グラトニー・リオック
ワンルーム迷宮の遺物はレザーグローブとゴーグルと言う割と実用性のあるモノだった。ゴーグルの方は核も兼ねている様なので非常に期待が持てる。
魔力を通してみるが、知らない『流れ』だったので、エンチャントされた呪文の種類は分からない。これも鑑定所行きだ。出費が嵩む。悲しい。
だが少し嬉しいこともある。中猿が持ち込んだであろう棍も遺物だった。
攻略した後のワンルーム迷宮の帰りは非常に楽だ。一本道で、敵を殲滅した後なので、大した距離も無い。案の定大した脅威に会うことも無く、あっさりと外へ出れた。
出た場所は山の中だった。獣道と呼べるモノすらない。角猿達が街道に出る為に使っており、イチゾーが辿って来たモノは未だ道と言えるほど開けていない。折れた枝や踏まれた草が僅かにその名残だが、この程度なら直ぐに山が呑み込んでしまうだろう。
核も持ち出したので、迷宮も無くなる。そうすればここを訪れるモノはもういない。
「……来る時、街道まで何時間歩いたっけ?」
「ぐ」
「一時間……地味にきっついなぁー……」
それでも木の上を跳べるイチゾーは未だマシだ。
ソレが出来ないカズキがどうしてここの攻略をイチゾーにやらせたのか、それが良く分かった。
街道に出た頃には既に月が昇っていた。
野営をするよりも帰った方が良い様な距離なので、少し歩いた所に隠して置いた回収用ドローンと自転車を回収する。
自転車。マウンテンバイクと言う奴だ。
八咫烏衆に居た時は荷物番の人員——見習いの八咫烏が居るので、遠慮なく車やバイクで迷宮の傍まで行っていたが、個人だとあまりソレは出来ない。
車とバイクは高くて、街の外は人類の領域ではないからだ。
魔物に見つかったら高確率で壊されて、弁償ルートに直行だ。
だから金のない個人ハンターはある程度の自衛が出来る陸竜に乗ったり、勝手に帰ってくれる騎獣を選ぶ者が多い。
それがイチゾーの認識だった。
だが偉大で可愛い僕等のセツナ先輩曰く――今のトレンドは自転車らしい。
街で使うモノと比べれば当たり前だが、多少は値が張る。それでもハンター仕様のバイクよりは遥かに安く済む、ハンター仕様のマウンテンバイクを使うハンターが増えていると言うことだった。
実際、結構良かった。荷物の重さを自転車が負担してくれるだけでも大分楽だった。前かご部分に幼児の様に括りつけられたニゾーは何やら文句がありそうだったが、問題点はその程度だ。
——帰りもちったぁ楽に成ったな。
歩きよりは。
そんなことを考えながら回収用ドローンを組み立てて行く。マイキー迷宮に持って行ったのと同じ気球型だ。遅くて、ちょっと不安定だが積載可能重量は大きいタイプ。名前の通り、気球で浮力を確保して、ドローンで移動するモノだ。
回収した遺物と、思ったよりも合わなかったアダマンドビートル、それとその弾を積み込んでから、バーナーの燃料部にころ、と石を転がし、入れる。これもまた遺物だ。原理としては水産みの石と同じで、此方は暗所で気体を貯め込む。コレがあるから燃料を軽くすることが出来ている。気球ドローンの要だ。水中に迷宮が発生する場所では非常に高値が付くらしいが、捨ヶ原だとイチゾーでも借りられる金額だった。
扇風機でふくらまされた気球の内部が温められ、ふわり、と浮かぶ。ドローンに座標は入れてあるので、もうイチゾーには見守ることしかできない。
「うし、ニゾー乗れ」
だから視線を切って、MTBに跨り、ニゾーを呼ぶ。「……?」。返事がない。どこ行った? と周りを見渡す。姿も無い。
「ぐあ!」
最悪の想像をするよりも早く、声は『上』から降って来た。
まさか、と見上げる先。空に浮かぶドローンの籠と言うか袋の縁に見慣れた白と黒のヤツが居た。
「なっ!」
そいつは楽し気にぶんぶんとフリッパーを振って、先行くぜ! とか言っている。「……」。ニゾーだ。
「あー……」
それを見て、呆れた様にイチゾーの口から意味のない音が漏れる。
楽しそうだが、乗ることを考慮していないので、気球型ドローンの乗り心地は最悪だ。籠では無く、袋と言う時点で寝心地も余り良くない。
そして何より――
