町にやってきた強くてカッコイイ美剣士、ただし自分の剣にドヤ顔で「ヨクキレール」とか名付けてる
王国の片隅にある、これといった名物もない小さな町。
この町の名物をあえて選ぶとすれば、町唯一の酒場で毎日のようにお客に笑顔をふりまく看板娘・アニタだろうか。
赤みのある長い茶髪を結わいて、エプロンをつけ、酒場の中を駆け回る。
「おーい、酒持ってきてくれ!」
「ピーナッツちょうだい!」
「水くれえ……飲み過ぎた……」
「はーいっ!」
一癖も二癖もある客たちの注文にも元気よく応じる彼女は人気も高い。
アニタ目当てで酒場に通ってる客も多い。もっとも酔客の口説きに乗るような彼女ではないが。
ある日、酒場の主人でもあるアニタの父が会心の大声を上げた。
「できた!」
「どうしたのお父さん?」
「新しい酒ができたんだ。飲んでみろ」
アニタの父は前々から町の名物にするため、酒造に挑戦していた。それがついに実を結んだのだ。
淡いオレンジ色をした酒を、アニタが口に含む。
「どうだ?」
「……おいしいっ!」
「だろ?」
「とってもフルーティーで、飲みやすくて、これ流行るよ!」
満足そうにうなずくアニタの父。
「さっそく名前をつけようよ!」
「名前かぁ……俺、どうも苦手なんだよな。お前の名前も死んだ母ちゃんがつけたし」
「あたしもネーミングには自信なくて……。あ、そうだ。だったら誰かお客さんにつけてもらおうよ」
「そうだな。常連の誰かに……」
酒場のドアが開き、カランカランとベルが鳴った。
アニタが接客に出向く。
「いらっしゃ――」
アニタは固まってしまう。
入ってきた客の容姿に驚いたのだ。
髪は美しい銀髪、海を思わせる青い瞳、透き通るような白い肌、中性的な整った容貌をしていた。軽装ではあるが鎧をつけ、装飾の施された剣を持っている。
天界から下りてきたと言われても信じてしまうような、田舎町にはあまりにも不釣り合いな存在だった。
「どこでも座っていいのかな」
「は、はいっ、どうぞ!」
アニタもつい緊張してしまう。
銀髪の剣士は酒を注文したので、アニタは父のもとに酒を取りに行く。
「すげえのが来たな」
「うん、あんなカッコイイ人初めて見た!」
「そうだ。せっかくだしさっきの新酒を出してやろう」
「あ、それいい!」
あの剣士の舌を満足させることができれば、この酒はきっと流行る。そんな気がした。
「どうぞ」
「ん? 見たことない酒だな」
「実は父が作った新酒でして。ぜひ飲んで頂けないでしょうか」
剣士は快諾し、酒を一口飲んだ。
「いかがでしょう?」
「うん……うまいよ。今まで飲んだ酒の中でも上位に入る」
予想以上の高評価だった。酒は剣士の心をつかんだ。アニタはこのチャンスを逃したくはなかった。
「あの、剣士さん。あたし、アニタって言います。あなたのお名前は?」
「俺の名はリュードという」
「リュードさん。いいお名前ですね」
「そうかな。あまり気に入ってはいないんだけど」
そっけなく答えるリュードの横顔。そこにまたアニタは惹かれてしまう。
もっとお話ししてお近づきに……と思ったその時。
「アニタァ!」
客のチンピラがアニタに絡んできた。
せっかくいいところだったのに……と心の中で舌打ちするアニタ。
「俺と結婚してくれよ!」
「だから、あんたとなんか結婚したくないってば」
いつものことである。何十回も繰り返されたやり取り。が、今日は少し様子が違っていた。だいぶ悪酔いしているらしく――
「俺のもんにならねえなら、ブン殴る!」
懐から棍棒を取り出した。
「ちょ、ちょっとやめてよ!」
「うるせえええええ!」
殴りかかってくるチンピラ。他の客も事態を察して止めようとするが、間に合いそうにない。頭を両手で覆うアニタ。
しかし、棍棒が頭に振り下ろされることはなかった。
斬られていた。
一瞬で棍棒は切断され、チンピラが握っている箇所以外の部分は床に落ちた。
やったのはもちろんリュードだった。
「へ……?」事態を把握できていないチンピラ。
リュードはさらにヒュヒュヒュッと剣を振るう。
