魔法
一応、接待なので、気持ちよくなっていただかなくてはいけないのでは?
AVはファンタジーだから参考にならないらしいけど、どうすれば良いんだ?
主にはそんなことを考えていた。
「それじゃ、しようか?」
だがその言葉と共にナユタがバスローブを落とした瞬間に、何も考えられなくなった。
イチゾーは巨乳派だ。異性の肌を見るのだって初めてではない。それでも手が無意識で動いた。白い肌に指が触れる。柔らかさに思わず力が入り、同時に柔らかさに力が抜ける。
――痛くは無いのだろうか?
そんな気遣いが思考の中に在るが、無意識、本能が手を動かす。
白から桜色。違う感触。「んっ」、甘い声。それに浮かされる様に指を少し強くする。
「ふぁ……い、ちぞーは……おっぱいが好き……なの、かな?」
「……」
何か聞かれた。
けど、返事をする余裕が無い。
『始めて』の男なんてそんなモノだ。手が離せない。柔らかい。すべすべしている。「――ふふ」。不老者はそんな少年を見て、ちろ、と赤い舌で唇を濡らした。
体躯に見合わぬ色気。
長い人生の間、何度か齧った青い果実。それに齧り付く瞬間は堪らない。
熱に浮かされた目。本能で動く手。全身で『自分』を求めるオス。――堪らない。
「――」
だからナユタはイチゾーをベッドに転がした。
力ではイチゾーが上だ。だが、今のイチゾーに反抗すると言う意識は無い。
馬乗りになり、髪を解き、ナユタはイチゾーのバスローブに手を掛けて――
「……んー?」
脱がしかけて、止まった。
視線の先には肩。噛み痕が痣に成り、変色している。「……」。それを何となく撫でて、ナユタは半目になった。
「ねぇねぇ、イチゾー?」
「はい?」
胸を触っていた手を退かされる。突然雰囲気が変わった。何となく機嫌が悪そうだ。イチゾーは未だ熱に浮かされた頭で、呑気にそんなことを考える。
「この噛み痕付けたの女の子?」
「……えぇ、まぁ、はい」
今絶対に思い出したくないボブカットの少女が脳裏に浮かぶ。にっこりと笑顔だった。「……」。案の定と言うか、何と言うか――思い浮かんだ瞬間に痛い位だった息子さんから闘気が薄れた。
「そっかー、女の子かー」
そんなイチゾーの返事に何かを納得した様にナユタ。
溜息混じりに馬乗り状態から降りて、落としたバスローブを拾い、着る。
「……」
その様子を見るイチゾーの目は絶望していた。視線で全力で『冗談だろ?』『ここまで来てそれは無しだろ?』と訴えているが、不老者はもう完全にその気が無さそうだ。
「……あの?」
それでも一縷の望みを託して、声を掛ける。掛けるが――
「ごめんね、イチゾー。でも、手を出すとめんどくさそうだから……」
「……」
「あ、オ〇ニーしたいからさっさと帰って」
「……」
追い出された。
ドアに耳当てて聞いてやろうかとも思ったが……何かそこ迄行くと今晩、情けなさで泣きそうだから大人しく帰ることにした。
「……早くないですか、後輩さん?」
「……ヤってねぇんすよ」
あと、女の子がそう言うこと言うのはどうかと思いますよ、先輩? と、イチゾー。散歩途中のニゾー達に合流しての第一声がコレなのは勘弁して欲しい。早いとか遅いとか分からないで欲しい。
「……勃ちませんでしたか?」
「先輩、止めて。ほんと、止めて」
説明したくない。だってどう説明してもセクハラだ。それでも、せめて、と肩の痣を見せてみる。「あー……」。セツナが何かに納得した様な声を出した。「……」。イチゾーから見たらただの痣なのだが、女性陣が見ると違うモノが見えるらしい。
「多分、お店でも拒否されますよ、コレ」
「……呪いか何かかよぉー」
嘘だろ、余裕が出来たらそう言うお店行きたかったのにー、と思わず本音を零すイチゾー。勝ち誇った様なカエデの笑顔が脳裏に浮かぶ。
蟲憑きでもない癖に変な魔法を掛けないで欲しい。
「ぐあー」
端末を弄り回していたニゾーがハロウィンでコスプレしたカエデの写真を見せてきた。魔女の恰好をしていた。可愛らしいが、今は恐怖でしかない。そんなイチゾーの怯えを感じたニゾーが写真を待ち受けにした。「……」。ほんとやめて。
そんな軽くトラウマになりそうな出来事を経て、イチゾーの魔法の授業は始まった。
授業料は「その内、身体で払ってね」とのことだが、もうそこに甘酸っぱい未来は感じられない。身体で払う(労働)だ。間違いなく。
取り敢えず〈硬化〉と〈生命力強化〉を学ぶことに成った。
「……〈激昂〉は?」
「イチゾー、八咫烏衆ってことは九字使うよね?」
「……まぁ、一応」
ルーチン。スイッチ。『本気を出すぞ』。その合図と言うか、暗示。それは仕込まれている。
