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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

冥府総督府の今日の事件、ばれんたいん!?

作者: 山下愁

「おう、オルト。テメェ、菓子作りの腕に自信はあるか?」


「何だ、やぶから棒に」



 冥府総督府めいふそうとくふの昼休み、二足歩行する銀色の狼――アッシュ・ヴォルスラムから寄せられた質問に、オルトレイは眉根を寄せる。


 これは自慢になるのだが、オルトレイは家事上手である。掃除洗濯炊事から子育てご近所付き合いまでお茶の子さいさいだ。何せ男体妊娠によって7人も子供を産み、見事に育て上げた稀代の父親である。

 当然ながらお菓子作りの腕前にも自信があった。手間のかかるお菓子から簡単に作れるお菓子まで幅広い調理方法が頭に叩き込まれている。代々受け継いできた技術を多少の個性を織り交ぜて発展させ、後世にまで継いだこともあるほどの腕前だ。



「急にそんなことを言うのだから、それ相応の理由があるのだろう?」


「実はウチの双子が『バレンタイン』の話を聞いてよ、長男坊にチョコ菓子を送りたいって言うんだ」


「ほう」



 アッシュの言葉に、オルトレイは黒い瞳を瞬かせる。


 バレンタインというのは経験したことないが、話だけであれば聞いたことがある。確か好きな相手にチョコレートの菓子を送って好意を伝えるという若者が好みそうな行事だったか。女性から男性に送るのが一般的であるが、近年では同性に送ったり男性から女性に送ったりと多様化が進んでいるらしい。

 そういえば、この時期になると冥府総督府の連中も色めき立っていたような気がするのだ。男性はこぞってソワソワしているし、この時期になると髪を整え出したり服装に気を遣い始める訳である。女性も女性で「どんなものがいいか」などという話をコソコソとしていたか。


 納得したように頷くオルトレイは、



「なるほど、それでおチビチビズはお兄ちゃんに渡したいのか」


「ウチはチョコ菓子に自信がなくてな。チョコレートってのは高級品だったんだよ」


「ミランダ嬢をすっ飛ばしてオレに菓子作りの腕前を聞いてきた理由にも納得した。慣れていないのであればチョコ菓子は難しいな」



 特にアッシュたち銀狼族は、北の地域を移動していた狩猟民族である。砂糖などの甘い菓子類は貴重だったことだろう。オルトレイは逆に南寄りの国が故郷なので、チョコレートなどには馴染み深いのだ。

 ここは困っている友人に手を貸してやるのも一興だろう。相手はアッシュ本人ではなく、その子供の双子であるアンドレとエリザベスだ。引き受けなければ可哀想だ。


 おチビチビズの為にも一肌脱いでやろうかと思ったその時、



「バレンタインの話題かね?」


「お、キクガではないか。仕事は終わったのか?」


「ああ。駄々を捏ねる死者の裁判を執り行っていたら昼食を取り損ねるところだった訳だが」



 昼食を食べ終わろうとしたオルトレイの隣に、冥王第一補佐官であるアズマ・キクガが腰を下ろす。手にしたお盆にはざる蕎麦が山盛りの状態で盛られており、どれほど彼が腹を空かせていたのかと理解できる。

 ここのところ厄介な死者が連続で冥府の裁判場を訪れ、逃げ出そうとしたり冥王ザァトを言葉で説得しようと試みたりなど阿呆なことをする連中が多いのだ。冥王ザァトもそういった死者の取り扱いを考えあぐねているようだが、死者相手に容赦のないキクガは冥府天縛で拘束してからボコボコにするという暴挙にまで及んでいた。それは疲れるだろう。


