カズキ
『はーい、そんじゃ今からぁ――ペンギンどもにコーラって言ってファンタを飲ませて見ようと思いマース!』
スクリーンの中で馬鹿が『これから生まれたことを後悔しながらむごたらしく殺されマース!』と元気よくはしゃいでいるのを見ながら、イチゾーは大きな欠伸をした。
ギルドの中、初心者向けの講習が行われている一室だ。
集められた希望溢れる問題児達はどいつもこいつもやる気に溢れており、爆睡している奴、術書作成の内職をしている奴、ナンパしている奴など様々で、ペン回しの練習をしているイチゾーは未だマシな部類だった。
イチゾーは新人ハンターだが、狩猟団である八咫烏衆出身なので、こんな自由参加の講習で教わる様なことは全部分かっている。
それでも態度が悪すぎたので、ギルドが強制的に初心者講習を受けさせていると言うのが現状だ。
『ちょ! まっ! 待って! マジで待って! マジで待てって! ギブ! ギブだって!』
ぼんやり眺めるスクリーンの中で上がる断末魔。ブチ切れた迷宮ペンギンに馬鹿が手足を捥がれ、ダルマの様にされていた。そのまま三羽ほどが末端から嘴で細かく啄みながらミンチにしている。馬鹿は一応、蟲憑きらしく簡単に死ねずに叫び続けている。グロイ。今日の昼飯、ハンバーガーのつもりだったけど、止めよっかな? 流石にそんな気分になった。
「……」
少し凹む。
――こんなことならもう少し上手くやりゃ良かったなぁ。
そんな反省も一つ。
ハンターギルドに行って空風峠までの道の調査依頼を受領しようとしたら位階参以上じゃないと受けられないと言われた。
どうやら大猿はギルドの査定で位階参相当の脅威と認定されたらしい。
空風峠に戻る際にも位階参以上の同伴を薦められている程だった。
まぁ、適当に調べて後で情報を売れば良いだけだ。
ゲームじゃないのだ。有益な情報は依頼を受けなくても集められるし、売れる。大猿相手でも逃げるのは行けることは分かっているので、イチゾーはそうするつもりだった。だから――
「ぐぐあ、なっ?」
別の依頼にするの? と言うニゾーの言葉に、正直に「いや、無視して行く」と答えた。
これが宜しくなかった。受付嬢に聞かれていたのだ。
馬鹿に世界は優しくないし、ハンターが死ぬの何ぞ自己責任だ。だから普通の受付嬢はそんなのスルーする。馬鹿が馬鹿を晒して死んで悲しんでくれる人は余りいない。精々酒の肴になってお終いだ。
だが残念。
訊いていた豚人種の受付嬢はこの春目出度く採用されたばかりの情熱溢れる新人でしたとさ。
「……」
結果、怒られ、泣き落としをされ、イチゾーはいよいよ無限ペン回しを習得する羽目になってしまったと言う訳だ。
それでも、この初心者講習は割と良く出来ていた。イチゾーと……内職してる精霊種と後は爆睡している豚人種、見た感じこの三人には必要なさそうな感じだが、他のチンピラさん達はもう少し真面目に見た方が良いと思う。
まぁ、幾ら初心者講習の出来が良くても、無駄な時間を使わされたことには違いは無い。
朝直ぐに出るつもりだったのに、太陽は真上に昇り、少し下り始めていた。
それでも、もとから一泊か二泊は覚悟する距離だったので、イチゾーがバイクか騎獣を借りられないだろうか? とレンタルショップを覗いて居た時だった。
「おぅ、ちくっと訊きたいことがあるんじゃがの……その歩き方、お前さん烏かの?」
爆睡豚人種がくちゃくちゃと噛みタバコを嚙みながら声を掛けて来た。
