クロブチは市場に行く
皇国が誇る三大迷宮地方の一つ、龍骸地方。
三方向を山に囲まれ、残る一方向を海で蓋をされたそこは、名の通りに大昔に落ちた龍の骸により多くの龍穴と龍脈を持つ魔力汚染区域だ。
人が住めるところは僅かであり、迷宮がポコポコと出来上がり、そこを寝床とする魔物が外を歩く文字通りに魔の領域。
それでもそこには数多の人が集まる。迷宮が金になるからだ。
迷宮には魔物がいて、迷宮には宝が眠る。
魔力が溜まった場所に迷宮が出来上がる。故に、ソコの主である魔物の身体そのものが宝だし、迷宮は奇跡の器物を孕む。遺物。刀であったり、銃であったり、外套で在ったり、腐りかけのパンだったり、ただの石だったり――と形は多種多様であるが、迷宮産の遺物には魔法が付加されているモノがある。
こう言った遺物は、弱いイキモノである人類が終わった世界で生きる為に必要だった。
だから迷宮は金になる。
魔物を、遺物を狙ってハンター達がやって来るし、そう言った連中を相手にする為に人も集まるからだ。
当然、危険地帯なので集まった大多数は死ぬ。
それでもそこで成功する者もいる。ハンターとして、商人として、成功を収める者がいる。
空風峠。龍骸地方の西の端にある街。
その龍骸地方の出入り口である街に、ふらり、と現れたクロブチはそんな数少ない成功を収めた者の一人だ。
武装した迷宮ペンギンと、荷物をたくさん積んだ陸竜を連れたクロブチは猫人種の商人だ。名前の通り、右目周りにある大きな黒いブチ模様がチャームポイントのお嫁さん募集中の三十二歳だ。
蟲憑きではあるモノの、あまり戦闘に向かなかったクロブチは龍骸地方に点在する街から街へと歩き、運び屋と行商で身を立てていた。
戦闘は苦手だったが、隠れるのが得意で、機械にも強かったクロブチは、運よく旧時代のドローン基地を手に入れたこともあり、それを陸竜に背負わせて索敵をじっくり行いながらゆっくりと街から街へとわたり歩いていた。
臆病者と笑われることも多かったが、笑った連中は全員居なくなってしまったので、クロブチは自分の判断は間違っていなかったと信じている。
この度、ドローン基地が壊れ――げふん。ちょっと調子が悪くなったので、それを馬鹿な――では無く、純粋過ぎる連中に売り払って引退することにしたのだ。
――次は飲食店でもやってみよう。
お金を稼ぐのが大好きな猫人種らしく、クロブチは既に次の楽しみを考えていた。
龍骸地方の様な迷宮地域には国内は勿論、国外からも様々な人が入って来る。当然、美味しいモノも、だ。料理が得意なクロブチはそのレシピをコレクションしていた。商売の種だ。
だが種には水をやらなければ芽が出ない。
だからクロブチはその種に与える為の水を稼ぐことにした。
空風峠には毎日市場が開かれている。
街の中心を真っ直ぐの端から端へと結ぶ中央街道。そこは車も陸竜も立ち入り禁止の歩行者天国であり、龍骸地方から出る者と、入る者が店を開く市場でもあった。
クロブチは宿に入って荷物を預けると、陸竜の世話を任せ、その市場に向かうことにした。需要と供給。迷宮産の遺物の中でも、ハンター向けのモノは外に持ち出すよりも中で捌いてしまった方が金になる。
命を守る為に使って来た装備、特にメイスと丸盾は売る気には成らないが、こう言う時の為に持ち運びがしやすいアクセサリータイプの遺物などは幾つか持ち歩いている。ちょっと効果が微妙な――げふん。玄人が好まない品なので、中では売れないが、それを知らない新人になら売りつけ――ごほ。クロブチ基準の適正価格で売って上げよう。
クロブチはお金が増えてラッキー。
馬鹿な――未来溢れる新人はいきなり魔法の遺物が手に入ってラッキー。
やさしいせかい。
そう言う訳だ。
「に。シロブチはどうする? どうする?」
売り物を整理し終えたクロブチがそう声を掛けたのは、相棒の迷宮ペンギンだった。
コウテイペンギンよりも少し小さな体躯。側頭部と耳の周辺がオレンジ色のオウサマペンギン。名前の通り、クロブチとは逆の右目に白いブチ模様を持っているペンギンだ。
クロとシロ。
色は違えど、同じブチを持つ者同士で何となくつるんでいたのだが、どうやらクロブチと一緒に引退をする気らしく、一緒に付いて来たのだ。
「ぐあ! ぐぐあ!」
ペンギン憑きではないクロブチにはシロブチの言葉は正確には分からない。
それでもこれまでの付き合いと、楽しそうにカバンから巾着を取り出したことから何となくの判断はできる。
「に。それなら一緒に行こうか」
――売れないかもしれない。
それが少し市を見て回ったクロブチの感想だった。
大通りの市は地面に敷物を敷いて商品を売る露店市だ。
龍骸地方の出入り口だけあって中からも外からも人が集まり、売られているモノも様々。
中からは迷宮から持ち出された遺物や、魔物の革や骨などの素材が。
外からは野菜や乳製品などの中では育て難いモノに加えて、これから中に入るハンター達が少しでも中で使う為の資金を稼ぐ為に故郷から持ち出した様々なモノを売っていた。
そう、新人たちは遺物を買えるほどの余裕が無かったのだ。
自分の時はどうだっただろうか?
