにしよう。


「おら。蜂ども退かしてやったぞ」


 さっさと顔見せろやボケェ、とイチゾーが言うのに合わせて「ぐな!」とニゾーが短い足で絨毯の塊を蹴り飛ばした。見た目はコミカルだが、中々音は重い。


「わ、分かった! 今、顔出す! 出すから止めてくれ!」


 そう言って人間種(ヒューム)が顔を出した。イチゾーと同じ皇国人らしい黒髪黒目。年齢は多分少し年上で二十代。それ位だろう。

 赤羽根を放り投げ、丸腰。それでも自分の立場を分かっているらしく、両膝を付いて頭の後ろで手を組んでいた。


「……」


 取り敢えず煙草に火を点ける。吸って、その顔に、ぶふぁああああ、と煙を吹き掛ける。咽て苦しそう。かわいそう。


「取り敢えずテメェ等の残りが何人で、そいつ等が何処にいるか――それと蟲の種類あたりを話してくれや」

「残りは二人で「……」っぁあぁぁ!」


 イチゾーが無言で人間種(ヒューム)の鼻の穴に煙草を突っ込んだ。まさかの粘膜根性焼きである。


「それ、抜いたら殺すからな?」


 挿しっぱで歌えよ(・・・)? と言いながら二本目の煙草に火を。


「良いか? 良いな? しっかり聞けよ? 俺は足跡が読める。つまんねぇ(・・・・・)遊びに付き合う気はねぇ。……次やったら――」


 しゅる、と百頭丸が顔を持ち上げ、人間種(ヒューム)と目線を合わせて、かち。それから視線を外せば、その先に居たニゾーも、ぱか、と口を開いて威嚇を一つ。


「調理法はミンチ(・・・)で決まりだけどよ、どっちに食われたいかは選ばせてやるぜ?」

「残りは五人で、二人は捨ヶ原に潜伏してる。一人は夜勤だったから今は寝てる。二人は物資の調達に行ってて、多分、今日戻って来る」

「……」


 角猿が使えなくなったから物資の調達も自分達でやる様に成ったらしい。またレオの様な罪のない商人が犠牲になっていると言うことだ。クソだな。素直にそう思った。

 捨ヶ原に潜っている二人は先輩と術書記述者(スクロールライター)だろう。「……」。多分。もしかしたら掴めてないのが一人いるかもしれないが、まぁ、それがメアリお姉ちゃんである可能性は低いから良い。カズキが――皇国軍人の皆様が張っている状況で潜れるほどあの女は有能ではない。

 そしてこれだけ騒いで寝ている程に無能でもない。

 おツムがちょっと温かいけど、自力で参足・鈍天を造れてる時点で八咫烏としての才能はイチゾーよりも上なのだ。


「寝てる奴の部屋、どこ? 特徴は?」

「……廊下出て、三つ目だ。鱗種(リザードマン)……アンタが殺した奴の兄弟だよ。鱗の色も一緒だ」


 成程。同じ種類の靴跡はコレか。そう雑に判断しながら「……ニゾー」と呼びかけ、処刑人ならぬ処刑ペンを向かわせる。寝てる間に死ねるのだから、まぁ、恵まれた方だろう。


「……なぁ、アンタは……何なんだ? 強盗……って訳でもないんだろ?」


 鼻に突っ込んだ煙草が鼻水に押されて落ちそうになるのを必死に吸い込んで落ちないようにしながら人間種(ヒューム)。ちょっと面白い。


「テロを事前に止めようとしてる一般ハンターだよ」

「……アンタ、イチゾーか?」

「え? 知ってんの?」

「隊長……メアリから聞いてる。皇国陸軍に雇われてる八咫烏だって……なぁ! 頼むよ! 見逃してくれよ! 同じ八咫烏だろ?」


 だから逃がしてくれよ! と人間種(ヒューム)


「……ヘィ? メアリお姉ちゃん曰く、『世界への復讐』『殺し合いが好き』ってことだけど、そう言うこと(・・・・・・)言っちゃって良いんデスカー?」

「あんな馬鹿なことを真に受けて行動してる訳がないだろうが! 俺は、俺は! そんな気は全くなかった! テロだってどうでも良い! ただメアリに付き合ってれば色々と得があったかったから! それだけだ!」

「あー……つまりはただの小悪党っーことでケー?」

「そうだ!」

「……そうですかぃ」


 それなら殺しといた方が世の為ですね?










