結婚式
姫の回復と二人の婚約は巡礼団に発表され、皆は大喜びした。教会の大小は問わない。問答無用で次の教会で結婚式をと全員一致で決めていたが、街道沿いの小さな村の教会までが、イスラム教徒との戦いで破壊されていた。次の教会も、そのまた次の教会もである。
こんな奥地の村の教会まで破壊するとは・・・。違う神を崇めているからといってここまでやりあう必要があるのか。
神は人間の思い上がりを打ち砕くため、バベルの塔を崩壊させ、人間の言葉も乱したと聖書にはあるが、聖地が誰のものなどと争うのではなく、また、教義内容が基本的に勧善懲悪でありさえすれば、多少の違いはよいではないか。互いの言葉でそれぞれの神を崇拝し、聖地を巡礼しあえばよいではないか。破壊は何も生まない。
多くの者が聖戦の名のもとに、戦死ではなく殉死と言われ死んだことだろう。これはどうみても破壊しあった末の無駄死だ。リチャードは戦争にかかわらぬよう心に誓った。
通りすがりの村はどこも悲惨だった。あの感染力の強い病気で遺体も葬られずに死滅した村もあった。そして孤児達や不作で食いはぐれた者達が彼らの食事の匂いで集まってきてしまうのだ。
寒さの中での貧しさも空腹も病気の苦しさも知っている隊長のリチャード以下、兵士達も巡礼団達も、彼らを追い払ったり見捨てるなどということはできなかった。次の大きな修道院か街の慈善院まで連れてゆくということになった。旅の先の行程も長いので、自分達の食事を減らして、分け与えていた。そしてその数は増えていた。
「主よ、この結婚に祝福を」
崖の突端に、教会の廃墟があった。廃墟ではあるが今までの中で一番規模も大きく、祝福するかのように洗礼盤が残っていた。今までで一番まともである。前夜の雨で、清らかな水がたまっていた。リチャードは指を浸すと十字を切った。隣には回復したコンスタンスが例の婚礼衣装を着て香炉を持ってひざまずいていた。盗賊から逃げ惑った時に転んだりバラの棘でかぎ裂きになったりして修復せねば売り物にならないので、銀器と共には売り出さなかったのである。結婚を誓う二人はもちろん、兵士たち、そして姫と日を前後して回復した巡礼団もみなひざまずき、祈った。すると大きな虹が空に二つもかかったのだ。
「おおお!」
長く苦しい旅を続け、自然現象に神を見るようになっていた。儀式だらけ、形式主義の教会の教えの中で、時間を守り、礼拝し、さまざまなミサに出席していたころよりも、信仰心が篤くなったと誰もが感じていた。
「神の祝福だ!」
「隊長、おめでとうございます!」
「コンスタンス様、なんとお綺麗な!」
楽しい祝福の宴は深夜まで続き、若い夫婦は冴え冴えとした満月の夜に結ばれた。
何度も夢中で愛し合い、彼女は妊娠を予感した。
「ああ、私、あなたとよく似た可愛い男の子を何人も産みたいの。あなたのお母様はなんとおっしゃるかしら?」
「天国で喜んでいるに決まってる」
「そうだといいのだけれど。私、死ぬかもしれないと思った時、あなたのお母様らしき方に宇宙空間で会ったの。その時ご不興をかったみたいなの」
「宇宙空間で? 母が私の大切な人を気にいらないわけはない」
「私、修道院にいたころ、天文学をさんざんやっていてふと思ったの。修道女達はやれ天国はすばらしい楽園だ、懐かしい家族や友人たちと再会できるとか言っていたけど、誰も見てきたわけじゃない。死後の世界が何もない、誰もいない虚無の宇宙空間だったらどうするのって思って怖かった。病気でもう死ぬのかって思った時、急に体が楽になったと思ったら、案の定その宇宙空間にきてしまったの。両親はおろか誰もいなかったわ。私は未来永劫たった一人でここを彷徨う寂しさに泣きそうになっていたら、目の前に一人の女性が現れたの。女性にしてはかなり背が高く、青い服に白いエプロンをかけていた。白っぽい金髪をたらしていて、腰に手を当てて怒っていた。私に向かって何やら大声でどなったんだけど、言葉が違いすぎてわからなかった。私の肩をグイッとつかみ、方向を変えたの。あなたが私にすがって泣いているのが見えた。自分が死んだんだってわかったわ。その瞬間彼女は大きい木靴をはいた頑丈な脚で私の背中を容赦なくガシッと蹴って、気が付くと自分の体に戻っていたの」