 箸を手にしたキクガは、



「バレンタインの話題であれば、ぜひ私も仲間に加えさせてほしい訳だが」


「何だ、お前も誰かにチョコ菓子を送るのか? お前の場合はサユリ嬢がいるだろうに」


「そのサユリとショウに渡したい訳だが」



 透明な漬けダレに蕎麦を浸すキクガは、ずるずると慣れたように啜りながら言う。



「サユリが存命の時は毎年もらっていたが、私からチョコ菓子をあげたことはない。これを機に少しでも料理の腕前を上げたい訳だが」


「テメェ、何を作っても爆発するもんな」


「料理音痴というよりもはや呪いよな」



 アッシュとオルトレイが揃って指摘すれば、キクガは「改めて言わないでくれないか」と肩を落とす。

 まあ、友人の頼みを断るほどオルトレイは狭量ではない。それにバレンタインとやらを満喫するのも悪くはないだろう。ちょうど渡す相手として相応しい人物にも心当たりがあるので、揶揄いがてらお父さんの本気を見せてやるのも悪くはない。


 オルトレイは大きく頷き、



「ならば今夜、オレの部屋を訪ねるといい。材料を準備して待っていようではないか」


「チビどもも連れて行って平気か?」


「平気だとも。大船に乗ったつもりで任せるがいい!!」



 オルトレイは高らかに笑い、そしてアッシュから「うるせえな」と引っ叩かれるのだった。



 ☆



 ――その夜のことである。



「こんばんは!!」


「ばわ」


「おう、おチビチビズ。よく来たな!!」



 オルトレイの部屋を訪れたのは、小さな双子の狼――アンドレとエリザベスである。どちらも幼い頃に冥府へやってくることとなってしまった儚い命たちだ。

 その後ろへ続くように、キクガが「お邪魔します」とオルトレイの部屋に足を踏み入れる。アンドレとエリザベスをアッシュから預かってきたようだ。双子の狼の保護者であるアッシュは存在しない。


 キクガは室内に視線を巡らせ、



「相変わらずやけに広い訳だが」


「まあ、自分の家を魔法で再現しているだけに過ぎんがな」



 オルトレイは「魔法を使えば一瞬だ」と笑う。


 冥府総督府の社宅に住んでいるオルトレイだが、魔法で空間を拡張してかなり魔改造を施していた。広々とした台所に長椅子と暖炉を設置した居間、風呂やトイレだけではなく魔法の研究を行う為の部屋までいくつか作る始末である。部屋の拡張など名門魔法使い一族ならば誰でもやっているものだ。

 全体的に厳かな雰囲気の漂う部屋は、オルトレイがかつて住んでいた我が家を再現している。壁の模様から床板、調度品に至るまで記憶の限り真似してみたのだ。『子供が全員嫁入りしたから一人暮らしだやっふー』という設定を遵守すれば寂しさなど微塵も感じない。


 客人を台所に案内したオルトレイは、



「今回作るのは、火などを使わず簡単に出来る『グラスキャンディ』を作ろうではないか」


「ちこじゃないのー?」


「ちよこ」


「残念ながらチョコ菓子ではないのだ。お前たちのお兄ちゃんはさぞモテモテで女の子からたくさんのチョコ菓子をもらうだろうから、チョコ菓子に飽きてしまうかもしれないだろう。だからチョコ菓子以外を作って喜んでもらう算段なのだよ」



 不思議そうに首を傾げるアンドレとエリザベスに、オルトレイはもっともらしい理由を並べ立てる。


 もちろん嘘だ、真っ赤な大嘘である。ただ本当のことを言えばアンドレとエリザベスは傷つくどころか、長兄であるエドワードを格好悪くさせてしまう可能性が考えられたので嘘を吐いたのだ。

 聡明な愛娘に確認したが、エドワードはチョコレートが嫌いなようである。幼い頃に吐くほど食べて嫌いになってしまったと説明された。弟と妹が作ったものとはいえ、嫌いなものを吐くような思いをしてまで食べればチョコ菓子が可哀想だ。


