百頭丸
本隊との合流前に輜重部隊からの物資の受け取りを頼まれた。
草原迷宮は名の通り、広い草原があるだけの迷宮だ。あまり目印になる様なモノは無い。人類側がこの迷宮を使う場合は出入り口に目印を置かないと外に出ることすらできなくなるだろう。出入り口、何処か分かんない。そんな感じだ。
それでも犬妖精、ラファやドナなどの魔力を持った犬には正確に迷宮の出入り口が分かるらしい。
積荷を空にした陸竜の先導をする二匹の後に付いて行けば、無事に出入口に着いた。外よりも中の方が安全だと判断したのだろう。出入口には荷を積んだ陸竜を連れた少女が居た。場違い以外の感想が出てこない黒と赤のゴシックロリータの衣装。左右の腰に二刀を佩いた赤い髪の人間種の少女は、退屈そうにくるくると日傘を回していたが、遠くから近づくイチゾー達に気が付くと、大きく手を振って来た。
「戦況はどうですか?」
「……悪かねぇよ」
言って、割符の確認を済ませて連れて来た陸竜と新しい陸竜を交換する。「ニゾーリーダーで先にカズキんとこ行っといてくれ」。群れ社会の犬妖精達がリーダー争いを始めない様にリーダーを明言して、送り出す。
「? ボクに何か用が有るのかな?」
「……」
一人称がボクかよ。ゴスロリと言い、属性を盛り過ぎなのでは? そうは思うが、一人称も服装も個人の自由だ。まぁ、好きにしたらえぇ。ニゾー達がしっかり離れたのを確認して――
「失敗だぞ、アンタ等の策」
「……」
「犬妖精キングが穏健派だったのが拙かったな」
ぷかぷかと煙を吐きながら、イチゾー。
「……バレちゃってる?」
「ちゃってる」
「そうかー……因みに『何で?』って訊いたら教えてくれるかな?」
「偶然だぜ? アンタと術書記述者精霊種が飯食ってんの見たんだよ」
「それだけかい? ボクが皇国のスパイで彼に接触していたとは――」
「思わねえよ」
ゴスロリは目立ちすぎる。
「……一応訊いてやるが、テロを止める気は?」
「無いね」
「捨ヶ原以外の場所でやって貰う訳には?」
「いかない」
「理由、聞いても?」
言いながら何とな口元に刺さる視線が痛かったので、ジャケットのポケットから煙草を取り出し、差し出す。一本抜かれる。
「ボクを、ボク等を助けなかった世界への復讐だよ」
ん、と顔を突き出される。ライターを取ろうとしたら首を横に振られた。「……」。顔を近づける。カエデとは違う。それでも年頃の少女の匂いが近付いて――シガーキス。
「これ何? 軽いね」
「Iwato-Bのチック」
「雛? 何で普通のにしないの?」
「パッケージの雛がラブリーだからですが?」
「ふーん」
バレたらカエデに抓られんだろうな、そんなことを考えながら、しばらく少女と煙草を吹かす。イチゾーが短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けると、少女の方ももう良いのか、少し長い煙草を押し付けて来た。
「煙草のお礼にキミには本当のことを教えてあげるよ。ボク等はね――殺し合いが好きなんだ」
「……」
「復讐なんてどうでも良い。もうそれは済ませている。ボクがやりたいのは殺し合いだ。命を賭けた命の奪い合いだ。だから別に犬妖精が街へ行かなくても、洗脳した角猿が使えなくても止める理由にはならない。不老者が、それとキミが居るんならそれで良い。殺し合いが出来るからね」
「……」
「狂ってると思ったかい? そうかもしれない。けど、そうしないとボク達は生き残れな――」
「いや? 少なくとも、アンタとあの精霊種は正常に見えるぜ?」
「……」
「中二病って奴だろ?」
あるある。ちょっと特別な自分って奴だろ? それをこの年齢まで引き摺ってンのは痛ぇけどな、と新しい煙草に火を点けながら、イチゾー。
「……成程。キミはそう思う、と」
「あぁ。ンで、アンタはそう思ってねぇ」
だから話は平行線。イチゾーに論破する気も無ければ、少女にもない。お互いに口で喧嘩をする気は無い。
「……他に何か訊きたいことはあるかな?」
「さっき貰った物資、何か細工してある? あと、運んで来た奴は?」
「細工はしてないよ。キミの顔を見るのが目的だったからね。運んで来た人は――ごめんね」
「あぁ、そう」
「それで最後? それならこれからどうする?」
「関係ねぇのに運んでくれたんだろ? 手ぶらで帰って貰うのも申し訳ねぇから――ちょっとつまみ食いでもしてけよ」
好きなんだろ、殺し合い? とイチゾーがウォーハンマーに手を掛け、応じる様に少女は腰の刀——赤羽根に手を掛ける。
