遺物
魔力で構成されたマイキーの死骸は甲羅だけを残して消えてしまった。迷宮が産んだ場合の魔物の扱いは処理が楽で良い。ゴマシオがカズキの為に集めた角猿の死骸を見ると心底そう思う。「……」。もう腐り始めてねぇか、アレ?
それでも一長一短だ。
核となっていたモノに身体の魔力全てが吸い込まれて遺物と化すので解体の必要はないが、外から入って来た天然モノの魔物から取れるモノ比べると、質が宜しくない。
「要るか?」
案の定カズキがそう聞いて来た。重い割に質は良くない。それに陸竜の甲羅も余り需要が無い。重さの割に硬いが、それだけだ。加工し難いし、使い難い。そして陸竜は食肉としても流通している。
その際に甲羅も取れるからそれ程珍しいモノではない。一応、迷宮産と言うアドバンテージはあるが、そもそも白血球であるマイキーの核であって、迷宮の核では無いので、その点でも安い。
「おう、くれ」
それでもイチゾーは貰うことにした。
レオの墓に持って行ってやる位はしても良いだろう。そう言う気分に成ったからだ。
だがこれから迷宮の核を探すと言う時にこのデカい甲羅を持って行くのは邪魔だ。
仕方が無いので、ゴマシオにソリの様に曳かせて、護衛にニゾーを付けて先に入り口で待たせることにした。
「大猿来たら直ぐ逃げろよ?」
「ぐあ!」
と、良い返事が一つ返って来た。
先ずは角猿達が根城としていたハンターギルドに行った。
受付の置かれた一階の広いスペースを溜まり場にしていた様で、食いカスや空き瓶が転がるソコの角に集められた遺物が転がっていた。「……」。見たことのあるARがあった。レオから報酬として渡されたアダマンドビートルだ。飲み込まれ、遺物と化していたらしい。
拾って魔力を流してみるが……んー? と首を傾げるイチゾー。三種類ほど魔法が刻まれたようだが、知っている『流れ』では無かったので効果が分からない。ほい、とカズキに投げ渡す。同じ様に魔力を流して、んー? となっていたので、大人しく鑑定所に持ち込んだ方が良さそうだ。
その他の遺物化したのはブロック食糧一箱と、竜車から引っぺがしたケブラー製の幌があった。アダマンドビートルと同じ様に両方に魔力を流してみるが分からな――
「お?」
「どうした?」
イチゾーの声に反応したカズキ。そんなカズキを手招きして呼んで、ちょいちょいと指差して『幌に魔力流してみろ』。言われるがままに魔力を流したカズキの口から「お?」とイチゾーと同じ様な声が出た。つまりカズキにも分かったと言うことだ。つまり――
「〈硬化〉だな」
「〈硬化〉じゃな」
そう言うことだ。
当りだ。幌と言うのがとても良い。言ってしまえばデカい布。加工すれば防具になるので他の魔法がよっぽどクソで無い限り良いお値段で売れる。自分で使っても良い。
とても良いモノが手に入った。今回の探索は大成功と言っても過言では無い。
イチゾーは満足だ。カズキも嬉しそう。それはハンターのリアクションとしては至極正しいリアクションだ。だが――
「……そういや、調査の方は良いのか?」
カズキの目的はソレでは無かったはずだ。イチゾーの言葉に、ぴた、と固まるカズキ。えもにゅーがそんなカズキを少し離れた所から見つめていたかと思うと、ぺちぺちと足音を鳴らしながら近づき、その顔を覗き込んだ。「……」。下から上に。見上げる形にはなっているが完全に上司が部下に詰める時の視線と雰囲気だった。パワハラと言う奴だろうか? 軍人さんは大変ですな。他人事の様にイチゾー。
「……お前さん、猿どものボスと戦ってたりは――」
「――してんな」
縋る様な声音に答えを返せば「本当か!」と肩を掴まれる。〈暴食〉の名残でカズキの身体は未だ少しデカい。だから上半身は未だに裸だ。そんな状況で肩を掴まれると、とても嫌な絵面になる。何と言うか……唇の一つでも奪われそうだ。
「……ヘェーイ」
心底嫌そうなイチゾーの鳴き声を聞いて、カズキが慌てて離れた。
「……スマン」
「ソッチの趣味だってンなら尊重はしてやるが、距離は取らせて貰うぜ?」
「……無いから安心してくれ」
「あいよ。ンで? 何が訊きてぇんだ?」
「そいつの目の色じゃ!」
「……さっきの甲羅、飼い主の墓にでも持ってってやるつもりなんだわ」
「……」
カズキ、半目。
それを見ながらイチゾーは煙草に火を付ける。
「……煙草吸う様に成ったせいか、最近、物忘れが激しくてなぁ」
言って、一気に煙草を吸う。ちりちりと音を立てで火が進み、一気に煙草が灰に変わって行く、ぶふぁー、と煙を吐き出す。一気に一本吸いきった。
「二本目行くともっと物忘れしそう――」
「……甲羅はタダでくれちゃる」