すると、チンピラの服だけが器用に切り裂かれ、半裸のような状態になってしまった。
「ひえええええっ!?」
「涼しくなって、これで少しは酔いも覚めたろう」
「てめえ、なんてことしやが――う!」
切っ先がチンピラの喉元に突きつけられる。
「棍棒と同じ目にあいたいのか?」
「ひっ……すんませんでしたぁ!」
逃げていくチンピラ。こんな目にあってはもう町ででかい顔はできないだろう。
「ありがとうございました!」お礼をいうアニタ。
「いや……災難だったな」
当然のことをしただけ、といった態度のリュード。そこがたまらない。アニタは心の中で舞い上がってしまう。ああ、この人こそあたしの王子様なんだわ、という具合に。
「お強いんですね」
「昔は王国軍に所属していた」
「どうりで……。ですが、どうして辞めてしまったんですか?」
「周囲から変わり者扱いされることが多くてな……。民を守るならば何も兵士でなくともできると、旅の剣士になったんだ」
アニタは分かる気がした。彼ほどの強さと容姿を備えていれば、嫉妬した者から「変わり者」扱いされることは多いだろう。出る杭は打たれるのが世の常なのだ。これ以上詮索するのは悪いと思い、話題を変える。
「それにしてもこの剣、すごい切れ味ですね!」
「まぁな。特注の剣で、名前も自分でつけた」
「なんて名前をつけたんです?」
「ヨクキレールだ」
――ん?
「あの……もう一度……」
「ヨクキレール。いい名前だろう」
冗談などではなく、心の底からそう思ってる笑顔に、アニタは絶句してしまう。
「あとこの鎧にも名前をつけている」
聞いてないのに語り出した。
「カッタインだ。丈夫そうで、いい名前だろう」
「は、はい……」
「このブーツはハヤクハシレールと名付けて……。このグローブはニギッル……」
「……」
リュードは恩人である。容姿も美しい。それは疑いようのない事実。
しかし、なぜだろう。アニタは自分の中の恋心が急激にしぼんでいくのを感じていた。
「そういえばさっき、自分の名前があまり気に入ってないと言ってましたけど、どういう名前になりたいって思ってます?」
「ふむ……タヨレール・ケンーシといったところかな」
期待を裏切らない回答だった。いや裏切ったのかな。どっちだろう、とアニタは思った。
そこへアニタの父がやってくる。
「おう剣士さん! さっきは娘を助けてくれてありがとう!」
「礼を言われるほどのことじゃない」
こういうことを言わせると相変わらずかっこいい。
「ところで、あんたを見込んで頼みがあるんだが、さっきあんたが飲んだ酒、名前がまだないんだ」
「そうだったのか」
「だからさ、あんたが名付け親になってくれねえかな?」
目を輝かせるリュード。どうやら本当に名付けるのが好きらしい。王国軍で変人扱いされた理由も分かってきた気がする。
リュードの話を聞いていたアニタは、慌てて止める。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよお父さん」
「なんだよ」
「旅の人にそんなことさせるのは悪いよ。ねえ、リュードさん?」
「いや、俺としては大歓迎なのだが」
まずい……こりゃまずいぞ。せっかく父が生み出した美酒に珍妙な名前がつけられてしまう。
かといってリュードは恩人だし、どうにか彼を傷つけず名づけをやめてもらう方法は……とアニタが考えていると――
悲鳴が起こった。
町で何かあったようだ。リュードが真っ先に飛び出し、アニタも後に続いた。
***
「俺たちは盗賊団『影』のもんだァ!」
バンダナをつけた人相の悪い首領が怒鳴っている。
「町で暴れられたくなきゃ、食い物と金目のもん持ってこいやァ!」
彼が率いる軍団は、屈強な男揃いであり、暴れられたら町の被害は甚大なものになることは間違いない。
――と、ここで出てきたのはさっきリュードに懲らしめられたチンピラ。
「ふざけんなよ……。俺も多少裏社会にゃ詳しいが、『影』なんて聞いたこともねえ! 俺がブッ潰してやる!」
さっきかいた恥をここで挽回とばかりに、首領に殴りかかるが――
「邪魔だ!」
ボゴォッ!
