草原迷宮
鰻串と五平餅は失敗だった。
それが分かったのは、犬妖精達が食べ終わった後の串と板をあぐあぐと噛んで遊びだした時だった。串などはあっさり噛み砕かれ、普通に呑み込んでもいる。「……」。飼い犬なら健康を気にしてストップをかけるが、生憎とイチゾーと彼等の関係はそんなモノでは無いので放置。
味が染みた五平餅の板は特に大人気だ。とても幸せそうに噛み締めている。
それでも板よりは本体の方が美味しいのは当たり前だ。
迷宮ペンギンの食事は嘴で突くスタイルなので、五平餅の様なモノを食べる時は時間が掛ってしまう。そんな食べるのが遅いニゾーに目を付け、何匹かの犬妖精が伏せをして上目遣いと言う『降参です』スタイルを取りながら、匍匐前進で少しづつ間合いを詰めていた。
「ぐが!」
寄るんじゃねぇ! とニゾーが威嚇すれば離れて行くが、それでもじりじりと間合いを詰めるのは止めない。ニゾーのストレスがヤバそうだ。
「……ニゾー」
「な?」
「ぐー、ぐ、ぐが、ぐあー」
態々ペンギン語で『一匹なら殺して良いぞ』とイチゾーが言うと、犬妖精達は「ひゃん!」と鳴いて慌ててニゾーから離れて行った。
ペンギン語と犬妖精語は結構共通点が多い。流石は非敵性亜人と言った所だろう。中途半端だが、一応は賢い。
「……ンで?」
ニゾーが落ち着いて食事に戻ったのを確認して、カズキに視線と言葉を投げる。
その視線は剣呑なモノだ。犬妖精は確かに単体なら弱い魔物だ。だが、群れと成った場合は結構な脅威だ。八咫烏衆に居た時、救援が『間に合わなかった』場合の街の有り様は何度も見ている。
「何時から人類の敵になったんだよ、テメェ」
「なっちょらんわ。言うたじゃろ? 次の迷宮攻略の協力者じゃ、と」
「へぇ? 何? 躾けて爆弾でも持たせて突っ込ませんの?」
「それやるならドローンでえぇじゃろ? こいつ等が寝床にしちょった迷宮が次のターゲットなんじゃぁ」
——あぁ、成程。そう言う話しか。
余り楽しそうな話では無さそうだ。そう考えながら煙草に火を付ける。匂いを嫌って犬妖精がイチゾーから離れた。「……」。内輪の話するにゃ丁度良いな。そう判断する。
「……群れの規模」
「正確な数はわしも知らんが、キングの居る群れじゃ。ここに居る奴等は一部で、食料調達部隊じゃ」
「……へぇ?」
ちら、と板を取り合ってぐるぐる唸り合っている犬妖精を見る。101匹以上がワンワンしている。コレだけで十分に並の犬妖精の群れよりも大きい。それが一部隊と言うのは――普通に災害だ。と、言うかこの数が捨ヶ原に攻め込めば普通にスラム区画の住人は『肉』になる。
「この群れのキングは穏健派でのぅ。人に手ぇ出すんは危ないちゅうてこれ迄は周りの迷宮で狩りやらして暮らしちょったが……」
「角猿に住み家の迷宮取られてそうも言ってられなくなった?」
「……」
びっ、と人差し指で刺される。正解らしい。嬉しくない。
周りのワンコたちはノーマル、居てもウォーリアーかハンター程度。ウィザードも居なければナイトも居ないし、子供もいない。剣と弓で武装した彼等は本当に群れの一部、狩猟部隊だけなのだろう。
「……」
ぷかぷかと煙を吐きながら、空を見上げる。
犬妖精に雌雄はある。子供を産む雌は大事にされるので、通常は戦闘に参加しないが、戦争に成ればその限りではない。更に近衛部隊と、非戦士階級、おまけにキングまでもが入った場合、多分、捨ヶ原は滅ぶ――までは行かなくとも、大ダメージを受ける。
「これが噂のテロリストの策か?」
「手口、じゃの」
生態系を乱して、使う。そしてその乱すのにも使った駒、今回なら角猿も使う。そして崩した所に止めを刺す。そう言う戦法らしい。地味だが分かり難く、気が付いた時には止め難くなっている。やられる方としては堪ったモノでは無いが――
「こいつ等の住み家取り戻してやればこっちが有利じゃ」
「……」
そう言うことだ。追うにしても天弦の尻尾が見当たらないので、今はこれしか出来ない。カズキの同僚達が情報を掴むまでの時間稼ぎ。それはイチゾーも納得した。だが――
はしゃぎまわる犬妖精を見る。無邪気だ。それでも、それはここに居る人類側の者、イチゾー達が彼等よりも強者だから造り上げられる光景だ。
非敵性亜人である彼等。そして狩猟部隊である彼等は弱い人を見付けたら襲い掛かり、食料として扱う。
——終わった後はどうする気かねぇ?