軽くクロブチが過去のことを思い出す。
シロブチどころか、陸竜すらいなくて着の身着のままで空風峠に来た時のことだ。「……」。こうして露店で売るモノどころか、彼等が敷いている敷物すら無かった。ただ、この街を通り過ぎるだけだった。
そう言う意味ではここで売るモノがあるだけ、彼等はクロブチよりもマシなのかもしれない。
だがそれが売れるかどうかは別だ。
親から渡された餞別の何やらを身を斬る覚悟で売っている奴も居るが、要らない。心配しないでもそんなモノは売れない。大事に持って居ると良い。
新人連中はダメだ。
それならば普通に遺物を求めてきている外の連中相手ならどうかと言われれば……。「にー」。と情けない鳴き声が漏れる。微妙過ぎて中で売れなかったからここに在るのだ。一応は中である空風峠では売れない。
そんな訳でクロブチは早々に自分の買い物を諦めて、シロブチの買い物に付き合うことにした。
まぁ、シロブチがやっているのは買い物と言うよりも物々交換だった。
コーラのキャップと瓶。旧時代に流通していたモノ、この辺りでは手に入らないモノに、海の向こうから来たモノ。そう言った個々ペンのコレクションを見せ合い、気に入ったモノとトレードをするのがシロブチの買い物だった。
因みに瓶は完全なコレクションだが、キャップは単なるコレクションと言う訳ではないらしく、酒場などでゲームマットを広げたペンギン達がよく将棋の様なゲームをしている。
ペンギン語が分からないクロブチには今一ルールが分からないが、見た感じ『駒に強さの差がある将棋』の様だった。
外から入って来た新人の中にもペンギン憑きがいて、ソイツが店を開いていた場合、結構な確率でソイツが連れたペンギン一緒に売り物――自身のコレクションを並べているので、シロブチがそっちを見ている間、クロブチは暇潰しにペンギン憑きが売っている商品を眺めていた。欲しいモノは無いが、見ているだけで楽しめるのは多分、クロブチが商人だからだ。
そうやってシロブチに付き合って店を覗いていたら面白い店を見付けた。
目つきの悪い少年が開いている露店だった。傍らに置かれた二本のウォーハンマーと、新人の割にしっかりと鍛えられた身体、そして何よりもその鋭い眼が彼をクロブチとは異なり、戦闘に向いたハンターであると語っていた。
彼の広げる敷物の上には陶製の食器、それも金継ぎで補修されたモノが置かれていた。
――狩猟団の出かな?
