クロブチはお皿を買う
「は? ……全部?」
あっけにとられた様に少年。
あっけにとられ過ぎて自分が皿の値段も言っていないことに気が付いていないのだからとてもいい。「……」。クロブチが見た感じ、中に持って行けば、一枚十環前後。スラムでは需要が無いから煙草とコーラ、それと弾への交換は多分無理。
――さぁ、ここからどれだけ値切れるかに?
「に。そう。そうだよ。全部だよ。十二枚だ」
商人としての本音を隠して、にぃー、と猫人種らしく目を細めて表情も隠す。
普通なら売れない。普通なら要らない。
だがクロブチは外で飲食店をする気でいる。金継ぎされた皿はその時に使うモノとしては――中々面白い。
「えーと、全部、全部だと……百三十二……いや、切りよく百三十環……で……どう?」
でしょう? と少年。悪手だ。お客に値段を聞いてはいけない。
「に。遺物との交換でどうかに? どうかに?」
良いのがあるに? と言いながらクロブチも座り込み、本格的な交渉スタイル。リュックを降ろし、そこからまるでとっておきの宝物にする様な手つきでポンコツコレクションを少年の敷物の上に並べて行く。
「……」
少年は何も言わずに、それでも『それ』が当たり前の様にクロブチが商品を並べるのを見ている。何時の間にか環を用いた売買から遺物との物々交換に変わっていることに気が付いていない。未熟だ。可愛らしさすら感じる。
「ぐな」
そんなクロブチに、シロブチが小さな声で苦言を呈してくるが――知らない。これは授業みたいなものでもあるので、差額が出たのなら、それは授業料の様なものだ。
「……」
取り出しかけていた手を止め、少し考えて、カバンに戻す。その動作をクロブチは少年に気付かれない様にやった。やったはずだった。「――」。ちり、と視線が刺さる感触。
気付いてくれた。
やはりこの少年は眼が良い。違和感を見逃さないその眼は戦闘向きだ。
だが商売、人と人の関りにおいては鈍い方が良いこともある。
「に。この辺でどうかに?」
「……いや、見せられてもまだ鑑定できねぇンすわ、俺」
この言葉に少しクロブチがブレてしまった。
驚いたのだ。だって鑑定の得意不得意はあっても、鑑定自体はハンターの基本スキルだからだ。それが出来ない。つまり、魔力を使えない。それはつまり――
「位階零?」
驚きが言葉となってしまった。
演技で無く、今度は本気で拙い、と表情が動いてしまった。でも良い。これも使う。さっきの行動の説得力に換える。
耳をへたん、と伏せて、上目遣いに。そうして善良さを演出しながらクロブチは言う。
「に。に。にぃー。ごめんに。今のはクロブチが悪かった。クロブチは謝るよ」
「……」
頭をがりがり掻いて、盛大な溜息を吐き出す少年。
それで感情を沈めたらしく「で? どういう効果あるンすか?」。切り替えが早くてクロブチは大変良いと思う。
「に。に。この指輪とかどうかに? 体臭が変わるに。探索で三日お風呂に入れなかった時とか、仲間内の微妙な空気が少しマシになるに」
「……消えるじゃなくて変わる?」
「ラベンダーの香りに。良い匂いに」
「ちょい付けても?」
「に。勿論!」
「……良い匂いかもしんねぇけど、匂いキツイっすね。魔物に逆に気付かれますよね?」
「……」。ちっ。やっぱりちょっと賢いに。そんな悪態を呑み込んで――「それならこれはどうかに? ネックレス。肩凝りが治るに。動きが良くなるに」
「……この重さで逆に肩凝りそうっすね?」
太っとい鉛製なのでその通りである。
「こっちの指輪はどうかに? 一回付けると食べ物の味が一ヵ月しなくなるに」
「……何に使うんすかね?」
「失敗料理を食べる時」
「一ヵ月の代償はデケェよ。……次」
口調が雑になった。イラついている。だが――次。その言葉を待っていた。完全に主導権はこっちだ。もう環と言う皇国通貨のことは頭にない。「……」。多分、スラム育ち。それが分かった。だって一番最初に触れたのが貨幣経済では無く、物々交換だった人に多いタイプだ。
「この腕輪は凄いに! 付けると喉が渇かなくなるに!」
「……渇かなくなるだけで、実際は?」
「……水は必要なままだから、うっかり外し忘れると脱水で死ぬに」
「クソじゃねぇか! ――あ、いや、遭難した時とかそう言う極限状況なら――」
「! やめるに! やめるに! 薦めといて何だけど、冗談に! そう言って外し忘れて死にまくってるに! 呪いの腕輪にぃ!」
ちょっと本気で慌てるクロブチ。
食いつかないで欲しい。
新人らしく大人しくドン引きしといて欲しい。これと次のは本命を良く見せる為のネタだ。ポンコツを売りつけたいだけで、死んで欲しくはないのだ。
「……」
「……この最後のネックレスは?」
「……呪いのネックレスに」