性能では無く、伝統を重視した黒い詰襟の軍服と軍帽。肩に担ぐのは銃剣付きのAR。傍らには黄色い冠羽を持つ森ペンギン。こちらも正規の軍人であることを示す様に軍服を着ていた。
「……皇国軍人?」
「訊いとるんはわしじゃぁ、答ぇ」
くちゃくちゃと煙草を噛みつつ、豚人種。「……」。どうすっかな? そんな思考。喧嘩を買うか、買わないか。それを少し考える。「ぐな」。昼食が未だなので、ニゾーからストップが入った。早くご飯にしたいらしい。イチゾーも同じ気持ちだったので、ふぅー、と大きく息を吐いて肺を空にして、意識を少しクールよりに切り替える。
「……」
それでもこう言う態度を取られて良い気はしていないので、無言で手を差し出す。「……」。豚人種は嫌そうにその手を見つめていたが、彼の連れたペンギンがその手に煙草を一箱乗せてくれた。「ぐあー」。どうぞ、とペンギン。くれるらしい。それなら話が早い。
「……カァ」
とイチゾーが鳴く。
「何で一人でおる? 逸れか? それとも近くに群れが来とるんか?」
「群れはいねぇよ。ンで、一人なのは――あー……アレだ。武者修行みたいなモンだ」
「……腰に佩いとるんが赤羽根じゃねぇのは何でじゃ?」
「……ヤなこと聞くね、お前」
流石にそれは煙草一箱じゃ話せねぇよ、とイチゾー。それを聞いて「ぐな!!」と森ペンギンが豚人種のケツを思い切り引っ叩いた。
「すまんの。今のはわしの失言じゃ」
頭を下げられる。イチゾーは、気にしてねぇよ、と言う様に軽く肩を竦めた。
「ンで、アンタは? 皇国軍人で良いのか?」
「ほうじゃ。わしはカズキ。見ての通り皇国陸軍の軍曹で――こちらがえもにゅー少尉じゃ」
「ぐあ!」
しゅび! とえもにゅー少尉が敬礼を一つ。「ぐあ!」。つられてニゾーもしゅび! と敬礼をしていた。「……」。ペンギンの方が上官らしい。
「ンで、そんな皇国軍人さんが何の用でしょうかね?」
「おぅ。それなんじゃがの、わし等がお前さん等を雇うんは出来るんかのう?」
「……雇うって……俺達をか?」
「ほうじゃ。八咫烏は傭兵じゃろ?」
お前さんもヤるか? と噛み煙草を差し出しながらカズキ。
「傭兵だけどよ……俺は位階壱だぜ?」
さっき一緒に初心者講習受けたんだから知ってんだろ? 要らねぇ、と噛み煙草を拒否して代わりに紙煙草に火を点けながらイチゾー。
ニコチンは立派な殺虫剤だ。だから煙草を吸う蟲憑きは多い。俗説だが、適度な負荷は蟲を鍛えるのに丁度良いらしいからだ。スラムで煙草が通貨として使える理由の一つでもある。
「位階よりも八咫烏ちゅうんが大事なんじゃ。その辺の説明も兼ねて――」
「ぐあー、あぐ?」
食事でもどうだ? と言葉を引き継いでえもにゅー少尉。「……」。どうする? と足元のニゾーに視線を落とす。「ぐあ」。別に構わないらしい。
頭をがりがり掻く。三秒考える。そうして――
「……そっちの奢りなんだよな?」
取り敢えず話を聞いてみることにした。
連れていかれたのは鉄板焼きの店だった。
焼きそば、お好み焼きをメインに扱っている。注文を取りに来た店員にヒロシマ焼きと焼きそば、塩焼きそばを頼む。「ヒロシマ焼きじゃのうてこれが普通のお好み焼きじゃぁ……」。何かウルさそうな奴が向かいの席でぶつぶつ言っていたが、気にしないことにした。触ると多分とてもメンドクサイことになる。
取り敢えずツマミの枝豆と一緒に運ばれて来た四本の瓶コーラを持って「カンパーイ」とぶつけあって――
「わしとえもにゅー少尉はテロリストを追っちょる」
「……テメェも位階壱だよな?」
「ほうじゃ。じゃがわしは〈鬼〉じゃ」