何となくそう予想する。
街から街へと旅をして魔物を狩る狩猟団。彼等は子供達に戦闘の腕とは別に、手に職を持たせることがある。何故なら彼等は家族であり、村だからだ。ある程度は内側だけで問題を処理できる様にしていた。
それは大抵、余り戦闘方向に見込みのない子ほどしっかりと仕込まれるのだが――並んでいるのが彼の作品だと言うなら、意外なことに少年の腕はそれ程悪く無さそうだった。
「に。見ても良い? 良い?」
「どーぞー」
と、やる気なさげに少年。
どうせ売れないと思っているのだろう。それは正解だ。陶器は割れやすい。だからハンターは金属の食器を使う。
だからここ、出入り口である空風峠で陶器は売れない。
だが、中の他の街なら売れる。
食事に金属の匂いが付くことを嫌う飲食店などでは使われており、そしてもう一度言うが『陶器は割れやすい』のだ。そう言うモノを用意できると言うのは店の格を示すモノの一つだ。
そう言う意味では金継ぎと言う彼が修めた技能も悪くない。
金継ぎで修繕された陶器は味があるので、そこもまた受けるだろう。
だが、やはり外から近い空風峠だと飲食店にも需要が無かった。
「煙草、もう売れる分はねぇっすよー」
本人もそれを分かっているのだろう。呑気に欠伸をしながらそんなことを言っている。今店を開いているのは彼の相棒であるペンギンが未だ納得していないから、それ以外の理由は無いのだろう。
シロブチの買い物に付き合っているだけの自分と同じようなモノだ。
だが、クロブチの目に光が宿る。
それは行商人としてのモノだった。
「に。に。に。少し質問してもいいかに?」
「? え? 買うの?」
「それを決めたいと思っている。クロブチはそう思っているよ?」
「あー……」ちら、とクロブチを少年が見る。服装。顔。靴。それらからクロブチが出て行くハンターだと判断したのだろう。「……」。無言で右手をくいくいやる。どうぞ。そんな感じ。
「に。これは全部君が?」
「そっすね。一応、出来が良いの持って来たから中で捌こうと思ってます」
やはりクロブチの予想通り、狩猟団の出身。
しっかりと中で需要あることは知ってますよ? と言ってくる辺り、馬鹿では無さそうだ。
「にぃー。心配しなくて良いよ? クロブチはワルイコトをする気はないからね? ね?」
「……」
は、と露骨に笑ってみせる少年。その服装を改めてみる。ジャングル迷彩の野戦服。獲物はウォーハンマー。どこの狩猟団だろう? しっかり教育されている所を見ると、大きい狩猟団の気がする。「……」。ウォーハンマーなどの打撃系で有名なのは赤月狼だ。だがアレはもっと南の砂漠地帯だから服装からしても違う気がする。
雰囲気と、知識。それから結構大きな狩猟団から修行で出て来たのかと思ったけど、違うのかもしれない。実は弱いのかもしれない。
「この辺、同じ種類のお皿なのは何で?」
「大量輸送中の商人がうっかり割ったのを安く譲って貰ったンすよ」
「湯呑は? 三個だけ? これだけしかないのかに?」
「嵩張るっすからね。見ての通り、小皿がメインっす」
「オススメはあるかに? それか自信作とか?」
「……自信作って言うか面白いモンってんなら――コレとかどうっすか?」
そう言って前に出したのは一枚の皿。「に!」。と思わず声が漏れる。確かに面白い。その皿は複数の割れた皿を繋ぎ合わせて一枚の皿にしたモノだった。
「にっ! 確かに面白いね! クロブチは拍手をするよ。君は素晴らしい職人だ!」
「そらどーも」
褒められて年相応にちょっと嬉しそう。
「でもこれは要らない」
「……」
中指をビッ、と立ててくる。
見た目相応にチンピラだ。
「にぃ……。怒らないでよ。こっちの同じ種類のを買うから」
「まいどー。何枚っすか?」
あ、紙で包むけど、緩衝材は無いんでソレはどうにかして下さいねー、と少年。
それを見てクロブチは「に」と小さく笑う。
クロブチは商売における幾つかの必勝哲学を持って居る。その一つに――
「全部。全部だよ。クロブチは全部買うよ」
獲物が緩んだ時に噛みつくと言うモノがあった。
に。
クロブチの喋り方は猫人種の訛みたいなもんだから他の猫人種もだいたい、こんな喋り方です。
前回までが序章。そしてこっから二話も序章。……アレ?
そんな訳で二話ほど主人公以外の視点をお楽しみください。
チンピラ店員、いったいナニゾーなんだ!?
僕には分からない。
シロブチが新規のペンギン語を話して無いので、今日のペンギン語はお休みです。
……ないよね?




