マイキー迷宮
角猿関係の調査は後回しになりそうだな。
そんなことを考えていたイチゾーだが、カズキはその角猿の動きも調べるつもりだと言っていた。何でも件の天弦傭兵団の持つ遺物の中に魔物を操る――と言うか認識をズラすものがあり、それを使い魔物を使うと言うのも手口の一つらしい。
「知らんか? 最近、領主の娘さんが襲われたちゅう話じゃ」
「……良く知ってるよ」
現場にいたからな、と言いながらドローンショップから回収ドローンを借りる。速度、正確性は今一だが運べる量が多い気球タイプを選んだ。手触りの今一な、それでも頑丈そうな布に包まれた一式が差し出される。
「ほなら案内は任せても良いかの?」
言いながらカズキが預けていた荷運びタンクを出して貰っていた。店の奥からキャタピラを履いたトロッコが出てくる。「乗せてもえぇぞ?」と言う有り難い言葉を頂いたので、遠慮なく荷物を載せる。
「よかよー……足はどうする? 陸竜とか借りる?」
「大猿ちゅうんはどうじゃ? 現場にいたちゅうこたぁ、逃げる為に殿務めたんはお前さんじゃろ?」
「……嫌がらせは出来るけど、殺し切れるかは微妙だな」
「ほうか。なら余分な足は持たん方がえぇの」
バイクにしろ、陸竜にしろ、足手纏いになる。レンタルで借りて壊されたり殺されたりした場合、弁償代は中々厳しい。車は財産で、力だが、同時に『重り』でもある。
「歩きだとどうじゃ?」
「蟲憑きの足なら丸一日ってとこだな」
「……烏の足ならどうじゃ?」
「さぁ? 六時間くらいじゃね?」
最短距離の森を行けば。それと荷物は殆ど持たなければ、だが。
「わしの荷運びタンクの足も考えると半日ってとこかの」
「鬼って足の方はどうなんだ?」
「……知らんのか?」
「パパ上の方針でね。俺はあんま家業関係の方はあんま教えられてねぇんだよ」
正面戦闘は強いと聞いてはいるが、どうして『強い』のかは知らない。八咫烏の様に技を継いでいるのか、それとも別の何かがあるのか、その辺は聞いていないのだ。
「わしらはあれじゃ、品種改良と肉体改造の結果じゃ。身体能力は桁外れじゃし、蟲憑きにも成り易い」
九割はなれる、とカズキ。「……」。それが本当なら群れとしては圧倒的に八咫烏衆よりも強い。単純に蟲憑きの数と言う意味よりも、その九割の血は子供の代程度なら間違いなく使える。権力者は胤なり胎なりを欲しがるだろう。
どうして鬼が皇国軍に所属しているか、その理由が少し分かった。多分、鬼は軍どころか皇国と言う国に深く食い込んでいる集団だ。
「……おモテになりそうな一族ですわね?」
「そうでもないの。強さを求めた結果、一族はほぼ豚人種だから人間種と精霊種と鱗種には受けが良くないからの」
「あー……」
そっかー、とイチゾー。
思い出したのは無理矢理初心者講習にぶち込んで下さったギルドの受付嬢のことだ。同い年とのことだが……抱けない。失礼な言い方になるが、抱けない。
人類七種は『子供は例外なく母親側の種族として生まれてくる』と言うルールのもと、互いに交配が可能だ。可能だが、種族に依ってある程度の好みがある。自分の種族から違い過ぎるとあまり恋愛に発展しない。
人間種であるイチゾーは人間種、精霊種、あと炭鉱種の女の子なら行けるけど、ちょっと小鬼種と豚人種と猫人種は無理だ。相手もそうだろうけど。鱗種に至っては正直どうすれば良いかすら分かんない。あいつら卵生だし。
「……豚人種の好みってどうだっけ?」
「……女ちゅうだけで宝石じゃ」
「……」
「……」
「……エロ種族」