「……」
少し、話が読めた。
イチゾーは位階壱だ。だが、八咫烏であるが故に、地力が違う。並のハンターなら参位までなら相手を出来る自信がある。
旧時代の遺物である技はその程度の価値はある。蟲憑きとしての位階以外の所で戦い、勝つ。それが出来る。
位階以外の強さ。それがカズキがテロリストを追っている理由で、イチゾーに声を掛けた理由と言うのならば――
「……追ってんのは?」
「天弦ちゅう傭兵団じゃ」
聞き覚えは? と目で聞かれたので、ねぇよ、と枝豆をぷちぷちろ小皿に出しながら応じる。「……」。出す傍からニゾーが食べて行くので、イチゾーは一つも食べれない。
「多分烏じゃ」
「ウチ……俺の出身は一応、本流らしいから俺とは別口だぜ?」
「じゃろうの。……ここ五年位で抜けたもんはおらんか?」
「居ねぇな。最近抜けたのは俺だけだし、それもほんの三ヵ月前だ」
「ほぅか」
「ほぅじゃよー」
小皿に出さずにそのまま枝豆を食べながらイチゾー。「……」。その横で空の小皿を前にしたニゾーが何か言いたげに見上げてくるが気にしない。
そうこうしている内に焼かれたお好み焼きが運ばれて来た。ニゾーが食べやすい様にと切り分けてやると、また向かいから何か言いたげな視線が来た。「ピザとはちがうんじゃぁ……」。イチゾーの切り方が気に入らないらしい。うるせぇよ。
「飯位楽しく食わせてくれよ、クソ軍人」
「ほうじゃの。ほうなんじゃがの……どうしてもの」
「……ンな拘りがあんなら初対面を連れてくんなや」
接待としては最悪の部類だ。食い方にブチブチ文句を付けないで欲しい。
「……ンで? その八咫烏の逸れっぽい傭兵団相手するから俺を雇いたいってことで良いのか?」
「ほうじゃ。正面からまともにやろうと思ったら位階参以上を集めんといけん。じゃがわしとお前なら――」
「位階壱でもヤれる?」
「……そこまで楽観視はしちょらんよ」
「……」
少しカズキの評価を上げる。継いで来たモノへの妄信は無い。あくまでもフラットに道具として、手段の一つとしてカウントしているのは頼もしい。
「……報酬」
「日に百環、迷宮に入ったり、調査の途中で戦闘があればその日は五百。更に終わったら成功報酬で千でどうじゃ?」
「迷宮で手に入った遺物はどうする? あと、迷宮に入って戦闘が無かった日は?」
「……遺物は……すまん。全部くれてやるちゅうのが男の道なんじゃろうが、流石に厳しいからその都度話し合いがしたい。それと……ほうじゃの。戦闘は無くとも遠征費込みで百五十でどうじゃ?」
「弾や食料」
「む。……一食は出すが、それ以外は自前で頼む」
「……期間は?」
「取り敢えず一ヵ月――三十日を考えちょる」
「毎日コーラ。あ、二本な?」
「……一本にしちょくれんか?」
ぺた、と豚の耳が垂れる。「……」。あまり交渉は上手くないらしい。この条件なら食事は出さなくても良いし、コーラは全部断わっても良いのに、真剣に考慮している。位階壱を雇うには破格過ぎる。
だがそう言う不器用なりの一生懸命な交渉は好感が持てる。「ニゾー?」と相棒に最終確認を取って見れば、「ぐあ」と言う返事。特に文句は無いらしい。
「しゃーねぇ、お国の為だ。コーラは無しで良いぜ」
「では?」
「おう。一ヵ月よろしく頼むぜ、軍曹殿?」
空になった瓶を、カン、と打ち付け合った。
たぶん妹の名前はしるきー。
注!本作に未成年の喫煙を推奨する意図はありません。成人してから吸おうね!
あと先輩と師匠は絵面的に拙いから非喫煙者です。




