ペナルティ
イチゾーと他のスラムの孤児は敵対関係であり、同時に協力関係だ。
ニゾーが居るのでイチゾーは孤児の中どころか、人類というくくりの中でも強者だ。
それでもまだ小さくて本人は弱いし、利用しようとしてくる悪意に上手く対応が出来ない。
だから敵対関係。
基本的にイチゾーはニゾーと居れば食うに困ることはないので、群れる必要はない。中にはペンギン憑きがリーダーをやって居るグループもあるが、そこもペンギン同士の殺し合いで自分のペンギンが負けたら大変なことになるので、絡んでこない。
だがイチゾーは六歳だ。
友達と遊びたい年頃なので、仲の良い孤児は居るし、年上のお姉さんに甘やかされるのは大好きだ。
だから協力関係。
クソ猫が三日連続で交換所に居て物資の交換ができない時は食料を分けるし――
「今日、クソ猫だったよ」
情報を渡しながら「これあげる」とゴブラザーズからパクった生活雑貨を渡したりすることもある。
「そうなの? あ! これ、ありがとうね、イチゾー」
受け取ったのはイチゾーと同じくらいの年齢の一人の女の子だった。
くりくりと可愛らしく動く形の良い目。濡れ羽色の黒髪をショートボブにした人間種の彼女は、手入れされた髪と言い、荒れていない手と良いとてもスラムの孤児には見えないが、それでも一応はイチゾーと同じ孤児だった。
一応、と言ったのは親はいないが、街に近い所に綺麗な部屋を持って居て、ある程度大人に庇護されているからだ。
その理由は彼女が所属しているグループに在った。
リリィ。女の子が固まって身を守っているグループだ。
花の名前を冠するだけあり、娼婦になる子が多く、武力と言う点ではこの辺のグループでは最弱だが、それでも街角に立つ様な安い娼婦ではなく、街の娼館に入る子が殆どなので、ある意味でここら辺では最強のグループだった。バックにその娼館があると言うのもそうだが――
男は単純なのだ。
可愛い子や、綺麗な子には嫌われたくない。
そんな訳で単純なイキモノであるイチゾーもリリィに優先的に物資を渡していた。
カエデ。ショートボブの彼女はペンギン憑きであり、有望なイチゾーにリリィのお姉さまから宛がわれた接待係だった。
因みに、残念ながら余り効果は無い。
何故ならイチゾーの目当ては年上のお姉さん達の方だから。今もちらちらと奥の方でお仕事の準備をしている彼女達の方を見ていた。「……」。おっぱいおおきい。
「――」
「……いたいよ?」
そしてそれが気に入らないカエデに笑顔でほっぺを抓られていた。
リリィの上の思惑とは逆に、カエデの方がイチゾーを気に入ってしまっていた。
お子さま二人は知らないが、高確率で悲恋になるので、別れさせた方が良いと言う声も上がっていたりする。
「これ、どうしたの?」
「……ひろった」
「……あんまりあぶないこと、だめだよ?」
「大丈夫だよ、ニゾーいるから」
「……ニゾー、守ってあげてね?」
「ぐあ!」
まぁ、そんなことは知らないので、呑気に並んでニゾーの抜け毛を毟っていた。
換毛期なので良く抜けるのだ。
ペンギン憑きであったとしても、孤児は孤児だ。立場は弱い。
ニゾーが幼体なので、位階弐程度の蟲憑きにも敵わないからだ。
――まずいかもしれない。
イチゾーがそれに気が付いたのは、露店でコーラを買った時だった。
冷蔵庫を持って居るので、冷たい瓶コーラが飲める店だった。その分、少し割高だから今回の様に臨時収入があった場合しか使わない店だが、ペンギン憑きの孤児で、その中でも一際幼いイチゾーは店主に顔を覚えられている。
煙草一箱で、コーラ一本。だからいつも通りに二箱渡して、二本のコーラを買おうとしたら何故かおつりで輪ゴムで纏められた煙草が十本返って来た。
「? ねぇ、なん――」
「逃げろ」
耳打ちされる。
貰えないはずのおつりと一緒に渡されたのは、そんな言葉。三毛の猫人種の店主からの短い警告。
「!」
それに驚き、それでも跳ねる心臓を誤魔化す様に周囲を見渡す。
コーラを買う子供と、その頭の上の迷宮ペンギンを見つめる小鬼種が三人居た。武器はAR。これは良い。通常の武装だ。魔物相手にも多少の効果があるので、蟲憑きでない警邏も持って居る。問題は……斧に剣にメイスの近接武器。魔力を乗せて魔物を狩る際にメインで使うモノ。つまり――ハンター。
「……」