「〈激昂〉はそれに紐づいちゃってるだろうから気にしないで良いよ」
だから、はい、さっさと刺す、と針を手渡される。
――呪文を唱えれば発動。
魔法は、そんな単純なモノでは無いらしい。
何故なら魔法は蟲からの借り物だからだ。
当たり前だが人の言葉で何かカッコいいこと言っても、とても有り難い聖書の一説を読んでみても、蟲には何の関係も無い。知ったこっちゃないのである。
「犬のしつけみたいなものだよ」
と、ナユタは言う。
『お手』、と言われた後に、差し出された手に手を乗せたらおやつを貰えた。嬉しい。だから次に同じ様に『お手』と言われた時も手を乗せる様になる。
夢も浪漫も無いが、魔法なんてそんなもんらしい。
呪文に意味は無く、単なるルーチン。『この言葉を言ったらこう言う魔法を発動してくれると嬉しいです』と言う蟲へのメッセージでしかないと教えられた。
だから先ず、左手の小指の先を針で指すことから始まった。「硬化」と言いながら針で指す。イチゾーが傷つく。そうしてから「生命力強化」と言う。右腕の蟲がイチゾーを治し始める。それを繰り返す。半日ほどたった頃だっただろうか? 針が指に刺さらなくなったので、今度は手の甲をナイフで貫く様に言われた。従う。「硬化」。激痛と共に手に穴が開く。「生命力強化」。巣が傷つくことが気に入らない蟲が大急ぎで傷を治し始める。今度は流石に時間が掛る。それを繰り返した。繰り返して、繰り返して、繰り返して――
『言葉』を蟲に覚えさせた。
それと同時に。
〈硬化〉と〈生命力強化〉の魔力の『流れ』をイチゾーが覚えた。
言葉での発動は蟲任せだ。繰り返せば結構な確率で発動してくれる様になるが、それでも蟲の気分任せ。寝起きとか食事中だと無視されるかもしれない。だから魔力の流れを覚え、蟲憑きは自分でそれをやれる様にする。
因みにこの『流れ』と言うのはイチゾーの感覚だ。
『香り』と捉える人も居るし、『音』と捉える人もいる。ナユタは『絵』と捉えているらしい。そしてコレは遺物の鑑定も使える技術だった。
イチゾーは取り敢えず〈硬化〉と〈生命力強化〉の『流れ』は覚えた。覚えたので、遺物に魔力を流した時、その流れから遺物に〈硬化〉と〈生命力強化〉の魔法が込められて居ればそれが分かる様になった。
他の魔法の流れを覚えれば鑑定出来る魔法が増えて行く。そう言うことらしい。
「……質問」
ナイフを右手に突き刺しながら、はい、とイチゾー。
「ん? どうしたの?」
傷一つ付かなくなったその右手を見ながら、何かな? とナユタ。
「他の魔力の流れ覚えたらその魔法使える様になんの?」
「良い質問だね。なる人はなるけど、ならない人はならない」
――リンゴの絵を想像してみてよ、と。
「リンゴの絵を見て、リンゴの絵だと分かっても、全く同じリンゴの絵を描けるかは別でしょ? それと同じだよ」
「……成程?」
「見た感じ、イチゾーは向いてないから止めた方が良いよ。時間の無駄だから」
私は出来るけどね、とナユタ。
「……そんなに覚え悪ぃ?」
「覚えは速いよ」
普通の子は針とかナイフを刺すの躊躇うけど、さくさく行くし。
「――と、言うかもうこれ以上は蟲が育たないと意味が無いからもう卒業で良いよ。でもね。『絵』が描けるかどうかは別のセンスが――何と言うか、生まれた時から目と手がもう一個必要な感じで……イチゾーには両方無いから諦めて?」
「……あぁ、そう」
長年生きた不老者に否定されて『俺は俺の可能性を信じるっ!』と言うテンションには成らなかったので、ふむん、と頷きながら右手をグーパーグーパー。寝床が壊れるのは大っ嫌い! と言う右腕の蟲のお陰だろう。あれだけ孔を開けまくったと言うのに右手は神経が傷つくこともなく、特に違和感なく動いてくれた。
「そんじゃ、一週間お世話になりました」
「うん。一週間お世話しました。……受ける仕事とか、もう決めてるのかな?」
「あぁ、まぁ、」
曖昧な音を出して、ふぃ、と窓の外を見る。窓から差し込む茜色は何時かのモノと同じ色。「……」。何となく、領主邸から出た日を思い出した。天井の梁から吊るされた人の影。それが、ぎぃ、と今は聞こえないはずの音を上げた。
「取り敢えず、回収できそうなモン取るついでに調査依頼でもしてみようと思ってる」
『流れ』だからイチゾーは未だ可能性がある方らしい。
『香り』とかで捉えてる人は本当に絶望的。自力発動すら厳しいよ。可哀想だね!
今日のペンギン語は本来なら無しですが、倒れてる間にやんなかったのを一個。
「ぐーな」
意味は(手紙、メール、伝達手段)です。
「ぐーな、ぐあー、なっ」
「(伝令)、(どうぞ)、(否定)」で「伝令に行った」となります。




