角猿
イチゾーにはペンギン語は分かるが、角猿語は分からない。
だから少し遠回りな交渉になってしまったが、角猿は彼らの宝の隠し場所に案内する気になったらしい。
アダマンドにライトを戻し、前を行く角猿を照らしながら森を行く。ラファはレオに返してしまったので、今連れているのはニゾーだ。「……」。四本足で自分で歩いてくれたラファとは異なり、歩いての移動が遅いニゾーはいつも通りの定位置だ。ラファの方が良い子なのでは? ちょっとそんなことを思った。
まぁ、戦闘能力では圧倒的にニゾーが上だ。先の戦いでも角猿六匹を一羽で殺しているので、大変頼りになる。
小柄な角猿が通れる道は、人間種であるイチゾーには狭い。あわよくば、そんな眼で前を行く角猿が振り返った。なのでイチゾーは犬歯を剥き出しに嗤ってやった。
「……」
それで色々と諦めたらしい、角猿は、少しペースを落とし、それ所か無事な右腕で邪魔になりそうな枝を折り出した。旧時代に存在したらしいおもてなし精神と言う奴だろうか? 「……」。多分違う。ビビっているだけだ。
そんな角猿が案内した先には、森の中の少し開けた場所だった。
敵性亜人らしく、奪ったテントが張られている。雨風に晒されるのを嫌って奪ったモノはあそこに入れていたのだろう。
「……」
ちら、とイチゾーが視線を奔らせる。焚火の痕。紅く炭が燃えていた。最近まで居た。それは目の前の角猿が所属していた襲撃部隊だろうか? いや――
思考の否定。
それに合わせる様に頭上からの奇襲。目の前の案内角猿が一瞬、希望に目を輝かせる。
だが一瞬だ。
とす、と軽い一歩。
その一歩を持って、イチゾーの身体は空に上がった。眼下には襲い掛かった相手が消えたことに混乱する角猿が二匹。「――!」。降りるに任せてイチゾーがその内の一匹の首を踏みつけて、残る一匹はニゾーが頭蓋に嘴を突き刺して終わらせた。
「――! ――! ―――――――――――!!」
喉を潰され、もがきながら案内猿に助けを求める足元猿。それを見て、『どうする?』、と足元猿をイチゾーが指差すと――
ふい、と案内猿は視線を切った。実にエテ公らしい判断である。
ニゾーが真空を纏うフリッパーで足元猿の首を刎ね飛ばし、それを見届けて案内猿は逃げて行った。逃亡するか、群れのボスに報告するか、割と五分五分だ。さっさと引き上げて移動した方が良い。
テントに近づくと、人型のモノがあった。
焼かれて、削がれている。つまり、喰われている。「……」。あまり気分の良いモノでは無い。
「ニゾー」
「ぐあ」
ニゾーにテントの物色を任せ、死体を確認する。顔は分からない。写真は撮るだけ無駄。引っ繰り返したら、ちゃら、と燃え残っていたドッグタグの鎖が鳴った。それを引き千切る。ハンターの証だ。二人ともハンターだったらしい。「……」。これ以上は死体漁りになりそうだが、有用な遺物が敵性亜人に渡るのもよろしくない。
「……わりぃね」
軽く手を合わせ、その言葉を言って漁る。指輪が三つと腕輪が一つ、それとネックレスが一つ手に入った。一応の気遣いで、ドッグタグを目印に死体ごとに左右のポケットに分けて捻じ込む。「……」。腕輪は入らなかったので、仕方なく左の死体から盗ったことが分かる様に左手に付けておく。
「ニゾー、そっちはどんなもん?」
そう問い掛けながら、ニゾーが切り裂いたテントの中を覗き込む。
「んぐ、ぐ」
「だろうな」
先に漁っていたニゾーからのその言葉に頷く。
銃器の詰まった木箱などは軽く一財産なのだが、持って行けない。重い。そんな感じに、価値のあるモノは何個か有っても、それがイチゾー達にとって価値があるモノでは無かった。
重く無く、嵩張らず、価値の高いモノ。そんな都合が良いモノは環と宝石、後は遺物だろう。だが遺物の鑑定は出来ないので、取り敢えず環をポケットに捻じ込み、ニゾーが持って来たジュエリーボックスをニゾーのリュックに捻じ込む。目ぼしいのはそれ位だった。ちっ。しけてやがるぜー。
そんなことを考えつつ、こじ開けられた段ボールの中からブロック食糧を適当に取り出し、一齧り。「……」。これも何個かポケットに捻じ込んでおく。
「うし、貰えるモンは貰った。ずらかるぞニゾー」
「ぐあ!」
ガッテンだ! と敬礼するニゾーも相まって完全に盗賊の様なセリフだが、これでも一応攫われた人を助けに来た正義の男である。
イチゾーがレオ達の所に戻った頃には道を塞いでいた竜車は退かされていた。
これですぐにでも出発が出来る。
「……攫われた人は?」
一人と一羽。森に入って居た時よりも案内役の一匹が減っただけのイチゾー達にアリサが聞いてくる。「――」。イチゾーは無言でポケットからドッグタグを取り出した。
それ以外の情報は与えない。別に楽しいモノでもないのだ。だからこの話はソレでお終い。それを察してアリサも「そうか」とだけ言った。
「出発できんならさっさと行こうぜ」
「? 日も落ちたし、食事を摂った方が良いんじゃないか?」
君も疲れているだろイチゾーくん? 晩御飯は私が造るぞ、とお嬢様。「……」。悪気なく、善良で、頭も多分悪くないのだろうが――ちょっと世の中舐め過ぎてんな?