数が多い。装備がいい。何より――匂いがヤバい。
ゴブラザーズよりも上。相手が一人だったとしても……ニゾーでも勝てない。
それが分かった。
だから同時に、それに気が付かなかったフリをする。
コーラが大好きな迷宮ペンギンは、普通なら買ったコーラを直ぐに飲みたがるので、栓抜きで栓を抜く。キャップをコレクションするので、キャップもちゃんと回収する。そうしてからゆっくりと歩きだす。そう言った『普通』の手順を確認しながら、ちゃんとやる。「……」。頭の上のニゾーもそれは分かっているのだろう。同じ様に自然なペンギンの動作をする。大好きな冷たい瓶コーラを嬉しそうに飲む動作だ。
頭上にニゾーの緊張を感じながらも、孤児らしく、大通りから裏通りへ行く。路地裏に入って――
「ッ! 逃げたぞ!」
背中にそんな声を聴きながら走り出した。
小鬼種は小柄だ。成人でも人間種の子供であるイチゾーよりも頭一つか二つ大きい程の背丈しかない。だから歩幅はそこまで大きく違わない。
それでもただの人、それも子供と、蟲憑きの身体能力の差はそんなモノを軽く凌駕する。
道を知っているのはイチゾーだ。
道を選んでいるのもイチゾーだ。
それでも抜け道を使って作ったリードは一瞬で食い潰され、不慣れなはずの道を小鬼種ハンター達は数と身体能力で猟犬の様にイチゾーを追い立て、追い詰めてくる。
「ははっ! 捕まえ――っぷ!?」
振っていたコーラの噴射。それで追いついて来た一人を怯ませる。「……」。少し、違和感。一人足りない様な気がする。気がするが、本当にそうかを確認することが出来ない。
もうコーラは無い。
追いつかれたら――多分殺される。
「――」
ぞわ、と背中に冷たいモノが奔る。
ニゾーの強さを自覚して、安全圏を覚えて仕事をする様になってからは感じなかったが、前は良く近くに感じた死の気配だ。弱いモノが死ぬ。そんな当たり前の世界の匂いだ。
それから離れようとする。
だが、それは離れて行かない。
行く手を遮る様に。
背後から追い立てる様に。
迫って来る。迫って来る。迫って来る。そうして――
「あ、」
どうしようもなくなったことに気が付いた。
遮られ、追い立てられ、誘導された。
そっちの方向が不味いと言うことが分かっても、そっちに行くしかないと言う状況。
――詰んだ。
それにイチゾーが気が付くと同時に、種明かしの様に、背中に蜻蛉の様な翅を生やした小鬼種が下りて来た。上空からの監視と、誘導。やられたのは、それだけ。追って、追い詰めて、仕留める。なんて事の無い手本の様な狩りの基本だった。
「――!」
助かる為に、周りを見渡す。
袋小路。目の前には高い壁。今のニゾーでは魔法を使っても越えられないであろう壁があった。「……」ニゾーで無理なのだ。イチゾーなら? などは考えるだけ無駄だ。
「おい、チビ! 追い詰めたぞ!」
「そうだ! 追い詰めたぞ!」
「手古摺らせやがって、このチビが! ラボ達を殺ったの、お前とそのペンギンだろ?」
口々に罵倒を浴びせてくる小鬼種達。「……」。追いかけられたから、びっくりして逃げただけ。そんな言い訳が浮かんだ。浮かんだが、その良い訳が通用しないことも同時に分かってしまった。
だってイチゾーは孤児だ。
例え本当に勘違いだったとしても――追いかけさせられたのを理由に殺しても問題無いのだ。
逃げ過ぎてイラつかせた。
コーラだってかけた。
ペンギン憑きとは言ってもニゾーは幼体で、目の前の蟲憑き達からしたら少し手間が増えるだけ。引く理由どころか、ストレス解消を止める理由にすらならない。
だから死ぬ。
だから殺される。
イチゾーにはそれが分かってしまった。分かってしまったので――
「! ぐな!」
走った勢いそのままに、全力でニゾーを壁の向こうに放り投げた。届くかは分からなかった。だから届く様に信じても居ない神様に心の中で祈った。「うぉあ!? 何だ? え? ペンギン? ペンギンが落ちて来た!」声。男。知らない人の悲鳴にも似た声。届いたらしい。「……」。良かった。蜻蛉小鬼種が居る以上、完全に逃げ切れたわけではないが、少しだけど時間が作れた。この間に――自分が殺されている間にニゾーだけでも逃げてくれればいい。
「ぐな!! ぐー、ぐな! ぐな! ぐなぁ」
「……」