 オルトレイは食料保管庫からボウルに詰め込まれた果物の山を取り出し、



「ほれ、おチビチビズ。好きな果物を選ぶといい」


「わあい!!」


「おいしそう」


「余ったら食べていいが、今はまだ食べるなよ」



 アンドレとエリザベスに果物選別を言い渡し、オルトレイはキクガに「さて」と向き直る。



「お前は大人だから少し難しいものを作るぞ」


「……お手柔らかに頼む訳だが」


「そう身構えるな。女子供であれば間違いなく好きな類のチョコ菓子だぞ」



 オルトレイが食料保管庫から取り出したのは、色とりどりの板チョコだった。


 一般的なミルク、ホワイト、ビターの3種類だけに留まらない。赤色や青色、緑色、黄色の4色も追加で存在していた。代表的な板チョコだけではない4色のチョコレートにキクガは瞳を丸くしていた。

 オルトレイからすれば何ら不思議なものではない。昔から存在しているチョコレートなので、どのチョコレートをどのように調理すればいいのか理解しているのだ。こういうものは数が多ければ多いほどいい。


 青色や緑色の板チョコを手に取ったキクガは、



「凄い、青色や緑色のチョコレートもあるのか」


「赤色が『ルビー』、青色が『サファイア』、緑色が『エメラルド』、そして黄色が『トパーズ』という種類のチョコレートだ。それぞれ風味が違う」



 ルビーは酸味が強く、サファイアは逆に塩気のある味だ。エメラルドは鼻に突き抜けていく清涼感のある香りが特徴で、トパーズは滑らかな甘さが癖になる。それぞれ持ち味が違うので料理の隠し味に入れたり、本格的なお菓子作りをする際に使われる。


 オルトレイが次いで棚から取り出したのは、チョコレートの金型である。金属製の板には石ころの形をした窪みが無数に作られており、その金型に溶かしたチョコを流し込めば色とりどりの石ころチョコ菓子が出来上がりそうである。

 もちろん、普通に溶かしたチョコレートを流し込むだけではつまらない。そんなのはアンドレやエリザベスにも出来ることなのだ。オルトレイやキクガは大人だから、もっと複雑な工程に取り組むことで格上のチョコ菓子を目指す訳である。


 金型を示したオルトレイは、



「我々が作るのは『ミジェル・コルガ』だ」


「ミジェル・コルガ?」


「ミとは偽物、ジェルは宝石を意味する古代の言葉だ。繋げると『偽物の宝石』となる。一方でコルガは装飾品を意味する。つまり『偽物の宝石の装飾品』だ」



 そう、オルトレイが今回使用する金型はチョコレートを流し込むと宝石の形になるものなのだ。大小様々な宝石の形をしたチョコレートを使い、食べられる宝飾品を作ろうという魂胆である。

 どうせあげるのならば一生懸命さが伝わるような代物が1番である。ちょうど色とりどりの板チョコがあるので、宝飾品の組み合わせは無限大だ。


 オルトレイは大量の板チョコを抱え、



「オレはチョコレートを湯煎ゆせんして溶かす。お前は金型を洗っておいてくれ」


「ああ、分かった」



 キクガはしっかりと頷き、金型を洗いに蛇口の前へ立つ。この段階からもう爆発するのではないかと心配になったが、普通に蛇口を捻って水を流すことが出来たので洗い物ぐらいならば平気そうである。



「おチビチビズは果物を選べたか?」


「えらんだー」


「にちゃ、いちごさんすきなの」


「そうかそうか、兄思いの弟と妹ではないか」



 アンドレとエリザベスも兄にあげるお菓子用の果物を選んだところで、調理開始である。



 ☆



 さて、何とかバレンタイン用のお菓子は完成した。



「でけた」


「できた」


「よく出来ているではないか、おチビチビズ。オレよりもセンスがあるのではないか?」



 アンドレとエリザベスが掲げた金型には、大粒の苺をふんだんに使った飴がピッタリと嵌っていた。透明な水飴の中に浮かぶ半分に切られた苺が何とも美味しそうで、彩りの為に散らされた食用の薔薇がいい引き立て役になっている。子供ながら立派なお菓子を作り上げたものだ。

