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空色、と聞いたらまず何を思い浮かべるだろうか。
日本で空色と定義されているのは明るく淡い青色であるが、僕はそうは思わない。
僕にとって空の色は夜の藍色と夕焼けの残した金色が混ざりあったあの色。
太陽が沈んだあと、数十分だけ訪れる魔法の時間。
赤、黄色、ピンク、緑、水色、紫、青…数え切れないほどの色彩が柔らかく混ざりあったあの時間。
マジックアワー。
僕はあの空と、空が反射した海を見るのが好きだった。
どれだけ心がボロボロでも、それを美しいと感じられるうちはまだ大丈夫だと、そう思えた。
きっと、ただ綺麗だから好きなのではなく、僕はマジックアワーに親近感を覚えていた。
僕は女の子だ。
生まれてから十数年間、朝から晩まで毎日ずっと。
女の子のはずだった。
いつだろうか、自分の性別に違和感を感じたのは。
いつからだろうか、スカートが履けなくなったのは。
僕は可愛いものが好きだ。
量産型とか、地雷系みたいなかわいい服、ふわふわしたもの、綺麗に編まれた長い髪、大きなぬいぐるみ。
でもそれを身につけるのは僕じゃない。
僕が好きなのはパーカーとズボン。スカートを履きたくないから制服のない高校に進学した。
矛盾してる?
かわいいものが好きなら女でいい?
違う。
勘違いしないで欲しいのだが、別に僕は男の子になりたい訳では無い。
ただ、女の子でいたくないだけ。
女の子でも男の子でもない1人の人間が、かわいいものが好きなだけ。
性別とは空の色のようなものだと僕は思う。
一日たりとも同じ空がないように、一人一人少しづつちがう性別があると。
例えば、女の子が夕焼けの赤で男の子が夜の青だとしよう。
大体の女の子は赤、もしくはピンクだろうし、男の子は青や藍色だろう。
でも僕はちがう。
僕は緑だ。昼と夜の中間、どちらでもない色。混ざりあった紫にもなれない色。
自分でもよく分かっていないのだから、他人はもっと分からないのだろう。
きっと理解して貰えないし、理解できるような説明もできない。
だからこのままでいいのだ。
親にも友達にも言うつもりは無い。一人称だってここ以外では「僕」だなんて言わない。
墓場まで、いや、来世まで持っていくつもりだ。このままでいい。
でも、誰でもない誰かに知っていて欲しかった。
女の子になれない僕がいた事を。
だんだん擬態するのに慣れていって、思ってもいない言葉が躊躇いもなく口から出ていくようになった。
「彼氏欲しい」とか「女子力あげないと」とか。
怪しまれたら最後、無駄に傷つくだけだから。
赤い服を着て、緑の僕を隠さないと。
たとえそれがハリボテでも。
それでも、夕焼けにも夜にもなれない魔法の時間は、あの一瞬だけは、僕が僕でいることを許してくれる。
本来存在しないはずの緑を受け入れてくれる。
そんな気がする。