「この距離だと下手すりゃMTBの方が速いってアイツ、分かってんのか?」
気球型は、気流の影響をもろに受ける。だから直線では無く、大きく曲がったルートを取ることもある。ドローンが今回の航路をどう判断するかは知らないが――
「俺の足なら三時間ってとこかね……」
どっちが速く付くか競争してみよう。
街に着いた後、ドローンショップに顔を出してみる。
ハンターは深夜でも遠慮なく荷物を送りつけてくる。その回収の為に夜番を言いつけられた小僧に聞いてみれば、まだ来ていないとの回答。
「今どの辺かって分かったりする?」
「に。に。勿論! 勿の論と言う奴だよ! ハチノスのドローンには全部発信機が付いているからね!」
言いながら、今はここだよ! とタブレットを見せてくれる。イチゾーの懸念どおり、ドローンさんは大きく曲がるルートを選んで――
「……何か黄色いとこ飛んでるけど、コレ、何?」
「にぃ……それは電波の有効範囲にぃ。事前にロストの危険性は説明してあるに? 気球型は安定しないから流される可能性も――」
「あぁ、良い良い、説明は大丈夫だ。クレーム入れる気はねぇからよ」
――なんせ、自業自得だからなぁ。
「に? 自己責任ではなく?」
「応。今回の件に関しちゃぁな……」
とイチゾーが言えば、「に? 何だか変わった言い回しだね」と小僧が応じてそれで確認は終わった。ドローンが着いたら知らせるサービスがあるらしいので、端末のIDを教えて本当にお終い。ドローンショップを後にする。
時計を見れば朝の四時。迷宮を踏破して、その後一時間山を歩い――跳んで、そのあとマウンテンバイクを三時間。身体にこびり付いた疲労は重く、直ぐにでも風呂に入ってベッドに倒れ込みたい所だが――
――腹が、減った。
街中、道路の真ん中にただ一人立ち尽くすかの様な空腹感。
イチゾーはスラム出身なので、食事に拘りは無い。お腹に入ればそれでいい。
だがそれと同時に、イチゾーはスラム出身なので、空腹は大嫌いなのだ。
だって空腹は死に直結している。
そんな訳で急いで食事を摂ることに。
だが現在の時刻は午前四時。開いてる店は無い。無い? それは嘘だ。ハンターが外から帰ってくる時間はバラバラだ。だから二十四時間、年中無休で食事を摂れる場所が街には――どころかスラムにだってある。ハンターのサイフには金が有って、腹の減ったハンターのサイフの紐は非常に緩いからだ。
だからイチゾーも速足で歩きだす。
ギルドのある大広間? そこも悪くない。屋台はあるだろうし、酒場も開いているだろう。だが――米。旧時代より、この国の民の腹を満たして来たモノ。今イチゾーが求めていたのはそれだった。
屋台飯ではない。
居酒屋飯でも、そこで締めに出されるお茶漬けでもない。
そう――丼だ。
「……」
スラムまで出るか? 一瞬、そう考えるが門を超えるのがメンドクサイ。手続きがメンドクサイ。跳んで出られるが、それはそれで後々メンドクサイ。歩きながら目で光を探し、耳で人の息吹を探し、鼻で飯の匂いを探す。屋台村。その明かりを見付け、そこを目指す。
開いているのは一軒だけだった。
だが、その屋台はリクエストに応えまくった結果、大抵の料理を出してくれると有名な店だった。
「丼って出来る? ご飯は大盛り――って言うかスゲェ大盛りで――あ? 豚丼? 牛じゃなくて? ……あ、いや悪くねぇな。ニンニク入れてスタミナ丼にしてくれよ。後は――卵と豚汁と漬物は――え? 白菜あるの? じゃ、白菜で」
一息で注文を言う。客が少ないこともあって直ぐに出てくる。受け取り、屋台街の共通施設として造られたフードコートに。
二組ほどの先客が居た。両方に見知った顔が混じっているが――
「業務報告、要る?」
カズキとえもにゅー少尉の前に腰を下ろす。
皇国陸軍の軍人さん達はステーキを食べていた。「……」。熱された鉄板の上で叫びを上げるソースが美味しそう。
「無事ちゅうこたぁ、潰したんじゃろ?」
後で次の迷宮の情報、送っとく、とねぎらいの言葉すらなく、次の仕事の話をし出しているので、一切れおくれと言っても無駄そうだ。
