どうするの?
「……」
繋がった右腕を左手で掴んでみる。しっかりとした骨の感覚に、触られていると言う感触。脈を取って見ても、しっかりとある。
だが、さっきみた中は空っぽだったはずだ。
骨も、神経も、血管も無かったはずなのだが――
「繋がったんだからえぇじゃろ」
雑なイキモノ筆頭の豚人種が何か言ってるが、繊細な所があることに定評があるイチゾーはそうは行かない。……いや。冗談では無く、身体操作を武器としている以上、本当にしっかりと把握しておかないと行けない。カズキに頼んで肩から肘までの長さを比べてみたら三センチ程右の方が長くなっていた。
「手だから未だ良いけどよ。テメェみてぇに足だと悲劇だな、おい」
たかが三センチでも足の長さが違うと、歩いている内に身体に歪みが広がってしまいそうだ。肩凝りとか酷そう。
そんなことを考えつつ、珍しく腹這いで寝ているニゾーをリハビリついでに右手で揉んでみる。首の後ろと、羽——フリッパーの付け根を揉んでやったら気持ちが良かった様で、一度目を開けた後、重たい瞼に負けて再び目を閉じた。
右手は思い通りに動く。百頭丸は本当にしっかりと繋いだらしい。あの蟲の腕はカードとしては割と悪くなかったので、繋がらないなら繋がらないで良かったが、それでも自分の腕だ。文字通りに産まれてからの付き合いなのでつないでくれたのは素直に有り難い。
「……」
だから――と、言う訳でもないが、無意識に咥えていた煙草に火を点けるのは止めて、しまう。ハンターがニコチンを摂取するのは俗説である『蟲に負荷を掛けて鍛える為』と言うモノを大義名分にしているからだ。本当に鍛えられるかは微妙らしいが、負荷は確かに掛る。戦争でこき使って、更に腕を繋いだので十分過ぎる程に働いている。これ以上負荷を掛けても仕方が無い。そう言う判断からだ。
そもそもイチゾーも眠い。
舗装されていない道を行くトラックの荷台は寝心地最悪だし、荷物が詰め込まれたリュックは枕としては最悪だ。
それでも戦闘による興奮と緊張が身体から抜ければ、残るのは二週間に渡って戦場に居た間に詰まれた疲労だけだ。
そんな訳で枕に頭を着けて三秒ほどでイチゾーの意識は溶けた。
「んあ?」
そんな間抜けな声と共にイチゾーの意識が形に成ったのは陽が落ちて、捨ヶ原の街が近付いた時だった。カズキも眠り、僕等の頼りになる上官、えもにゅー少尉だけが見張りについていた。
起きたイチゾーに気が付いたえもにゅーは、ちらと一度イチゾーに視線を向けると、そのまま何も言わずに見張りに戻って行った。コロニーは造っても、家を造ることのない迷宮ペンギンは見張りを誰かに任せる様な真似はしない。それは本能の様なものだ。「……」。何となく横のニゾーを見る。良い夢を見ていそうな寝顔だった。失われた野生。そんな言葉を思い出す。
そんなニゾーを放置し、目が覚めることに成った切っ掛けに手を伸ばす。マナーモード故に振動で己の存在を伝えてきた端末だ。
街が近付き、電波が入ったのだろう。
今回の戦争では犬妖精が多かったことから基地局の建設をしなかったので、この二週間程はデカい時計と化していた端末くんは久しぶりに己の役割を思い出した様に、メッセージを受信していた。
差出人は――カエデ。
仕事が忙しいと意味のないメッセージを送ってくる悪癖はイチゾーが受信したかどうかは関係ないらしい。多分、言えばすっきりするので返事は求めていないのだろう。
「……」
最初の方は仕事の愚痴なのに、後半に行くにつれて食べたいモノに成っているので、今回の仕事はとてもめんどくさかったらしい。
届かないことを承知で送られていた幼馴染のメッセージからはそんなことが読み取れた。多分、三日くらいはヨーグルトレーズンチョコしか食べてない。後で「肌が荒れた!」とか文句を言う癖に、仕事が忙しくなるとそうなるのはどうしてなのだろうか?
