天弦
「え? 後輩さん、この手紙出した後に何の連絡もしなかったんですか?」
手紙を拾って読んでいたセツナのこの言葉に、野次馬が手紙を覗き込む。「えー……」「うっわ」「――最っ低」。野次馬女性陣の反応がこの場の総意だった。
「……」
だからって衆人環視のもと、石畳の上で正座させるのは何らかの法に触れているのでは? イチゾーはそんなことを思うが、思うだけで口には出さない。ニゾーすら敵に回っているのだ。つまり完全にアウェーなのだ。口を開いて良いことは何もない。
――空がまた明るくなる前に機嫌が直るといいなぁ。
一応、反省の気持ちがあるので、唯一許された祈りの内容も控え目なモノになってしまう。
だが救いは思ったよりも早く訪れた。
「おぅ、イチぃ……そりゃぁ、どういう遊びじゃ?」
ハンターギルドも大広場と言う立地が良かった。
マイキー迷宮から取って来た三つの遺物の鑑定が終わったので引き取って来た所なのだろう。人混みに興味を惹かれたカズキがひょいと覗き込んで、声を掛けて来た。
「……」
先輩が無言で手紙を渡す。
「――クズが」
カズキは救いでは無かったらしい。
「これは何の集まりだ? 迷惑になっているぞ?」
そんな偽の救いの背後から、ひょっこりと本当の救いが現れた。アリサだ。領主の娘として、トラブルを解決しに来たのだろう。
貴種らしい声と態度は野次馬を散らすには十分だったらしい。元よりの住人は勿論、外から入って来たばかりの人もアリサの命令をする側に慣れたその態度に散って行く。
「――それで?」
どういう状況だい? と、残った当事者たちに声を掛ける。「……」。今度は無言でカズキがイチゾーの手紙をアリサに渡す。
「……まぁ、うん。事情は分かったが、ここだと迷惑だ。場所を移そう」
個室のある店に連れていかれた。
普段着のイチゾーとカズキが一番マシで、カエデは旅装、セツナは迷宮帰りと言う恰好で、ニゾーとえもにゅーに至っては全裸だ。「……」。まぁ、ニゾーは服を着ることの方が珍しいが。
そんな感じに酷く場違い感があったが、そこはアリサが通した。
だから次の問題は料金だ。
「ニゾー」
「な?」
「水以外頼むな」
「な?」
それマジで言ってる? と聞いてくるが――マジである。カエデの分はイチゾーが払う。これは確定だ。そしてイチゾーは昨日までの探索で雇い主であるカズキから七百環貰っている。一回の探索で稼いだ金額としては破格だが、コレが八咫烏衆から出てからの唯一の収入だ。それまでは貯金を崩してここまで来たと言う状況なので……シンプルに金がない。カエデの分はどうにかなるかもしれないが、イチゾーとニゾーの分はこの店の格的に絶対に足りない。
「……煙草、カートンで買うんじゃなかった……」
「ぐな」
「へぃ、冷てぇこと言うなよ、相棒。俺達は子供の頃から何時だって一緒だっただろ?」
だから一緒にひもじい思いをしようぜ、と言うが、ニゾーは承諾してくれそうにない。コーラ位は飲ませないと納得してくれそうにないが……「こういうとこの、高けぇんだよなぁ……」。思わずそんな愚痴が漏れた。
「安心してくれ、イチゾー。ここは私の奢りだ」
助けてくれたお礼を個人的にしていなかったからな、と苦笑いを浮かべながらアリサ。その言葉は大変ありがたいが――
「……………レオが受け取れねぇんだから、俺も受け取れねぇよ」
イチゾーは男の子なので、張らないと行けない意地がある。あるので、こう言うしかない。
「……前払いでわしが貸しちゃる」
「カズキ……俺、絶対にお前の仕事成功させてみせるからな!」
運ばれて来たのはコース料理だった。
軽い自己紹介の後、食事をする。
何と言うか、やっぱりアリサは少しズレている。カエデは平気そうだが、イチゾー達には明らかに量が足りない。迷宮帰りのセツナは猶更だ。
それでも料理は美味かったので、『あとで屋台行こ』と方針だけを決めておく。デザートも食べ終えたイチゾーは、ちら、とカエデを見る。
同じ様な環境で育ってきたはずなのに、アリサと同じ様にしっかりテーブルマナ―を自然に熟した幼馴染は美味しい食事で機嫌が良さそうだ。
「カエデ、さっきの――」
「もう良いですよ」
「……そうか。本当に悪かっ――」
「後で二人きりでお話しましょうね?」
「……」
誰にも聞こえない様に甘い声での身体を寄せての耳打ち。それは、恋人とする『夜』の約束の様だが、実際はただの『裁判延期』の通知である。「……」。空がまた明るくなる前に機嫌が直るといいなぁ。再びの細やかな祈り。それが天に届くかどうかは神のみぞ知る、だ。
だから早々に思考を打ち切って、カズキを見る。