 このように透明な水飴の中に果物や花を散らした飴のことを『グラスキャンディ』と呼ぶのだ。他人への贈答品として喜ばれるお菓子で上位に食い込む有名どころである。バレンタインの時期にも人気で、火を使わずに作ることが出来るから不器用な料理下手でも簡単に作れるのだ。


 オルトレイはアンドレとエリザベスからグラスキャンディの金型を受け取ると、



「それではコイツを取り出すのだ」


「どうやって?」


「て?」


「こうする」



 そう言って、オルトレイは金型を思い切り机に叩きつけた。


 耳障りな金属音が部屋中に響き渡ると、金型からスッポリと飴が抜け落ちる。机の上に転がった飴は食べるのにちょうどいい大きさの直方体の形をしており、この飴を切断して渡すのが最適なのだ。

 だが、見た目がこれ以上なく綺麗なので、むしろそのまま袋にでも詰めて渡した方がよさそうである。彼らの兄であるエドワードは見上げるほどの巨漢なので、手のひら大のグラスキャンディなどあっという間に食べ尽くしてしまうかもしれない。


 オルトレイはアンドレとエリザベスが一生懸命作ったグラスキャンディを透明な袋に詰めてやり、



「これはとても綺麗に出来ているから、そのまま渡した方が喜ばれるだろう。オレが包装まで手伝うから、お前たちはリボンを選ぶがよい」


「いっぱい!!」


「いぱい」


「この日の為に買っておいたのだ。存分に選べよ」



 オルトレイが右手を掲げると、アンドレとエリザベスの前に大量のリボンが出現する。キラキラと銀糸が織り交ぜられたリボンやつるつるした素材が特徴のリボンなど、種類は数えきれないほど用意されていた。アンドレとエリザベスは様々なリボンを手に取って、2人でコソコソと「これがいいかな」「これがいいかな?」と相談している。

 何とも微笑ましいやり取りである。その姿を眺めていたオルトレイは我が子を見ているようで思わず笑みがこぼれてしまった。どこまでも兄思いの双子である。


 オルトレイは台所へ振り返り、



「キクガはどうだ、上手く出来たか?」


「ああ」



 ちょうど食料保管庫から金属製のトレイを取り出したキクガは、オルトレイにその出来栄えを見せてくる。


 中心に乗せられた大粒の赤いチョコレートの宝石と、それを取り囲むように真珠を模した粒状のホワイトチョコレートが配置されている。金具でもつけてやれば大きめのブローチにでも出来そうな予感さえあった。

 ミジェル・コルガはチョコレートを溶かして金型に流し入れるだけなので、湯煎の方法を間違えなければ簡単に作れるチョコ菓子だ。ただし宝石の配置などに気を配らなければならないので、美的センスがないと壊滅的な出来栄えになってしまう。料理の才能は壊滅的なキクガだが、美的センスは十分過ぎるほど備わっていた。


 キクガはもう1つのトレイも食料保管庫から取り出し、



「こちらはショウに」


「ほう、なるほど。髪飾りを模しているのか」



 青色の大きなチョコレートの宝石は蝶々の形をしており、さらにホワイトチョコレートを使って花まで作る徹底ぶりだ。花の中心には黄色の粒状をしたチョコレートが添えられ、まるで蝶々が花に吸い寄せられているかのような意匠である。

 こちらはブローチではなく、細長い台座に敷き詰められているのでバレッタを想定されて作られたのだろう。料理を爆発させる才能を秘めているとは思えないほど手先が器用だった。


 オルトレイは包装用の箱を用意し、



「崩れないように袋詰めしてから箱に入れるがよい。リボンはアンドレとエリザベスがひっくり返しているから、終わったら選べ」


「君は何か作らないのかね?」


「あん?」



 キクガに問われ、オルトレイは黒い瞳を瞬かせる。


 アンドレやエリザベス、そしてキクガがお菓子作りに専念している間、オルトレイは自分のものを作る素振りを見せなかった。キクガがチョコレートを爆発させないように湯煎で溶かしたり、アンドレやエリザベスが子供用包丁で苺を切るのを手伝っていたり、完全に補佐へ回っていたのだ。アンドレとエリザベスは子供だし、キクガは調理工程で必ず一度は爆発させる男なので片時も目が離せなかった訳である。