一撃でノックダウン。名誉挽回どころか恥の上塗りになってしまった。
「こうなりたくなきゃ、さっさと金出しなァ!」
荒事に慣れてない町である。みんな大人しく従おうとする。
そこにリュードとアニタがやってきた。
明らかに強そうなリュードの登場に、場の空気が変わる。町の住民は安堵し、盗賊たちは緊張する。
「剣士として、お前たちのような悪党は放ってはおけないな」
「何者だてめえ!」
「俺の名はリュード。そしてこの剣は――」
アニタは「それは言わない方が」と心の中でつぶやく。
「ヨクキレールだ」
場が静まり返る。そして――
ギャハハハハハハッ!!!
大笑い。盗賊はもちろん、町民にも失笑してしまってる者がいる。アニタはあちゃ~という感じで顔を手で覆う。
だが、リュードは気にする様子もない。
「お前ら下衆に、この剣の素晴らしさは分からんか」
「分かるかよ! 強そうに見えたが見かけ倒しか! みんな、あいつをやっちまうぞ!」
盗賊たちがリュードに襲い掛かる。
が、リュードは涼しい顔で構えを取る。
「この“マケナーイの構え”を取った以上、お前たちに勝機はない」
構えそのものはカッコイイのに……とアニタはリュードの正気を疑う。
「ゆくぞ……必殺・イチドキル!」
ザシッ!
斬られた盗賊が悲鳴を上げて倒れた。
今度は二人がかりで飛びかかってくる。
「ニドキル!」
ズババッ!
二連撃で二人同時に倒してしまう。
「散れっ! 三方向から襲いかかれぇ!」
首領の指示で、手下がその通りに動くも――
「無駄だ……サンカイキール!」
三方向からの襲撃も返り討ち。
アニタは「そこはサンドキルじゃないのかよ!」と叫びそうになる。
その後もそのままな名前の技が次々繰り出され……
「カイテンシナガラキール!」
「ぐああっ……!」
回転しながらの斬撃で、ついに首領も倒された。
ここで町民の一人が気づく。
「盗賊たち……みんな生きてる!」
そう、首領を始め、死者は出ていなかった。斬られてはいるが、動けない程度の怪我に抑えられている。リュードほどの腕でなければ、こんな芸当は不可能だ。
「なぜ……殺さなかった」と首領。
「お前たちが生粋の盗賊だったら容赦はしなかった。が、おそらく食い詰め者たちが徒党を組んだだけの集団に過ぎないだろう」
「――!」
「本物の盗賊なら、金目の物を持ってこいなんて回りくどいことはせず、いきなり町民を殺したり火をつけたりしただろうからな」
「そういえば確かに……」アニタも納得する。
「北の鉱山が閉山したと聞いたことがある。おそらくそこの連中が食うに困って、『影』などと名乗ったんだろう」
彼らの屈強さや、チンピラが知らなかったことにも説明がついた。
「俺たちを……どうするつもりだ……」
「ここへ行け」
一枚の紙を手渡す。
「力仕事ならいくらでも斡旋してくれるギルドだ。リュードという名を出せば、悪いようにはしないはずだ」
「あ、ありがとう……!」
「ああ、それとお前たちにもう影なんて名前は相応しくない。新しい名前をつけてやろう」
「え……」
「影が光の当たるところに出たのだから……アカルーイヤーツラなんてのはどうだ?」
「は、はい……ありがたく」
こうして『影』改め『アカルーイヤーツラ』は、いくらかの食料を恵んでもらうと、ギルド目指して旅立った。
実際彼らの表情は明るくなっており、今後の成功を予感させた。
盗賊を殺さず退治し、就職先まで世話してあげたリュードに、アニタは感心していた。
「リュードさん、お願いがあるの」
「ん?」
「お父さんが作ったお酒に……名前を付けて欲しいの」
リュードは頷くと、酒に名前をつけ、町を旅立った。
まだ見ぬ、苦しんでいる人たちを救うために……。
***
王国の片隅にある、小さな町。
この町には、それ目当てで訪れる客があるほどの名物があった。
酒場の看板娘・アニタと――彼女の店で振舞われるお酒である。
「おーい、アニタちゃーん!」
「はーい!」
「名物の酒をくれー! チョーウマーイ!」
「はーい! お父さん、チョーウマーイ出してー!」
「あいよー!」
旅の剣士リュードが名付け親となった酒『チョーウマーイ』は今日も大人気。
おかげで町もすっかり栄えた。
アニタは酒場で忙しく働きながら、いつかまたリュードがこの町に立ち寄ってくれる日を心待ちにするのだった。
おわり
何かあれば感想等頂けると嬉しいです。