「……ンで?」
「主語がないぞ。会話下手か?」
「伝わってんだから良いだろーが」
「口に出せぇ」
「……アリサと一緒に居たってことは何か話、あんだろ?」
「ほうじゃの――天弦の狙いが分かった」
「……」
こん、と軽くテーブルを叩いてカズキの視線を引いて、目でカエデとセツナを指す。
「関係者じゃ」セツナを見ながらそう言って「……厄介な仕事の話じゃが聞くか?」カエデを見てそう言う。言葉を向けられたカエデは、んー、と少し考える様な仕草をする。
「位階壱のイチゾーにそんな厄介な仕事をさせているんですか?」
「コイツは烏じゃ」
「わたしも八咫烏衆です」
「……」
無言でイチゾーを見るカズキ。「……」。数秒の思考。
カエデが知った場合のデメリットとメリットを考える。デメリットは巻き込まれる可能性。それは天弦の狙いが捨ヶ原であり、ここにいる以上、大して変わらない。次にメリット。十年、ほぼ八咫烏の修行しかしていなかったイチゾーと違い、カエデは外とも関りがある。ドローン技士としての技術交換会とかで他の群れと接しても居たはずだ。
離すつもりが、話す理由の方が出て来てしまった。「……」。どうしたものか? 大したリスクも無さそうだし――
「カエデー」
「何です?」
「――他の群れ、八咫烏衆について何か知ってっか?」
「何かどころか……わたし、天弦について知ってますよ?」
その言葉でカズキは情報源としてはイチゾーよりもカエデを上に置いてしまった。
「――頭腐ってんじゃねぇの?」
天弦のことを聞いたイチゾーの第一印象がそれだった。
小さな八咫烏の群れがあった。
技術の伝達が上手く行かず、その癖他の群れや本家に助けを求めることも出来なかった本当の意味で『弱くて』『終わっている』群れだ。
その群れは自分達が劣っていることを認められず、それ故、屍を積み上げるバカみたいな根性論で八咫烏を造っていた。
産まれた子供に保護した子供、それと買った子供。それら全てに適性を問わず、蟲の卵を飲ませ八咫烏としての教育を施した。
十人の子供が一人生き残れば上等。そんな間違った方法で八咫烏を造っていた群れだった。
ある日、その群れに一人の天才が産まれた。
その群れの中では失われた参足・鈍天すらも独学で再生させる程の才を持つ者。
ソイツは終わった群れの希望として育てられ――同じ様な子供達の為に群れを終わらせた。
そしてソイツは同士と共に傭兵団を造り、自分達を助けなかった皇国に復讐する様に、テロリストとなった。
それこそが天弦傭兵団。
旧時代から続く八咫烏の技を人の為でなく、国を壊す為に振るうテロリスト集団だと言う。
「……」
もう一回その情報を頭の中で整理して――
「――頭腐ってんじゃねぇの?」
イチゾー、二回目の本音。
何と言うか……『馬鹿が力を持つと周りが迷惑する』の典型例の様な話だ。『自分達は正しい』『自分達は被害者だ』と思っていそうな辺りが最悪だ。
「……そこそこやらかしてるみたいですけど、何で後輩さんは知らなかったんですか?」
「パパ上の教育方針でね。俺はあんま家業の方は教えられてねぇーんすよ」
「……何で後輩さんは知らなかったんですか?」
何故か同じ質問をカエデにするセツナ。「……」。ちょっとイチゾーは納得いかなかった。
「その頃、イチゾーは余裕が無かったですから……」
「……」
何となく、腰のウォーハンマーに触れ、うっすらと思い出す。確かに八咫烏衆に居た時間の殆どはイチゾーには余裕が無かった。赤羽根。アレを使える様になるために必死だった。
黙ったイチゾーを見て、セツナも余り触らない方が良いと思ったのだろう。
「今の所、わたしに関係なさそうですけど?」
カズキに話のバトンを渡す。
「狙われちょるんがお前さんのお師匠、不老者じゃ」
「先生が?」
思わずイチゾーが口を挟む。
あのダメな精霊種を殺した所で特に変化は――
「そか。この街、あのダメ精霊種が気に入ってるってだけでもってんだっけ……」
「ほういうことじゃ。要で心臓。一人殺すだけで街が終わる。狙う側としちゃぁ効率がえぇから狙われるんじゃが――先生ちゅうのは何じゃ?」
「そこのお嬢様を助けたお礼で紹介して貰ってね。俺の魔法の先生なんだよ。だから『先輩』」
「はい、だから『後輩さん』です」
その言葉を聞いて、そう言うことか、とカズキは大きく頷いて。
「……そう言うプレイじゃとおもっちょったわ」
「……テメェから屠殺してやろうか豚野郎?」
事情を知らないとそうとしか見えない。
そんな悲劇。
この後の『お話』の内容が一つ減って良かったね、イチゾー!