思い切りケツを蹴られた。結構痛かった。この脚力ならある程度はペースを上げても付いてこれそうだな。イチゾーはそんなことを思った。
捨ヶ原を離れて六時間程が経った。
森の夜の変化は速い。木々に阻まれて一気に夜になるからだ。蜘蛛系や、しっかりと巣を造る蟲の蟲憑きならば〈結界〉などの魔法などで野宿の際にも安全な空間を作れるらしいが、イチゾーもカズキも生憎と蜘蛛系ではなく、しっかりと巣を造るタイプの蟲でもないので交代で見張りを立てつつ夜をやり過ごすことにした。
「まぁ、わしらはペンギン憑きじゃから未だ恵まれちょるほうじゃがの」
犬屋から借りたゴマシオ―シベリアンハスキーを撫でながらカズキ。この時代、犬はある意味消耗品で必需品だ。魔力を宿せない人類に代わり、魔力を宿して、その癖旧時代から変わらず人類の友でいてくれる。ゴマシオもへらっ、としたアホ面とは裏腹に警戒と護衛が出来る。
そんなゴマシオがカズキの手から離れてイチゾーの方に寄って来たかと思えば、ごろん、と転がって腹を見せて来た。撫でろと言うことだろう。適当にわしゃわしゃやってやると大量の抜け毛が手に絡まった。「……」。これだからダブルコートはよぉ。あっちに行け、と追い出しながら手に付いた毛を払う。
「……魔法の種類って訊いても大丈夫か?」
「……まぁ、擦り合わせはしといた方がえぇじゃろうな」
そう言う話になったので、取り敢えずお互いの武器と魔法を教え合うことに成った。
イチゾーは今は銃器を持って居ないので、武器はウォーハンマーのみ。魔法の方は〈硬化〉〈生命力強化〉〈激昂〉が使えると言うことを話した。
カズキの方はARを持って居るが、やはり銃器はどちらかと言うとサブ。その先端の銃剣と腰に佩いたマチェット、それと鬼としての武術がメインだと言う。
魔法の方は〈硬化〉〈筋力強化〉〈暴食〉だとのこと。
〈硬化〉。これはイチゾーと共通だ説明して貰わなくても分かる。〈筋力強化〉。これも想像は付く。鬼が品種改良の結果であり、素の身体能力が高い所にコレはかなり良いだろう。
「〈暴食〉ってのは?」
「いっぱい食べれるちゅうことじゃ」
「……」
答えになって居ませんが? とイチゾー。
「……それなら聞くがの、〈激昂〉ちゅうのはどう言う魔法なんじゃ?」
「……初心者講習でやってただろ? ファンタ飲まされたペンギンみてぇになる奴だ」
「……」
お前も答えになっちょらんぞ? とカズキ。
お互いに全部をしっかりと説明する程仲良くない。そう言うことだ。
だからお互いにそこで話を打ち切り、食事の準備に戻る。
外での仕事中のハンターの食事は様々だ。
これが最後かもしれないから――と凝ったモノを作る者もいれば、こんな所でまともな料理など期待できないから、終わった後の食事を豪華にする、とブロック食糧で済ませる者もいる。
スラム生まれのイチゾーは腹にモノが入って居ればそれで良いと言うタイプなので当然の様にブロック食糧とコーラで済ませる。
水産みの石。今の所イチゾーが唯一持って居る遺物は水を貯めて置ける。それは炭酸水も例外では無い様で、粉末コーラを溶いてやれば野外でもコーラが用意出来たので、少し有り難い。味が悪くなると言う欠点もコーラにしてしまえば大して気にならない。
「…………………………ぐ、ぐあ」
イチゾーには。
ニゾーは何やら文句があるらしく、無しよりの有り、と言いながら何回か口に運び、小首を傾げていた。まぁ、一応コーラと認識している様なので良い。