こっちはお腹が減らなくなるに。そう言ったら無言で、びっ、と中指を立てられた。クロブチに対する少年の評価は大暴落だ。
最早遺物での取引は出来そうにない。だが――
「まだあるよな?」
ニヤニヤしながらのその言葉。クロブチが欲しかった言葉。
俺は気付いてるぜ? と言う少し得意げな言葉。その言葉を出せる子だと思っていた。「――」。気付いていたの? と驚く顔。演技。獲物の馬鹿さに笑いそうな時ほど、驚け。それもまた、クロブチの必勝哲学だ。
「にー……でも、あれはかなり良いモノだから――」
「ンじゃぁ環な。一枚十一、十二枚で百三十二」
さっきは割り引いてくれた二環も無し。
弱味を見付けたモノとしては実に正しい振る舞いだ。とても宜しいとクロブチは思う。だってまるでそれは得意気にしゃーしゃー威嚇しながら罠に進む仔猫の様だ。
「にぃー」
バレていたのなら仕方が無い。そう言いたげに、しぶしぶとリュックから魔力封じの布に包まれたモノを取り出し、布を開く。
「石?」
本当に、ただの石。そこら辺で拾ったモノの様なソレに少年の顔に警戒が浮かぶ。鑑定が出来ない自分を騙そうとしているのでは? そう思っているのだろう。「……」。ベテランハンターの隠し事を暴いて良い気になっていたのに、直ぐに切り替えられて、コレに関しては本当に良いとクロブチは思った。
だからそんな彼を騙す気は無い。この石は遺物だ。先に並べたモノとは比べ物にならない程に優秀な遺物なのだ。
――まぁ、ポンコツコレクションの中では、だけど。
「見ててね? 見ていてね?」
言いながらとっておきの秘密を隠す様に両手の手の平で石を覆う。光から隠す。そうしてから覆っていた手を退かせば――
「……水?」
「に。に。に! そう。その通り! これは『水産みの石』。名前とは違って、実際にはこの石が飲んだ分しか水は出せない『水溜めの石』だけれども――」
君もハンターならこの重要性は分かるでしょ? とクロブチ。
そう。ハンターとして生きる以上、水系の遺物は重要だ。命と言っても良い。
ハンターは魔物を狩る。そしてハンターは迷宮に潜る。その迷宮は異界なのだ。
魔力が溜まって造られる迷宮は、こちらの世界では無く、別の新しい世界なので、核となったモノが何かなど関係なく、下手をすれば片道一週間程の道程であることもある。
その中に都合よく川が流れていることもあれば、無いこともある。
そしてハンターが人類である以上、水は必要だ。そう成って来ると水を持ち歩かなければならない。ならないのだが――水は重い。
だから水系の遺物は重要だ。重要だから高価なのだ。なので、当然少年は喜んで――
「……ンで、欠点は?」
飛びついてくるはずの少年の目が更に胡乱なモノを見る目に変わっていた。
「……」
思わず舌打ちをしそうになる。見誤った。
クロブチの見積もりよりも、もう少しだけ賢かったらしい。「水の遺物? スゲェ!」と言うリアクションが欲しかったのに、返って来たのは「水系の遺物がこの程度で手に入るわけねぇだろボケェ……」みたいなリアクションだった。
「クロブチは抗議をするよ。まるでクロブチが騙そうとしているみたいじゃないか」
酷い! と泣き真似をしてみるが――
「……」
少年は少しも同情していない。「……」。これだからスラム育ちは良くない。優しさと言う素敵なモノが無いからすぐに人を疑うし、一度疑うと簡単にその評価を覆さない。
「に。こう手で覆って――光から隠してみて」
「こう?」
「水、出たかに?」
「あぁ」
「ちょっと舐めて欲しいに。あ、飲んではダメだよ? 絶対にダメだよ?」
「――何か、変な味が……する?」
「そうなんだ。そうなんだよ。この石に一回入れると水が不味くなるんだ」
「……と?」
絶対に飲むなって言った以上、これだけじゃねぇんだろ? と少年。
「……それと蟲憑きじゃない人がその飲むとお腹を壊すに」
「クソじゃねぇか」
要らねぇよ。言って石を、ひょい、と投げ返してくる少年。
「でも有用だよ? お腹を壊すのは蟲憑きに成れば解決に」
だから商品全部と交換してよ、とクロブチ。
「……そんな素敵なアイテムがどうして中で売れなかったンすかね?」
中にはもっと良いのがそれなりにあるンだろ? 皿十二枚はオッケー。後はダメ、と少年。
「に? でも、緊急用としてはさっきの呪いの腕輪とネックレスとは比べ物にならない程に有用に? 今なら使わない時様にこの魔力封じの布もプレゼントに!」
これはお買い得に! だからモザイク皿も付けて、とクロブチ。
「……さっきの感じだと吐いた水、自分でまた飲むんだろ? だったら水筒とかに入れっぱで良いべ?」
だから魔力封じの布は要らない。でも湯呑三つは付けてやるよ、と少年。