乙女心も、その生態も今一分からないイチゾーには、永遠の謎である。
「……」
最新のメッセージが変換すらされていない『はんばーがーたべたい』だったので買って帰ってやろう。
イチゾーも複雑な味が食べたいので丁度良い。
イチゾーには良く分からないのだが、ペンギンの中ではコーラの入れ物にも序列があるらしい。瓶がトップで、そこから缶、ペットボトルがほぼ同じ順位で紙コップは最下位らしい。
そこに目を付けたハンバーガーショップがほぼ同じ容量で紙コップと瓶コーラの値段に二倍近い差をつけているのはどうかと思うし――
「ぐあ!!」
瓶の方を買わせてくるペンギンも如何かと思う。
戦場では飲めなかった久しぶりの粉末ではない冷えた本物のコーラが飲めて僕は幸せです。ニゾーが人の頭の上でそんな悦びを表していた。冷たい瓶が首元に当たるのでとても止めて欲しいが、ご機嫌なペンギンはテンション上がっているので、そんなこちらの注意を聞いてくれることは無さそうだ。
「……」
そんな訳で頭をがりがり掻いて、溜息一つ。肩に食い込むリュックの重さにウンザリしつつ、手にバーガーショップの紙袋を手に家の扉を潜る。「……」。何か色々と面倒だったので、リュックを玄関に降ろし、中に。
帰った旨をメッセージで送ってはいるが、返信が無かった。それでも靴はあったので、外出はしていないはずだが――部屋が暗い。
——寝てんのかな?
そうなると買って来たハンバーガーは明日食べることになる。
旧時代は科学が発展して居たらしいが、冷めたポテトの不味さもどうにかなって居たのだろうか? そんな疑問を持ちつつ、一応とリビングを覗いてみたら――
幼馴染が死んでいた。
「……」
正確にはうつ伏せになってソファーで寝ていた。
何時の間にか無くなっていたイチゾーお気に入りのTシャツとショートパンツと言う完全部屋着だ。すら、とソファーからはみ出した白い足が戦場で昂ったけどヌけなかった欲望を刺激して来る。「……」。とても止めて欲しい。
「……」
そんなことを考えつつ、食卓に紙袋を置いたら、ニゾーが降りてそちらに行った。腹が減っているらしくフリッパーで紙袋を開けようとしだしたので、バーガーとポテトを広げてやる。椅子に乗って啄む様に食べだした。
そんな腹ペコペンギンから視線を切って三秒ほど幼馴染を眺めてみる。ちょっと角度を変えてみる。パンツみえそう。それだけで起きる気配は無さそうだ。
風呂に入る前で臭いが、こんな所で寝ているのが悪いから諦めて貰おう。カエデの部屋に連れて行く為に抱きかかえようと――
「おかえりなさい」
「……起きてたんなら起きろよ」
「いたずらされるかな? と思いましたので」
「思うなや」
んなことをよー。
「俺は紳士ざますからそんなことは致しませんわよ?」
「そうですか。でもパンツは見ようとしましたよね?」
「――」
「……えっち」
言い返せないので、半目で睨んでみるが、幼馴染に効果は今一。寝たふりであっても、実際に寝ていたのに嘘は無い様で、小さく、あく、と欠伸をして背伸びを一つ。
「それ俺のTシャツだよな?」
お気に入りだったのですが? その辺りは如何お考えでしょうか? とイチゾー。
「彼シャツと言う奴ですよ」
知らないんですか? と幼馴染。窃盗犯としての自覚は無いらしい。
「ギルティ」
「ノットギルティですよ。これ、わたしが買った物ですし」
「……そうだっけ?」
「えぇ。と、言うか貴方の持ってるTシャツはほぼわたしが買った物ですよ?」
五年位前からパジャマにする為に定期的に回収と補充をしていますから、とカエデ。
「……」
パパ上が買って来てると思っていたが、カエデが買って来ていたらしい。あと、そこまでして自分のTシャツをパジャマにされると言うのは――それはそれで別の法に触れているのではないだろうか? 自分で服買ってないことを棚に上げて、イチゾーの中にストーカーと言う言葉が何となく過った。
「ハンバーガー、買って来たぞ」
が。言っても仕方が無さそうなので、諦めてニゾーの居る食卓を「そこにある」と顎で指す。見ればニゾーが紙コップのコーラをストローで飲んでいた。多分、イチゾーかカエデのモノだが、鳥類には『早いモノ勝ち』と言う概念しかないらしい。放っておくと、多分ポテトにも浸食しだす。
「? 何でハンバーガーなんですか?」
あなた、仕事の後はいつもお米ですよね? とカエデ。「……」。そんなカエデに無言で端末を見せる。「……」。カエデが自分の端末を確認した。どうやら無意識で送って居たらしい。
「そんなに今回の仕事、きつかったのか?」
「えぇ。ドローン用の電波塔増やすとのことで、その搭の巡回用ドローンのプログラミングでしたので……」
成程。ソフトよりもハードが得意なカエデ的には余り楽しい仕事では無かったのだろう。
「ありがとうございます、イチゾー。……チーズバーガー、買ってきてくれました?」
「買っといたよ」
