八咫烏
その日、小鬼種のハンターであるイチヒコはスラムにある馴染みの酒場で酒を飲んでいた。
街から街へ。
そうして流離う狩猟団の一人であるイチヒコは、街に滞在した時はこうして『群れ』からわざと離れて酒を飲むことがあった。
八咫烏衆。
それがイチヒコが所属する狩猟団の名前だった。
旧時代、魔力が溢れるよりも前に唯一存在していた国。その特務部隊の一つの系譜を継ぐ者達。時に『烏の系譜』と呼ばれることもある一族だ。
人類が蟲憑きと言う外法に辿り着くよりも前から技と業で魔物を狩って来た正真正銘で人類と言う種の守護者なのだが――
「……お日様の下で飲む酒がうめぇ」
――働く奴等見ながら飲むと更にうめぇ。
とか言っているイチヒコにその自覚はあまり無い。
上の方や、不老者と化した長老連中の中には本気で未だに人類の守護者を気取る奴もいるが……イチヒコに言わせれば技なんて魔物を殺す為の道具の一つに過ぎない。
ちょっと強いハンターの集まり。
それが八咫烏衆に対するイチヒコの認識だ。
だが技を修める修行が厳しいこともあり、一族の連中は大なり小なり誇りをもっている。持って、しまっている。
――だからあの群れは窮屈だ。
当代最強。そう呼ばれ、雅号を継いでいるが、イチヒコがいまいち一族に馴染めない理由だ。
だからイチヒコはこうして偶に群れからはぐれる。
はぐれて、こうして一人で酒を飲んで、飯を食う。それは至高の時間だ。
この街――瓶首は港街だけあって魚介が上手い。貝が好物であるイチヒコは好きな街だった。
持ち込んだ焚火台で焚火をしながら、網の上に朝の内に買っておいた貝を置く。熱さに耐えかねて口を開いた所に醤油を垂らし、ぐつぐつと泣き出すのを待って――
一口。
何でも食える小鬼種であるイチヒコなら、殻ごとバリバリ行けるが、別にイチヒコは殻が好きな訳ではないので、ちゅるん、と中身を吸い出して、エールをぐぃ。
美味い。
最高だ。
そんなイチヒコの至福の時間が――
「うぉあ!? 何だ? え? ペンギン? ペンギンが落ちて来た!」
突然、終わりを迎えた。
――さて、どうしたもんかね?
「ぐな!! ぐー、ぐな! ぐな! ぐなぁ」
泣きながら必死で壁を叩く仔ペンギンを見ながらイチヒコは、思考に合わせて無事だったエールのジョッキを軽く傾ける。
酔っていたので対応が遅れ、お気に入りの焚火台が破壊されていた。ゆるせねぇ。そう思う。「……」だが、それをやった仔ペンギンが、涙を流しながら壁を昇ろうとしている所を見るに、何かあったのだろう。それは分かる。多分厄介ごとだ。それも分かる。
「……」
そして休みの日に厄介事に顔を突っ込む程イチヒコは暇人では無かった。
だから無視をする。
多分、それが正解だ。だが――
「ぐが!」
壁を昇るのは不可能と判断して、必死で壁に体当たりをしている仔ペンギンを見捨てると酒が不味くなりそうなのが嫌だった。
最強生物の一角に数えられる迷宮ペンギンと言えど、未だ幼体。成体であれば容易く飛び越えられる壁も越えられなければ、壁だって壊せそうにない。
それでも必死に壁にぶつかり続けている。未だ成体程硬くない嘴が割れ、羽毛がハゲだしていた。必死。文字通りに小さなペンギンは命を削ってでも壁の向こうに行こうとしていた。
「……」ぼりぼりと胸を掻いて「……」ぼりぼりと頭も掻いて「あー……お前、向こうに行きたいのか?」イチヒコは仔ペンギンに声を掛けることにした。
「! ぐあ! ぐあぐああ、ぐな! ぐー、んぐ、ぐあー! ぐああああー、ぐあー!」
ハンターの群れである八咫烏衆には当然、多くの迷宮ペンギンが傭兵として所属してる。イチヒコも良く組んで仕事をしているし、相棒と呼べるペンギンも居る。
だがペンギン憑きでないイチヒコにはペンギンの言葉は分からない。「……」。分からない、のだが――
必死に環通しを差し出すこの仔ペンギンが何を言いたいのかは分かってしまった。
「分かった」
だから返したのはそんな一言。
仔ペンギンを抱え、イチヒコが跳ぶ。壁を容易く飛び越え、そのまま空を蹴って一気に向こう側に。
一目で仔ペンギンがどうして必死だったのかが分かった。
小鬼種が小柄なこともあり、一見すると孤児同士の喧嘩の様に見えるが、そうでは無い。剣と、斧と、メイス。簡単に拳銃が手に入る中、態々あんなモノを使っている以上、小鬼種はハンターだ。そして彼等の暴力が向かう先には――
人間種の、それも十にも満たない子供。
つまりは蟲憑きですらない子供。
「……」
イチヒコにハンターとしての誇りは無い。
一族の技が道具である様に。
ハンターなんてモノは単なる仕事だ。
暴力に長け、魔物に抗える存在であることからある意味で特権階級の様なモノであることは認めるが、それでもただの仕事でしかない。