「……」
「……」
何となくレオと見つめ合う。善良なバカの相手は割とメンドクサイ。特に権力者だと猶更だ。そんな訳でイチゾーとレオは説明を押し付け合う。もう色々とめんどくさくなったらしいレオが御者台のクーラーボックスからコーラを取り出し、投げて寄越して来た。「――!」。その露骨な押し付け合いを見ていたお嬢様の顔が赤くなる。怒り――では無く、羞恥から。完全なお荷物扱い。それを察してしまったのだろう。
「す、済まない。そうだな! そんなことをやってる場合じゃないよな、うん!」
「……」
まぁ、本物のお嬢様はこんなモンなのかな。脳裏に偽物のお嬢様を思い浮かべつつ、そう結論を出し意識を切り替える。そうすれば善良なバカも上昇志向溢れる新兵に見えてくるから不思議なモノだ。
「さっきの話だと、最近この辺の森がおかしいんだろ?」
だからイチゾーは走り出した竜車の中で軽くお勉強会を開くことにした。
「あぁ、そうだ。さっきの竜車みたいにね、襲われる人がぽつぽつ居るんだ」
「んで、その原因は不明」
「……さっきの角猿……ではないのだろうか?」
「ラファが対応できんだぜ? 数が多いから位階壱にゃきついかもしれんが、位階弐のハンターが居れば余裕だよ」
「……」
つまり? とお嬢様生徒が先を促すので、チンピラ先生は軽く咳払いを一つ。
「先ずあんな雑魚程度じゃ『おかしい』変化は起こせねぇ。あんなんを異変に数えてたらキリがねぇだろ?」
使いっ走りの角猿でいちいち騒いでいたらキリがない。
「次に原因は不明ってことだ。つまり、『原因』と会った場合は――」
「……全員死んでいる?」
「そう言うこった。んで、その中には俺達よりも上の位階のハンターも当然居る」
寧ろ、位階零と壱なので、殆どが上のハンターだろう。
「以上のことから『厄介な奴が居る可能性が高いから呑気に飯食ってる場合じゃねぇ』ってのが俺とレオの判断って訳ですよ」
「良く分かった。確かに私の発言は頭が悪すぎたな……」
「ま、こんなもんは単なる経験ですよ」
ドヤって授業をしてみたが、ただの『育った環境の違い』だ。
イチゾーやレオはこの世界が人類に優しくないことを知っているので、『悪い』状況を想定して動く。
だがアリサはそれを知らないから、時に呑気にも思える選択肢を選んでいる。
どちらが正しいかと言えば、イチゾー達の認識が正しい。世界は危険で、人類は弱いイキモノだと理解していないと生きて行けない。
だからアリサの考え方は理想を通り越した妄言だ。世界はそんな優しく出来ていない。
それを証明する様に――竜車が揺れた。
イチゾーは気が付かなかった。
「んぐもな!!」
だがニゾーが気が付いた。襲撃の二秒前に叫ばれる敵襲の叫び。思考では無く、反射の領域でイチゾーはアリサを乱暴に掴み、空いた荷台の後方から飛び出した。
間一髪。破砕音を掻き消す叫びを聞きながら見たのはマイキーと竜車の荷台が巨大な棍棒で潰された姿だった。
角猿が居た。
だが、それは先程イジメた案内猿達とは大きく異なっていた。
小鬼種程の大きさしか無かった案内猿とは違い、その身の丈は優に五メートルを超える。
その高さに相応しい重さを持って居ることを証明する様に手足は太く、ごわごわの獣毛は毛量が多く、硬くて柔らかい。額に刃の様に尖れた一本角を持つ大猿が居た。
「ウゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
と叫ぶ大猿。その両手には太い丸太を削り、持ち手だけを造った冗談の様な棍棒があった。
角猿は位階壱から参程度の魔物だ。敵性亜人に分類されて群れで動く彼等は群れの中で明確な階級がある。
若く、未熟なオス。
案内猿どもはそんな位階壱の連中だ。
だが、今目の前に居るのは――
「レオっ!」
