第2話 触ってみて
「何言ってんの?」
俺はあからさまに不機嫌そうに言った。
そりゃそうだ。
俺は本気で心配したのに、こいつときたら。
「嘘つくならもっとまともで面白い嘘つけよ。泣きまねまでして。俺本気で心配したんだぞ」
つばさは俺の言葉を聞いて、悲しそうな顔で俺を見つめた。
「嘘じゃないんだ。俺だって信じられないよ。でも」
つばさは自身を包んでいた毛布をとった。
「これ見て」
そう言って、つばさは胸の膨らみを指差した。
・・・
胸の膨らみ?
つばさの、本来平らなはずの場所には、自己主張の激しい大きな山が二つ突き出していた。
い、いや。本物なワケがない。だがやけにリアルだな。
「へー、まるで本物みたいだな。服の中に何入れてんだ?お椀とかか?」
俺はさもおちょくるように言う。
つばさ。俺には通じないよ。健司ならあるいはひっかかるかも知れなかったのに。
つばさは諦めたようにまた目を伏せた。
「・・・だよね。すぐ信じられるわけない。でもね」
つばさはゆっくりと俺に近付く。
「触れば、わかるはずだよ。触ってみて」
そう言って、つばさは着ていたトレーナーをまくりあげた。
下に着ていた薄いティーシャツを、二つの膨らみが押し上げていた。
自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
ああ、こいつが俺の彼女だったら。こんなに嬉しいシチュエーションはないのに。
とはいえ、こいつは凄いことをするもんだ。
ここまで必死にならなくてもいいのに。
正直、笑えん。
俺はどうすればいいんだ。
つばさの呼吸に合わせて、大きな胸が揺れている。胸の先端には小さな膨らみがある。
それにしても、本当にリアルだ。俺が自分の家に大切に保管している、あっち系の雑誌に載っている、綺麗なお姉さんのそれにそっくりなのだ。
ハリウッド顔負けの表現力だな。
ふとつばさを見ると、目をつぶり、恥ずかしそうに口を結んでいた。俺は意を決して、つばさの膨らみに手を伸ばす。
ふわっ
という効果音がふさわしいだろう。右手が触れた途端に、形が変わる。他にない柔らかさ。
次に左手。
同じように手を飲み込んでいく。
とても心地良い。
軽く揉んでみる。
つばさが小さく息をこぼした。
俺自身、心臓の活動が活発になっている。
俺の指が突起に触れた。
「あっ」
つばさが声をもらし、体が小さく跳ねた。
つばさの声で目が覚めた気がした。
何やってんだ俺!
俺が男の胸をさわり興奮していたという事実に、俺自身が失望し、そして絶望に身をよじっていると、
「わかった?」という、つばさの遠慮がちな声が聞こえてきた。
我にかえる。
確かに、あの妙にリアルな感覚は作り物とは思えないが、認めたくない。俺の中の『常識』を司る部分が、あの感触を味わってなお、最後の抵抗を見せている。
だいたい、さっきまで男だったやつが、急に女に変わるなんてことがあるわけない。漫画じゃないんだぞ。
認められるかよ。
だが、先程の感触。思い出すだけで顔が熱い。
「・・・わかんねえ」
俺は結局、こんな事しか言えなかった。
俺の言葉を聞いて、つばさは一瞬恥じらうそぶりを見せたが、すぐに何かを決心したように勇ましい表情に変化した。
いきなり俺のうでを掴んだ。
そのまま、つばさは俺の手を股下へ−−−
「ま、待て!」俺はすぐに手を引っ込めた。
「逃げないでよ!触らないとわかんないよ!」
そんなこと言われても、触りたくないって。
でも、ソコを触らない限り俺の中にある淀みは消えないことも事実だ。
一瞬。すぐ触れてすぐ離れる。それだけで済む話じゃないか。
俺は大きな一歩を踏み出す事を決める。
そんな気配を感じ取ったのか、つばさも悠然と立ち上がった。
俺は荷物を床に置き、そっとつばさに近付き、手を伸ばす。
ある意味高校受験よりも緊張する。
いくぜ・・・!
ー‐‐‐
俺は非常識に負けた。
「信じるから、もう泣き止んでくれ」
つばさはやっと安心したようだった。
「なんでそんな身体になった?」
つばさは一度鼻をすすり、一呼吸置いてから言った。
「そ、それが、俺にもよくわかんないんだ。き、気付いたらこうなってて」
何か様子がおかしいとは思ったが、構わず続けた。
「何のきっかけもなしに、急に、ってことか?」「う、うん。そう」
怪しいな。
俺はここで、一つの仮説を思いついた。
「お前、つばさの双子の姉、もしくは妹とかじゃないだろうな」
つばさは「はあ」とため息をつくと、
「今までそんなのいなかったでしょ?」と言った。
確かに、俺はつばさの姉も妹も見たことがない。
それに、もし目の前のこいつがつばさの兄妹だとしたら、いくらなんでも似過ぎている。そっくりなんてもんじゃない、まったく同じ顔だ。
多少の疑問はあるけど、俺はとりあえず信じてみることにした。いくらつばさでも、こんなしつこい冗談は言わないしな。
「それにしても」
「え?」
顔を伏せていたつばさは俺を再び見あげた。
突っ立っていたおれは床に腰を下ろし、言葉をつなげた。
「まさに『小説より奇なり』って感じだな。男が女になっちまうなんて」
「そんなのんきに言わないでよ〜。他人事だと思ってさぁ」つばさはぷいと顔を背けた。
つばさのそんな姿に思わず笑ってしまう。
そして俺につられてつばさも笑う。
その顔に恐怖や不安は見えなかった気がする。
こいつ、こんなことあっても笑えるんだな。
やっぱり、こいつは強い。
「安心しろよ。女になったって事は、男に戻る事だって充分ありえる。少しの間だけ、漫画とか小説とかでしかありえないような不思議を楽しめばいいんだ。な?」
「うん。そうだね。めったに経験できないもんね」
いや、滅多にって言うか・・・
突っ込もうと思ったが、やっと安心したというか、吹っ切れたというか、そんな顔したつばさを見て、やっぱり止めた。
「それにな」俺は思わず言葉を止めてしまう。恥ずかしくなったからだ。
言ったら後悔するだろうか。きっとする。でも、言わなきゃもっと後悔する。
なら言うしかない。
それにこいつにはいつも笑っていて欲しいしな。
俺は言葉を続けた。
「お前に何かあっても、俺が守ってやる。俺がずっとお前の側にいてやる。だから安心しろよ」
おそらく俺の顔はまるでタコのように赤くなっているだろう。
ちらとつばさを見ると、つばさも顔を真っ赤にして俯き、小さく「うん」と頷いた。