支払い
驕ることなく、単なる事実としてイチゾーは人類としては強者の部類に入る。
ペンギン憑きであり、蟲憑きになれたこともそうだし――八咫烏。旧時代から受け継いで来た技は養父により『大したことはない』と教えられても、有用だ。
だからあまり目の前の相手に警戒をしない。
逃げ切れる。傲慢だが、その自負があるからだ。警戒するべきは見えない敵、毒、それと――同じ種類のモノ。この辺りだ。
幾らハンターとは言え、ただの年下の少女を警戒すると言うことは有り得ない。
「……」
隠して居た。それでも、一歩。たったの一歩だが、八咫烏の踏み方をした。
だから始めて会った時、警戒をした。
着いて行っても良いのかを考えた。
左目を眼帯で隠した、隻眼の彼女のことを、イチゾーは警戒した。
そう——先輩は八咫烏だ。
と、言うことと、『戦争』の方が終わったので、少し時間に猶予があるだろうと言うことをテロの中心に居る人に話してみた。
カズキが気が付いていない今しかできない会話だ。それなりに重い話だと思っていたが――
「うん。それがどうかしたのかな?」
「……」
暗い話になるだろうから――とニゾーも置いて来たと言うのに……返って来たのはコレである。
不老者である彼女はイチゾー以上の強者だ。だから当たり前の様にイチゾーよりも傲慢だった。
「……先生って慕ってくれてる相手が命を狙ってくる相手だった訳でごぜーますが、そのリアクションで良いんすかね?」
「でも、知ってたし」
さらりと――
何でも無いことの様に――
寝起きの眼を擦りながらナユタ。
薄手のネグリジェから色々と見えそうになっているので、上に何か着て欲しい。肩ひもズレてるのにテーブルの上のクッキーを取る為に雑に動かないで欲しい。えらいことにはなっていないが、えろいことにはなりそうだ。
「説明」
そんな素敵な光景でもどうにもならない位に頭を痛くしてくれた師匠の言葉に、イチゾーは睨む様にして先を促す。
「私の弟子がセツナって出来すぎでしょう? あの子はね二年前に『記憶喪失だった』のを保護されたんだ。それでわたしと同じ群体型——蜂で、わたしと同じで目に宿ってたから引き取ることになったんだよ」
言いながら、ほら、と先輩とは逆の右目の眼帯を捲る。「……」。先輩の目もこうなっているのだろうか? 自前の銀の目とは似ても似つかない青い眼。そこには眼球と言うには余りに歪なハニカム構造の巣が見えた。
だがイチゾーの右腕が右腕として機能しているのと同じ様に、しっかりと眼球として機能しているらしい。ぱちぱちと瞬きもするし、視線の動きに合わせて動いていた。
その異形の青が言外に言う『露骨でしょう?』と。
「……そこまで分かってて、何で踏んだんすか?」
「? イチゾーの時にも言ったでしょ? 有望な子に変な癖は付けたくなかったからだよ」
「わぁ、立派」
――流石はお師匠サマだぜー。
棒読みのそんな心無い賛辞を受けても得意に成れるのがナユタの凄い所だ。薄い胸が張られ、ふふん、とご機嫌はよろしそう。
多分、この性格も考慮に入れての行動だろう。二年前からの仕込み。随分と入念な……と言うよりはメアリ嬢たちはこう言う種を蒔いているのだろう。
本命は技術と知識の抽出。継承が上手く行ってなかった八咫烏衆。その穴だらけのモノを埋め、積む為の情報を集める為に送り込まれたスパイの一人。それが先輩なのだろう。
「……」
中二病に付き合わされて可哀想。そう思った。
だからイチゾーは聞いてみた。
「ンで……どうする気だ?」
続く言葉は『殺す気か?』だ。
「私にその気は無いよ。結果的にそうなるかもしれないけれどね」
「……」
「それで?」
「『それで?』?」
「イチゾーはどうするの? 尊敬する先輩が愛しの師匠の命を狙ってるんだけれども?」
「愛しくはねぇのですが?」
師匠の方は。
「おっぱい、必死で触ってたのに?」
くす、と悪戯っぽく笑いながら。
「……」
亀の甲よりなんとやら。
下手な駆け引きを仕掛けても、仔犬の様に転がされてしまう。
長い年月を生きた不老者であるナユタにとっては弟子の生死ですらも遊びに近い感覚らしい。「……」。少し、嫌いになった。
それが態度に出てしまったのだろう。
「……冗談だよ?」
師匠が言い訳がましく、小首を傾げていた。
「それなら軽蔑せずに済むからありがてぇな」
「心配しなくても殺したくないし――セツナも私を殺したくないと思ってるし」
「……師匠はナルシストなところがあるから信用できねぇですねー」
「そうかな?」
「……いや」良い先生だと断言していた。楽しそうに手のかかる妹の世話をしているのも見ている。「コレに関しちゃ、そっちが多分正しい」だからそう言う。
先輩は師匠を尊敬している。
先輩は師匠を殺したくないと思っている。
それでも――
「……スパイだぜ?」
感情は関係ない。殺したくない。そんな想いには意味も価値もない。そのはずだ。
「そうだね。スパイだ。でもね、イチゾー。セツナなんだ」
「……」
「後輩でしょ、イチゾーは? 助けてあげてね。どうにかするって言ってたし」
——それが授業料だっていったよね?
