位階向上
手紙を一通しか書く余裕が無いので、君に書きます。
お元気ですか? こっちは元気です、と言いたい所ですが、あまり元気ではありません。
どうやらようやく位階壱になれそうです。
死ぬ気は更々無いですが、蟲はこっちの気持ちなど考慮してくれないでしょうから、万が一――と言うか、十割中の六割に備えて手紙を残しておきます。
遺品はニゾーに持たせますので、ニゾーが戻ったら受け取ってくれると嬉しいです。
パパ上には雅号を返すとだけ言っといて下さい。
それと、今、龍骸地方の捨ヶ原と言う街にいます。もしもの時、立ち寄ったなら墓に手を合わせてくれると嬉しいです。
大変勝手ですが、弱った今、君に近くに居て欲しいと思うと同時に、君がそばに居なくて良かったとも思っています。
では、また会えると信じてます。 イチゾー
「――」
貰った便箋にミミズの様な字でそれだけ書いて、封をしてニゾーに渡す。そこがイチゾーの限界だった。座っていた椅子からずり落ちる様にして床に落ちると、そのまま這いずってベッドに戻る。
布団の上に倒れる。寒い。だが掛け布団を掛ける余裕もない。
「……ぐあぐ?」
「ぐあぐ、なっ」
既に頭は朦朧とし、脳の回路が上手く繋がっていない様で、ニゾーへの返事としてイチゾーの口から出て来たのは人類の言葉では無く、ペンギン語だった。
「んぐ、ぐーな、ぐああ」
それでも手紙をよろしくとだけは伝える。
旧時代、地球の裏まで届いていた電波網は今やズタボロだ。同じ街の中ではメールやメッセージアプリが使えるが、違う街へとそれらを送る手段は酷く限られている。
イチゾーが取れる遠くの街にいる相手への連絡手段は手紙だけだ。行商に運んで貰って空風峠に。そこから八咫烏衆の連絡網に乗って本隊へ。そうやって手紙は届けられる。
だが、街から街への八咫烏衆だ。手紙が届くのは何時になるのか分からない。
この手紙をカエデが読んでる時、自分はどうなっているんだろうか?
そんなことを考え、イチゾーは苦痛に耐える様に目を瞑った。
――腹の中で蟲が蠢く。
「――――、――――――――――っ」
不快さと痛み。
絶え間なく内側に奔るそれらのせいで、意識を手放すことすら出来なかった。
既にイチゾーに時間の感覚は無くなっていたので、本人は知らないが、一睡もせずに三日が過ぎていた。
「――」
もぞ、と体の中で蠢く蟲。その際の痛みに奥歯を噛み締める。死ぬ。死んだ。負けた。失敗した。そう思った。そう思ったが、もだえ苦しむイチゾーを見て、様子を見に来たアリサは安心した様な顔をして毛布を掛けてくれた。
四割。イチゾーはそれを引けた。
後で知ったことなのだが、一切の苦痛なく、安らかな眠りに落ちる。
それは蟲に負けた証らしい。
孵った蟲が宿主の命を奪うことなく、それでも快適な場所を求めて肉を食って、骨を砕いて、血管と神経を踏んで体中を這い回る。その苦痛でもだえ苦しむ様こそが成功の証だと言う。
巣として認められたから殺されない。
巣に値しないと判断されたから眠らされ、ただの肉として食われる。
そう言う違いらしい。
だからもしイチゾーが静かに寝入った場合、処分されていた。
運び出され、焼却処分される。肉として食われ、その身体の中で人の制御から外れた魔力を持つイキモノ、蟲が増えてしまうのだから仕方が無い。
痛覚は無く苦痛も無いが、失敗作は生きたまま燃やされる。
それは悲劇だ。
それは間違いない。
でも、それでも――
「――が――ぁ……――ぁッ!」
ここの住み心地はどんなもんじゃろかぃ? と言わんばかりに、身体の中を異物が這い回る苦痛よりも楽そうだ、イチゾーはついそんなことを思ってしまった。
孵る蟲の種類は分からない。
魔力を持つ彼等は従来の生物とは生態が異なる。孵る環境によって種類すら変わるので卵の産みの親の種類は関係ない。
だから人は飼いやすい蟲を育て、その卵を飲むことで本来ならば到底人の手に負えない強力な蟲に身体を渡して魔物を狩って来た。
それが人類が魔物に抗う為に辿り着いた外法、蟲憑きの概要だ。
だからまだイチゾーの中の蟲の種類は分からない。
