小さな一振り
暖かい朝、こんなに心地の良い寝覚めは初めてだ。黒だった虹の心も今日は白なのだと確信できる。
「Good morning.」
静かな部屋に幸せが舞った。
軽いからだが食を求めて向かう。迎えてくれたのは笑顔の未来、或いは過去達。
「シンおはよー。」
「おはよー、シン。」
「おはよー。」
昨日までは毒だった言葉も今日は薬だ。
「おはよう。」
僅かに口高く返す俺を、村長やルミが微笑見る。
「良い顔しとるじゃないか。」
「ありがとうございます。」
照れ臭くも確かに言葉を紡いだ。
「シン、今日も一緒に勉強する?」
「シンは畑仕事、皆は剣の練習と勉強だ。」
「「「えぇ~。」」」
何人かががっかりしてくれる。それに応えたくて、
「今度また一緒に勉強しよう。」
と言う。
「「「うん。」」」
満面の笑みにこちらも嬉しくなる。朝食を噛み締め畑に向かった。
ビュッ。ビュッ。
畑から帰ってくると、素振りの音が聞こえる。誰が振っているのか音でわかる。何となく吸い寄せられて、少し遠めに眺める。
「シンもやってみるか?」
気付かれていたらしい。人間には本当に第六感でもあるのだろうか。会話しやすいよう少し近づいて、
「遠慮しとくよ。」
と断る。元気にはなったが、運動はそれほど好きではない。
「そういうな。案外楽しいかもしれないぞ?それに子供達と一緒に練習してもらうことになるかもしれない。」
「・・・分かったよ。」
あの笑顔を向けられて断る自信はない。少しでも知っておいた方が良いだろう。
ブオンッ。
重たい感触。子供達の方が軽やかに振っていたかもしれない。
ブオンッ。ブオンッ。
「難しいな。」
少し意地になって振ってみるが重たくて仕様がない。やはり剣のセンスが無いのか?
「重たいだろう?」
微笑を浮かべてルミが煽ってくる。また少し意地になり。
ブオンッ。ブオンッ。
と重たい音を振りまく。
「待て。次は握りを変えて振ってみろ。」
ルミストップがかかる。
「握りを変える?」
頭に疑問符を浮かべる俺の手をルミが動かす。
「親指と人差し指で柄を挟むように握るんだ。こうすると、握る力に加え、押す力がかかる。」
「・・・成程?」
言っていることは分かったが、これでどれだけ変わるのやら、
ブオッ。
剣が軽くなった。固まっていたらしい俺に、
「全然違うだろう?」
と少し嬉しそうなルミ。センスの問題ではなかったようだ。いや、こういうことに最初から気付いてしまう奴を、センスがあるというのかもしれない。しかしそんなことはどうでも良くなっていた。出来たのだから。この変化を味わえているのだから。
「案外、これだけなのかもしれないな。」
「?」
日本での暮らしを思い出し、少し後悔する。勉強や運動、芸術、多くの人が才能と努力という言葉に苦しんでいた。でも、ひょっとしたら、小さな違いを知らなかっただけなのかも。知っていたら、知れたら或いは・・・。
「ありがとう。良い経験になったよ。」
「?それはなにより。」
何の事かは分からない、けれど嬉しそうにルミが笑う。そのまま夕食までルミと剣を振った。