「それは私の母だ! 間違いない! 村の普通の女の人達より頭一つ分背が高く、脚も大きくて、いつも大きな木靴をはいていた。青いドレスは母の気に入りだった。私達の村は北方からの移住してきた民族の村で、母は怒ると生国の言葉になってしまうたちだった。近所の子供でも留守中に酒の盗み飲みなど悪いことをするとその大きな木靴で蹴って躾けていた」
「躾だったのね」
病気療養中になかば本気で略奪婚を考えていたのがリチャードの母にバレて、木靴で躾されたのかも。
「まさか。母があなたの心音が止まって泣き叫んでいた私に気付いて、すかさず飛んできて、あなたを戻してくれたんだ!」
「でも、その時言われた言葉が問題よ。最初泣いているあなたを見せられて、「うちの子を泣かせたわね!」って言われたと思った。でも指輪を見て「うちの子をたぶらかしたわね!」って言われたような気もしたの」
「大丈夫。母はパンを焼けば必ず貧しい人に分けてあげるし、善は急げの人だから、時には自分の分まで上げてしまう人だった。常に村に困っている人がいないか気を配る優しくて頼りになる人だった。緊急事態に気が付いて大急ぎであなたを戻してくれたんだ」
新婚家庭の馬車にほど近い藪に潜む者たちがいた。
「隊長は母親似だったんですね」
「乳母殿、この期に及んで何か反対されるおつもりか?」
「逆ですよ。結婚についてもっとあれこれお教えしとけばよかったと」
「案ずるより産むがやすし。今のところ上出来のようではないですか」
「家具職人のだんな! あんたにのぞきの趣味があったなんて!」
「まさか!この道四〇年、七つの時から親父について家具を作ってきたが、荷馬車で移動できるような収納付き組み立てベットなんて初めて作ったから不具合が生じてないか気になって来ただけだ。本当なら私の得意とする華やかな彫刻を施した四本支柱のある天蓋付ベットを献上したかったんだが、重量の問題もあってあの馬車では積みきれない。あんたこそなんでここにいる? 普通花婿の父はめでたさの余りぶっ倒れるまで酒を飲むと相場は決まっているじゃないか?」
ゲオルクは
「そんなこと言ったって気になったんだよ。普通若い男は我慢ができなくて、野蛮人みたいに花嫁に襲いかかって、翌朝「思いやりのない方!」なんてビシッと言われて、ツーンってされて初めての喧嘩なんてことになりかねないだろ? 仲裁してやらにゃあと思ったんだよ」
「みんな、こんなところで何やってんの?」
「げ、いやなにその」
宴会の騒音で起きだしてきた子供に、ゲオルクがたじたじとなっていると、家具職人は気取って言った。
「愛と美と高貴に満ちた夜想曲を聞いておる」
「さすが王室御用達商人! 風流な言い方だね」
夜のしじまを破る優しいそよ風のような姫のため息がまた聞こえ始めた。
「世界は二人のためにある、とも聞こえるな」
「その曲名はナイン・タイムズじゃ」
「老兵のおっちゃん! いつからそこで数えてたの!」
「みなさん!」
気取った声がした。振り返ると胴元夫人が立っていた。
「若夫婦のじゃまだてをする人は、生まれてくる赤ん坊の性別当ての勝負に参加させてあげませんことよ!」
「イエス、マム! 今戻るところだったんです!」
男達も子供もあわてて自分のいるべき場所に戻った。男達は宴会の続きに。子供は自分の寝床へ。