「――――――――――――――――――――――――――――にぃ」
弱い返事が返ってくる。イチゾーが動き、ニゾーが動く。
声を出したが故、位置がバレる。そこに大猿が棍棒を振り降ろす。イチゾーがレオの首根っこを掴んで飛び退り、ニゾーが大猿の棍棒に体当たりをする。「ぐが!」気合一声。一瞬の拮抗。それでも力負けしたニゾーが地面に叩きつけられる。すぐさま弾む様に起き上がり、ぺっ、と口の中の血を吐き捨て、ニゾーが大猿を睨み付ける。
「ぐがあッ!」
「ウゴォぁ!」
押し負けたことが気に入らないのだろう。地面を掻きながら、ニゾーの怒りの咆哮。それは取り巻きの猿どもを怯ませるには十分でも、大猿には通用しない。嘴を開いて吠えるニゾーに合わせる様に牙を見せての威嚇が返されるだけ。
「……立てっか?」
そんな魔物同士がにらみ合う横、イチゾーは助けだしたレオにそう問いかける。
「にぃ。ごめん」
「……いや、良い」
嘘だ。良くない。左足が潰れていた。電脳から覚醒物質でも流してるのか、痛覚を切っているのかは知らないが、応答はしっかりしているが、それだけ。「……」。本音を言えば死んでくれてた方が良かった。そう言う傷だ。
そんなレオを心配してラファとドナが寄って来る。その鼻面を『心配するな』と言う様にレオが叩いている。「……クソが」。死んでくれた方が良かった。だが生きてるなら仕方が無い。イチゾーはレオのベルトを外し、それで左足を縛り上げて止血をした。
「アリサ。レオ連れて逃げろ」
「わ、わかった! 分かったがっ――!」
――どうやって!?
アリサの声にならない声を聞きながら、周りを見渡す。猿どもが何時の間にか現れていた。ラファとドナが低く唸るが、彼等の目にあるのは楽しい楽しい弱いモノ虐めを期待する歪んだ色だった。
「キッ!」
その中の一匹が殊更楽しそうに笑った。見覚えのある猿だった。案内猿だった。
「……ヘェ?」
それを見て、ゆら、とイチゾーが立ちあがる。「!」。びくっ! と案内猿が怯えて引くが……他の猿は引かない。情報。イチゾーが位階零だと言うソレを共有しているのだろう。だから『殺されない』と奴等は笑っている。
「……」
これで引いてくれりゃぁまだ楽だったんだがなぁ……。
そんなことを考えながら視線を一瞬ずらす。
ニゾーが大猿を相手取って居るが……相性が良いのに、状況は良くない。最悪のパターンだ。速さでイチゾーが圧倒的に勝っているのに、攻撃の通りが良くない。単純な攻撃力不足。大猿の獣毛が切り払われ、散って居るが、肉にも骨にも届いていない。
勝てない。
それが先ずは確定した。
だからやることも確定した。
「ニゾー!」
抜き放った二本のウォーハンマー。それで殴りかかって来た角猿を叩き落とし、蹴り飛ばしながらイチゾー。
「な?」
大きく後ろに飛んで大猿からの距離を取り、一息つきながらニゾー。
「護衛頼む。こっち戻れや」
「んぐもな、な?」
「はっ、テメェで無理なんだから俺がやるしかねぇだろーがよ」
「ぐー、な?」
「足止めだけだ。安心しろ」
「ぐあ!」
スイッチ。イチゾーとニゾーが入れ替わる。
ニゾーは調子に乗った角猿をバラバラにしながらアリサ達の護衛に。そしてイチゾーは――
「おら、良い子のニゾーは夜遅いからお家に帰る時間だ」
調子に乗って下さった案内猿の首を思い切り踏みつけながら――
「クソほどだりぃけど、こっからは俺が遊んでやるよ、デカ猿」
来いや、くいくい、とウォーハンマーを握ったまま、右手の人差し指で煽って見せた。
連休初日に
熱が出ると
クソだよね?
そんな訳でちょっと早めに更新。
もう葛根湯のんで寝る。
それでも今日のペンギン語のお時間です。
今日は「ぐー、な?」「(あなた)(疑問)?」で「お前はどうすんの?」です。




