08_六章_符号
■著者前書き
こんにちは。著者の上下Kちゅけです。
最近またスランプぎみです。
その影響でこの章は当初の予定よりダークなテイストになってしまった気がします。
こう書いて上司に指摘されました。
・創作を仕事にする者が安易にスランプを口にするべきではない。
・その情報を前書きに載せても誰も得しない。
・言い訳にはならないし、これから楽しもうという人の気持ちに水を差すだけ。
確かに上司の仰ることには一言一句同意できます。
しかし物語のネタバレなり著者の状況なりを何でもぶっちゃけるのが今回の連載のスタイルであり美徳かなと思っているので言い方を変えて残したいと思います。
鬱々とした著者の心情を反映して当初の予定よりダークなテイストを醸し出すことができました。
ご堪能ください。
■もくじ
・01月配信_零章_著者前書き
・02月配信_序章_セレンディピティ
・03月配信_一章_集められた4人
・04月配信_二章_活動開始
・05月配信_三章_デバッグ日誌
・06月配信_四章_やかましいデバッガー達
・07月配信_五章_静かなリターナー達
・08月配信_六章_符合 ← ◆今ココ
・09月配信_七章_裏側へ、そしてリーダー交代
・10月配信_八章_ベストカップル・オブ・ザ・ワールド
・11月配信_九章_天国サイドと地獄サイド
・12月配信_終章_俺たちの戦いは始まったばかりだ!
■人物
・イッチ(男/16)
…適合者番号1。忍者。中の人はゲーム好きでアホな男子高校生
・ニコ(女/15)
…適合者番号2。怪力虎男。中の人は町工場の看板娘
・ミミミ(女/26)
…適合者番号3。美人アサシン。中の人はゲームエリートのセレブママ
・ヨバン またはピーポッド、ぴーちゃん(男/35)
…適合者番号4。プリマドンナ。中の人は野球観戦好きな実家住みおじさん
・OG またはおんりーごっつ、ごっつさん(男/?)
…適合者番号5。竜人。中の人は人気のゲーム実況VRtuber
・エンドー(女/29)
…適合者番号0。ゲームプログラマ。宇宙人だと疑われて政府に人体解剖され死亡
・ツクモ(男/40)
…ゲーム会社のプロデューサー。政府が手を引いた後、レジスタンスを率いる
・ホッタ(男/16)
…イッチの親友。イッチとコンビを組んで漫才師になりたいという夢を持っている
・あめりん(女/16)
…イッチの同級生でカリスマ読者モデル。ホッタのことが好き
・ミカエル(男?/?)
…宇宙人。警備担当。エリート意識高いが、いつもイッチ達にしてやられる
・ラファエル(女?/?)
…宇宙人。人類へのメッセンジャー役。美しくカリスマ性が高い
・ガブリエル(男?/?)
…宇宙人。地球人に同情的な協力者
・プリメイラ(女/25)
…ブラジル人。サンパウロ側UFOの潜入チーム美人リーダー。イッチが憧れる
■これまでのあらすじ
・大阪とサンパウロに謎の巨大UFOが出現。何も起こらず20年経過。
・ゲート通過型VRゲームを開発中にバグ?で円盤内部への侵入ルートを発見。
・船内に閉じ込められている地球人が多数いることを知る。
・全大阪市民に対して検査を行なった結果、適合人材が4人見つかった。
・救出作戦が練られるが「作戦中止」が決断される。
・ゲーム会社のツクモは、決断に納得できず秘密裏に救出活動を引き継ぐ。
・適合者1号イッチはレジスタンス活動と知らずゲームのデバッグだと思っている。
・イッチと褐色の美女NPCとの邂逅。
・日系人心理カウンセラー・ガブリエル本田が協力者として加わる。
・ツクモはレジスタンス活動を軌道に乗せるが、暗黒面に片足を踏み入れる。
・適合者1号に続き、2~4号もデバッグバイトとして雇われる。
・VRtuber「おんりーごっつ」が実況プレイしながらイッチ達の作戦に乱入する。
・OGと仲良くなるイッチ達。
・この実況配信はツクモもゲーム販売元も想定外だったが好評を博す。
・UFOから救出した人が100人を超える。
・しかし、救出した拉致被害者から感謝されているかというと微妙だ。
