イエローデミ
そんな風にカズキと食後のデザートを食べて、駄弁っている間にもう一組の顔見知りは居なくなっていた。まぁ、あの術書記述者精霊種とは挨拶を交わす様な間柄でもないので、そんなモノだろう。
そんな訳でこれから仕事だと言う雇い主を見送り、イチゾーは家に帰って来た。
宿ではない。家だ。
当たり前だが、ハンター向けの安宿でも一ヵ月の宿泊費は結構良いお値段だ。それでもハンターが宿に泊まるのは、単にその死に易い仕事内容と信用のなさ故だ。
その点、ドローン技士と言うのはそこ迄死に易い仕事内容では無いし、信用もそれなりにある。そんな訳で、この度家を借りたカエデと家賃折半でルームシェアをすることに成った。
鍵で扉を開け、そっ、とドアを開けて、中に。
そうしてから時間を確認すると五時半だった。
こう言う風に変な時間に帰って来ても確実に部屋が開いていると言うのも家の利点だろう。部屋に明かりと温度は無く、どうやら幼馴染は夢の中の様だ。
「……」
起こすのも悪いので、イチゾーは静かに冷蔵庫を開けて、冷やしておいた水を飲み干す。体内を流れるのがはっきり分かる程に冷やされた水はとても美味い。もう一杯飲もう。
「……おかえりなさい」
そうして二杯目に口を付けた所で、そんな声を掛けられた。振り返ると寝間着のカエデが居た。口が塞がっているので、そちらに手を挙げて適当な返事を返しておく。
「? ニゾーはどうしたんですか?」
オレンジジュース、と言いながら、イチゾーの足元を見ながらカエデ。そこに何時もいる白黒の奴の姿が無いことを疑問に思ったのだろう。
「ふざけて気球ドローンに乗ったから未だ戻ってねぇ」
口元を拭い、コップこれで良いか? と聞きながらイチゾー。寝起きらしく、緩慢な動作で頷かれたので、水を飲んだコップにオレンジジュースを入れてやり、渡してやる。
「――」
無言でソレを飲むカエデ。オレンジの爽やかな酸味が目覚ましになったのだろう。ぷは、と飲み干せば、その眼から眠りの残滓は消えていた。
「それは……その、大丈夫なんですか?」
コップ洗うからどいて下さい。
「飛べるから最悪の事態にゃなんねぇべ」
いや、俺もオレンジ飲みてぇとコップを受け取りながらイチゾー。
明るくなって街が見えるか、方向が分かるかすれば飛んでくるだろう。
ドローンを信じてずっと乗り続け、電波外に出て遭難するまで乗っている。それが最悪のパターンだが、その場合ですらニゾーに命の危険はない。迷宮ペンギンは基本的にこの世界における強者なのだ。
「そうですね……それじゃぁ――ごはんにしますか? お風呂にしますか? それとも――わ・た・し?」
「――古っ」
「……」
無言で背中を叩くのは止めて頂きたい。
「飯は食って来たから風呂入って寝る」
「わたしはどうしますか?」
「……」
手を付けるまで許してくれそうになかったので、ハグしておいた。
風呂前で汗臭かったので、また背中を叩かれた。
とても理不尽だと思った。
「ぐな! ぐあー、なっ! ぐな!!」
