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学園祭 その1

古戸修二は騒がしい教室の中で一人、ぼんやり外を眺めていた。その顔は誰が見ても、退屈そうにみえるに違いない。鋭い両目は細められ、両手は頭の後ろに置かれている。鼻にかかるほど長い、少し茶色がかった前髪が、空いている窓からの風で小さく揺れた。

校門の側の栗の木から、茶色い葉がひらひらと舞い落ちていく。



季節は秋。

いわゆる学園祭シーズンである。修二の高校である私立緑川学園も例外ではなく、現在その準備の真っ最中だ。



修二のクラスは喫茶店を開く事になっている。修二は裏方で、当日に頼まれた仕事をこなすといういわゆる雑用の担当。クラス委員長の的確な仕事分担のおかげで、クラス全員が平等に役割を持っている。よって、修二には当日までは仕事はないのだった。



「こら修二さん!さぼってないで何か手伝わないと、い、いけませんことよ!」

暇を持て余していた修二の後ろで、高い声で誰かがこう言った。


修二が振り返ると、そこには頭にカチューシャを付けた、修二の肩程しかない小柄な親友が、両手を腰に当て、頬を膨らませて修二を睨んでいた。



「・・・翼。何だよその格好。後その喋り方も。キモチわりいぞ」

「あー!修二が俺のことキモチ悪いって言ったー!紗耶香ちゃんはかわいいって言ってくれたのに、お嬢様言葉・・・。ってかそうじゃなくて、仕事手伝いなって!」

そう言って、つばさは修二に飛び掛かった。修二は慣れた様子でそれを防ぎ、つばさの脇の下を持ち上げ、空いている隣の席に座らせた。



改めて親友の姿をまじまじと見て、修二は息を呑んだ。くりくりの目に長い睫毛、小さい顔、小さい鼻、小さい唇。そんなかわいらしい容姿につばさの頭のカチューシャがとても似合っていた。



「あれあれ〜?どうしちゃったのかな修二くん?まさか男の俺にときめいちゃったのかな?」

「ば、ばか!ちがうっつの!」こいつが女だったらどれだけ楽か、と修二はため息をもらした。




そう、この藤枝つばさ。

れっきとした、「男」である。




修二とつばさは幼稚園からの付き合いで、小学校、中学校も同じ、いわゆる幼なじみである。




つばさは昔から、色白で線が細く、小柄で、声も高いまるで女の子のような容姿だった。また修二と同じく手先が器用で、縫い物や料理も得意だったために、ますます周りの人達はおもしろがった。




最初はつばさも嫌がっていたものの、今ではいちいち気にするのも馬鹿らしくなってきたようで、逆に自分の女らしさを楽しむようになっていた。




すると、つばさの人気は更に大きくなり、今やクラスのマスコット的存在になっていた。男女分け隔てなく人気のつばさは当然、今回の喫茶店でも“かわいいウェイトレスさん”役である。




昔からずっと一緒で家も隣だった修二にとっては、つばさのかわいらしさなどとうの昔に慣れてしまっているのに、最近つばさの態度に胸が高鳴る事が多い。


―― つばさのやつ、歳とるにしたがって男らしくなると思ったのに、それどころかどんどん女らしくなっていきやがる






そこまで考えて、修二の頭にある一つの疑問が生まれた。――こいつホントについてるんだろうな・・・――



ジト目でこっちを見ているつばさの制服は女子のそれである。修二はおもむろにつばさのスカートをめくった。




「なっ!?」

修二はつい大声でさけんでしまった。無理もなかった。修二はてっきり、つばさは男物のパンツをはいているとばかり思っていたので。



「うわっ」とつばさはあわててスカートを押さえる。



「な、なにすんのさ!この変態!ばか修二!」

「変態はお前だ。女もんの下着なんかはきやがって」「こ、これは紗耶香ちゃんが無理矢理―」

「そう。これは私がはかせたの。文句ある?」

話に加わってきたのは松雪紗耶香。演劇部に所属しているため衣装を担当している。気品溢れるその容姿から、中学校に通っていたころ、一部の熱狂的ファンは紗耶香お嬢様と呼んでいた。父親が車会社の社長であるため、その呼び名は当たっているといえるのだが。紗耶香はたまたま委員会が同じだったこともあって、修二、つばさとは仲が良い。