 ここで自分のものを作り忘れてましたなんて言おうものなら、愛娘から「お前馬鹿じゃねえの?」と言われる。絶対そうである。蔑んだ目で見られようものなら絶対に泣いちゃう自信がある。


 オルトレイは「何を言っているのだ」と言い、



「作るに決まっているだろう。娘に馬鹿にされん」


「渡す相手はユフィーリア君かね?」


「まあ、それとあの能天気そうな小僧と南瓜頭の美人なねーちゃんにもな。奴らだけもらえんから可哀想だろうに」



 エドワードはアンドレとエリザベスから、そしてショウはキクガからそれぞれ渡されることになっている。オルトレイが娘のユフィーリアに渡せば、もらえないのはハルアとアイゼルネの2人だけだ。それは可哀想なので、お菓子の腕前に自信のあるオルトレイが彼らに渡すものも用意するのだ。

 お菓子作りならば2個も3個も負担は変わらない。娘に渡すものならば生半可なものを作るつもりはないし、他の連中に渡すものだって中途半端なものを作れば娘に笑われてしまう。それは父親としてあってはならない。


 オルトレイは新しいチョコレートを用意し、



「父親の威厳を見せてやろうではないか」



 ☆



 そんな訳で、である。



「バレンタインに襲撃!! 冥府からこんにちはの時間だぞ!!」


「うわ何か余計なものが来た」


「余計なものとは何だ」



 バレンタイン当日、有給休暇を利用してオルトレイはヴァラール魔法学院の用務員室に突撃していた。

 もちろんアッシュの子供たちであるアンドレとエリザベスの2人も一緒だ。キクガは残念ながら仕事で来れなかったので、ショウに宛てたチョコレートを預かってきた次第である。久しぶりの現世にオルトレイも浮き足立っていた。


 オルトレイの後ろからちょこちょことついてきたアンドレとエリザベスは、用務員室に兄のエドワードの姿を認めると「にちゃ!!」「にーちゃ」と駆け寄っていく。ふかふかの尻尾を振り回し、耳をぴこぴこと忙しなく動かして大きな兄の身体に飛びついた。



「アンとエリィじゃんねぇ、今日はどうしたのぉ?」


「ばれんた!!」


「きょう、ばれんたなの」



 アンドレとエリザベスの主張に、エドワードは「そっかぁ、今日バレンタインだもんねぇ」と納得する。表情こそ兄らしい朗らかな笑顔だが、ちょっと嫌そうな雰囲気が漂っていることがオルトレイには分かってしまった。

 やはりエドワードのチョコレート嫌いは確かな情報だったのだ。兄として弟と妹が作ったものを無碍には出来ないと笑顔を保っているものの、本心はチョコ菓子が苦手なので処理に悩んでいると言っていいだろう。


 アンドレとエリザベスは背負っていた背嚢リュックサックを下ろすと、



「おるちゃんがね、にちゃはもてもてさんだからちょこいっぱいもらうよっておしえてくれたの」


「ちょこばっかだとあきちゃうから、あんとえりぃはちがうのあげるね」



 背嚢から引っ張り出したのは、少し歪な赤いリボンが結ばれた袋である。袋の中身は大粒の苺と食用薔薇を使用したアンドレとエリザベスによる手作りグラスキャンディだ。選んだリボンを結ぶところまでしっかりと練習し、涙ぐましい努力の結果がこの形が崩れたリボンなのだ。

 予想外の贈り物を前に、エドワードは驚きのあまり銀灰色の双眸を丸くしている。一瞬だけオルトレイに視線を寄越してきたので、親指だけ立てておいた。味に関しては保証済みである。


