見張り
半径二メートルほどの空間が迷宮の入り口だった。
何処から入っても同じ場所に出る。捨ヶ原の正門だ。それを確認して、先ずはイチゾーとニゾーが中に入る。少し遅れてカズキが顔を出した。問題無さそうだと判断して、中に入って来る。
「先頭はお前とニゾー、真ん中にゴマシオとえもにゅー少尉、殿はわしがやろう」
「おう」
カズキは指示を出し、イチゾーは返事をした。それでも歩き出さない。入り口で身体を解して、カズキは煙草を噛み、イチゾーは煙草に火を点ける。ニゾーが先輩から貰った四角い飴をえもにゅーに分けて、それを羨ましそうにゴマシオが見ていたのでポケットからジャーキーを取り出してくれてやる。尻尾が、ぱたた、と振られて嬉しそう。「……」。それを見ながらイチゾーは左手で煙草を吸い、右手に握ったウォーハンマーの柄をくるくると回す。
そんな風に十五分程時間を潰した。
ふぃ、と空間が揺らいで猿の顔が入って来た。
刹那にも満たない反射。
イチゾーが弄んでいた右手のウォーハンマーを叩き込む。叫び声を中に残すことなく、覗き込んだ猿の顔面が外に吹き飛んで行く。ソレを確認することなく、イチゾーとニゾーが一気に外に飛び出す。角猿は五匹。一匹は今の一撃をまともに喰らった結果、ぴくぴくと地面に転がっているので、残りは四。「……」。ちら、と視線を向けたのはドローンが隠してある場所。見張り角猿達は優秀で、中への報告を優先した様で荒らされた形跡は無い。良い猿どもだ。素直にそう思う。思ったので、イチゾーは彼等にご褒美を上げることにした。
「ニゾー」
「な?」
「楽に殺してやれ」
「ぐあ!」
ニゾーのその良い返事が合図。壱足・槍天。一気に間合いを詰めたイチゾーが角猿の眼球に左手の煙草を押し付ける。「ギッ!」と叫びを上げて目を抑える様に顔を俯かせる。頭が良い位置に来たので、「硬化」、その頭にイチゾーは強化した足刀を叩き込む。八咫烏の蹴りは凶悪だ。これまでは魔力が無かったから吹き飛ばすだけだったが、今のイチゾーは蟲憑きで、魔力があり、ブーツには硬化の魔法が掛けられている。だからこの一撃は立派な攻撃だ。角猿Bの頭が捥げて吹き飛んだ。
その先に居たのは角猿Cだ。突然飛んできた仲間の頭。それを顔面に喰らい、仰け反る。太陽が見えた。太陽が遮られた。そして空が落ちて来た。空はイチゾーのウォーハンマーだった。後頭部から地面に叩きつけられ、頭蓋を砕かれる。角猿Cが起き上がろうと身体を動かすが、既に脳は壊れ、脊髄も砕けている。脳からはまともな指令は来ないし、来ても正しく伝わらない。結果、ひっくり返った虫の様に手足が虚空を掻くのみだった。
「……」
ノルマを達成したから。そう言う訳ではないが、イチゾーの動きが止まる。ヘボい癖にカゲチヨが喧嘩を売って来た理由が分かったのだ。魔力・イズ・スゴイ。これ迄必死になっても足止めしか出来なかった魔物が容易く殺せる。
「ぐな!」
Dを仕留めたニゾーからのお叱りの声。ニゾーが首を刎ね、イチゾーが『これが、力……』とかやってる間に残ったEが必死にマイキー迷宮に入ろうと走っていた。顔を突っ込んで叫ばれるだけで、奇襲の優位は無くなってしまうが……中には未だカズキ達が居る。だから、まぁ、大丈夫だろうとは思う。思うが、一応、と遠ざかる後頭部目掛けてウォーハンマーを投げ付けた。思ったよりも落ちた。それでも鶴嘴が足に突き刺さった。「ウキャ!」とバランスを崩す角猿E。それでも最後の力を振り絞る様に顔をマイキー迷宮に突っ込もうとして――
「ォン!」
飛び出して来たゴマシオにその喉笛を噛みつかれ、戻された。
ゴマシオは未だ一歳の若くて――安い犬だ。一日三十環で借りられる程度なので、出来ることは下手な索敵と未熟な護衛程度。ラファ達の様に角猿の喉を噛み千切ることも出来ない。それでも上がったテンションそのままに魔力を持った大型犬が思い切り振り回せばそれなりに脅威だ。角猿Eは反撃らしい反撃も出来ず、ぬいぐるみの様に振り回され、放り投げられた。「……おかえりー」。イチゾーの方に飛んできたので、煙草に火を点けながら、その頭に足を乗せ、そのまま踏み潰した。動かなくなった。足元が中々に猟奇的だ。
そんなイチゾーの足元にゴマシオがちゃっちゃと爪を鳴らして寄って来た。
獲物をしとめたので褒めて下さい。口の周りの白い毛を赤く染めて大変猟奇的だが、嬉しそうに舌を出している。アホ面だ。同じ様に寄って来たニゾーが、その肩をぽんぽんと叩いてやる。気持ちが良かったのか、はへ、と更に嬉しそう。
「もう終わったかの?」
そんなゴマシオにイチゾーがジャーキーをやってる時だった。豚の顔がひょっこりと虚空に浮かんだ。
「今入ろうとした奴等に関してはな」
