潜入
頭をウォーハンマーでかち割って、その後に迷宮ペンギンが足首を切り飛ばしたのでそれなりに大惨事だ。
場所が大広場と言うこともあり、騒ぎも大きい。
だがその分目撃者も多かったのでイチゾーが悪くないことは証明して貰えるだろう。
警察か、その警察から警邏の仕事を受けているハンターか、その辺りがやって来て取り調べ。この後はそう言う流れだろう。
「……」
それは余り宜しくない。
既に一人、天弦の構成員が足元に転がっている。時間が経てば本隊にこの情報が伝わってしまうし――カズキ。あれに知られるのが一番拙い。知られると先輩が拙い。
「先輩、監視ついてるからあんま信用されてなさそうだけど……天弦のアジトって分かる?」
だからイチゾーはさっさと動くことにした。取り調べに協力するのは善良な市民としての義務かもしれないが、生憎とイチゾーは余り善良ではないので仕方ない。
「……一応」
「ンじゃ教えて」
今日中に終わらせてぇ、とイチゾー。
「うー……」
そんなイチゾーの言葉を受けて、何故かセツナが唸りながら丸くなってしまった。
「……先輩?」
「お察しの通り、信用されてないので、わたし、アジトに行くときには目隠しされてました。だから『わたし』はアジトを知りません……」
「……」
羽音が耳に着く。何時の間にか、イチゾー達の周りに火の様に紅い蜂が飛んでいた。見覚えがある。セツナの蟲、紅蜂だ。セツナが出したのだろう。
「でも、この子達なら辿れます」
「……へぇ? そんならこいつ等に案内頼めばいいって訳だ」
「――」
イチゾーの言葉に、無言で、すく、と立ち上がり、リュックを漁り出すセツナ。
「先輩?」
どうかしたんすか? そんな感じで覗き込むと「見ないで下さい、えっち!」と言われた。「……」。非常に理不尽だ。だがセツナが野戦服の胸元を開けたので、イチゾーは慌てて顔を逸らし、ニゾーが野次馬の目から隠す様にフリッパーを広げた。
そんな一人と一羽を放置して、セツナはハンドタオルを胸元から突っ込む。襟元に引っ掛かったのか、「んっ」。と何処か甘い声。そうしてから――
「――後輩さん。これ」
おずおずとハンドタオルを手渡してくる。
受け取ると少し暖かい。その理由はあまり考えない方が良さそうだ。色々な意味で。
「わたしの……をつけました」
「……」
一部、小声で聞き取れないところがあったが、絶対に聞き直してはいけない。絶対に、だ。
「これが有ればこの子達に襲われないし、簡単な命令なら聞いてくれます。取り敢えず百匹くらい渡すので使って下さい。あ、死なせちゃってもぜんぜん良いですので」
「……はい、ありがとうございます」
何故か敬語になると言うものだ。何故だろう?
「……絶対に、嗅がないで下さいね?」
うー、と上目遣いで睨まれる。顔が赤い。恥ずかしいのだろうが、その感情は微妙に伝播するので止めて欲しい。ポケットに入れたタオルが何だか熱を持った様に熱くなった気がする。
「……あぁ絶対に嗅がねぇから安心してくれ」
「絶対ですよ? もし嗅いだら――」
「師匠にでも、カエデにでも言いつけてくれ」
そうすればイチゾーは死——
「いえ、後輩さんをパパにします」
「……」
おっと、別の方向の『死』ですね?