 解散したはずの紅蜂の何匹かが壊れたテーブルや絨毯を食い千切って部屋の角に巣を造り始めていた。女王蜂は居なかったはずだが――もしかしたらこう言う状況だと働き蜂が女王に変わるとかあるのかもしれない。

 何と言っても紅蜂は虫では無く、蟲。虫の知識は余り当てに成らない。ロイヤルゼリーとかなくても自力でどうにか出来るのかもしれない。

 死体も三つ――では無く、ニゾーが運び込んだモノも合わせて四つあるので、食料に困ることも無いだろう。迷宮の外に出た奴等も合わせてこの迷宮全てを巣に変える様なことがあるかもしれない。


「あ、コレか」


 流石にそれは生態系への影響が大きすぎる様な気がしたので、迷宮を崩しておくことに。リビングの更に奥、恐らくはメアリお姉ちゃんの部屋と思われる場所に核となっている宝石があったのでポケットに突っ込んでおく。

 これを持ち出せば迷宮は崩れる。


「……」


 だから持ち出さない。

 直ぐに崩れる訳では無いので、物資回収に行っていると言うメアリお姉ちゃん達を待つ時間位はあるだろうが、変に異変を知られたくない。

 だからイチゾーとニゾーは迷宮の外に出ることなく、入り口付近の待機所に入り、帰りを待つことにした。

 ジャケットに忍ばせておいたブロック食糧を食べて、水産みの石を使って水分補給を済ませて、気配を殺し、待つ。

 八咫烏衆に居た時、狩りの勢子は何回かやって居る。

 気配を消して待つのはそれなり程度に得意だ。「……」。どれ位の時間が経ったのだろうか? 音が動くのを感じて、イチゾーとニゾーの眼が開く。足音は二つ。一つが軽い。アレがメアリだろう。

 それを感じてイチゾーは、ニゾーのリュックから一冊の文庫本、術書(スクロール)を取り出す。大広場に落ちていた落とし物だ。落とし主さんのことは全然分からないが、何故か訴えられる懸念が全く無い気がするので、使う。


〈隠密〉


 その魔法を発動される為の流れを魔力が造る。中に刻まれた文字が焼け焦げ、僅かに鼻にその匂いが届く。「……」。〈隠密〉の魔法を術書(スクロール)にするのはよろしくねぇのでは? そんなイチゾーの思考を他所に、術書(スクロール)から出た魔法がイチゾーとニゾーを包む。

 足音だけでなく、扉を開ける音も消え。

 匂いも霧散する。

 体温や影すら薄くする空間の中、待機部屋から出て、外へ。

 案の定。

 そう言う言い方は余りしたくないが、案の定メアリ達は何の警戒もせずに、洞窟の奥に向かって行った。

 廊下。その中程まで彼女達が進んだ瞬間に、イチゾー達は動き出した。


「……」


 音無く近づき、そのまま両手のウォーハンマーの鉤爪を後ろを歩いていた豚人種(オーク)の両肩に突き刺し、〈隠密〉の範囲内に取り込む様に引き倒す。


「――っめ!」


 流石に消せる音にも限度がある。音が漏れた。衝撃が漏れた。メアリが振り返る。それよりも速く、イチゾーが跳び、ニゾーが豚人種(オーク)に向き直る。

 振り返るメアリに不意打ち気味に回し蹴りを叩き込む。避けられない。だが、受けられた。それでも体重差で思い切り吹き飛ばし、四つの死体が転がるリビングにメアリを叩き込み、イチゾーはそちらに、そしてニゾーは豚人種(オーク)と対峙する。


「……ヤバくなったら呼べよ?」

「ぐが! ぐぐ、なっ!」


 そっちもな! とニゾーに言われて苦笑い。イチゾーがリビングに入ると、尻尾になっていた百頭丸が扉を閉めた。

 そうしてメアリと対峙する。


「……どうしてここが分かったか聞いた方が良いかな?」


 そう言って嗤うメアリは何時か見たのと同じ黒と赤のゴスロリ衣装。両手には赤羽根を抜き、その腰からは二本、長く、細い蟲の脚が生えて四足歩行の様になっている。


「ロールプレイング、大変ですね? としか言えねぇよ」


 蜂に憑かれた蟲憑き連れてくりゃバレるに決まってんだろーがよ、とイチゾーが応じる。

 殺し合い大好きキャラを演じる為に手がかりをわざと残していたのだ、このお嬢さんは。「……」。そら仲間の口も軽くなるわな。


「……と、言うことはあの子が裏切った、で良いのかな?」

「ヘィ? 良いのか? それは『バカのふりしてでも気付かなかった方が良いこと』だぜ?」

「うん?」どういうことだい? とイチゾーの言葉の意味を理解できず、首を傾げるメアリ。「あぁ、そう言う……安心していいよ。君と戦わせてくれて、この後不老者(イモータル)とも戦わせてくれるんだ。あの子に酷いこと(・・・・)はしない」