幼馴染に続いての『良きに計らえ』。
信頼していると言えば聞こえは良いが――
「……どうしろってんだよ」
ちょっとハンマーで殴れば解決する案件ではないので、苦手分野だ。
駄目人類と言いたければ言えば良い。
イチゾーは取り敢えず趣味に逃げることにした。
広場の場所を取って、ビニールシートを敷いて、修復の終わったモノを並べて行く。
戦争にも持ち込んで作業していたので、多少は数がある。
そんなとこに持ち込むなよ、と言うのが正論だが、生憎とイチゾーはカズキと違って軍人ではない。日常との接点は精神の安定剤としては大切だ。
漆室から修復途中のコーラの瓶を取り出す。気球ドローンに乗ったニゾーが渇きに耐えかねて割った瓶だ。「な?」。売りモノでなく、完全にニゾーのモノなので、直った? とニゾーが興味を示して覗き込んで来る。
「あとは仕上げだけだ。……銀で良いんだよな?」
「ぐあ!」
ペンギンだから何なのか、金では無く、銀にしてくれとリクエストを受けている。呂瀬漆を筆で塗り、半乾きに成るのを待ってからを銀消粉を付けて最後の乾燥を終えれば完成だ。「……」。何度もニゾーはイチゾーの横でその一連の作業を見ているはずだが、覚えていないらしい。
所詮は迷宮ペンギン。
破壊は出来ても創造と修復は出来ないと言うことだろう。
「ぐあー」
そんな破壊しか出来ない悲しい種族でも感謝と言う観念はあるのか、啄んでいた好物のバターポップコーンの皿を差し出して来た。
まぁ、そのポップコーンを用意したのもイチゾーなのでお礼としては微妙だが……
「おう。あんがとな」
食料を分けるのはスラム育ちのニゾーからしたら結構上位の感謝の表現だ。有り難く摘まむことに。
「わたしも食べても良いですか、ニゾー?」
「ぐあー」
「む。バターですか……出来ればキャラメルの方が――あ、でも作り立てだと美味しいですね」
「な?」
でしょ? とニゾー。自分の好きなモノが褒められて嬉しかったのだろう。ポップコーンの皿はイチゾーの横から、やって来たお客さんの前に移動してしまった。「……」。手が届かない。まだ三粒しか食べてねぇのですが?