「ケー。素敵だぜ? お陰で色んなこと思い出したわ。中猿の目の色だったよな? 赤だ」
やっぱりコイツ、旅慣れっーか、交渉慣れしてねぇな。イチゾーはにやにや笑いながらそんなことを思った。
迷宮の核はレオが所属し、マイキーが何度も訪れたであろう商業ギルドのターミナルに在った。一際濃い色の中に、破壊された竜車があった。魔力で造られた迷宮の中、数少ない本物だ。これを大きく壊せば、迷宮の核が産まれ、それを持ち出すと迷宮は死ぬ。
こんな街道の途中に迷宮があるのはよろしくないので、今回は迷宮を壊す方向で話はまとまっている。
だがその前に――と、その壊れた荷台を漁ると、持ち出せなかったイチゾー達のリュックが見つかった。「?」。一応、と中身を確認していたイチゾーの首がまたも、んー? と傾く。着替えは残っている。金継ぎ用の道具や食器にガスバーナー。それにニゾーの我儘で買ったバターポップコーンのシートもだ。だがモザイク皿が無くなっていた。割れたのか? と思ったが、破片も無い。
「カズキぃー」
「なんじゃ?」
「追加の情報、いるか?」
「……」
「ヘィ、目つきが宜しくねぇぜ? 流石に雇い主にこれ以上吹っ掛けねぇよ」
カズキが捕獲されたばかりの野犬の仔犬の目になっていたので、これ以上人類不信にならない様に肩を竦めながらイチゾー。そのままリュックの中身を見せながら――
「皿が無くなってる」
「皿ぁ? なんじゃ、そりゃ? 高い皿なんか?」
「高い……かは微妙だが、俺の自信作だ」
「……それが無くなっちよる、と?」
「おぅ、食いモン残ってんのに、皿だけ持ってかれてる」
角猿の思考と嗜好ではない。完全に人類のモノだ。
「お役に立ちましたかね、御主人サマ?」
「オゥ。褒めて遣わす」
「あざーす」
イチゾーが蟲付きになってからニゾーには新しい趣味が出来た。
蟲イジメである。
マイキー迷宮攻略から無事に捨ヶ原に戻った次の日。何やら街の方の情報収集をすることにしたらしいカズキ達に三日間の休暇を言い渡されたイチゾーは公園で露店を開いていた。金継ぎの道具が無事だったからだ。
とはいっても売り物は無い。商業ギルドに百環程払って『割れた皿など買い取ります』の広告を貼らせて貰ってはいるが、貼ったのは今朝なのでまだ効果も無い。正直暇だ。
そんな訳で敷いたビニールシートの上でニゾーのリクエストに応えてガスバーナーでポップコーンを造っていた時に、ニゾーはその新しい趣味を始めた。
日差しが気持ちよかったのか、何なのか、イチゾーの右腕の皮膚をもぞりと動かして蟲が表に出て来た。「ぐあ!」その進む先を楽しそうにニゾーが抑える。蟲が方向を変える。「ぐあ!」。また進む先を抑える。そうしてニゾーはウゴウゴする蟲をその場でくるくる回らせて遊んでいた。
「……」
実に陰湿である。
あとポップコーン造りの邪魔である。ポップコーンは直火を当ててはいけない。火に触れるか触れないかの所で、小刻みにフライパンを動かす必要がある。ある意味職人技なのだ。
「……ポップコーン造ってんだからヤメロ」
「ぐぐ、なっ」
ヒダリデヤレヤ、とニゾー。
新入りの可愛がりを止める気は無いらしい。「……」。宿主として止めるべきか? そんなことを思うが、イチゾーとしても右腕の蟲には言いたいことがあったので、イジメを見て見ないことに。ニゾーに言われた通り左でポップコーンを炒りながら、ニゾーによる新人いびりをぼんやりと眺めていた。
行く先を塞がれて、方向を変える。塞がれて、変える。塞がれて、変える。塞がれて――方向を変える代わりに、頭が二つに分かれて『Y』の文字みたいになった。
「「!」」
流石にびっくりして、思わずニゾーが手を離す。やっと行きたい方向に進めた蟲は、さっきのことが見間違えだったかの様に元の姿に戻ってウゴウゴと手首の方向に昇って行き、途中で腕の中に潜って行った。
「……」
無言で、じっ、と右腕を見つめるニゾー。
「……ほら、ポップコーンできたから食ってろって」
そんなニゾーにポップコーン進めてやりながらイチゾーは端末を弄ってハンターギルドのライブラリで硬くて、生命力が強くて、狂暴で、頭が二つある蟲を調べてみた。
「……」
頭が二つと言うヤバい特徴があるので、直ぐに見つかると思ったが、検索結果が五百を超えていたので諦めた。
条件が未だ足りない。大人しく位階弐になる方がまだ楽そうだ。
久しぶりのペンギン語。
今日は「ぐぐ、なっ」
「ぐぐ」は(こっち)(右:ペンギンが全員右利きなので)を意味する。
そして「なっ」は(否定)なので、(右)を(否定)して「ヒダリデウテヤ」となるのです。
ヤッテヤロウジャネェカァー!




