学園祭 その2
放課後、修二とつばさは並んで帰っていた。ふと修二がつばさを見ると、つばさは眉間にしわをよせている。
「な、なあ。そろそろ機嫌直せよ」
ミスコンに出ると決まってから、つばさはずっと顔をしかめ、修二が話しかけてもまるで反応しようとしない。
「悪かったよ。でもああでもしなきゃ、みんな帰れなかったぜ?それに、男のお前なら、あんまり良くない結果だったとしたって悔しくないだろ?」
なおも無言のつばさ。
修二は後悔していた。つばさの気持ちを考えずに推薦してしまったことを。
つばさがここまで怒った事はあまりない。
修二は素直に謝ることにした。
「ごめん、つばさ。お前のこと考えずに勝手なことしちまって。そんなに嫌がるとは思ってなくて。だ、だから、その、えーと―」
「ホントに悪いと思ってる?」
つばさが修二に向き直り言った。両目はしっかり修二を捉えている。つばさの迫力に、修二は少しひるんだが、しかしこらえて言った。
「も、もちろん思ってる!マジでごめん・・・」
修二は深々と頭を下げた。
「ぷっ!あははははは!」突然つばさが吹き出した。修二が呆気に取られていると、つばさは目に溜まった涙を拭い、「修二焦りすぎだよー」と苦しそうに言った。
「は?」
「全部芝居だよ!だって俺ウェイトレスやるんだよ?ミスコンくらい適当にやれるよー。修二は心配しないで大丈夫!」
「お前嫌じゃないのか?」
「それは、出ないならそれが1番良いけど、もう決まったことじゃん。やってやるぜい!」
そう言って、つばさは歯を見せて笑った。
「お、お前、マジで良い奴だな・・・」
修二は無意識に話していた。
「ありがとっ。でも修二、俺を無理矢理出させたんだから、明日のミスコン、花川れもんばっか見てないで、俺の事応援してよね!」
そう言って修二に微笑みかけた。
―つばさのやつ、マジでかわいい―
修二ははっきりとそう思った。
―――
学園祭当日。
修二は忙しく動き回っていた。
「修二!材料切れそうだから本部まで取りにいってくれ!」
「了解!」
「修二くん、皿洗いお願いしていい?」
「わかった。まかせとけ」
「修二!ガススプレー追加だそうだ」
「おーけー、今取ってくる」
「修二―」
ゴミ捨てや皿洗いなどの雑用は、ほかの雑用メンバーと分担して行った。しかし、アクシデントや想定外の出来事が起こった時、それらを処理するのは全て顔が広い修二の仕事だった。修二にはあらゆるところに知り合いがいる。
「頑張るなー修二は。ていうかお前も執事とかの格好して接客すれば、もっと人来ると思うぞ?」
健司が皿洗いしている修二の肩に手を置いていった。
「そんなことねーよ。つか、人が来るってことは、その分忙しくなるってことじゃねーか。誰かさんのせいでただでさえ忙しいってのによ」
そう言って、修二は笑顔で客に料理を運ぶつばさを睨んだ。
そう、一年A組の誰もが、これほど繁盛するとは思っていなかったに違いない。喫茶店は他にも開いているクラスがあるほど、一般的なものだ。修二も、まあ材料費の元くらいなら取れるだろう、程度にしか思っていなかった。
それがここまで繁盛した理由は、つばさにある。
ほかのウェイトレス係は制服にエプロンというごく普通の格好。つばさはというと、紗耶香が作ったメイド服にカチューシャという特別仕様で、しかもお嬢様言葉までしゃべるというサービスつきだ。
ただし、お嬢様言葉はまだ慣れないせいか所々おかしい部分もあるのだが、さらにそれが来る客にとってはツボにはまるものだったのかもしれない。
いずれにせよ、つばさ目当てで来る人がほとんどだった。
「あいつ、なんだかんだでノリノリじゃねえか」
楽しそうに接客をするつばさを見て、修二はため息まじりにつぶやいた。
「何よため息なんてついて。そんなにかわいいつばさを自分以外の人に見せたくないの?」
いつのまにか隣にいる紗耶香が、意地悪そうに言う。
「ちげーよ馬鹿。ただ俺は、悩んでた昨日の自分が馬鹿らしくなっただけだ」
「悩んでた?何に?」
「お前には言わない」
「何よ。気になるから言いなさい」
「やだ」
「心の狭い男ね」
「このやろー・・・。ああ言えばこう言いやがって。俺をいじるのがそんなに楽しいか?」
「あら、中々楽しいわよ?」
「て、てめえ・・・」
修二が眉をひくつかせた。
「ま、まあまあ。そ、それより松雪。料理の方はもういいのか?」
見兼ねた健司が仲介に入った。
「ええ。つばさのおかげで材料はからっぽ。売切れよ。こうなるんだったら、もっとメニュー増やせばよかったわね」