イチゾーの蟲憑きとしての位階は壱。巣に成れた。それだけだからだ。
勿論、既に恩恵は幾つかある。身体能力が上がった。蟲が巣であるイチゾーを守る為に強化した結果だ。死に難くなった。巣が壊れたら蟲が直してくれるから時間と栄養があれば大抵の傷は治る様になった。それに魔法。魔力を用いた超常を得た。……まぁ、まだイチゾーは、自分に宿ったソレが何かは知らないが。
だが、そこまでだ。
イチゾーの中の蟲は未だ幼体。彼が育つには『呪い』が必要だった。
その為にはイチゾー自身が魔物を殺す必要がある。
碩学曰く、魔力とは生物の意志の様なモノらしい。
蟲憑きと言う外法に人類が辿り着く前。人類敗北直後に人類存続の為に戦った英雄たちは旧時代の兵器でどうにか魔物を狩っていた。狩って、死に際の魔物の意志、魔力に呪われ、苦しみ、死んでいったらしい。救われない。笑えない。「……」。何だ? この世を創った神とやらがいるのならばそんなに人類が嫌いか? 俺だってお前なんか嫌いだ。ばか。あほ。はげ。
だが皮肉なことに蟲憑きにはその魔物の死に際の魔力、呪いこそが必要だった。
呪いは蟲の餌だ。
だから蟲憑きは魔物を殺してその死に際の叫びを聞く必要がある。
位階弐。そこまで育ち、蟲との一体化が進めば蟲を体外に出せる様になる。
そこで漸く種類が判明すると言う訳だ。
「……何だと思う?」
「ぐな」
「……まぁ、お前に聞いても分かるわけねぇか」
六日間、藻掻いて暴れていた癖に、急に丸一日深い眠りに入ってしまったので、変に心配させてしまったのだろう。寝転がるイチゾーの上から動かなくなってしまったニゾーに聞いてみるが、返って来たのは『知らん』と言う言葉だけ。
「……」
それを受けて、何となく右腕を見るイチゾー。
肉を食い、骨を砕き、血管と神経を好き放題に動かしたイチゾーの中の蟲は右腕を寝床と定めたらしい。
――まぁ、利き腕なら『当り』の部類か?
そう思う。
蟲の宿る場所でも蟲憑きの能力は変わる。
これも人類が弱いイキモノの地位から中々抜け出せない要因の一つだ。
卵を飲んで生きられるかは運で、どんな蟲が孵るのかも運なら、蟲が寝床に選ぶ場所すらも運。「……クソだな」ハンターが死に易いのも納得だ。イチゾーは素直にそう思った。『この蟲が良い』と言う情報があっても選べない。『ここに宿ると良い』と言う情報も活かせない。屍を積み上げて得た有益な情報を有効活用できないのだから救われない。
「……」
でも、まぁ。取り敢えず――
○○○とかを寝床に選ばれなくて良かった。本当に良かった。
先達の記録に曰く――
○○○に宿った場合、一番の稼ぎ方は男娼となり、娼館で一日中腰を振ることらしい。
精力絶倫で萎えることなく、性病に掛かることも無く、異物が混じるので相手を孕ませる心配もなし。更に宿った蟲によっては媚薬の様な成分も出るので老若男女どんな相手も大悦びらしい。当然、命の危険は通常のハンターとは桁違い。良い方向で。
十年間の八咫烏衆としての生き方に、義父から継いだ雅号。それらが無駄になるが――
「……今からでも……」
寝床を変える気は無いですかね? と丁寧な言葉遣いで右腕に聞いてみたりするイチゾー。
だが当然の様に返事は来ない。それでも、もぞり、と皮膚が蠢いた。「……」。未だイチゾーには“彼”の種類は分からない。指の先程の大きさしかないので、形状からも予想が立たない。そもそも蟲憑きとなった今、イチゾーの『中』は外見通りの広さではない。
不慮の死を遂げた蟲憑きは稀に迷宮と化す。
それからも分かる通り、蟲憑きは生きた迷宮の様なモノだ。中の蟲が過ごしやすい様に造り変えるので、広さも、体温もその蟲の好みに造り替えられる。
だから指の先程しかない彼の正確な大きさすらイチゾーには分からない。
それでも分かることもある。イチゾーの中に居るのは群体型では無く、単体。
当りの一つとされる蟻型と蜂型では無い。取り敢えずそれが分かった。
そしてこれから更にもう少し彼のことが分かる。
ハンターギルド併設の街の公式鑑定所。