カズキがわざと触れなかったそこを考えると煙草が非常に不味くなった。
前回攻略したワンルーム迷宮とは異なり、角猿達が犬妖精から奪った迷宮は恐ろしい程広かった。
事前の調査の結果を聞くと、多分『端』の無い――あっても『大陸』とかそう言う広さの迷宮だとのこと。俗に言う攻略不可能迷宮と言う奴だ。少なくとも、イチゾーがこの迷宮に入ったら、直ぐに攻略を諦めて帰る。核を見付られる気もしなければ、探す気すら湧かない。そう言う迷宮だ。
「うわん!」
イチゾーの部隊に振り分けられた二十匹の犬妖精の中のまとめ役、犬妖精ナイトが付いてくる様に言いながら先導を開始する。
目的地は角猿達に奪われた彼等の城だ。糧食と弾丸に矢、それとニゾーなどを積み込んだ陸竜の紐を引き、促しながらラファとドナと言う二匹のドーベルマンを連れて歩き出す。
今回は迷宮攻略と言うよりは戦争だった。
既に敵が防御を固めているので、やるのは攻城戦。城を囲み、補給路を絶った状態でちまちまと嫌がらせをする。
そうしてある程度削ってから城内に突入してイチゾー、ニゾー、カズキ、えもにゅーの二人と二羽が大猿を相手どり、犬妖精達がその他を相手する。
そうして城を奪い返す。そう言う作戦らしい。
「……」
部隊は五つ。ただし人類が指示しているのはカズキがいる本隊と、イチゾーの部隊のみ。
理由は簡単。二十匹以上の犬妖精達を相手出来る程カズキの同僚達は強く無かったから。彼等は今回、輜重部隊として使われる。
「……」
なんとなく、イチゾーは知能テストを思い出した。人喰い族が混ざってる状態で川を船で渡るアレだ。人数優位となると人喰い族が襲ってくるので、組み合わせを考えなければいけない――と言う問題だったと思う。
アレの一番楽で今後のことも考えた場合の正解は人喰い族に『事故』に遭って貰うことだと信じているイチゾーだが、もしかしたらあの問題も、今の状況の様に人喰い族を殺せない理由があったのかもしれない。
そんなことを考えながら、強いリーダーに仕事を貰ったからとても嬉しいです、と尻尾を振るナイトを見た。
そのアホ面を見ていると、『不利に成り過ぎない程度に戦争の中ですり潰せ』と言う皇国軍人サマの正しい命令が非情に嫌になった。
四つの部隊が四つの門を塞ぎ、城から投げられる投石や中猿が持つ銃撃をやり過ごしつつ、こちらからは犬妖精ウィザードが魔法で、カズキがGLで反撃をする。
角猿達は簡単な攻城兵器、カタパルトなどを造る程度の知能と器用さがある様で、正面を受け持っていたカズキの部隊が少し下がったが、それでも包囲は順調だ。
五つ目の部隊。イチゾー達遊撃部隊が敵の補給部隊を徹底的に潰し回っているからだ。
ラファとドナはこの戦争がレオとマイキーの弔い合戦だと理解しているのだろう。
しつこく、正確に、角猿達の匂いを嗅ぎ取り、角猿達の死神と化していた。
見つかったら、殺される。
逃げようにも持久力に優れた犬と犬妖精、それと八咫烏の足からは逃れられない。部隊長の中猿の相手はイチゾーとニゾーが。小猿たちはラファとドナ、それと犬妖精達で殺す。一匹も逃がさないし、運んでいる物資も一つたりとも残さない。
迷宮に入って五日が経つ頃には既に角猿達の補給部隊は居なくなっていた。
「……明日一日見て回って――」
もう居なかったら包囲戦に加わるかな。野営中。右手の蟲がまたニゾーに虐められているのをみつつ、そんなことを考えた。そしてその旨を伝えるべく、端末——は電波が無いので、手紙を書き、ラファを呼ぶ。書いてる最中もニゾーが新人イジメを止めないのでとても邪魔だ。
犬だからだろうか? ラファとドナは犬妖精達と結構うまくやって居た。特に今も一緒にいる真っ白い三角耳の犬妖精と仲が良い。
イチゾーは犬妖精語は今一なので、正確には分からないが、何でも白犬妖精は両親と兄弟を大猿に殺され、その復讐の為に剣を取ったらしい。
やる気に溢れ、時に中猿に向かい出す困ったさんだ。軍隊には要らないタイプである。
だが、そのやる気は成果に繋がり、最近位階向上してウォーリアーからナイトになっていた。
道案内ナイトとたまに群れの順位付けの為にワンプロしているのは非常に迷惑だが――イチゾーは嫌いではないので、大願の成就を願って『早太郎』と呼んでいる。
何故かラファを呼んだらその早太郎も付いて来た。
「ラファ、カズキに手紙届けてくれ」
「うわん!」
何故か護衛に立候補する早太郎。やる気があるのは結構だが、犬と犬妖精だと犬の方が足が速い。逃げる時に邪魔になるだけなので、ジャーキーを投げてあっち行け、とやっておく。
アホなので走り去って行った。
「……護衛が居るならニゾー付けるけど、どうする?」
へふ、と良く分からない返事をされる。「……」。そうだった。コイツ、犬妖精じゃねぇんだった。
「ニゾー」
ここでラファに怪我をされると索敵能力が落ちる。それは面白くないのでニゾーに声を掛ける。相変わらず新人をぐるぐるさせて遊んでいた。
「……お前ね。何時まで新人イジメて――」
「ぐなっ!」
そろそろ叱ろうと思ったら、ニゾーが慌てた様子で離れた。そのフリッパーからは血が出ていた。噛み千切られたようだ。右腕を見ると、怒った新入りが外に出ていた。その頭は最初三つに分かれていたが、ニゾーを威嚇する様に更に五つに分かれた。「……」。引っ込めようとしたら、引っ込んだ。動かせる。つまり――
「……ラファ、わりぃ。ちょい手紙に追加するから待ってー」
言って、イチゾーは手紙に位階向上した旨と、お祝いに焼肉を奢って欲しいと言う内容を追記して、ラファとニゾーに持たせた。
しっぺい太郎はここにはあるか?
しっぺい太郎はありませぬ。
しゃりもにグミはここにはあるか?
しゃりもにグミはありませぬ。
買い忘れた!!