「責任を! 取らせます! ので!」
「……」
おおきなこえをださないでぇー。
十分に言いたいことは伝わった。恐怖でしかない。
恐怖でしかないと言えば、『パパにする』『責任』と言う言葉だけを聞いた野次馬の皆さんの空気が明らかによろしくない方向に変わっている。ざわ、ってしている。
「――そんじゃ、行ってきます」
これ以上ここに居ると拙そうなので、イチゾーはニゾーをフードに入れると、石畳を蹴り飛ばして手近な建物の屋根に上った。
先に飛んでいた紅蜂達が空に線を描き、残りの蜂たちはもぞもぞとイチゾーの身体に纏わりついた。「……」。距離は、そこまでない。街の近くのはずだ。そう判断したので、イチゾーは余分な荷物を持たずに屋根を蹴って跳んだ。
街を抜けて森に入ると一気にイチゾーの速度が上がった。
これまでは紅蜂の痕を辿る際に追いついた紅蜂達はイチゾーの身体にくっ付いていたが、今はそんな隙は無い。百頭丸の頭の一つが甘噛みする様に回収している。
——百頭丸は実に優秀だ。
蜂の回収も勿論だが、木に撃ち込んで引き寄せられるのが有り難い。
イチゾーは森を移動する時、“落ちる”。
位置エネルギーを運動エネルギーに森の中を跳ぶ。
これまでは高度が下がればしなる枝をバネの様に使い、高度を稼いでいたが、百頭丸はもう少し強引にソレをやらせてくれる。
そのお陰でイチゾーは今まで以上の速度で森を跳べていた。
「……」
踏んだ枝、これから踏む枝。そこに視線を奔らせる。紅蜂達はしっかりと天弦のアジトに向かっている様だ。枝に踏み痕がある。メアリ嬢と、術書記述者、それと……先輩。この三人から分かっていたことだが、伝承が上手く行っていないと言うのは本当の様だ。雑過ぎる。痕跡が残り過ぎている。これならイチゾーは自力で追える。
それでも頑張って飛んで案内してくれている蜂達の努力は無駄ではない。
痕跡を拾いながら跳ぶよりも遥かに楽だ。
なので思ったよりも速く目的地に着いた。有り難いことに空間が行き成り切り替わるタイプではない様だった。はっきりと入り口が分かる。
元から自然に存在していた洞窟——にも満たないモノ。防空壕か何かに魔力が溜まって迷宮化した洞窟型。
イチゾーが人類として強者である様に、天弦の連中も強者だ。ペンギン憑きは居なさそうだが、蟲憑きで、八咫烏。その強者としての傲慢だろう。洞窟の入り口は隠されていないし、足跡もしっかりと残っている。
「……」
最後の蜂を回収して地面に音無く降り立ち、地面に顔を近づけて足跡を見る。足跡の種類は五つ。だが一種類、同じ靴だが沈み方が違うモノがあるので最大で六人。
一つが術書記述者だとするならば五人だが――大広場に行けば毎回見掛けていたので、アレは先輩の監視と別方向からの情報収集担当と言った所だろう。
だから、六人。
そう判断する。
奪われる物資の量、皇国がカズキと言う、特異性を持ってはいても低位階のハンターしか寄越していないことからもそこまで外れてはいないだろう。
「ニゾー、お前、足跡読めたっけ?」
「なっ」
「だよなぁ。無理だよなー」
六人。それは分かった。だが六人全員が中に居るかと言われると――ちょっと良く分からない。プロの猟師とかだと足跡の時間も読めるらしいが、生憎とイチゾーにそこまでのスキルは無い。
「……ま、良いや」
――メアリお姉ちゃんが一番の群れならどうとでもなる。
「ニゾー、ARのセーフティ外せ。百頭丸、お前も出とけ――ンで蜂共はまだ留まっとけ」