背中から壁越しにニゾーの声を受けながら、イチゾーはゆっくりと顔を上げる。イチゾーがナニをしたかったのかを正しく理解した三人の小鬼種がニヤニヤ笑っていた。
「頑張って逃がしたみてぇだが……あのペンギンも殺すからな?」
代表しての蜻蛉小鬼種の言葉。それに応じる。
「……アイツの親、この街にいるよ。傭兵やってる」
嘘だ。
ニゾーは売られた時から……いや、その前からずっとそばにいた。多分自分の父親と組んでいたペンギンの子供だとイチゾーは思っている。
そして、ニゾーもイチゾーと一緒に捨てられたので、親は居ない。
それでも、それを動揺なく、さも本当のことの様にイチゾーはその言葉を言えた。それを聞いて、露骨に嫌そうに小鬼種ハンター達が顔を歪める。
これで良い。
幼体のニゾーなら兎も角、成体、それも傭兵業をやる迷宮ペンギン相手だとハンターでも位階肆以上でないとキツイ。こいつ等はそこまで強くない。だからここで死ぬのは――自分だけだ。
「……」
助からないのは確定した。死ぬのは確定した。
だから少し冷静に成ったイチゾーは自分がどうやって殺されるのかを考えだした。
さて。
銃。AR。蟲憑きではないイチゾーは十分に死ねる。だが弾が勿体ないから多分使われない。
近接武器。使われたあっさり死ぬ。魔力の存在と共に世界に追加された人類転落の理由の一つである新ルール『魔力を持つモノに対しては、魔力を込めた攻撃以外は効き難い』の裏には『魔力を込めた攻撃は威力が増す』というモノがあるからだ。
そしてハンターをやる以上、武器を握ったら呼吸をする様に武器に魔力を込めてしまう。行動の為に思考を、『込める』と意識することすらも邪魔だからだ。だから小鬼種ハンター達は呼吸をする様に武器に魔力を込めてしまう。それを生のイチゾーに使ったら、多分、原型が残らない。
でも楽に死ねる。
だから――
「へへ」
素手。
楽しそうに嗤いながら指を鳴らす小鬼種。「……」。だよな、と思う。嬲りたい。少しでもストレスを発散したい。楽しい、楽しい弱いモノ虐め。長く楽しむにはそれが一番だ。なら――
「目」
ぽつり、とイチゾーが呟く。
前に護衛豚人種が教えてくれた構えを取る。
指突っ込んでやる/両方に突っ込んでやる/全員に突っ込んでやる
助からないのは確定した。死ぬのは確定した。
だから少しでも嫌がらせしてやる。嬲る気なら、それに付き合うけど、嫌がらせしてやる。そう決めた。向こうもその方が良いだろう。だって、現にイチゾーが抵抗の仕草を見せたら、とても嬉しそうな顔で嗤ってくれた。だから――
イチゾーは小鬼種よりも先に飛び掛かってやった。
体格が近かったのが良かった。他の人種だったら、子供のイチゾーがどんなに頑張っても何も出来なかった。だがチビの小鬼種なら――目に指を突っ込んでやれる。
ジャブ。
アップライトから放たれる一手。拳は握らず、緩く開いた指が小鬼種の顔を撃つ。指が目に刺さる。だがそこまで――
「っぁ! このチビっ!」
「―――――――」
指を突き刺せても、ただ怒らせただけ。
反撃に思い切り腹を蹴り上げられ、吹き飛び、背負った壁に叩きつけられる。「――」。余波の様に身体に奔った衝撃だけで、鼓膜が破れ、目から、口から、血が噴き出す。ぷ、ぷ、ぷ、と乱れた呼吸に合わせて、口の端から血が流れる。呼吸もまともに出来ていない。だから動けるはずもない。
虫と人程の力の差が人と蟲憑きの間にはある。だから怒りに任せた雑な一撃でただの人であるイチゾーは死んだ。
未だ意識があるのはただ、少しだけ運が良かっただけだ。……いや、苦痛が長引いているので『運が悪かった』の方が正しいのかもしれない。
ともあれ。
こうして一人の孤児が路地裏で終わった。
ペンギン憑きだったことから調子にのって、孤児の癖にハンターの荷物に手を出した馬鹿な子供だった。
馬鹿を晒した方が悪い。
それがルールだ。幼さなど考慮して貰えない絶対のルールなのだ。
南無。
ペンギン語講座の体を維持するのがシンドイので、今回から簡易版です。
でも簡易版にするだけで辞めはしない! 何故なら説明ないと絶対分かんないから!!
今回は
「ぐな!! ぐー、ぐな! ぐな! ぐなぁ」
「(不快)!! (あなた)、(不快)! (不快)! (不快)」
「くそ!! ふざけんなテメェ! このっ! ふざけん、なよ……」
みたいな感じ。
多分、今までで一番の長文。