そこで今から魔法の種類を調べられるのだ。
街の条件は幾つかあるが、一つにハンターギルドを有すること、と言うモノがある。
アリサは村の様なモノだと言っていたが、捨ヶ原にはちゃんとハンターギルドがあった。
立派な街だ。
強い魔物が周囲に多いので、玄人向け。
それでも、しっかりと需要があるので、それなりに広いし綺麗だった。
そんな建物で、イチゾーは魔法を調べられた。
水晶に手を当てると言う魔法っぽい奴に加えて、血液検査をされる。「……」。魔法か科学かはっきりして欲しい。そんなことを思うが、一時間程であっさりと結果が出て、診断書を紙で貰った。取り敢えず端末でコードを読んで紙の方は直ぐに封筒に仕舞った。
「な?」
「いや、結構取っとくモンっぽいんだよ……」
親父でも取ってあったんだぜ? だから破ったりしない様に端末で見ようぜ、とギルドのソファーに座りながらイチゾー。特に文句は無いらしいニゾーも膝に座る様にして覗き込む。
実の所――
蟲から借りられる魔法は、蟲でない人間には本当の効果は分からない。
それでは不便過ぎるので、便宜上系統を分けられているが――それなり程度には長い人類と蟲の歴史の中、何度も『実は全く別の効果の魔法でした』なんてことは良くあったらしい。
それでも『今』の判別方法により、イチゾーの魔法系統は判明した。
〈硬化〉、〈生命力強化〉、〈激昂〉。
それが今のイチゾーに使える魔法系統だという。
〈硬化〉は分かりやすい。自分、或いは身に着けたモノの硬度を上げる。コレは外殻を持つ蟲が宿す極一般的な魔法であり、凡庸性の高さから究極の当りとも言われる魔法の一つだとのこと。武器や防具の強化も出来れば弾丸の強化も出来る。硬いモノで殴られれば魔物であれ、イキモノは痛いのだ。
ウォーハンマーとの相性も良いので、イチゾーにも文句は無い。
だが、この時点で右腕の彼が当りの一つ、再生特化と名高い蚯蚓型でもないことが分かった。
そして〈生命力強化〉。これは凄く珍しいらしい。珍し過ぎて研究が進んでおらず、ハズレの部類となっている程に珍しい『過ぎたるは猶及ばざるが如し』を体現した様な系統らしい。
だからまだ呪文が少ない。それでもある程度自動的に発動する類のモノであり、腐ることはないとのこと。
取り敢えず、イチゾーは腕が捥げても、致死量の血を流しても、命が途絶えるその瞬間まで全力で戦えるらしい。「……」。別に戦いたくねぇのですが? そう成ったら逃げてぇのですが? それがイチゾーの本音である。
……因みにこれは宿った蟲の種類と言うよりは気性に寄る所が大きいとのこと。
イチゾーの右腕には随分な暴れん坊が住んでいる様だ。
それを証明する様に――〈激昂〉。これは完全に蟲の気性由来。感情を爆ぜさせての一時的な魔力の強化、それに伴う身体能力の強化、そして恐怖等の、言わば『生き延びる』為の感情の鈍化を行う系統。前述の〈生命力強化〉と合わせて文字通り死兵の為の魔法。
人類対魔物の最前線で戦う兵士さんはこの魔法を大変好むとのことだが……イチゾーに言わせればクソである。
「……どうするべ、ニゾー」
「な?」
「いや、右腕の新入りだよ。明らかに平和主義者な俺達とは相性悪そうだぜ?」
ちょっと上手くやっていける自信が無い。仲良く出来そうにない。価値観とか音楽性とかそう言う種類のナニかが致命的に噛み合っていない気がする。バンドなら三日もたないと思う。狂暴すぎると思う。それがイチゾーの素直な感想だったが――
「ぐな!」
残念なことに、ニゾーには笑顔で否定された。
イワトビペンギンらしく、肯定ペンギンはしてくれなかった。
本作の蟲はおよそ遠しとされしもの――なので、従来の昆虫っぽいのからそうでないのまでいます。
新入りは昆虫モデルです。
硬い殻もってて生命力が強くて狂暴な奴でポチ吉の好きそうな虫を想像してみましょう。
当てても特に賞品はありません!
取り敢えず年内の更新はこれで最後です。
お付き合い、ありがとうございます。
また年始にお会いできることを願ってます。
多分インフルだからペンギン語は無し!
つらい!