イチゾーの言葉に、「ぐあ」とフードの中のニゾーがARのセーフティを解除し、しゅる、と右腕から出た百頭丸が身体を這って尻尾の様に背後に伸び、百匹の蜂はイチゾーの背中で大人しくした。「……」。集合恐怖症の人には堪らない絵面だろう。
そんなことを考えつつ、足音を殺して洞窟の中に一歩。
迷宮は異界だ。洞窟の入り口がそのまま入り口として機能していてもそのルールは変わらない。踏み込めば、世界が変わる。
「……馬鹿が」
入って、目と耳で認識して直ぐに、思わず零れるそんな言葉。本当に素人だ。トラップの一つもないこともそうだが――
入って直ぐに二股の分かれ道。
そこに全方位ライトがあり、洞窟内を照らしている。これは、まぁ、良い。問題はそのライトと奥の生活空間に電気を供給する発電機が直ぐ隣で唸っていると言うことだ。
旧時代のテクノロジーを使ったハイエンド品では無く、市販品なのだろう。音が煩い。その音が原因で寝床から遠い入り口に置いたのだろうが――
これでは音で侵入者が入ってきたことを知ることが出来ない。自ら耳を潰している。「……」。それともこの状態からでも音を拾える蟲が居るのか? 僅かにそんな思考。
だが直ぐに、それはねぇな、と結論。
音もだが、こんな所に発電機を置くのはデメリットが多すぎる。単純に頭が悪い。だって十秒経たずにイチゾーはこの発電機を壊せる。
洞窟内に何かヒカリゴケとかのファンタジーよりの便利なモノも無さそうなので、発電機を壊せばこの洞窟はあっと言う間に真っ暗だ。
ペンギン憑きで、小鬼種や猫人種程に夜目が利かない人間種のイチゾーは壊す方がデメリットが大きいから壊さないが、暗視装備や〈暗視〉〈音響索敵〉の魔法や、その魔法が込められた遺物が有れば喜んで壊して闇に乗じる。
「……」
その程度も考え付かない相手を軽蔑するべきか、狩猟団、しかも八咫烏衆でありながらその程度も教えて貰えなかったことを同情するべきか――生憎イチゾーには分からない。
分かるのは本当にイチゾーとニゾーでどうにかなりそうだと言うことだけだった。
ここでも足跡が読める。種類に偏りは無く、ただ右よりも左の方が足跡が少ない。「……」。それならば――と使う頻度の少ない左から見て見る。
倉庫の様だ。
銃器に、弾にレガース、それと幾つかの近接装備。そう言った腐らないモノが収められていて、机と椅子が一つずつある。
入り口の監視員詰め所。そんな所だろう。下手なトラップよりも自分達の力を信じる。それはそこまで悪いことではない。だが――無人。
何となく椅子を指でなぞれば、埃。
侵入者がこなさすぎて使わなくなったのだろう。「……」。アホなのでは?
そんなことを考えながら、奥の壁に耳を付け、叩いてみる。
監視員の詰め所が機能を停止しても、ここに発電機を置かなかった理由は、もしかしたら隣の部屋との壁が薄かったからでは? そう思ったのだ。響く音。壁は薄い。それは分かったが、向こうに人がいるかは流石に分からない。
取り敢えずウォーハンマーの爪部分で下の方を打ってみる。あっさり穴が開いた。「……」。向こう側に動き無し。穴が見つかっていないのか、人がいないのか――覗いてみるが、見える範囲だと判断が付かない。
「蜂、この穴から向こう行って俺達以外に何か居たら襲い掛かっとけ」
生体攻撃ドローン、投入。背中から一気に飛び立ち、発電機の唸り声に負けない元気な羽音を響かせる紅蜂を見送り、そのままやや速足で反対の道に向かう。
右は通路だった。幾つかその通路の途中に部屋と思われる扉がある。一番手前、発電機の音が届きそうな所が食糧庫で後は寝室。そんな気がする。
蜂たちは見当たらない。
だから寝室を見て回るよりも奥。そう判断して奥に進む。
