カエデ
「あ、今からだと流石にもう宿取れないので、貴方の部屋で良いですよね?」
当たり前の様にイチゾーに荷物を運ばせながらカエデ。「うぃー」。未だ裁判が終わってないので、イチゾーは『だろうな』としか思わない。言われた通り、ニゾーが乗ったキャリーケ―スを引き摺る。石畳の凸凹で跳ねるが、ニゾーに文句は無いらしい。鍛えられた体幹を誇る様に、呑気に両手で瓶コーラを持って吞んでいる。
——ぐぇーっぷ。
それでも何時もよりも空気を呑んでしまうことは避けられないようで、特大のゲップを一つ吐き出していた。そんなニゾーから空になった瓶を回収しつつ、カエデを見る。
「? 何です?」
「何でもねぇです?」
「何で疑問形なんですか?」
「何でなんでしょうかね?」
背中をぽか、と軽く叩かれる。
「背、伸びましたか?」
「蟲憑きになってから? あんまそんな気はしねぇから多分、伸びてねぇと思うけど……」
「昔はわたしよりも小さかったんだから、伸びてるでしょう?」
「……そこまで遡んなら流石に、まぁ、伸びてるよ」
「そうですよ、身体ばっかおっきくなって!」
横に並びながら、ぴょんぴょん跳ねるカエデ。どうやらイチゾーに視界を合わせようとしている様だ。スカートの端が跳ねて色々な意味で危なっかしいので、落ち着いて欲しい。
「逆にカエデちゃんは随分と子供っぽくなりましたね?」
だからそんなことを言ってみる。カエデはイチゾーよりも一つだけだが年上だ。そのせいか、やたらとお姉ちゃんぶる所がある。だからこう言う言い方をすれば――
「そうですか? そうかもしれませんね」
「……」
こうかは いまいちだ!
「折角だから童心に返って肩車とかねだっても良いですか?」
「……聞いたなら返事を待ってくれませんかね?」
イチゾーの返事を待たずに、肩に手を置き、またぴょんぴょん跳ねだす。「……」。脚力が全く足りていないので、ただ跳ねているだけだ。一生肩には届かないだろう。
だけど変な所で思い切りのいいカエデは、何故か自分に足りないのは気合だと思ったらしい。「えいっ!」と気合を入れて先程よりも勢いよく、高く跳ぶ。だが――
「――!」
「……ごめんなさい」
それでも届くはずはなく、イチゾーは背中に思い切り飛び膝蹴りを喰らわされた。地味に痛い。イチゾーが軽くしゃがみながら背中をさす――
「……へぃ、何してんですかね?」
「? わたしを肩車する為にしゃがんでくれたんですよね?」
「そんな訳——」
「あ、今振り返るとわたしの下着、見えるかもしれませんよ?」
「……」
「振り返らないんですか?」
チャンスタイムと言う意味ですよ? とカエデ。
「……見飽きたわ」
「えっち」
そう言いながら、「とぉ」とイチゾーを跨いで、準備が出来たことを示す様に、頭をぺちぺち叩くカエデ。「……」。リクエストにお答えする形でイチゾー、起動。
「わ」
どうしたって安定しない肩車の初動。身体操作のスペシャリストであるイチゾーはそれを感じさせることなく、すっ、と立ち上がるが、デスクワークのカエデはそうは行かない。バランスを崩して、その不安定な身体を安定させる為に、イチゾーの髪を掴む。
「……禿げたらどうしてくれんですかねぇ?」
「責任をもって愛してあげますので、ご心配なく」
「……」
そう言う返しが来るとは思っていなかったので、固まる。折角視界が高くなっても動かないと面白くないらしいカエデが「ほら、歩いて下さいよ」と足を揺らすので、仕方なく、歩きだす。
「蟲」
「ンぁ?」
「蟲、どこに宿ったんですか?」
「右腕」
「ちょっと右手、上げて下さいよ」
リクエストに応える為に、ニゾーがオンしたキャリーケースを左手に持ち替え、「バランス崩すなよ?」右手を上げる。
「? どこに居るんですか?」
「知らんです」
「右腕って、肘から下ですか? 上ですか? それとも全部?」
「あー……上?」
「何で疑問文なんですか?」
「いや、十七年以上生きて、今更なんだけどよ……どっちが肘から上?」
「……手首側ですか、肩側ですか?」
「手首側」
「んー? 居ないですよ?」
顔を近づけたのか、息がかかる。くすぐったい。あとさわさわと触るのもヤメテ欲しい。くすぐったい。「……だからってシッペすんな」普通にいてぇんだよ、とイチゾー。
「本当に居るんですか?」
「中に入ってることの方が多いンだよ」
ニゾーがイジメるから。
「あ、これですか? これじゃないですか?」
「いや、見えねぇから分からんし」
「絶対これですって! わ、押し付けたら押し返してきた! 皮膚が持ち上がって気持ち悪いですよ、イチゾー! ほら!」
「家の新入りを虐めないでくださーい」
はい、もうお終い、と右腕を下げる。「うお?」。右腕の皮膚がボコボコと荒ぶって居た。新入りイジメが遂に我慢の限界を迎えたらしい。今後はちょっと優しくしてあげた方が良いのかもしれない。
「……本当に蟲憑きに成れたんですね、イチゾー」
「本当に成れたんですよ」
「……」
「……」
「……」
「……?」
くるん、と頭の上でカエデが丸くなる感触。バランスが悪いので、止めて欲しい、と、言うか普通に歩き難いので、立ち止まる。
「……よかった」
ぐすっ、と小さな、小さな、音。少しかすれて、弱々しい音が降って来た。
「!」
え? ちょ? えー……待って? 待って待って待って……泣いてない? これカエデ、泣いてない?