イチゾーの眠りを妨げたのは、そんな風に怒り狂ったペンギンの叫びだった。目を開ける。ぼやける視界の中、扉をあけ放ち、こちらに文句を言うニゾーが見えた。「……」。欠伸をしながら端末で時間を確認する。十二時。布団に入ったのが何だかんだで七時近かったので、あと二時間は眠りたい。そんな時間帯だ。
因みにハチノスからドローン到着の連絡は無し。イチゾーの予想通り、ニゾーは自力で飛んできたようだ。結構な長距離飛行をしたのか、セットしたツンツンヘアーが乱れていた。
「おかえりー」
「ぐな! ぐあぐああ、な?」
「……自分から気球に乗ったんだろーが」
それでも本当に友達か? って言われても俺が乗せたんじゃねぇもん。
「んな、な?」
「眠かったんだからしょうがねぇべ」
「なっ! ぐあぐ、な? な?」
「お前、飛べんだから俺がそこまで心配しなくても良いだろうが。現に無事に帰って来てるし」
「ぐあぐ、なっ!!」
「……あ? どっか怪我したんか?」
無事じゃない! と言われたので、少し心配する様に聞いてみる。ニゾーが涙を流しながらバックパックから切断されたコーラの瓶を取り出した。
喉の渇きに耐えかねて瓶の口を切って飲んだらしい。
そしてそれはペンギン的にマジ泣きする程に悲しいことらしい。大手メーカーの公式瓶だったのが特に悔しいらしい。
「……」
残念ながら人間種のイチゾーにはその悲しさは欠片も伝わらない。
「……また金継ぎしてやるから、台所で飯くって来い」
カエデが仕事行く前にサンドイッチ造ってたから、と言って再び布団を被った。
未だ文句があるのか、暫くは布団を被ったイチゾーをゆすって、ぐなぐな、と苦情を言っていたニゾーだが、諦めてサンドイッチを食べて、風呂に入ったら文句は無くなった様で大人しく眠り出した。
そんな訳で、安眠妨害されることなく、好きなだけ眠れるようになった結果——
「……やべぇ、寝すぎた」
次にイチゾーが目を覚ました時には、空が茜どころか黒に近づいていた。枕元の端末を確認すれば時刻は十七時。既にドローンも到着しており、カズキからの仕事のメールも来ていた。次が一番の本命。大猿が居ると思われる迷宮なので、詳細を話したいから夜食事をしないか? とのこと。「……」。集合時間は十九時。まだ二時間程ある。なら――
「ニゾー、起きろー」
ペンギンらしく、立って寝ていたニゾーに声を掛ける。
「――」
迷宮ペンギンなので、ニゾーの眠りは浅い。そう一声かけるだけで、目を開き、意識も覚醒する。それでももっと寝たいことに代わりはない様で、中々寝床から出ようとしない。
「……運ぶからな?」
こういう時、言っても仕方が無いことをイチゾーは知っているので、さっさと着替えを済ませ、その身体を持ち上げ、頭の後ろに乗せる。そのままニゾーがフリッパーで頭を掴み、寝る気配がした。
——まぁ、昨日は不安で殆ど寝れなかったみてぇだからな。
仕方が無い、と甘やかせることにして、そのまま家を出る。「……」。歩き端末しながらカエデに『カズキとめしくう』とメッセージを送る。ぽこ、とスタンプ。『浮気者』。豚人種のオスとの浮気を疑うのは止めて欲しいのですが?