「ほうか。待機場所だけでも見といた方がええじゃろ。ゴマシオを借りるぞ」
言って、カズキとえもにゅーは地面を嗅ぐゴマシオの後に続いて見張り角猿A~Eの待機場所を探しだす。
「んぐ、な?」
「……売れんのは角だな」
「ぐぐあ?」
「そだな。やることないし、剥いどくかー」
煙草休憩には長くなりそうだったので、イチゾーとニゾーは角猿から角を剥ぐことにした。剥ぎ取りの道具が無かったので、余り綺麗に取れなかった。「……」。元解体屋としてちょっと納得行かなかった。
「何匹か本隊への報告に出た後じゃった」
「ま、そうだろうな」
カズキからの報告を受け、「ならさっさと終わらせようぜ」と再びマイキー迷宮に入る。
今回は本格的な探索だ。
イチゾーは煙草を携帯灰皿に押し付け、両手にウォーハンマーを持った。
そんな風に軽い警戒態勢を造るイチゾー達を出迎えたのは、色がちぐはぐの街だった。
核となったマイキーか、レオか、そのどちらか、若しくは両方の影響だろう。彼等の馴染みの場所の色は濃く、しっかりと色づいているのに対し、あまり馴染みのない場所は白黒だ。「……」。街型。このタイプの迷宮は遺物の回収がしやすい。色の濃い場所を辿り、彼等の思い出を辿ればその先に遺物があるからだ。
「どうする?」
先頭を任されたイチゾーが右手に持ったウォーハンマーの柄をくるくる回しながら振り返る。遺物が目的なのであれば色を辿れば良い。だが、コレは一応、調査だ。調査でイチゾーが雇われである以上、方針を決めるのはカズキだ。
「……何がおると思う?」
「出来て直ぐに猿どもに入られたっぺーから乗っ取られてんだろ」
ほれ、見て見ろ、とウォーハンマーで指し示す先には一軒の飯屋。
迷宮が白血球を造るよりも早く角猿の巣になってしまった。見た感じ、そんな感じだ。それを証明する様に、イチゾーが指した飯屋の座敷では運び込んだ鹿を喰って腹いっぱいに成ったらしい角猿が一匹、いびきをかいて眠っていた。呑気なモノだ。敵対勢力が中に居る状態ではこうはいかない。
レオ達の無念は特に果たされることなく、敵である角猿達に見張り用の休憩所を用意したと言う結果になったと言う訳だ。「……」。報われない。
「イチゾー」
視線で寝てる角猿を指される。音を出さずにやれるか? そんな問い掛けだろう。頷く代わりに、飯屋に入り、座布団を手に取る。そのまま猿の顔に乗せて――圧迫する。暴れ出そうとする手足を足で抑え、動かない様に。角猿が必死にもがこうとするが、重さと力に抑えられて動けず、叫べない。「――」。不意に、ふっ、と足の下の角猿から力が抜けた。「……」。だがイチゾーはどかない。そのまま十秒ほどたっただろうか? 再び、それでもさっきよりも強く暴れ出した。正真正銘の最後の悪あがき。それも直ぐに終わり、今度こそ角猿が終わる。
「ハンマー使わんのか?」
「魔力が勿体ねぇし、こっちの方が音が出ねぇだろ?」
気絶しているだけかもしれないので「ニゾー」と一声かける。「ぐあ!」。すっ、とフリッパーが引かれ、角猿の首に赤が奔る。もう心臓は止まっている様で血の流れは緩やかだった。
「こいつは見張りかの?」
「どっちかつーと伝令だろうな」
先程全滅させた奴等からの異変を受けて、ボスに報告する。多分、そんな役割だ。角猿は敵性亜人とは言え、トランシーバーなどを造れるほどの知能は無い。だからこいつを殺しても暫くはバレないだろう。定時連絡も糞も無いはずだ。
「遺物はどうなっちょると思う?」
「角猿なら集めてンだろ」
逆にトランシーバーなどを造る知能は無くとも、街型迷宮の特徴くらいは猿どもも知っている。色の濃い場所を漁って回収くらいはしているだろう。
「ほならボスんとこに行くんがえぇの」
「調べる内容知らねぇからなんも言えねぇよ」
「遺物使われちょるんなら死体しらべればわかるけぇ」
「ケー。分かり易くて素敵だぜ? どうやってボス探す?」
遺物や核は探しやすいが、こういう風に別の魔物が巣を造った場合、ボスを探し難いのが街型迷宮だ。洞窟型なら『一番奥』、塔型なら『最上階』。そんな風に分かり易い基準が無いからだ。どこにいるかはソイツ次第。領主邸に居るかもしれないし、ハンターギルドに居るかもしれない。狭い部屋を好んで酒場の地下に居ることだってある。
「そこら辺歩いとるんを小突いたれ。ほいで泣かせりゃ親分ちゅう奴は出てこざるおえんからの。もう隠れん坊はやめじゃ」
「二手に分かれるか?」
「ほじゃの。ちゅーか、お前さんに猟犬やって貰いたい。適当に齧って走り回ってくれぃ」
「……まぁ、八咫烏の使い方としちゃ悪くねぇな」
そんじゃ、行ってくるぜー。
軽くそれだけ言うと、パーカーのフードと言う定位置にニゾーを乗せ、イチゾーは捨ヶ原を真似て造られたマイキー迷宮を駆け出した。