おたおたと慌てだすイチゾー。助けを求める様に、ニゾーに視線を向けるが「……」。手紙の件の延長なので、ニゾーはイチゾーを助けるつもりはないらしい。キャリーバックの上に腹這いになって寝る体勢になっていた。しかもこっちにケツ向けて。
「……」
ニゾーは頼れない。ペンギンに頼るなよ、と言う正論は無視して頼りたいけど、頼れない。「……」。どうしたら良いのだろう?
そこが八咫烏になる為だけに十年を使ったイチゾーの限界だった。
だから、まぁ――
「びっくりしましたか?」
ここからは『お姉ちゃん』の役割だ。イチゾーの硬い髪にキスをする様にしながら囁く。驚きましたか? 悪いと思いましたか? と囁く。
涙は見せない。
イチゾーにそれは効き過ぎるから見せない。
それでも――
「わたし、心配したんですよ?」
「次の手紙がくるの、待ってたんですよ?」
「来るんだって、絶対に、絶対に来るんだって信じてて――」
「なのに、手紙は来なくて――」
「イチゾーが、死んじゃったんだと思いました」
すぅ、とイチゾーの髪の匂いを嗅ぐ。臭い。汗臭いのは兎も角として、煙草臭い。最悪だ。あほ。ばか。ヤニカス。でも――生きている匂いだ。
それをもっとしっかりと感じる為に、ぎゅ、とイチゾーの頭を強く抱く。
「わたしの気持ち、少しは分かりましたか?」
「……分かった」
「反省は? しましたか?」
「……あぁ、しっかり反省した」
「手紙に書いてた、わたしに近くに居て欲しかったって……本当ですか?」
「……」
「ねぇ?」
「……本当だ」
「そうですか」
なら――
くるん、とカエデの重心が前に転がる。
筋力は無くとも、八咫烏衆の一員だ。このくらいの身体操作なら出来る。
肩車の状態から前転する様にして、石畳の上に降りて――
「許してあげます」
着地と同時に振り向きながら黒髪の少女はそう言った。
——あ、今日なのか。
宿について、シャワーを浴びて、床に寝袋を敷こうとしているイチゾーに「子供の頃みたいに一緒に寝ますか?」と言って、その返事が「あぁ」だった時、カエデは不意にそう思った。
少し雑にカエデの入った布団に、イチゾーが入って来る。入って来るだけで、近づいては来ない、触ってこない。それでもその背中に手を当てれば、面白い位に動揺するし、そっと後ろから抱き着けば、真っ赤に成った首もとが見えた。
「ふっ」
と耳に軽く息を吹き掛ける。身体の緊張が強くなる。耳にキスを一回。そのまま首筋にキスを刻んで行く。
「ぁ」
それでイチゾーの方もスイッチが入ったらしい。
顔の横にイチゾーの手がある。足は身体の横だ。
宿の赤い光が、覆いかぶさるイチゾーに隠される。逆光で顔が良く見えない。見えないその顔に手を伸ばし、軽く頬に触れる。顔が落ちてくる。唇——ではなく、首。先程のお返しの様に軽いキスが刻まれる。くすぐったい。それ以上にこっちを求めるイチゾーが愛しい。
「……ねぇ、イチゾー?」
「……」
「キス、して?」
カエデの言葉に従い、影が近付き――
「――ってぇ!」
「……おかしいですね?」
唇が触れる前に額が触れあった。触れ合ったと言うか、ぶつかった。硬い部分で受けたカエデには大したダメージが入っていないが、イチゾーは痛そうだ。悶えている。その隙をついて、カエデが上を取った
ちょっと積極的過ぎて、おかしい。ここまで上手く行くはずが無い。何と言うか――『経験』していなければ越えられないセキュリティが機能していない。そんな違和感。
違和感の正体を確かめる為、カエデがイチゾーの服に手を掛ける。襟元から無理矢理肩を露出させようとしているその行動に、イチゾーはとても嫌な予感がした。
「――っ、待て! またか? またなのか?」
「…………………また?」
「……」
半目で睨まれ、イチゾーが黙る。その隙をついて、カエデはイチゾーの肩を露出させる。そこには噛み痕。カエデが刻んだ呪い。
「……ちゃんとある」
と言うことは手を出された可能性は低い。だが――
「あ、すごい。本当に硬くて熱くなるんですね」
「!」
「ねぇ、イチゾー……またって……なんですか?」
「いや、それは。あの……! 待って! 待って待って待って! お前が思ってる以上にそこはデリケ――!」
「へぇ? ここはぐにぐになんですね?」
「――や、やめ、やめて」
「ふふ。震えてるんですか? 怖いんですか? 怖いですよね? 握り潰されたくないですもんね? だから――わたしの質問に答えるしかないですよね? ……『はい』と言え」
「……はい」
「そ。良い子ね、イチゾー。それで……またってなんですか?」
イチゾーは話した。怖かったので話した。ちょっと自己保身に奔りつつ、授業料として身体を要求されたこと、でもお察しの通り、噛み痕みて止められたことを話した。結果——
「明日、今日の話のこと伝えに行くんですよね? わたしも行きますから」
そう言うことに成った。
トラウマでそろそろ立たなくなりそうで可哀想(。-`ω-)
性的表現ありのR15タグ付けるの忘れたからしょうがないじゃん!
それはそうと蟲が宿ったのが○○○だったらアウトでしたね!