 エドワードは弟と妹の小さな頭を撫でてやり、



「ありがとぉ、嬉しいよぉ」


「えへへ」


「えへへ」


「兄ちゃんさっきお昼食べてお腹いっぱいだからぁ、半分こしよっかぁ」


「わーい」


「やったぁ」



 そして弟と妹にも自分の分け前を与える度量の大きさを見せてくるエドワード。心なしか嬉しそうである。チョコレート嫌いを悟られることなくバレンタインのお菓子を弟と妹から貰い受けたのだから、喜びもひとしおか。


 さて、オルトレイも仕事をこなさなければならない。

 せっかく作ったお菓子が無駄になってしまうのは避けたいところである。それにキクガから預かってきた彼の息子用のチョコ菓子もあるので、渡せませんでしたと言おうものならぶっ飛ばされかねない。



「さて諸君、これからチョコ授与式を執り行う。今から名前を呼ばれた奴はチョコを受け取りに来るように!!」


「怪しい」


「ちゃんとしたチョコ?」


「何だか心配だワ♪」


「変な調味料とか使っていませんか?」


「お前たち、何でそんな怪しむのだ。ちゃんとしたチョコ菓子に決まっているだろうに」



 エドワードたちヴォルスラム兄妹とは違い、オルトレイがチョコ菓子を渡すと宣言した途端に中身を疑われてしまった。これは普段の行動が仇となっているのだろうか。ちょっと悲しくなってしまう。


 オルトレイは気を取り直し、まずは預かったチョコ菓子から処理を決める。

 持ち込んだ手提げから取り出したものは、黒い箱に青色のリボンがかけられた高級感溢れる見た目のものだ。包装まで出来るか心配だったが、チョコ菓子の見た目を整えた手先の器用さを発揮していた。心配だったのはチョコを溶かす工程だけだったと改めて実感する。



「キクガのせがれよ、これはお前の父親からだ。味に関してはオレが保証しよう」


「父さんから?」



 黒い箱を受け取ったショウは、少し驚いたような表情を見せる。それはそうだろう、自分の父親は料理の工程で必ず一度は爆発させるような男だと息子でも理解しているのだ。そんな父親から箱に詰められたチョコレートを送られたとなれば、嬉しい以前に心配になるのも無理はない。

 青いリボンを解き、ショウは箱の蓋を開ける。緩衝材代わりに詰め込まれていた紙束に包まれて、透明な袋に入れられたバレッタ型のミジェル・コルガが静かに寝かせられていた。「こ、これがチョコなのか?」とショウはさらに驚いていたので、ある意味でオルトレイとキクガの作戦勝ちである。


 次いで、オルトレイは手のひらに収まる程度の立方体を取り出す。金色と銀色のリボンで飾られたそれは、ハルアとアイゼルネにそれぞれ渡した。



「これはオレからだ。お前たちだけもらえないのは悲しかろうと思ったのだ。世界でおよそ2番目に優しいオレに感謝するがいい!!」


「凄え、靴の形してる!!」


「やだ、素敵な意匠の靴だワ♪」


「おい聞け、そして早速とばかりに食うな。せめてお礼ぐらいは言え」



 ハルアとアイゼルネに渡したチョコ菓子は、靴の形をしたミジェル・コルガである。ハルアは普段から好んで履いている運動靴を模したチョコ菓子を、お洒落番長として有名なアイゼルネには宝石が飾られたハイヒールをそれぞれ作ったのだ。

 宝飾品の形式とは違い、靴の形に整えるのは苦労した。何せ金型がないのだ。面倒なので氷を使って金型を作り、冷やす作業も並行したので時間短縮には繋がったと思う。


 そして最後に、オルトレイは娘のユフィーリアに平たい箱を渡す。こちらが本命である。作るのに徹夜をしてしまい、完成を迎える頃には朝となっていた珠玉の逸品だ。



「これはお前にだ。心して食すがいい」


「……変なもんだったら許さねえからな」



 怪しみながらもユフィーリアはオルトレイが渡してきた箱を受け取る。


 平たい箱の蓋を開けると、天鵞絨張りの台座に乗せられていたのは杖の形をしたチョコである。先端は雪のように真っ白で、持ち手へ向かうに連れて青みが濃くなっていく。僅かに膨らんだ持ち手の部分はビターチョコレートをふんだんに使った影響で墨のように濃くなり、そして雪の結晶の白い刻印が施されていた。