大体にして仕事の内容が暴力だ。
真っ当な者であればその道は選ばない。そんなモノに憧れるのは馬鹿か子供だ。だからハンターに誇りも、マナーも求めはしない。それでも――
「クソが」
思わず鼻に皺がよる。
誇りはない。だからマナーも求めない。だが流石に子供相手にハンターが三人でと言うのは、気に入らない。
「……何だよテメェ?」
子供を庇う様に間に降りたイチヒコにハンターの一人がそんな声を掛けてくる。
「被害者サマだよ」
仔ペンギンを降ろしてやりながらそう応じる。降ろされた仔ペンギンは慌てて子供に駆け寄るが――手遅れだ。ハンターであり、暴力の中で過ごしてきたイチヒコにはそれが分かってしまった。
「向こうで酒飲んでたらこのペンギンが落ちて来てオレのツマミをパーにして下さりやがりましてね? アンタらがクソ保護者サンってことで良いかな?」
だからハンター達に向き合う。
せめて最後の別れ位は邪魔が入らない様にしてやりたいから。
「保護者な訳ないだろっ!」
「そうだ! そんなガキの保護者な訳ないだろ!」
「だったらなんだ? オトモダチかな? 好きな子でも取られちまったのかな? あぁ、そうかい。テメェら、女に縁の無さそうなツラぁしてるもンな? ヤァ、同情はするぜ? 泣いてやっても良い。でもな――」
一息。
「やり過ぎたぜ?」
「ッ!」
低い声。鋭い視線。向けたのは確かな怒り。
向けられたハンター達が無意識に一歩下がる。
彼等が感じたのは力の差。蟲憑きとしての、或いはハンターとしての位階が違いすぎる。三人だ。数は勝っている。数だけしか勝っていない。それを感じてしまった。だが――
「やり過ぎな訳ないだろ! そいつはオレ達の弟を殺してるんだぞ!」
小鬼種ハンター達にも言い分はある。
「こんなチビに? へぇ? それはそれは――偉大なハンターが死んでオレも悲しいぜ」
こんなナマの、豚人種でもない人間種のお子さまに殺されるなんて素晴らしいハンターだったんだろうなぁー、とイチヒコ。
「……言葉を選べよ。テメェの方がつえぇかもしれねぇけどな、オレ達にも誇りがある」
「はっ、恰好をつけるなよ。ガキ嬲って誇りを口にするのは――あぁ、すまねぇな。ジョーク、だったんだよな? 笑えなくてマジで返しちまった」
「――テメェ」
「テメェじゃねぇよ。その理由でもやり過ぎだって言ってン――」
イチヒコの言葉が不意に途切れる。
驚いたのはその場にいた全ての小鬼種だ。ハンター三人も、イチヒコも、驚愕で息を呑んだ。
血が流れていた。
呼吸が乱れていた。
死に体だった。
それでもソレは、人間種の子供は身体を引き摺ってイチヒコの服の袖を引いていた。引いて、自分のザックを差し出し、仔ペンギンを指差した。
「――」
言葉の代わりに血が噴き出す。
アスファルトに叩きつけらた血の塊が爆ぜて、イチヒコのブーツを汚した。
「――」
ひゅー、と空気の抜ける音。やはり言葉は無い。だがその眼が言っていた。
自分は良いから仔ペンギンを助けてくれ、と。
「――はっ!」
思わずイチヒコが笑う。小鬼種らしい牙の様に尖った歯を剥き出しに。瞳には愉悦と確かな敬意を讃える。
そうか、と納得する。そうか、そうか、と理解をする。そうか、そうか、そう言う奴なのか、お前は、と死に掛けの子供に敬意を持つ。
「クソが!」
最高だよ、と笑みが零れる。
そのまま真っ直ぐに三人のハンターに向き直る。
助ける気は無かった。助けようと言う気も無かった。仔ペンギンとの最後の別れ。それを守ってやるだけのつもりだった。
だが止めた。もう止めた。
イチヒコはこの子供が気に入った。
この状況で仔ペンギンを逃がそうと出来るこの子供のことが気に入った。
「悪いね、兄さんがた。オレはこいつが気に入っちまった。だから――」
き、と腰に佩いた二刀を抜く。
緋色の金属で打たれた刀がイチヒコの感情を喰い、イィィィィン、と高く鳴く。
赤刃音。八咫烏が旧時代より繋いで来た人類の守護者たる証を抜いた。
そうしてイチヒコは――
「死にたく無けりゃ――退け」
構えた。
鳥要素が出てきましたー。
イチヒコとイチゾーでしばらく(三話か四話くらい?)混乱すると良い。
おれもやったんだからさ。
今日のペンギン語は
「! ぐあ! ぐあぐああ、ぐな! ぐー、んぐ、ぐあー! ぐああああー、ぐあー!」
昨日の長文を早くも更新したよ内容としては
「!(肯定)!(友達)、(ネガティブ)!(あなた)、(価値のあるモノ)、(どうぞ)!(たくさん)、(どうぞ)!」
「! 行きたい! 友達がヤバいんだ! 金なら払う! 今はこれしかないけど、足りなければもっと払うから!」
そんな感じ。