「……良いの? えーと……?」
「イチゾーだ」
「ボクはメアリ」
名乗り合いを最後に、二羽の烏の会話は終わった。
壱足・槍天。
互いの一歩目はソレ。
大きく退いたイチゾーに対し、メアリは一気に間合いを詰めて来た。赤い髪が尾の様に靡く、フリルで膨らんだスカートが翻る。「……」。位置取りがわりぃな。色んな意味で。
そんなことを考える余裕がイチゾーにはあった。
ィィイン、と鳴きながら迫る赤羽根の横薙ぎ、それに左の払いを合わせる。
もっと上の八咫烏の一撃を、テント設営用のハンマーで相手が出来たのだ。足捌きだけでもどうとでも出来るのだが、敢えて、打って崩す。
狙い通りに払いに合わせて崩した所に、右。鉤爪で貫く様に、頭を狙う。避けられた。服の端に鉤爪が当たる。くるん、回して服を巻き込むが――
「えっち」
「……」
スカートを引き千切って逃げられた。
イチゾーの方が上手い。
だが、メアリの方が速い。
今の攻防でそれが分かった。「……」。筋力はイチゾーの方が上だ。背も高いし、それに頼って遠慮なく積んである。だから本来ならイチゾーの方が速い。だが速度では負けた。だから――蟲。
メアリの蟲がそう言う種類のモノなのだろう。身体強化の方向がそちらなのだろう。そう判断する。
くるん、と右のハンマーを回す。硬さ。そっちを武器とするなら柄頭の方が良い。
「硬化」
「へぇ? なら――加速」
呪文に合わせて、呪文が返される。ファースト。音からでは効果が想像できない。ナユタの教育方針が『自己暗示も兼ねるから効果と言葉の意味をあわせてね』だったイチゾーとは教育方針が違うらしい。
刀とハンマーが数度、ぶつかり合う。互いが互いに急所を狙い、互いが互いにそれを防ぎ切る。有利なのはイチゾーだ。弐足・円天。右を軸に。左を軸に。回る力をそのまま威力に。一撃を連ねて連撃に。
速さでなく、巧さ。繋ぎ目の無い連撃で以って攻める。追い詰められたメアリが後方に跳ぶ。
「――」
――さっきよりも、更に速い。
先程の呪文を速度に関係あるモノと仮定。それでも逃がしてやる義理は無い。だからイチゾーは止めを刺す為に追いかけ――
「加速」
更に速く動かれた。
間合いが狂う。イチゾーの想像よりも速く二刀が来た。
一刀。タクティカルベストの〈反応装甲〉が発動。魔力で造られた障壁が砕け、威力を殺す。
二刀。間合いを取らせようと薙いだ右に唐竹の一撃が叩きつけられる。
斬られた。だが撃った。イチゾーの一撃がメアリの腹を掠め、一番下のあばらを砕き――
「はは、位階壱だと聞いてたんだけどなぁ……」
「……最近上がってね」
メアリの唐竹は巣の危機を感じて飛び出して来た蟲の甲殻で防がれた。
かち、かち、かちかち、と不機嫌そうに牙が鳴り、ゆらり、と蟲の、百足の頭が持ち上がる。巣を傷つけられそうになったのが気に入らない。甲殻を割られたのが気に入らない。
痛みに勝る怒りで、ずる、と百足がイチゾーの右腕から伸びて、その頭が二つに別れた。
「――百頭丸」
その名前をイチゾーが呼べば、する、とまた頭が一つに戻り、それでもメアリを敵だと判断したのか、腕の中に戻ること無く、しゅる、とガントレットの様に腕に巻き付いた。
「……ねぇ、イチゾーくん。ボク、逃げても良いかな?」
「……その状態でもお前の方が速ぇーだろーがよ」
追いつけねぇから好きにしろ、とイチゾー。ソレを受けて、メアリが跳ぶ。壱足・槍天。やはりイチゾーよりも速い。目で追うのも困難な速度で『外』に出て行った。
「……」
それをしっかりと見届けてから、ふぅー、とハンマーの重さに任せて肩を落とすイチゾー。その右腕から、ぎちぎちと身体を出して、百頭丸がイチゾーの顔を覗き込んで来た。
――勝手に外に出たけど、キレてる?
そう言いたげに小首を傾げて来た。
「いや、助かった。ありがとよ」
通じないことを承知でそう言いながら、感謝が伝わる様にジャーキーを与えておく。
受け取る百頭丸は頭を増やして、ちみちみと齧りながら腕の中に戻って行った。
はい。
そんな訳で結構な正解者が居た「百足」です。
種族名は次の更新で出すけど、百頭百足です。
正解者に特に商品は用意してないので、名誉のみが報酬です。誇れ!
名前の読みを「ひゃくとうまる」にするか「もずまる」にするかリアル時間で三ヵ月位迷った。
種族名からしたら「もずまる」にするべきなんだろうけど「ひゃくとうまる」の方が……何か……えぇやん(・∀・)? ってなったから「ひゃくとうまる」くんです。仲良くしてね。
あ、サンゾーは候補にもなってないよ!!