それ以上に――
「まだどうしたら良いかわかってねぇんですけどねぇー」
何で来てんだよー、と思わずイチゾー。その視線の先にはポップコーンを摘まむ先輩の姿があった。仕事の帰りなのか、戦闘装備に加えてデカいリュックを背負い、自転車を押していた。
「? 何がですか、後輩さん?」
「……お気になさらず」
「そうですか。それなら、はい、どうぞ」
寒くなって来たのでホットコーラです、と自転車のドリンクホルダーから水筒が手渡される。『冷たくて、炭酸が入っているものこそがコーラである!』そんな思想を持つ保守派のニゾーが、嘴をぱか、と開けて信じられないモノを見る様な視線を向けてくるが、そこまでコーラに拘りが無いし、ペンギンではないので寒かったイチゾーは有り難く受け取り、カップに注ぐ。
「嬉しいですか、後輩さん? 先輩の奢りですよ? 奢り!」
「とても嬉しいです」
あざーっす、と後輩らしく声を張ってイチゾー。
「そうでしょう? 嬉しいでしょう? ならちょっとお店側に座らせて下さいよ」
こちらの気も知らずに「面白そうです」と先輩。「……」。あぁ、いや違うな。そう言う空気じゃない。そんな雰囲気じゃない。
「どぞー。……師匠にはもう会ったん?」
「どうもです。……えぇ、はい。まぁ、態度が露骨でしたので……」
気付いちゃいました、と先輩。
「……そんな露骨でしたかー」
年の劫はどうした、年の劫はよぉー。「……」。脳裏に浮かんだ師匠はしょんぼりしていた。多分、気付いてないフリをしようとして『最近、仕事はどう?』とかぎこちない親子みたいな会話を振ったのだろう。あの師匠は。
「……ンで? 最後に可愛い可愛い後輩に会いに来てくれたんですか?」
「後輩さんは可愛くはないですよ?」
まだニゾーの方が可愛いです。
その言葉に気を良くしたニゾーが直して貰っている最中の宝物を見せている。人の世界の悩みなどペンギンには関係ない。先輩が、セツナが『敵』になったとしても何も変わらない。敵ならば、殺す。それだけだ。単純で羨ましい。
「……」
いや、羨ましくはねぇな? そう思う。
「そんじゃ何しに来たんすか?」
だから隣のスペースを空けながらそう問いかける。
「可愛くはないですけど、何も言わずに居なくなったら可哀想だと思ったので会いに来てあげました」
そのスペースに先輩が膝を抱えて座り込む。「くし!」とくしゃみを一つ。寒かったらしい。暖を求める様に近寄って来る。「……」。肩に掛けていた毛布を掛けてあげる。
「えへへ」
と嬉しそう。イチゾーよりも小柄なセツナが被ると毛布はポンチョの様になってしまった。
「……師匠、殺すん?」
「わたしは殺せませんけど……まぁ、お姉ちゃんが、多分……」
「お姉ちゃん?」
「メアリお姉ちゃんです」
会ってるんですよね? とセツナ。
「あー……あの『痛い』のがお姉ちゃんですか」
「血は繋がってませんけどねー……わたし達を自由にしてくれたからお姉ちゃんってことになってるんですよ……」
「……その口ぶりだと分かってるんだよな?」
異常さ。世間からのズレ。オブラートを剥がして言えば……頭の悪さに。
「ノーコメントです」
「……それは分かってるって答えなんすよ」
「……分かってても、どうしようもないじゃないですか」
「……どうしようもないですか?」
「そうですよ。……これ、見て下さい」
言いながらリュックから紙袋を取り出す。パン屋の紙袋だ。カエデが良くパンを買ってくる店のだった。サンドイッチが美味しい店だ。
「これ、おまけでくれたんです」
半分あげます、と先輩。揚げた後に砂糖をまぶしてあるパンだった。正式名称は知らないが、油と砂糖は相性が良いことはイチゾーだって知っている。美味いモノを独り占めするとニゾーが煩いので、半分千切って分けながら、口に。想像通りの味だった。美味しかった。もむもむと咀嚼しながら、言葉を待つ。
隣の女の子はそのパンに口を付けていなかった。
「わたし、この街が好きです。……わたしがハンターだから優しくしてくれてることは、分かってます。それでも好きです。記憶喪失って言い張るおかしな子受け入れてくれて、挨拶をしたら、挨拶を返してくれる人がいるこの街が好きです」
「……」
「先生のことだって好きです。……不老者なのに自分のこと何にもできないけど、誕生日やクリスマスパーティをしてくれるし……名前をくれた先生のことが好きです」
膝に顔をうずめて表情を隠しながらセツナ。