ペンギンが人類の隣に居てくれるのはコーラの蓋が開けられないからだ。
生まれてからずっと一緒のニゾーは流石にそれだけでは無いと思いたいが、それでもペンギンは友好亜人。あくまでも亜人。人類よりも強いモノ。
そこを勘違いすると次の初心者講習への出演が決まってしまう。
二羽のペンギンを警戒したのか、一匹の犬を警戒したのか、それとも鬼と八咫烏を警戒したのか。その辺りは分からないが、夜に襲われることは無かった。
「……」
「……ンだよ。こっち見んなよ」
「水、分けてやろか?」
「要らねぇよ。知らんのか? 炭酸水は美容に良いんだぜ?」
「ぐあ!」
トラブルと言えば、水産みの石に頼り、真水を持ち込まなかった結果、イチゾーとニゾーの洗顔が炭酸水で行われたことくらいだ。しゅわしゅわする。
そうして歩き始めた二日目。太陽が真上に昇る前に竜車の残骸が転がる場所まで来た。「……」。正確には来たはずだった。竜車が無い。猿どもも居ない。マイキーの死骸も無い。あるのは歪み。陽炎の様に、それらがあったはずの場所の景色が歪んでいた。
「……犠牲は出たんか?」
「陸竜が一匹。それと角猿が何匹か」
「……それだけなら迷宮化には微妙じゃの」
「それと陸竜の飼い主が首吊ってる」
「……迷宮化には十分じゃの」
魔力は生物の意思だ。そして死に際の意思は呪いだ。マイキーの、或いはレオの意思が龍脈に反応して異界を造った。魔力汚染区域である龍骸地方ならばそれ程珍しいことではない。
「……」
イチゾーが無言で迷宮化した空間の周りを歩く。足跡。それと毛。角猿のモノが無数。森で狩った鹿でも運び込んだのか、重量物を引き摺った痕もある。巣として使っている様だ。
手を突っ込んでみる。中は少し冷たい。顔を突っ込む。レオかマイキーの影響だろう。捨ヶ原の街並みが広がっていた。
「街型だな。捨ヶ原だ。――どうする?」
「……調べたい」
「ケー。そんじゃ荷運びタンクやテント類は森に隠すぞ。ゴマシオは――」
「一匹じゃ見張りをさせとくんも心もとないの」
「そんじゃ真ん中に挟むぞ。ゴマシオ、戦闘はするなよ?」
――お前はヘボだから。
言いながら、イチゾーがゴマシオの首を揉んでやる。気持ちが良かったのだろう。へら、と舌を出して、手に押し付ける様に段々身体が傾き出した。「……」。アホ犬である。
イチゾーがそんな風にゴマシオの相手をしている間、カズキは迷宮化した空間の写真を撮り、今日の日付、それと潜るハンターを入力して、コードを発券。それを折り畳み式の看板に貼り付けて地面に刺した。
これで『いつ』『どれ位のハンターが』潜っているかが後の人に伝わる。角猿の巣になっている様なので、負けたら間違いなく看板は撤去されるだろうが、まぁ、マナーだ。
「ニゾー、武装チェック」
言いながら、ハンマー、ブーツ、ワンショルダーバック、と確認して行くイチゾーの足元でニゾーが買ったばかりのゴーグルを首から下げて「ぐあ」、と言っていた。身軽で羨ましい。
「そっちは?」
「……大丈夫じゃ」
同じ様にチェックをしていたカズキとえもにゅーに声を掛ける。えもにゅーは軍属なだけあってペンギン用にカスタムされたSGを持って居た。ニゾーが完全近接なのに対して、えもにゅーは中距離担当らしい。
「ほいじゃ行くぞ。大猿が居る可能性があるから気を付けぇ」
「あいあいさー」
「ぐあ!」
びっ、と敬礼をしてマイキー迷宮の探索が始まった。
スケベが大好きーのスタンク=サンでもリザードマンは無理みたいなこと言ってた。
……あの人、オークはどうなんじゃろ?