「……そーですかい」

「あぁ、そうだ。だから、ね? イチゾーくん、ボクと楽しもうよ?」


 はぁ、と甘い吐息。これからすることの行為(・・)への期待で、瞳が潤み、頬に柔らかな赤が刺す。殺し合いへの期待。発情した雌が雄を前にした様なその反応。それに――


「……いや」


 それにイチゾーは煙草に火を点けながら応じる。

 右、利き手のウォーハンマーは腰に戻し、左のウォーハンマーで背中を掻いて、ふぅー、と紫煙を吐き出す。


「カズキーー皇国陸軍の皆さんに差し出すから殺し合いはしねぇよ?」


 ピキ、と空気が割れる。

 イチゾーが本気で言っていると言うのが伝わったのだろう。

 雌の顔から肉食獣のソレへと変わる。


「……どういう、ことかな?」

「聞いたまんまの内容だよ。テメェのごっこ(・・・)に付き合う気はねぇ」

「……前もそんなことを言っていたね?」

「あぁ、前も言った」

「そう。それじゃ――ただ、殺されろよ」


 ――加速(ファースト)


 その(呪文)と同時に、メアリの姿が消える。壱足・槍天。右に潜った。イチゾーが目で追えたのはそこまで。次の蹴り足の先は見えていない。「……」。それでも、ざ、とイチゾーの靴裏が鳴き声を上げる。三歩。歩いて、す、と半身に、道を譲る様な所作。


「!」

「……」


 そこにメアリの突きが来た。


 避けられた/避けた


 その違いなので、驚愕はメアリからのみ。イチゾーは詰まらなそうに煙草を吸いながら、それでも振りかぶっていた左のウォーハンマーをメアリに叩きつける。

 刃と槌がぶつかり合う。

 通常なら刃が負ける。折れないまでも刃毀れして使いモノに成らなくなる。だが、赤羽根。鳴き声を上げる緋色の刃はその一撃を受け切り――返し。逆袈裟に刃が跳ね上げられる。


 ――斬った!


 メアリのその核心とは裏腹に、耳に届いたのは刃が地面に落ちた音と、右手に奔る激しい痛みだった。


「っ!」


 手首を砕かれた。

 その痛みに思わず赤羽根も拾わずに距離を取るメアリ。


「避けられたんなら直ぐに引け」

「へぇ? ――アドバイスとは余裕だね?」

「余裕そうに見えてるんなら良かったよ」

「?」

「眼の医者もお脳の医者も紹介の必要は無さそうだ」

「っ! 君には必要そうだね! 目で追えてないって言う現実、見えてないのかなっ!?」


 言って、加速(セカンド)

 ギアが一段上がり、速度が跳ね上がる。


「……」


 悲しいかな。もうイチゾーには一歩目すら見えていなかった。

 だが、イチゾーは相変わらず呑気に煙草の煙を吐き出す。その煙が乱れた。「……」。それを見て、イチゾーが軽く跳ぶ。


「!!」


 今回もやはり驚愕はメアリからのみ。

 地面を削る様にして下から上への横薙ぎ。半円を描くその刃先をイチゾーが踏み、剣の振りに合わせて浮かび、落ちる。

 壱足・槍天が崩し、墜天。叩きつけられた重さに耐えきれず、メアリが残った赤羽根を取り落とす。


「へぃ? もう二回は死んだぜ、殺し合いが好きな(・・・・・・・・)お嬢さん?」


 それをやったイチゾーが呆れた様な声音で言いながら落ちた赤羽根をメアリに向かって蹴ってくる。まるで――いや、はっきりと『殺し合わせて(・・・・)くれよ』と嗤っていた。

 そんなイチゾーの態度に、一瞬メアリは、ぎ、と一度を刃を鳴らし、直ぐに、ふぅー、と深呼吸を一つして怒りを冷ました。


「――分かった。君を強敵だと認めるよ」


 そんなメアリの方を見もせずに、イチゾーは短くなった煙草を灰皿に押し付ける。


「改めて、ボクはメアリ。――分派・八咫烏が当代、壱號丸だ」

「……」

「……名乗り返してはくれないのかな?」

「お遊びに名乗ったら雅号が腐るだろ?」

「ッ! どこまでもっ、馬鹿にしてっ!」


 弐足・円天。二段加速状態の目で追えない刃の三連撃がイチゾーに迫るが――横にズレ、後ろに潜り、軽く跳んで全部を避けた。


「さっきの深呼吸は正解だったぜ? キレてる今は読みやすい」


 ほら、頑張ったで賞、言いながら煙草を進めるイチゾー。

 だがそのアドバイスは逆効果だったようだ。


「臨む兵」


 あまりの怒りに――


「闘う者」


 メアリから――


「皆陣(つら)ねて――」


 表情が――


「前に在り」


 消えていた。

 九字切り。イチゾーと同じ様に八咫烏衆にてメアリに仕込まれた暗示による自己強化が為されて――


「〈超加速(ファイナル)〉」


 ――更に、速く。


はい。百頭丸の寝床がケツーーじゃねぇ。尾骶骨に成らなかった理由メタです。

ケツーーじゃなくて腰に宿ってる奴がいたから。

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― 新着の感想 ―
見えなくても避けられるし当てられる。とかどんだけナメプかと。無意識に煽るこの男、粘着性ヒロインホイホイの素質ありですね。
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