「そ、そっか。つばさもだけどさ、松雪も頑張ったじゃん。あんだけの量作るの大変だったろ?そ、そうだ、俺松雪にジュースおごってやるよ。ちょっとここで待っててくれ!」
そう言って、健司は紗耶香の返事を待たずに教室を飛び出していった。
「あっ・・・。どうしたのかしら健司君。あんなに慌てて。それに、おごってもらうのは嬉しいけど、調理係は私だけじゃないし、私だけもらったらなんだか飲みにくいわ」
「まあそう言うなよ。あいつの気持ちを素直に受け取っておけって」
「まあそうよね・・・。ていうか何よ変な顔して」
「別に〜?」
健司が紗耶香に惚れていることを、修二は知っていた。
「がんばれ健司。」
そうつぶやいた修二を、紗耶香は不思議そうに見つめていた。
―――
健司が教室を出て行った少し後にそれは突然起きた。
「ちょっと待てや!もう売切れってどういうことだ!ああ!」
場違いな大声に、修二と紗耶香は驚いて声の聞こえた方を見る。
他校の男子3人が一人の女子を囲んでいた。
身長が190センチはありそうな、坊主頭の大男が、その女子を上から見下すように睨みつけている。ほかの二人は口元に笑みを浮かべ、二人の様子をまるで楽しむように見ていた。
対して女子生徒の方は明らかに怯えた様子で、目線は自分の足元に向けられ、肩は小さく震えていた。
「す、すいません。材料の方が切れちゃって、その、作れなくて、えっと」
女子生徒はすでに目に涙を溜めており、しどろもどろになっていた。
「あっ?聞こえねーぞ!」
坊主頭の男は女子生徒の肩を両手で掴んだ。
「ちょっとたけちゃん、みんなびびってんじゃん。もう許してやってもいいんじゃね?どうせ、こんなガキども、ガキ臭いミルクとかしか出せねーって。」
仲間の一人であろう男がうすら笑いを浮かべながら言う。その言葉に他の二人が声をあげて笑った。
「ははは、ちげーねー。まっ、これくらいで許してやるか。あとはお前らでおままごと楽しんでな!ガキども!」
そう言ってたけちゃんと呼ばれた坊主頭の男は、肩を掴んでいた女子生徒を突き飛ばし、また笑った。
―――このやろう。
修二が三人に向かい歩を進める。
しかし、修二の前を遮って、小さな人影が飛び出してきた。
「謝れ!」
そう叫んだのは、つばさだった。
「ああ?」
低い声で、『たけちゃん』は言う。
しかし、つばさはひるまない。
「謝れよ!その子と、俺達全員に謝れ!さっきから、勝手なことばっか言うな!馬鹿!」
つばさの言葉に、男達は少しア然とした顔になったが、次の瞬間にはまた声を出して笑った。
「『俺』だってよ!ていうかお前、全然恐くねえ!」
「おい、こいつクソかわいいんだけど。へー、こんなんいたわけ」
「ねえ、今から俺達と遊んでよ。めちゃめちゃ楽しい所連れてってやるよ!」
男の一人がつばさの腕を掴んだ。
が、次の瞬間には修二がつばさを無理矢理引き寄せ、腕を掴んだ男を睨み付けていた。
「離せよ、この変態野郎。汚い手で触ってんじゃねー」
普段の修二ならば、こんな言葉は冗談半分であるが、つはさには修二が本気で言っているように感じた。
「あ?何だよお前。は?何なの?」
つばさの腕を掴んだ男は怒りをどうやって言葉にして良いかわからない様子だった。
代わりに口を開いたのはたけちゃんだった。
「てめー。その子返せよ。これから遊びに行くんだからよ」
「だから、てめーらみてーな変態集団には、つはさは渡せねーよ」
「生意気だなてめーは。まさか自分がヒーローだとでも言いてえのか?とんだ勘違い野郎だな」
「勘違い野郎はお前だっつの。よく見ろ。こいつは男だ」
たけちゃんは驚いてつばさの顔を見る。
さらりとした髪、薄い唇、大きな瞳に、先程のかわいらしい声。
どこからどう見ても、かわいい女の子だった。
「お前、ふざけんじゃねえ。やっぱりお前ムカつくわ。おい、この勘違い野郎ちょっと借りんぞ。裏でぼこっから」
「上等だ。どっちがぼこぼこになるか、楽しみだよ」
「なっ!?駄目だよ!」
つばさが叫んだ。
「いいんだよ。俺もムカついてんだから」
「でも修二が怪我したらやだよ。どうしても行くなら、俺も行くよ!」
つばさの言葉に、修二は目を丸くした。
「んなの、駄目に決まってんだろ!」
「でも、放って置けないよ!修二は大切な――」
つばさが言い終わる前にたけちゃんが叫んだ。
「何俺らを待たせてんだ!おめえは!」
たけちゃんの拳が修二に迫る。つばさとの会話で修二の反応が遅れた。
避けられねえ・・・!