「ってぇ! 蜂?」「くそ! 何処から入ってきたんだ?」「倉庫の方から出て来てる! 巣が造られてんのか!?」
「――!」
男。三人。声の感じからして――一人鱗種。後は知らん。敵の侵入を真っ先に疑わずに、倉庫に巣が出て来た可能性を考えている。——アホが。
音無く罵倒しながら、ウォーハンマーを両手に、一気に加速。奥に続く扉を蹴破り、跳ぶ。
絨毯が敷かれている。デカいテーブルがある。リビング。そんな感じの場所に出た。
蹴破ると同時に、イチゾーは天井に、ニゾーは転がり落ち、射撃を開始する。
「「「!」」」
蜂に襲われている所に、扉を蹴破る轟音。慌ててそっちを見れば迷宮ペンギンがARをぶっ放している。
その状況に、三人の天弦は漸く侵入者の存在を認め、蟲を展開した。
それはこれまでのお粗末な対応からは考えられない程に洗練された動きだった。
傲慢の理由。技と力。それが振るわれる。
壱足・槍天と弐足・円天。
何処に宿ればそうなるのか? イチゾーには今一良く分からないのだが、上半身裸の鱗種の緑色の鱗が一瞬で蟲の甲殻の黒に変わる、上半身も、尻尾も、そして恐らくはズボンの下の下半身も。彼が為すのは円天。回るに合わせ、掴んだ絨毯が引きはがされ、一回回った後に、投げられる。
遠心力を纏って壁の様に広がり、ニゾーの視界と弾丸を絨毯が塞いで防ぐ。
残りの二人が為したのは槍天。炭鉱種はクワガタの角を右手に生やし、人間種は赤羽根を抜く。絨毯を目くらましに左右からニゾーを挟み撃つ布陣だが――
「――」
見上げたニゾーに天井のイチゾーが指で『右に突っ込め』と指示を出している。ニゾーはARを放りなげ、迎撃の為に加速している。
速度を嘴に乗せて必殺の衝角突撃。
ニゾーの得意技だ。
だからそっちはニゾーに任せて、イチゾーは鱗種に飛び掛かる。
天井を蹴り、死角からの飛び蹴り。頭を吹き飛ばすつもりで蹴り飛ばしたが、どうも身体を覆う甲殻は伊達ではないらしい。首が捥げることなく、吹き飛ばすのみ。
だがそれで十分。
体勢は崩れた。着地と同時に溜めたバネを解放。顔に向かって跳び、空を蹴って下に潜り、水面蹴り。両手で身体を支え、地面をなぞる様に鱗種の足を刈り取り、浮かせて、二発目。一回転してその背骨を砕かんと蹴り上げ――落下に合わせて両手のウォーハンマーをその腹に叩きつける。
「ぁ―――――!」
出て来たのはそんな音と、血。
徹し。硬い甲殻を越えてハンマーの衝撃が中を蹂躙して、それを逃がす為に鱗種の口が、ぱか、と開く。
「――食い散らかせ」
イチゾーのその言葉に、百頭丸がその空いた口の中に突っ込んで行く。
鋭い牙が並ぶ、鱗種の大きい口。その口でも狭いと言わんばかりに遠慮なく、突っ込んで行く。顎が外れて、喉が蹂躙されて、腹の中を食い荒らして――ぶち、と心臓を食い千切って、胸を貫いて外に引っこ抜いた。
「……」
グロイのですが?
そんなイチゾーの感想など、蟲である百頭丸には通じない。どうやら鱗種の蟲は心臓に居たらしい。百頭丸が五本の頭で心臓を齧っていたら、中からダンゴムシがころんと落ちた。デカい。頭程の大きさだ。だが動きが鈍い。だから百頭丸に引っ繰り返され、柔らかい腹側から食われた。
これでコイツは終わり。
視線を切って、振り返ればニゾーがたったの一撃に炭鉱種の分厚い胴体に大穴を開けていた。アレだと蟲が何処にいても関係ない。即死だ。
そして残った人間種は――
「……ヘィ? そいつぁ何の真似だ?」
「こ、降参だ! 止めてくれ!」
赤羽根を放り投げ、絨毯を被って蜂に集られていた。
アウトでは(。´・ω・)?
もしもしポリスメン。