 この杖は、ユフィーリアにとっては馴染みがないものかもしれない。オルトレイもこの杖を目の当たりにするのは久しぶりだ。自分だけしか知らない大事なものである。



「この杖は、お前が当主を継いだ時に渡すものだったんだ。まあ、実験で家ごと爆発四散してしまったがな」


「何してんだクソ親父」


「うるさい、あの時のオレは本当にどうかしていたのだ」



 当時は、親が子に杖を送る風習があった。オルトレイもその風習に倣い、自分と同じ魔法の道を極めんとするユフィーリアに向けて杖を手ずから作ったのだ。

 残念ながら、せっかく用意した杖はとうとう日の目を見ることはなく、我が子を処刑された恨みつらみを魔法の実験にぶつけていたら自宅と一緒に爆発四散してしまったので悪いことをしたなとは思っていたのだ。せめて何か形に残せばよかったものを、後先考えずに突っ込んでしまったのがいけなかった。


 オルトレイは「まあ」と言葉を続け、



「お前にはもう自分の杖があるから必要ないだろうがな。言わば思い出の品だから心して」


「美味え」



 綺麗な思い出を滔々と語っていた矢先、父親の話など全く興味がないらしいユフィーリアは杖の形をしたチョコの先端をポリポリと齧っていた。親の心、子知らずとはまさに今のような状況を言うのだろう。



「言った側から乱暴に食うんじゃねえ馬鹿娘!?」


「食って何が悪いんだクソ親父!?」



 涙目で娘の頭をバシバシと叩くオルトレイに、ユフィーリアは「だったらもう少し良心が痛まねえものを持ってこいよ!!」と叫ぶのだった。

《登場人物》


【オルトレイ】ユフィーリアの実父。家事の腕前には自信がある。バレンタインには無縁だったが、女装して冥府総督府で手作りのチョコ菓子をくれてやったらホワイトデーの時に指輪を渡されて求婚されたことがある。我が目を疑ったが殴って断った。


【アッシュ】エドワード、アンドレ、エリザベスの父親。バレンタインの時にオルトレイが女装してチョコレートを配り歩いていた時、そして独身の職員から指輪片手に求婚された時をしっかり見ていた。クッソ笑った。

【キクガ】ショウの父親。バレンタインの時にオルトレイが女装してチョコレートを配り歩いていた際には我が目を疑ったが、今なら同じことが出来るかもしれないととち狂ったことを考えるぐらいには最近疲れている。

【アンドレ】エドワードの弟。お菓子大好き。兄も大好き。歳の離れた兄の為にお菓子を作ることを決意する。

【エリザベス】エドワードの妹。お菓子大好き。大好きな兄の為にお菓子を作ろうと決める。


【ユフィーリア】今年のバレンタインは薔薇の形をしたチョコレートで花束を自作した。

【エドワード】チョコレートは嫌いなので今の時期は地獄でしかない。

【ハルア】今年はユフィーリア、アイゼルネ、リタ、オルトレイと4人からもらった。年々もらえる数が増えてる。

【アイゼルネ】オルトレイからチョコ菓子をもらってしまったので、お返しをどうしようかと悩む。

【ショウ】父親からチョコ菓子をもらえてびっくり。ちゃんと作れたのかと驚いたが、オルトレイの監視の目があったことを知って安堵する。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! バレンタイン特別編、楽しく読ませていただきました!! アンドレ君とエリザベスちゃんの舌足らずで、純真な気持ちを感じさせる幼い話し方がとても上手く描…
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