「……殺したくないですよ」
「なら殺さなけりゃ良いんじゃないですかね?」
「……」
「……」
「……なら」
それなら、とセツナが言う。涙で濡れた顔を上げ、それでも声が震えない様に耐えながら言う。イチゾーを見て言う。
「助けて下さいよ、後輩さん」
蟲は魔力により変質した虫だ。
だから全く元の姿からかけ離れてしまったモノも居れば、百頭百足の様に明らかに『百足』が原型だと分かる様なモノも居て、そう言う蟲はある程度元の虫の特徴が残っている。
最強と呼ばれる虫がいた。
スズメバチ――を喰うオニヤンマ――すらも喰う虫。
だが速くない。
だが硬くない。
だが力も弱い。
身体だって小さい。
シオヤアブ。武器は鋭い口吻と眼の良さ。甲虫すら貫くその武器の使い方も至って単純。隠れて、待って、忍び寄って、刺す。ただそれだけ。
速さは要らない。硬さも要らない。力だって要らないし、身体は小さい方が良い。
殺すのに過剰な力は要らない。神経節を切るだけの力があれば良いのだ。
「――」
今。人であふれる捨ヶ原の大広場にソレが居た。
光属性、単体型——幻矢虻。
彼は一人の少女を監視していた。
仲間だ。家族だ。兄妹だ。
それでも二年、仕事の為に家族から離れることになってしまった少女だ。
思考は毒の様なモノだ。——彼はそう考えている。
違う思考の群れの中に長時間いれば、染まってしまう。毒に侵されてしまう。彼は妹が毒に侵されていないかが心配だった。
だから妹を見ていた。
殺す気なんてなかった。
ただ、毒に侵されていないかが心配なだけだった。愛。そう、愛から来る行動だった。純粋な、本物の、この世で彼等だけが持つ本物の愛。なのに――
「助けて下さいよ、後輩さん」
裏切った。
ならばやることは一つだけだ。
〈隠密〉で忍び寄り、〈鋭化〉で手のスティレットを研ぎ澄まし、〈加速〉で叩き込む。
更に――壱足・槍天。
八咫烏の技が、ダメ押し。
妹の傍らに居る少年。八咫烏にすら出せない速度で以って、その顔面の中心にスティレットを叩きこ――
——少年と、目が合った。
「???????????」
意識が砕けた。視界がひっくり返った。痛みが無かった。それが拙いと理解できなかったことが拙いと思えた。
蟲が身体を――命を繋ごうと動き出す。
つまりは命を繋がなければならない様な怪我を負った。
「あ?」
繋がった脳神経が思考を許す。視界にだらんと垂らされた腕。腕の先にウォーハンマー。血に濡れた、ウォーハンマー。アレにやられた。頭を割られた。それが分かった。分かっても体が動かない。そんな状態なのに、ソイツが無作為に髪を掴んで、顔を無理矢理持ち上げる。痛みで唸る。気にして貰えない。
「……どっかで見た顔だな?」
どこだっけ? と気楽な音。
それとは対照的な――温度の無い眼。静かに、怒る眼。
「あ、思い出した。テメェ術書記述者じゃねぇか。……ニゾー、手は切ンな、値が落ちる。足切っとけ」
「ぐあ!」
「!」
足に熱が奔る。言葉の意味は理解出来ているので、足を切られたのだろう。どの程度だ? 腱を切られた程度か? それとも――痛みが強い。顔が起こせない。傷が見れない。血が流れ過ぎている。蟲の修復が追い付いていない。身体を助ける為に蟲が意識を切ろうとしている。
「さて――先輩、先輩。俺、先輩助けて良いの?」
そんな彼を放置して妹と少年の話が進んで行く。
「……え?」
「天弦、潰して良いの? それなら楽なんだけど。やー……てっきり先輩があっち側だと思ってたから困ってたけど、助けて良いなら楽だわ」
「……楽、なんですか?」
「あぁ、うん」
だって――
言いながら少年がウォーハンマーで彼を指して――
「この程度だろ?」
屈辱的な言葉を最後に、意識が途切れた。
尚、今更だけど百頭丸くんは無属性単体型。
ほら、最強昆虫と名高いシオヤアブ=サンもカウンターには弱いから……
幻矢虻さんはレベルあがると〈幻影〉とか〈透過〉とか覚えるからマジチート(暗殺に限り)。
今回も――を使わなければパイセンは殺せてた可能性が高いらしい。
運が良かったね!
Twitter(新:x)で言ってたけど、Wordが壊れたんですよ。
でも直ったんですよ(・∀・)
でもまた壊れる可能性を捨てきれないので、キリの良いとこまで書き上がってる奴を上げてしまおうと思います。もうあんな怖い思いをするのはやだ!!
そんな訳で新連載「やはり僕の青春スポーツものは間違っている」を投稿しますね。