・レジスタンス活動のケリのつけかたに苦悩するツクモ。
・この活動は近々世間に発覚してしまうだろう。ツクモの予想は的中する。
■この章のあらすじ
・OGを招待し実況させたのはガブリエル本田だった。
・彼は地球人に同情的な宇宙人でUFOによる拉致被害を世間に知らせたい。
・「符号(sign)」を仕掛けOGの実況動画と大阪上空のUFOの関連性を世間に暴く。
・ツクモに自分の正体を明かし、レジスタンス活動が次段階に移行したことを告げる。
・悩んでいたツクモも覚悟を決める。
・真実を知ったイッチは自分が真実のヒーローだったことに浮かれる。
・でもヒーローをしながらもかけがえのない日常は大切にしたいと改めて思う。
・ゲーム会社の開発室からアジトへ拠点を移し、新たなレジスタンス活動が開始される。
■本文
OGことVRtuber「おんりーごっつ」をイッチ達の行う拉致被害者救出作戦に特別招待した首謀者はガブリエル本田、その人だった。
ガブリエルは日系人心理カウンセラーで、政府の対策本部があった時代から救出された拉致被害者のケアを担当していた。政府が救出作戦の中止を決定した後、ツクモが秘密裏にその作戦を継続しようとしていることを察知してレジスタンス活動の協力者となった。
ツクモは気づいていないが、彼は宇宙人だ。ガブリエルは対策本部に招聘される前から地球人に同情的な立場を取り、地球人を思って色々と画策をしてきた。
そもそも今は亡きエンドーがUFO内部に侵入できたのも偶然の導きではない。ガブリエルと宇宙人の同志達(数は多くない)の画策のひとつだったのだ。
ツクモが勤める大阪のゲーム会社にVRゲーム用のスキャナーゲートがあること、そして開発者の一人・エンドーがVR移送に適合する人物であることを突き止め、宇宙人のテクノロジーを使ってスキャナーゲートに仕掛けを施した。
この時のガブリエルの画策とはUFOによる拉致被害の実態を地球人に知らせ、救出作戦を自身の手で進めさせるための導きだった。概ね思惑通りにことが進んだが、エンドーのことはガブリエルにとっても想定外で遺憾なできごとだった。
因みにエンドーは死んでいない。いや、役所に死亡が認定されているので正式には死んでいるのだが、宇宙人的尺度では死んでいないと言える。
話が脱線したので元に戻すが、ガブリエルは宇宙人で地球人の味方だ。彼は宇宙人達が20年来UFOを使って密かに進行させている「人類換装企劃」を中止させるつもりでいた。
◆
OGことVRtuber「おんりーごっつ」によるVR/COOPアクションゲーム「エンド・オブ・ゲームズ(仮)」の2回目の実況は地味展開に終わった。
ガブリエルは1回目の実況をイッチ達がログインする時間にぶつけてセッティングをした。1回目の実況はOGの軽妙なトークとイッチ達憎めないメンバーのキャラ性の掛け合いが上手くはまって視聴者にインパクトを与えることに成功した。
2回目の実況は意図的にイッチ達がいない時間でセッティングしたため、1回目のような楽しいマルチプレイの大騒ぎ展開ではなくゲーム世界観の考察会となった。
感覚の鋭いOGはUFOの内部を観察し情報端末にアクセスすることで核心部分に勘づいているようだったが、推測の域を出ないことに対しては慎重に言葉を選んだ。しかし、実況で語られた細かな解説や事実認定によって、このVR世界が人を楽しませるためだけに作られたゲーム空間ではないことが視聴者に伝わった。
地味展開ではあったがOG自身も視聴者も、このゲーム世界の謎に魅了されたようだった。
これこそガブリエルの狙った通りの展開だった。3回目の実況では再びイッチ達をぶつけて楽しく展開させ、そしてあるハプニングを用意するつもりでいた。
◆
「なぁなぁ、昨日のごっつさんの実況、見た?」
ジャージ姿のイッチは興奮気味にニコに話しかける。
開発室のスキャナーゲート前、もうすぐブリーフィングが開始されるようだ。
ニコは軽く準備運動しながら答える。