そんなことを考えつつ、ハチノスから遺物と積んどいた荷物を回収して、ハンターギルドに。核は売り払ってゴーグルとグローブと棍を鑑定に出す。
「……十七時半」
残り一時間半。——行ける! と判断したので、そのまま職人街の方に向かう。流石に良い時間だ。店舗に併設された工房の方は明かりを落としているようだ。
だが、今回用が在るのは店舗の方だ。
確か二十時まではやってたはずだ、記憶の中の看板の文字を思い出しながら目的の店の前に立つ。ドアノブに括りつけられている板の文字は『Open』。遠慮なくドアを開けると、チリン、と小さな鈴の音が来客を告げ――
「いらっしゃいー」
その鈴の音が酷く似合わない小鬼種の老婆が応じた。
店の中には革や布で造られた防護服や野戦服などが並んでいる。所謂『防具屋』と言う奴だ。
種族単位で見れば、小鬼種は手先は結構器用だ。だが性格が雑なので製造業には向いていない。だがそれは種族単位の話だ。
老小鬼種は手先が器用で、性格が雑ではない、捨ヶ原でもトップクラスの防具を造り出す小鬼種だった。
完全予約制で、完全紹介制。本来ならイチゾーの様な駆け出しには縁のない高級店だ。
助けて良かった領主の娘。素敵だぞ、コネ。
「……アンタかぃ」
そんな場違いな客だったので、店主の方もイチゾーのことを覚えていたのだろう。引き換え券を見せる迄も無く、顔を一瞥すると、部屋の奥に入って行ってしまった。護衛を務める精霊種のハンターとイチゾー、ニゾーが店内に取り残される。
一流店だけあってむやみに威嚇などされないが、あまり楽しい空気でもない。店内の商品を眺めて時間を潰す。素材と技術が一流なので、お値段も当然、超一流。イチゾーのサイフでは買えないモノばかりだったので、頭の上で寝ているニゾーが涎とか垂らさない様に手に持ち直す。「ぐあ」。文句はないらしい。
そうこうしている内に、店主が奥から商品を持って来た。
黒いタクティカルジャケット。人間種とペンギン用が二つ。
材質はケブラーで、掛かっている魔法は〈硬化〉〈反応装甲〉〈難燃〉〈耐火〉の四つ。
色は変わっているが、レオの馬車の幌を加工して造ったモノだ。
「二つしか魔法の掛ってない素材をこの店に持ち込んだのはアンタが始めてだよ……」
ヒヒッ、と絵本で悪役の魔女がする様な笑いをする店主。
そう、二つだ。幌に掛かっていたのは〈硬化〉と〈難燃〉のみ。一流の職人が加工すれば〈硬化〉から〈反応装甲〉、〈難燃〉から〈耐火〉の魔法を造れるらしい。
「……何か、すんません」
料金を払いながら、思わず謝るイチゾー。
流石にちょっと自分がこの店に場違いだと言うことが自覚出来てしまった。
「気にしなさんな。料金はちゃんと貰ってるんだ」
「……いや、でもよぉ」
「言っただろ? この店って。アタシも若い頃を思い出しながら楽しく仕事が出来た。また何か素材が手に入ったら持ってきな」
先程と同じ様に、悪役魔女の様に、ヒヒッ、と笑いながら老小鬼種はそう言った。
カズキが指定した店はスラムの店と言うか屋台村だった。
イチゾーやカズキとは違う、本当の意味での位階壱。特殊技能のない駆け出しハンターは街の中の宿には泊まれない。単純に金がないから。
イチゾーが最近攻略したワンルーム迷宮。道は短く、一本道で、敵もほとんど出ない。あの迷宮ですら普通の位階壱は攻略出来ない。ボスの中猿が強過ぎるから。
だから普通の位階壱は迷宮の本格的な攻略はせず、入り口付近の素材を採集したり、奥から追い出された様な弱い魔物を狩って経験を積む。
スラムの屋台村はそう言ったハンターの為のモノだった。
スラム育ちで、懐かしさを感じることが出来るイチゾーなら兎も角、代々皇国の中枢とずぶずぶな鬼のお坊ちゃんであるカズキには用のない場所のはずだ。
「何でARもっとんのじゃ?」
待ち合わせ場所にはクーラーボックス三つ持ったカズキとえもにゅーが居た。普段着だった。
「思ったよりも使えなかったから売ろうと思ったけど、一応、お前に要るか聞いとこうと思ったんじゃよー」