修二は目をつぶった。
しかし、痛みはいつまでたっても現れない。
恐る恐る目を開けると、ある男の後ろ姿があった。
一本に結んだ肩まで伸びる後ろ髪。細身で、しかし筋肉質な身体。修二とほぼ同じ背丈。そして、修二に劣らない整った顔つき。
修二を守ったのは、そのルックスにも関わらず無口でクラスに馴染まず、一部では不良だとも噂されている剣崎司だった。
司はたけちゃんの拳を左手で掴み、右手は握りこぶしを作っていた。
「な、なんだてめ――」
たけちゃんが言い終わる前に、司は躊躇いもなく握りこぶしを彼の顔にぶつけた。ごちっ、と鈍い音がした。たけちゃんの大きな身体は大きくのけ反り、天井を向いた。
たけちゃんはしゃがみ込み、打ち所が悪かったのか、鼻の辺りを手で押さえて、声にならない悲鳴をあげていた。
そこでようやく他の二人が動いた。
「て、てめえ!いきなり何してんだ!」
「自分が何したか分かってんだろうなぁ!ちょっと来いオラ!」
一人が司に掴みかかる。しかし、司はその手を掴むと肘をねじる。
「いっづ!ぐぅぅ」
腕を捻られて、男はその痛みに唸るような声をあげた。
「てめえらうるせんだよ。さっさと消えろ」
今まで無言だった司が口を開いた。その声は低すぎず、しかしドスが効いていて、その場を凍らせるには充分だった。
唯一無傷の男は、明らかに怯えた様子であった。
しかし、半ばやけくそに司に殴りかかるが、司は腕を捻ったまま男の拳をかわし、華麗に上段蹴りを男の首に当てた。
男はそのまま脳震盪を起こし、崩れ落ちた。
まさに、圧倒的であった。
修二を含め、クラスのほとんどが今の状況に頭がついていっていないようだった。
「わ、わかった。もう帰るから、そいつ離してくれよ。頼む」
たけちゃんがほとんど泣きそうな声で言った。
司は無言で腕を離す。二人でのびた男を抱え、よろよろと教室から去って行った。
教室を奇妙な静寂が包んだ。誰が何を話せば良いのか、誰にもわからなかった。修二もそうだった。
「どうした!何かあったのか!?」
静寂を破り教室に入ってきたのは、担任の東一郎だった。どうやら誰かが先生を呼びに行っていたらしい。
「あー・・・もう大丈夫っす。一応、おそらく全部解決したんで」
修二が苦々しく言う。しかし、一郎は修二の言葉には一切反応せず、つばさのもとへ速足で向かう。
そして、両手を広げ思いきりつばさに抱き着いた。
「なっ!?」
修二は驚きの声をあげた。
「怪我は無いか?お前の綺麗な身体に傷を付けたやつは、俺が懲らしめてやる」
「あっ、いや、俺はいいんで、あっちの女の子を」
「つばさ。お前は俺が守ってやるからな!」
一郎はつばさの声にも聞く耳を持たず、ただ熱くつばさを抱きしめる。
「何だあいつ。気持ちわりいっての」
「まあいいじゃない。とりあえず解決したことだし。何よりこっちに怪我人がいないし」
紗耶香が苦笑いで言う。
「まあ、そうだな。あっ、剣崎」
修二の言葉に、司がちらりと修二を視界に入れ、すぐにまた外の景色に目線を置いた。
修二は構わず続けた。
「ありがとな。お前がいなけりゃどうなってたか。マジでありがとう」
「勘違いすんな。べつにお前のためじゃねえよ」
言い方に少しカチンときた修二だったが、気にしないことにした。
「そ、そうか。おい、つばさ、お前もお礼言えよ!」
「あっ、うん。ちょ、先生ごめん」
つばさはそう言って、一郎を強引に離し司の目の前に立って言った。
「ありがとう。剣崎君がいなかったらやばかったよ〜。ホントにサンキュー。あと、剣崎君かっこよかったよ!」
にこりと笑ってつばさは言った。
司はほんのり顔を赤らめ、
「・・・おう。気にすんな。また、なんかあったら助けてやる」
と言った。
「うん!」元気に返事をするつばさ。
そして、このやり取りが、修二には非常に気に入らなかった。
「あら?どうしたのかしら?そんな恐い顔して」
紗耶香がいつものように意地悪そうに言った。
「べつに。ただ、あいつの反応が、俺とつばさで随分違うなと思っただけだ。」
修二はついぶっきらぼうに答えてしまう。
「ふーん?」「何だよ」「べつに〜?」「お前。言いたいことがあんなら言えよ。」
「修二!」
紗耶香とそんなやり取りをしていると、つばさが修二に声をかけた。
「修二もありがとう。俺のこと守ってくれて。あの時の修二、めちゃめちゃかっこよかった!やっぱり修二は、俺のヒーローだよ!」
そう言って、つばさは今日一番の笑顔を修二に向ける。
(いろいろあったけど・・・まあ、いいかな。)
修二はつばさの笑顔を見て、心の中でそう呟いた。
修二はつばさの頭に手を置き、笑った。
こいつの笑顔をずっと見ていたい。
修二はそう思った。
この話は登場人物の紹介をかねて作りました。
雑ですいません。
本編に入る前に、もう一つ話を挟むので、もう少しお待ち下さい。