「ごっつさんって、こないだ言うてたVRtuberとかいう人のこと?ワタシ、VRtuberとかあんま分からへんねん」
ミミミが長い髪の毛を束ねながら現れた。今日もばっちりメイクがジャージ姿と不釣り合いだ。
今日のシフトはイッチ、ニコ、ミミミの3人のようだ。
「ミミミさん、昨日のごっつさんの実況、見ました?」
「あぁ、うん、見た見た。めっちゃ勉強になったよね?やっぱすごい人やわOGは…」
「ですよねぇ!ごっつさんの考察、めっちゃ深いですよねぇ。あんなんオレら、全然考えようともしてへんかった…」
「ごっつさん?OG?」
ニコは話についていけず困った顔でイッチとミミミに視線を送る。
ミミミはニコの頭を撫でながら話を続けた。
「うん、うん。いっつもワイワイする感じやからそんなことに気ぃ回らへんかったよねぇ」
イッチはニコのおでこを軽くこずきながらミミミと会話を続ける。
「オレらも単に囚さん助けて帰るだけじゃなくて、もっと何か探ったりしましょうよ」
ニコは自分が入っていけない会話に少しムッとしている。
「イッチ君時間やし、そろそろブリーフィングを…」
「あっ、でも今日ごっつさんと中で会えるかもしれんし、そうなると念願の共闘バトルで弾けたいなぁ」
イッチは満面の笑みになって言う。
「それはないわ。昨日、次の配信予定は追って告知します言うてたから。今日配信するなら昨日告知あるはずやし」
ミミミの的確な指摘に意気消沈するイッチ。
「じゃ、やっぱ今日はオレらの考察回にしよ…ほんならブリーフィング始めます~」
◆
わいわいがやがやを抑えぎみに考察をあーだこーだと語り合いつつの作戦実行は、これはこれで楽しかった。今回の作戦では、囚さんは無理ない人数の2人を連れ帰った。
イッチ達は今もまだゲームのデバッグだと思って救出活動を行っている。
そこで勘のいい読者諸君は一つの疑問を持たれるのではないか?
何で連れ帰った囚さんが実体化するのを見てイッチ達が現実の救出作戦だと気づかないのか?
もっともな疑問だ。UFO内部からゲートを通じて囚さんと共に開発室に戻って来た時に開発室に現れる現実の拉致被害者達と接触があるはずで、その時に何かおかしいと気づきそうなものである。
しかしこれにはちょっとしたからくりがあり、スキャナーゲートに施された「ディレイ」の仕掛けによってイッチ達は気づけないのである。ディレイとは遅延を意味する言葉で、遅延対象は拉致被害者、遅延時間は60min、すなわち1時間となる。
つまり、イッチ達が戻ってきてから1時間の間を空けて拉致被害者がVR移送されるよう設定がされているのだ。この間にイッチ達デバッグバイトの面々はデブリーフィングや着替えを終えて帰宅する。その後入れ違いでガブリエルがやって来て拉致被害者を引き取る。
スキャナーゲートに仕掛けられた遅延の仕組みで謎が守られている。そんな訳だ。
そして今日もイッチ達が帰った後、時間差でVR移送されて来た拉致被害者(今回は2人だ)をいつものようにガブリエルは優しく迎え入れる。もちろんツクモも同席している。すっかりワークフローとして確立した被害者達への状況説明や安定剤の投与など、必要な措置一通りをその場で済ませ開発室を出る。
この後ワゴン車に乗せて一時保護の施設に連れ帰るのだが、この日ガブリエルは開発室を出ようとしていた時に忘れ物に気づく。ツクモと被害者2人を開発室の出口付近に残してスキャナーゲートに戻ったガブリエルは、数日後に予定しているOGの3回目の配信に向けた仕掛け…「符号(sign)」をスキャナーゲートに施した。
◆
3回目の配信でOGはイッチ達一行と再会を果たす。
イッチのごっつさん好き好きアピールを、同じぐらいのテンションで迎え入れて一緒にはしゃぎまわるOGに視聴者はほっこり。
初めましてのニコは人一倍の警戒心でOGにビクビク接するが、OGが仕掛けたイッチさんイジリトークに乗っているうちにすっかり打ち解け、視聴者も一安心。
ぴーちゃん(ヨバン)のお嬢様キャラなりきりトークにOGは王子様なりきりトークで応え、二人の劇場張りに芝居がかった台詞の応酬に視聴者は魅了された。