その後も交渉は続いた。だが平行線だ。クロブチの狙いはあの見事なモザイク皿で、少年の方はあのモザイク皿を売りたくないのだから当然だ。
少年があの皿を売りたがらない理由は何となく分かる。
あの皿は「自分はこう言うモノが造れる腕がありますよ」と言う名刺なのだろう。アレを見せれば少年の金継ぎの腕が素人でないことは分かる。仕事は貰いやすくなる。
それに、主要な街でその役割を果たした後に売れば、ここよりも良い値段で売れる。
だから平行線。
「なっ。ぐー、ぐああああー、ぐあー、なっ!」
「ぐな! んぐ! ぐなっ!!」
「! なっ! ぐな!」
そしてそんな相棒の交渉に倣った訳ではないだろうが、ペンギンの方の交渉も決裂しかけていた。どうやら少年のペンギンがシロブチのキャップを欲しがっているが、シロブチの方が乗り気で無いようだった。
シロブチと一緒に居るが、ペンギン語が分からないクロブチに分かったのはその程度だった。
だが、ペンギン語が分かるらしい少年はそれ以上の情報を得た様で「へぇ?」と笑っていた。
――あ、拙い。
クロブチの商人としての勘がそう告げる。
交渉の潮目。それが変わった。変わったのに、自分はそれに乗れていない。これは非常によろしくない。潮目の変わった海でソレに気が付かなかった船がどうなるか? など考えたくも無い。
だが、そんなクロブチを放置して、少年の方は変わった潮目を活かすべく、カバンから一本の瓶を取り出した。金継ぎ――ではない。多分、錫継ぎがされた瓶だ。
正直、ちょっと身構えていたクロブチは拍子抜けだった。だが――
「! ぐあ! ぐああああああああー、ぐあっ!!」
「! ぐな! ぐああああああああー、ぐなっ!!」
それを見たペンギン達のリアクションは大きかった。
シロブチのテンションが急上昇。持って居た巾着から追加のキャップを取り出し、交換の場に積む。
そして少年のペンギンの方は慌てた様子で少年を叩いて、その瓶をしまわせようとしていた。
「……そんなに良いモノなの?」
「あー……ペンギン達にとっちゃぁそうらしい。何か旧時代の――フルサトノウゼイ? とかで造られた珍しいコーラの瓶なんだとさ」
割れてたから俺が補修した、と少年。
「ぐな! なっ!」
「……いや、元から売りモンとして持ってきたンだろーがよ」
「なっ!」
「違わねぇよ。稼ぐ道具ってことで荷物に入れたはずだぜ?」
「なっ! なっ! なっ!!」
「知らん知らん。そんなつもり無かったとか知らん」
どうやら少年のペンギンは「売りモノ」と偽って持ってきたらしい。
必死になって売るのをやめる様に少年を説得している。「……」。頑張れ! ペンギン、頑張れ! クロブチは心の中でそう声援を送った。
送ったが、無駄だった。
頑張っていたペンギンは、言葉での説得が無理だと判断して泣き落としに入っているが……少年はスラム育ちなので『優しさ』とか持って居ない。ガン無視だ。
「ぐあー。ぐー、ぐああああー、ぐあー!」
「いや、最初にコイツが欲しがってた奴、一個だけで良いぜ」
「な?」
そしてそれを見たシロブチがキャップの山を少年の前に積んでいた。目がとてもキラキラしている。「……」。クロブチはとても嫌な予感がした。
「あぁ、大丈夫、大丈夫。不足分はお前の相棒が払ってくれるから――なぁ、そうだろ?」
「な? な? な??」
にやにや笑いと、キラキラとした瞳を向けられたクロブチは――
「にー。小皿十二枚と、湯呑も全部なら良いにー」
モザイク皿は諦めてやるにー。
「魔力封じの布」
「にー。付けるにー。くれてやるにー」
「まいどー」
そんな嬉しそうな声を聞いて、クロブチは「……にぃ」と耳をへたん、としながら情けなく鳴き声を上げた。
全然値切れなかったので凹んだのだ。
大事なコレクションをうっかり売られたペンギンと
二話かけてポンコツを定価で買うカラス。
そんなポンコツ(ジャンク)鳥たちが主人公な訳ねぇよなぁ!!
メリークリスマス!
皆さんのクリスマスディナーは何でしたか?
自分はマグロ漬け丼でした。トロロと大葉が散らしてあるので、赤白緑で何処に出してもクリスマスカラーだぜぇ!
でもマグロが漬けだったから赤と言うよりは黒赤いぜぇー。
今日のペンギン語は
「! ぐあ! ぐああああああああー、ぐあっ!!」
「! ぐな! ぐああああああああー、ぐなっ!!」
の二つです。「ぐあ」と「ぐな」の違いで大きく意味が違います。
「!(ポジティブ/ネガティブ)(凄い:ぐあああーの強調)、(ポジティブ/ネガティブ)」
と言う構成で訳としては
「! 何ソレ! シッブ! マジシッブ! 超カッケー!」
「! 待て馬鹿! 何取り出してんだこの馬鹿!」
となります。シロブチは瓶に、ニゾーの方はイチゾーに対して行っているので、訳は全然違うのです。