ダブルにすると唸るので、ノーマルの奴を。
因みにイチゾーはメンチカツバーガーを買った。揚げ物が食いたい。油が食いたい。そんな欲求からだ。だから冷めると最悪なのだが――
「あ、でも匂うからあなたはご飯の前にお風呂行って下さいね?」
「……」
そんな心無い言葉を言われてしまった。
シャンプーが泡立たなかったので三回髪を洗った。
粉末シャンプーで一応は洗っていたが、効果は今一の様だった。
揚げ物バーガーを冷ますと言う悲劇に見舞われたが、それでも大変さっぱりしたので気持ちが良い。自分が思っている以上に汚れていたようだ。
そんなイチゾーと入れ替わる形でニゾーが風呂場にやって来た。
「ぐん、なっ!」
風呂が熱いと仰せで在らせたので、水を入れてやる。オウサマでもコウテイでもないイワトビペンギンの癖に実に偉そうである。
迷宮ペンギンでも、やはりペンギンらしく、水の中は居心地が良いらしい。狭い風呂の中で何度かターンを繰り返したあと、のんびりと背泳ぎで浮かび出した。
「お前、どうすんの?」
「な?」
「流石に疲れてンだろ? 今日くらいは部屋で寝るなら冷凍庫の電源入れとくけど――」
「ぐあ!」
「おー……そんならあんま長湯? すんなよ」
言って、リビングに戻る前に自室に。そうしてからニゾーの冷凍庫の電源を入れてから下に降りる。
「さっぱりしましたか?」
言いながら、返事を待たずにカエデが抱き着き、すんすん、と匂いを嗅いでくる。
「……足絡めンな」
何がしたいんだ、ナニが。
「はい。ちゃんと洗えてるみたいですね」
ご褒美にコレを上げましょう、とフライパンを出してくる。冷めたポテトの再利用は既にこの時代にも確立されて居たらしい。フライパンの中には炒められたポテトの中心に目玉焼きが置かれた巣ごもり卵があった。
「あ、ニゾーはどうしました? ちゃんと洗ってくれました?」
「いや。流石に腹が減ったから――」
しっかりは洗ってない。水かけて水風呂に入れといただけだ。
「そうですか。ならわたしが後で洗っておきますね」
「よろしくー」
言いながら食事を開始する。ニゾーが飲んだコーラはイチゾーの分と言うことに成ったらしく、カエデがコーヒーを入れてくれた。
ジャンクフードでも戦場飯と比べると御馳走だ。舌が濃い味を感じてしまえば、もう止まることはない。バーガーを齧りつつ、時折りフォークで巣ごもり卵を突き、コーヒーで流し込んで行く。美味いが量が足りない。仕方が無いので玄関のリュックからブロック食糧を持ってきて、それも食べる。フルーツ味だった。「……」。微妙である。
まぁ、今は腹に入ればそれでいい。口の中の水分が奪われていくのを感じながらモソモソと食べて行く。
「生きてるってことは、お仕事、成功ですよね?」
「……まぁな」
その判断の仕方はどうかと思うが、ハンターの仕事の成否は結構『それ』が正解なので、素直に頷く。
「怪我も無さそうですね」
「いや、右腕捥げた」
「……付いてるじゃないですか?」
「百頭丸が繋げた」
「? ひゃくとうまる?」
「あー……蟲の名前だ、名前。位階弐になったから付けた」
――今、俺の名前を呼んだか?
しゅる、と百頭丸が顔を出す。女子的に考えれば百足を見たら叫びそうなモノだが、生憎と八咫烏衆で育ったカエデさんにそう言った『女の子らしさ』は無いらしい。「よろしくね、百頭丸」と指でその頭をちょん、とついている。ニゾーと違ってイジメられた訳では無いからか、それともイチゾーの感情の影響を受けているせいか、百頭丸の方も特に威嚇することなく、一度、自分を突いた指に、しゅる、と巻き付き、右腕に戻って行った。
そんな風にイチゾーとカエデはこの離れて居た二週間に有ったことをお互いに話して行った。カエデは仕事に追い詰められる前はアリサや先輩と一緒にランチをしていたりして居たらしい。仲良くしているようだ。だから――
「ねぇ、イチゾー? どうするの?」
その疑問は当然だった。
雑談の延長ではない真剣な声のトーンに、イチゾーが「あー……」と意味のない言葉を出して天井を見上げる。
「……気付いてたんかよー」
「えぇ。わたしも八咫烏衆の出ですから」
「……」
「魔物を使えなくなった天弦の次の手、読めてますよね?」
「――次かは分かんねぇべさ?」
「そうだべね。でも、次かもしれないし、未だ間に合うのは今でしょう?」
「……」
「あの子、良い子よ?」
「……知ってるよ」
「そう? それじゃ、わたしを悲しませないでね?」
天井を見上げるイチゾーの額にキスを一つ。
それでカエデは悩むイチゾーを放置してニゾーが遊んでいる風呂場に向かって行った。
久しぶりのペンギン語講座。
今回は「ぐん」。
意味は(冷たい)(水)(心地良い)あたり。
だから今回出た「ぐん、なっ!」は「熱い」もしくは「不快」となります。
ニゾーがどっちの意味で言ったかはイチゾーしか分かんない。けど、水入れとけば今回の場合はおっけーです。