OGの傍らにいるミニドラゴンのレンズの目を通して和やかな作戦進行が視聴者に生配信されている。
ここまでは順調、ガブリエルが仕組んだハプニングまで間もなくだ。
◆
「なぁニコ。ごっつさんかOGか、どっちかにしろよ。”OGさん”は老人呼びみたいでなんかヤだ」
イッチはニコに注意する。
OGはニコに優しく言う。
「好きに呼んで良いんだよ」
「ごっつさん、甘やかしちゃダメです。(ニコに向けて)視聴者が混乱するだろ。さんづけしたいならごっつさんでええやん」
イッチは食い下がる。
「OGさんっていうのが、わたしとしては一番落ち着くねん。ご本人がイヤじゃないんやったらそれでええやん」
ニコも負けていない。
「二人とも大阪弁!まだ作戦中だよ☆あっほら、目的の囚さんの部屋に到着しましたわ☆」
ぴーちゃんが注意喚起する。作戦中の大阪弁はゲームの世界観を壊すので禁止という取り決めだ。
「せやかてイッチはん…」
OGはおどけた調子で敢えて大阪弁でイッチに話しかける。
「大阪弁!OGちゃん、大阪弁!」
ぴーちゃんは大阪の定番ボケ、“天丼”と分かった上でOGに厳重に注意する。
OGはぴーちゃんにありがとうと目線で合図を送りながらイッチへの言葉を続ける。
「そんなことよりイッチ君、さっきから気づいてたんだけど君の両腕、なんか禍々しいエフェクトまとってない?」
OGの問いかけにイッチは答える。
「そーなんですよ。ゲートくぐって作戦開始した直後、何か両腕に違和感あったんですよね」
「そー言えばそんなこと言ってたかもね。サンドイッチ」「イッチ団結」「イッチょうら」
イッチの独自の呼び名を検討中のニコが口を挟む。
ニコを無視してOGに話を続けるイッチ。
「…で、バトル何回か繰り返すうちにだんだん両腕が熱くなってきてて、はっと見たらなんか呪い的な感じになってました。こんなの初めて」
「痛くはないの?」
「ええ、全然」
「なら良かった…ふむ…」
OGが推理する。
「もしかしたらこの後イベントバトルがあって、そこで何か新必殺技的なものが撃てるようになるとかかもね」
イッチ、ニコ、ぴーちゃんが声を合わせて同意する。
「ありそー」
◆
イッチの両腕がまとう呪いエフェクトの件は、OGの推理がほぼ正解だった。
囚さんの部屋はモンスターハウスよろしく手強いエネミーが多数待ち伏せているトラップ部屋となっており、OGとミニドラゴンを含むご一行は閉じ込められるかたちとなった。
イッチの呪いの両腕は攻撃力アップのバフ効果が永続した状態となっており、敵集団をバッタバッタと倒して大活躍。そして、モンスターハウス最後の一群に対して渾身の力を込めて放ったイッチの一撃はまさに必殺技と呼ぶにふさわしい迫力を持っていた。
そう、この必殺技こそがガブリエルの仕掛け…OGの実況動画と大阪上空に滞空するUFOのシンクロを示す「符号(sign)」だったのだ。
ド派手な必殺技によってモンスターハウスの壁に穴が開き、その穴からは眼下に広がる大阪の夜景が映し出される。この様子はミニドラゴンのレンズの目を通して一部始終が同時接続者10万超えの人に目撃された。
同時に…大阪の繁華街では20年来ただ浮いているだけだった上空の巨大円盤に異変が観察される。
UFOの外壁を突き破るエネルギー波と爆発音が監視カメラや観光客のスマホなどによって多数記録され、それらの画像、映像は新聞やTVのニュースを飾ることになる。
幸い円盤外壁に空いた穴はUFOの持つ機能できれいに自己修復され墜落などの事故は免れた。
しかし、世間一般を巻き込んだ騒ぎを免れることはできなかった。
◆
OGの実況動画でのイッチの必殺技と大阪上空のUFOの異変はすぐにネットの特定班によって関連付けられ、比較動画などによって同一事象であることが確定事項となった。
必殺技騒ぎのあった日はイッチ達、当の本人たちは状況をどう理解すればいいか分からないままOGとの交流の楽しさもあり、いつも通り作戦を全うした。そして疑問を残しつつもバイトを終え帰宅した。
