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『小説家になりお』シリーズ

複垢

作者: 半田光陽

 何も書けなくなった。全身全霊の力を込めて小説を書くことに、私は疲れてしまった。


 小説投稿サイト『小説家になりお』は登録者数250万人を超える日本一の素人が小説を投稿できる場所だ。

 それだけに無名作家である私が投稿した小説でもそこそこ読んでくれるひとはいる。ポイントもつけてくれるし、感想をもらえることもある。

 しかし私の小説で最高にヒットしたものでポイントは60ほど。

 上を見ればブルジョワユーザーの作品のポイントは軽く万を超える。流行りのジャンルが書けないので仕方ないとはいえ、過去には大手出版社で新人文学賞を獲ったこともある私のプライドは傷ついていた。

 小説を書いて食っていけないことは既に身をもってわかっている。私がこのサイトで小説を書いているのはただの趣味だ。しかし、プロの小説家をやっていた私の作品だぞ。もっともっと、ポイントがついてもいいはずではないか。



 そのアカウントを作ったのは『息抜き』のつもりだった。

 自分の回線の他に、仕事用のスマートフォンの回線があるので、複垢が作れるということに気がついたのだ。

 もちろん複垢が規約違反であることはわかっている。

 しかしいわば『本気用』の他にもうひとつ、『遊び用』を作ることぐらい何も問題ないのではないか、という自分勝手な理由で、自分を納得させた。この複垢を使って自分の作品にポイントを入れたり褒めそやそうなんて意図はまったくなかった。


『本気用』で遊びの小説を書くことは自分のプライドが許さない。書き上げたが投稿するほどのクォリティーが達成できなかったと自己評価した作品はボツにしていた。


『遊び用』なら即興で小説を書いて、気軽に投稿できる。クォリティーは二の次で、ただ書くことを思う存分にできる。なんでもかんでも投稿できる。


 どうせなら性別も変えてやれ。56歳の私が25歳の女子になってやれ。


半田はんだ光陽こうよう』の名で硬派な純文学ばかり書いていた私は、『ちゅるるん桃子』という名の女性作家キャラをでっち上げ、それを自分に憑依させた。いわば作ったキャラに小説を書かせる感覚である。




 処女作は2,500文字ほどを20分で書き上げた。

 タイトルは『かわいいわたしの東京蹂躙』。かわいい女の子である主人公が大怪獣になって東京を破壊して歩く、というだけの支離滅裂な作品だった。


 こんなものがウケるはずはないし、推敲もしなかった。

 いつもなら書き上げたものを30回は読み直し、自分で納得できるまでに仕上げてからでなければ投稿しなかった。書き上げたものをすぐに投稿するのは快感であった。



 いきなり感想がついた。

『半田光陽』で書いていた時には、感想は二年目で初めてもらえたというのに。



 元気がいい女の子ですねー

 ファンになってもいいですか



 おいおい……。こんなものでいいのかよ?

 今まで私が血の滲むような想いで書いていた作品にはひとつも感想がつかないのが当たり前だったのに、こんなものには簡単に感想がついちゃうのかよ?


 それでも嬉しいものは嬉しくて、調子に乗って私は次作の短編を、1,250文字ほどを10分で書き上げると、すぐに投稿した。気分が軽い。快感だ。


 また感想がついた。



 かわいいものをお書きになりますねー

 作者さんもかわいいっぽい



 いやいや……。おかしいだろう。

 56歳のオッサンが書いているんだぞ? かわいいなんて……そんな……


 顔を赤くしながらも私は調子に乗った。

 そうか。半田光陽に足りなかったのはかわいさだったのだ。

 イマドキのギャル言葉を勉強し、3作目の短編『オタクに優しいギャルッスけどー、オタクのことを好きになってもいいッスかー?』3,500文字ほどを30分で書き上げ、すぐに投稿した。


 600ポイントを突破した。

 現実恋愛という、そこそこ難攻不落のジャンルランキングで、表紙に載った。


『本気用』の半田光陽でも並行して作品を書いていた。苦労して1ヶ月で書き上げた10,500文字ほどの純文学短編が24ポイント感想なし。


『遊び用』のちゅるるん桃子で書けば、気軽に一日で書き上げた6,000文字ほどのかわいい短編が1,300ポイント感想たくさん。


 私は本気でやる気を失った。




 私は半田光陽では一作も書かなくなった。

 ちゅるるん桃子には多くのファンがつき、書籍化も近いのではないかと噂されていた。


「こういうのか? こういうのがええのんか?」


 喜々としてそう叫びながら、私が新作を投稿すればするたびに、ポイントはどんどんと増えていく。

 

 自分がほんとうに女の子であるという妄想も私を支配しはじめた。


「自画像描いてみましたぁー」


 活動報告に貼り付けた、AIに描いてもらったピンク色の髪のアニメ美少女も好評を博した。


『本気用』の垢を使って不正をする必要などどこにもなく、ちゅるるん桃子は大人気作家となっていった。






 ある日、『小説家になりお』を開いてみると、ちゅるるん桃子のアカウントが削除されていた。


 半田光陽のほうも確認すると、こちらも消されていた。なるほどこれが垢Banというやつか……。


 まぁ、不正をやっていたのだ。抗議はしない。


 しかし、本当に、あれは『遊び用』だったのだ。不正などするつもりはなかったし、実際一度もしたことがなかったのに……。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 始めまして通りすがりの読専でございます。 [一言] 本当に何が悪かったんでしょうね。 有名な純文学作家や放送作家が反動でフラ◯ス書院などでエロの限りの創作をしていた時代もありました。 つま…
[一言] 気楽にやった方が評価してもらえる…! 実際にあるかもしれない、と思う内容でした。数分で作った曲が売れた、みたいな話もありますしね…。
[一言] わわわ! ちゅるるん桃子ー。 本当にそういうことしてる人がいたりするかもしれませんねー。
2024/07/07 16:00 退会済み
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