「お前か。俺の親友にキモチ悪いもんつけやがったのは」

「あら。そのキモチ悪い姿の親友にときめいたのは誰だったかしら?」

上品に話す紗耶香に対し、うっ、と修二は小さく呻いた。



「だ、だからときめいてねえっての。だ、大体、制服とカチューシャってなんか微妙だと思うぞ。」修二はしどろもどろになりながら話をそらそうとする。

「大丈夫よ。当日はかわいいふりふりのエプロンも着てもらうから。楽しみにしてなさい。」

「へっ。男のエプロン姿なんて見たくねえよ。」

その言葉に、紗耶香は意地悪そうに片眉を持ち上げ、

「とか言っちゃって。あーあー、女の子からの告白は断るくせに、男のカチューシャ見て興奮するなんて、いよいよ道を踏み外し始めたわね。」

と言った。


「だから、興奮もしてねえ!」

修二は思わず叫ぶ。

すぐそばでつばさがケラケラ笑っていた。




こんなやり取りにすっかり慣れたクラスの他の生徒達は温かい目でそれを見守っていた。

たった一人、興味なさそうに目を閉じイスに背中をあずけている、剣崎司けんざき つかさを除いて。





―――

「忙しい時にごめん、ちょっと聞いてくれ!」三人が話していた時、教室内に凜とした声が響いた。委員長の加藤健司が手を口にあて話していた。

「急で悪いけど、ミスコンの出場者を決めないといけなくなったんだ。だれか出ても良いって人いないかな。」

女子が一斉に健司から目を逸らした。誰も出たくない様子が修二にも伝わった。


「やっぱりいないかー。」と健司は困った顔をする。



それはそうだろう、と修二は思った。全校生徒に加え、一般の人達にも見られるとなれば、よほど自分の顔に自信がある人でなければ無理だ。



しかし、女子が嫌がる理由はそれだけではなかった。



二年生に花川れもんという女子生徒がいる。その愛くるしい姿は全校生徒の憧れの的であり、他校にまでその評判は伝わっている。

現役のスーパーモデルと恋仲にあるという噂もあるほどだ。

そんなカリスマ性の溢れる超絶女子高生と闘おうとする者など、このクラスにはいなかったのだ。




「うーん。困った。しかたない。みんなには悪いけど、ここは推薦な。」

健司のその言葉に、女子のほとんどがおしゃべりをやめて、何かに怯えるようにそわそわし始めた。



――みんな自分が推薦されるのが怖いんだろうな・・・――


修二はそう思った。そして、同じ事を思っている他の男子も、容易に推薦できずにいた。

修二はふと側にいる紗耶香を見ると、彼女はどうやら落ち着いている様子で、興味なさそうに教室内を眺めていた。




「おい紗耶香、お前出ればいいじゃん。」

修二の言葉に、紗耶香は顔だけ修二に向けて、面倒くさそうに「なんで私がでないといけないのよ。」と言った。


「だってお前中学の時めちゃめちゃ人気あったんだろ。それに顔だってあの花川れもんとかいう先輩に負けてないと思うぜ。優勝は出来なくてもかなり良いトコまでいくんじゃねえか。」


紗耶香は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに余裕そうな笑みを浮かべた。

「あら。あなたからそんな言葉がでるなんてね。もしかして私に惚れてる?」

「え!?そうなの!?」つばさが過剰に反応する。


「ちげーよ。俺はこのままだと終わんねーから言っただけだっつの。お前は話が飛躍し過ぎなんだよ。」


ふーん。と紗耶香は見下したように笑った。



「あーもう、お前ってやつは。早く決めねえと帰れねーんだぞ。もう女子がいやだってんなら、いっそのこと、男子に女装でもさせて―」



ここまで言って、修二にある閃きが生まれる。

つばさの顔を再度まじまじと見つめる。



――いける・・・!――




「な、なんだよ修二。ま、まさか・・・!だ、ダメだよ修二。第一、俺男じゃん。そ、それに俺ミスコンなんか―」

「なあ、健司。」おろおろするつばさをよそに、修二は手を挙げた。

「ん?なんだ修二。推薦か?」

「いや、その前に質問があるんだ。そのミスコン出場者って女子じゃないといけないのか?」

健司は首を傾げた。どうやら状況が飲み込めないようだ。

「ちょっと待ってくれ。えーっと・・・。いや、女子でないといけないとは書いてないけど。なんで?まさか、お前出てくれるのか?」

「ちげーっての。出るのは―」

修二はつばさをひょいと持ち上げ、言った。

「―こいつ。」



その瞬間、暗かったクラスの雰囲気は一変した。

「それ良いよ!つばさくん下手なアイドルよりかわいいし!」「みんな女子が出てる中でウチのクラスだけ男子、しかもそいつが良いトコまでいけば、絶対に盛り上がるぞ!」

クラスのあちこちで歓喜の声が上がる。

「よし!じゃあつばさで良いと思った人は挙手をお願いします。」

つばさ以外のほとんどが手を挙げた。




クラスの雰囲気に呑まれ、いまさら嫌とも言えなくなってしまったつばさは、盛り上がっている教室の中で一人、肩を落とした。




こうして、一年A組のミスコン出場者は藤枝つばさに決まったのだった。

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