この日の夜、拉致被害者を引き取りに来たガブリエルからツクモは真実を打ち明けられる。
ガブリエルが地球人に同情的な宇宙人であること、UFOの拉致被害を世間に知らせるために今回の騒ぎを画策したこと、そして本日をもってレジスタンス活動は次の段階に移行したこと。
明日にも秘密裏に継続されていたこのレジスタンス活動…拉致被害者を救出する作戦のことが販売元や政府関係者にばれ、機材や身柄を取り押さえられるだろう。そして…前回がそうであったように事なかれな権力者によって作戦は強制的に中止させられるだろう。
そうならないためにも今後はUFOに対してだけでなく、政府に対しても地下活動を行う必要がある。今夜のうちにこのゲーム会社からスキャナーゲートやPCなど必要な機材を持ち出して準備してある隠れ家に移ろう。
ガブリエルが語った打ち明け話の趣旨としてはこんなところだった。
◆
ツクモは近いうちに販売元や政府関係者にばれることを予感していて、半ば覚悟を決めていた。つまり強制的にレジスタンス活動が中止させられることを心のどこかで受け入れていた。
この展開は予想外だ。自分より上手の画策をする者がいて、自分が翻弄されていたことに自尊心を傷つけられた。ガブリエルが宇宙人?ホントに?疑う気持ちもあるが、ほっとしている自分もいる。
周りの人全員に嘘をつき、長らく無観客の独り相撲をしている気分だったツクモはガブリエルを全面的に信頼したい気持ちになっていた。いやダメだ。しっかり自分で考えろ。これまでもそうしてきたじゃないか。
寄りかかりたい気持ちをぐっと抑えて冷静に分析してみたがガブリエルが先ほど言っていた今後のことは大半がじっさいに起きるだろう。もし隠れ家なるものがあって、そこで独りで抱え込むことなくガブリエルと共に活動が継続できるなら、それはありがたい話なのかもしれない。
懸念されるのはゲーム会社のプロデューサーとしての地位を捨てなければいけないこと。
雲隠れすることになるので社会的な地位を失い、多分警察に追われる立場になること。
家族や友人を捨てなければいけなくなること。
ツクモにとってこれらは思ったよりも重要なことではなかった。家族や友人との関係はすでにほとんど破綻していたし、ゲーム作りの情熱もレジスタンス活動を始めてからというもの失われていた。ついでに言うならそうまでして始めたレジスタンス活動の方向性も見失いかけていた。
これらを断ち切りエンドーのために始めたこのゲームを一度 再起動して、レジスタンス活動を次の段階に移行させるという話は悪くないように思われた。
◆
拉致被害者救出作戦。レジスタンス活動。
DNA適合者。選ばれし者…
イッチはニヤけていた。
淀川の大きな橋の下で親友のホッタと漫才のネタ合わせをしている。観客はリトルリーグの昼休憩時間中と思われるどろどろユニホームの少年達が何人かと、オレ達の同級生あめりんだけだ。
あめりんは休日なのにわざわざ原チャリでここまで来てくれた。ベスパ的なオシャレな原チャリでだ。オレとホッタはチャリで来た。この少年達は親の車でかな?いや、交通手段はどうでもいい。
ネタはほぼ完成していて話す内容はもちろん、ツッコミの間も体に染みついている。オレはツッコミと賑やかし担当、相方のホッタがボケとネタ作り担当だ。
ホッタはネタの細かいチューンナップのことで頭フル回転中だろう。
オレはと言うとごっつさんと遭遇した昨日の出来事と今朝ツクモさんから来たDiscord連絡のことで頭が一杯だった。いや、正確には頭の中でウヒッとかデヘヘッとかノホホホッとか言葉にならない感情の波が漫才への集中力を取り囲み次々と押し寄せている状態だ。
感情を敢えて言葉にすると「虚栄心」「射幸心」「優越感」だろうか。
オレってゲーマー達にとっての憧れの存在、ごっつさん…OGと知り合いなんだぜ。
ゲーム遊ぶだけで高校生らしからぬ稼ぎを得て、しかもバイトリーダーもしてるんだぜ。
そしてそして、ツクモさんの言葉を借りるとオレ達は選ばれし者…本物のヒーローなんだぜ。
凄くない?