だからイチゾーは「うぃー」と適当な返事を返して、食事に手を付ける。豚丼と豚汁で豚が被っていることも気にせず、先ずは丼。どんぶりを傾け、箸で一気に掻き込む。ニンニクで炒められた豚肉の下に千切りキャベツが敷かれていた。余計なことを。一瞬、そう考えるが、その食感の変化はアクセントになって中々良い。
兎も角。胃にモノが入った。それで落ち着いてくれるかと思ったが、そんなことは無く、却って空腹を自覚させられた。引っ掴む様に卵を手に取り、割入れる。豚汁を一口口に含み、丼をもう一口。卵が絡み、また違う面を覗かせてくれる。だからイチゾーの箸は止まらず――
「掃除機を見とる気分じゃった」
「……デザート食いたい」
「未だ食う気なんか?」
「……いやー、食いたいけど、ニゾーのことを考えるとなぁ……」
自業自得とは言え、今頃半泣き位にはなってそうだ。
ニゾーはブロック食糧の封は切れても、そのぱっさぱさなモノに必須な水分が取れない。コーラの蓋も水筒の蓋も開けられない。それが迷宮ペンギンと言うナマモノなのだ。
元となったペンギンが換羽期や子育ての時に絶食する習性があるらしいので、一日二日の絶食で死ぬことはないだろうが、ニゾーもイチゾーと同じくスラム出身なので、空腹は大嫌いなはずだ。
「姿が見えんが、ニゾーはどうしたんじゃ?」
「空に行った」
「死んだんか?」
「いや、ちげぇ。空に行っただけだ」
「?」
良く分からんことを、そう一言いうと、カズキは大きく切り分けたステーキを一口。えもにゅー少尉も切り分けさせたソレを飲む様にして、食べ、コーラを一口。とても満足そう。
「それって、晩飯? 朝飯?」
「朝飯じゃぁ」
「……」
「いや、いつもこうちゅうわけじゃなくてな――」
「ぐあ! ぐあぐああ、ぐあ!」
何やらカズキに良いことがあったらしい。何があったん? と視線でカズキに先を促す。
「位階向上じゃ」
「へぇー、そらスゲェ。なってからの期間は俺と似た様なモンだったよな?」
「少しワシの方が先じゃ。マイキー……ちゅうたかの? アレが随分魔力を貯め取ったらしい。じゃからお前もそろそろじゃぞ?」
「……」
言われて、右腕を見る。丁度表面に来ていた新入りは確かに少し大きくなっていた。既に奴が「長い蟲」だと言うことが何となく分かる位には。
「ンで? 外に出せる様になったってこたぁ、種類、分かったんだろ?」
何だったん?
「グラトニー・リオックじゃ」
「へぇー?」
興味なさげに言いながら、興味深々で端末を弄るイチゾー。ハンターギルドのライブラリで検索してみれば、野生の映像が出て来た。馬ほど大きさの蟋蟀——リオックが自分よりも遥かに大きい竜を食い殺している映像があった。デカくて、強くて、狂暴で、その名の通り大飯ぐらい。イチゾーの様な平和主義者とは音楽性とかが噛み合わなさそうな蟲だった。野蛮ざます。
「……デザートならアイスが食いたいの……」
「朝からステーキにデザートとか……軍人さんは懐が暖かいですね?」
「……」
何故か、ぐ、とカズキが言葉に詰まり、その肩をえもにゅー少尉が慰める様に叩いていた。
「……あ、若しかして俺、祝う様に言われてる?」
「……仲間の位階向上を祝うんはハンターの慣わしじゃろ?」
「……」
そう言うことなら仕方が無い。
イチゾーは席を立つと、アイスを三つ買って席に戻る。カップアイスだ。スプーンも忘れずに持って行く。適当に三種類持って行ったら、カズキがバニラを、えもにゅーがチョコを選んだので、イチゾーの手元にはストロベリーが残った。
「位階向上、おめでとー」
そのカップを雑に掲げれば、二つのカップがぶつけられ、乾杯。
スプーンで掬って一口食べる。
疲れた身体に甘味が良く染みた。
「ニゾーにも……食わしてやりてぇなぁ」
「……のぅ? 大丈夫なんじゃよな? ニゾーは生きとるんじゃよな?」
カズキが本気で心配しだしたので、経緯を話して置いた。ニゾーのいない所で、ニゾーの評価が思い切り下がったが、イチゾーは今回何も悪くないので、知らない。
(`・ω・´)ゞさらばーニゾーよー
始めの三十分は楽しかったらしい。
一時間で飽きたらしい。
四時間たっても街に着かず、不安になりだしたらしい。
今? マジ泣きだよ(尚、到着予定時刻は十時間以上先)。