レオの形見ではあるが、合わない。合わない武器を思い出だけで使う趣味はイチゾーには無い。遠距離の攻撃手段は欲しいが、イチゾーの戦闘スタイルからすると、ARはデカい。取り回しがあまり良くない。拳銃位がちょうど良い気がする。
「……」
「何? 何か問題あんの?」
「おぅ。今から行くとこのことを考えるとの、非武装の方がえぇんじゃ」
「ほーですか」
「ほぅなんじゃよ」
そう言って、溜息を吐き出すが、流石に『武器持ってくんな』と言わなかった自分が悪いと言う結論に達したのだろう。カズキはイチゾーからアダマンドビートルを受け取ると、鰻の串焼きを扱ってる屋台に行くと、ARを手渡し、代わりに両手にパンパンに成った袋を持って帰って来た。
美味そうな匂いはする。
イチゾーの好物である肝串もある。だが――
「流石に吊り合ってねぇんじゃね?」
「わぁっちょるわ。アイツはウチのモグラじゃ」
「あぁ、成程」
カズキの情報収集能力の高さにビビっていたが、そらそうか、と納得する。任務で来てるのだから他の人員も居る。戦闘面は高位階のハンターが用意出来ず、鬼と言う特異性を持って居るカズキに任せるがサポートは……と言うことなのだろう。
「んで? メシってそれ?」
鰻は好きだが、鰻だけは辛い。
「いや。お前も好きな屋台でコレくらい買ってこい」
「……」
これまた良く分からないことを言う。
そう思いながら、取り敢えず炭水化物を求めて五平餅の屋台で同じ位買っておいた。
「こっちじゃ」
と言うカズキについて歩いて行けば、行き先は街の――スラムの外。街道からも外れた草原の真ん中にあるデカい岩だった。
「……」
獣臭。明らかに人類の領域で無いことが分かるソレに、イチゾーの目から温度が引く。ウォーハンマーも無い。カズキが何をしたいかが分からない。カズキとの間合いを半歩、一歩、二歩と広げて、十歩ほど後ろを歩く。この距離なら絶対に逃げられる。そう言う距離だ。
「……」
そんなイチゾーの態度に、カズキは苦笑い。「大丈夫じゃ」。その言葉と共に、えもにゅーがカズキの頭から降り、岩に近づく。
「ぐあ!」
とフリッパーを挙げながらの挨拶。それに――
「ぐわん!」
とペンギン語と同じ様な、それでも確かに違う言語が返されて、岩の下に無数の光。それはタペタムに反射する星と月の明かり。獣の証明。それがなされ――
「――犬妖精、か?」
「わ? わぐ? わぐ?」
「わぐ? わぐ! ぐわん!」
イチゾーのその言葉に応える様に、わらわらと犬妖精が出て来た。
敵意は無さそうだ。だが状況が掴めない。
「次の迷宮攻略の協力者じゃ」
「おいこら」
報連相ってご存知ですかね、皇国軍人? とカズキをガンつけるが――
「言ったらこんじゃろ?」
その通りなので、黙る。
犬妖精。二足歩行をする犬の獣人。
彼等は正直、単体だと魔力を持った犬よりも弱い。
容姿も一見すると愛らしい。だが、言語を扱い、魔法を扱い、武器を使う彼等は――
「ぐー、ぐわぐわわ、わ?」
君は僕の友達ですか? とイチゾーに聞いてくる彼等は非敵性亜人。
赤ではないが、迷宮ペンギンの様に人類の隣に立つことが出来ない魔物なのだ。
法則はペンギン語と同じなので、自信がある人は解読してみよう!
今回は基本的に「ごはん? ごはんだよね、あれ?」位しかいってないよ!
利害が一致すれば協力できることもあるけど、「こともある」。それがイエローデミ。赤よりの青と言う微妙な関係。
実はドリコムメディア大賞の最終選考に「銃と魔法とポストアポカリプス。」が残っている。
書籍化まであと一歩だぜ!
でも別の賞を取ったことのある自分が囁く。「今の時期に連絡ないならもう……」と。
でもまた別の自分が囁く。「可能性は少ない。でも、ゼロじゃぁないっ!」
――やってくれ、蒼紫っ!
もうさぁ! 連絡来た人、こっそり教えて止め指してくださいよ!!
……みたいなことを呟こうとしたら文字数オーバーで出来なかった。(訳:xはじめました)