しかもそれは全部秘密にしなきゃいけない事柄で、今ここにいる相方も、オレを好きでいてくれてる子も、小さな野球選手達もそのことを知らない。
ホッタに怒られた。
ホッタ曰く漫才において重要なことがある。ツッコミ役は常識外れの発言を繰り返すボケ役に対して怒りや苛立ちをできるだけ大げさに表明する必要がある。それには…必死さが必要だ。
ボケは冷めてて良いが、ツッコミは絶対に必死じゃなきゃいけない。
今日のイッチはニヤけっぱなしで、それが明らかに不足していたし言わせてもらうとキモかった。
ネタ合わせが終わり、ささやかな観客達が帰った後ホッタはイッチにそれらの苦言を呈した。
イッチはホッタにすまないと思った。
オレは地球代表のヒーローだけど漫才も疎かにしちゃいけないんだ。
そしてヒーローだけどホッタやあめりんと青春を謳歌することも犠牲にしたくない。
イッチは賢くないが自分や周りの人が幸福に生きるための心の持ちようを心得ていた。
そして、日常と非日常のワークライフバランス(そんな難しい言葉でイッチは認識してないが…)に対して高い幸福値を出すためのコツを自然と身に着けていた。
高学歴で元プログラマでもありロジカル思考を持つはずのツクモが非日常に傾きすぎてバランス取りに苦しんでいる中、イッチはそれを何の気なしでやってのけた。
◆
世間に「符号(sign)」が発せられる事件があってから5日後、ツクモからの連絡を受け適合者1号~4号は集められた。
と言っても、いつものゲーム会社開発室にではなく大阪ミナミの繁華街にある某飲食店にだ。
事件翌日から今日までデバッグのバイトはキャンセルされており、久々にメンバー達が顔を揃える。
ツクモからは事前に短い事情説明のメッセージが送られて来ていた。
DNA適合者諸君へ
・あなた達は新作ゲームのデバッグをしていたのではない。
・大阪上空のあの巨大UFO内に囚われている拉致被害者を救出していたのだ。
・あなた達は選ばれし者と言える。
・全大阪市民の中であなた達5人だけがVR移送適性を持たDNA適合者だった。
・真実を伝えずに救出作戦へ加担させたことを申し訳なく思っている。
・私はこのUFOへのレジスタンス活動は正義を成す行動だと信じている。
・そして、あなた達は紛れもなく正義を成す者、”ヒーロー”だ。
・どうか真実を明かさなかった私を許し、引き続きご助力いただきたい。
・あなた達にも世間にも真実が明らかになった今、作戦のリブートが必要だ。
・必ず連絡するので、少しお時間をいただきたい。
・【追伸】DNA適合者5号はOG氏だ。彼が適合者だと私も最近知った。
ツクモより
イッチはこの数日ツクモからの上記メッセージを何度も読み返した。
そして事件当日の配信映像、UFOの異変を映したニュース映像を何度も見た。
また、UFO評論家のコメントやネットの噂などを手あたり次第読み漁った。
適合者同士のプライベートでの交流は守秘義務契約で禁じられていたため、お互いの連絡先も分からず不安な数日を過ごしていた。
◆
庶民的な佇まいの雑居ビルにある飲食店は入口に”準備中”の札が掛かっていた。
気にせず入れとの指示だったので店内に入る。店員の姿はない。
細い通路と大小複数の個室がつながりあった複雑な構造の店内を進むと、厨房近くに重そうな保冷室の扉を見つける。
この奥がイッチ達の新しい職場、レジスタンスの活動拠点だそうだ。
UFOに加え世間や政府の目からも逃れて活動をしなければいけない我々にとっての隠れ家だ。
イッチは高鳴る鼓動を胸にその重い鉄の扉を開けた。
(09月配信_七章_裏側、そしてリーダー交代につづく)





