3人目の犠牲者
『リオサカセ』を後にした三人は、再びアリューシャの家を目指してのんびりと歩み始めた。もともと遅かったペースは、お腹いっぱいになったことでさらに遅くなってしまったが…。
俺達はアリューシャに気取られないように、脇道にそれたりしながら気をつけて尾行を続ける。ふとカレンが港の方に目を向けた。アマユキもそちらを気にしている。
「どうか…されましたか?」
「いや…何でもないよ」
異常に気が付いていないアリューシャに聞かれ、カレンは頭を振った。
もちろん、何でもなくはない。アインラスクにいる軍の魔法戦士なら、誰もが気付いているはずだ。今日はやけに多いのだ…呼び笛が吹かれる回数が。ライラリッジと比べるとアインラスクの治安が良くないのは確かだが、それにしたって多すぎる。何かが…間違いなく何かが起こっている。
でも、それが何なのかが分からない。言いようのない不安を感じながら、俺達はアリューシャの家へと歩いて行った。
「ここなんです…」
『リオサカセ』からそう遠くない所に、アリューシャの家はあった。よく言えば閑静な、悪く言えばひなびた通りの一角だ。
ここはアインラスクでは定番の、隙間なく家々が建てられている通りではない。平屋の家々が立ち並ぶ通りは、時代の流れから取り残されたような…そんな雰囲気がある。アリューシャはここを田舎の古臭い場所と見ているらしく、ちょっと恥ずかしげだ。
「閑静でいい所だね」
気配り名人のカレンさんは、もちろんいい意味でこの通りを評した。
「閑静だなんて…そんな…」
それはアリューシャの胸をさらに高まらせているようだが。
そんな二人をアマユキがにやにやしながら見つめている。だが、同時に何かを感じているようだ。それは俺も感じている…外れてほしいと願いながら。
「お母さん、ただいまー」
アリューシャが元気よく家の中に入っていく。だが、返事はない。おかしい…静かすぎる。
「…お母さん?」
アリューシャも何かがおかしいと感じたのか、不安そうに呼びかける。その声に応える者は…いない。
「待って、アリューシャ」
アマユキがアリューシャを呼び止め、流れるような動きでその前に出た。アマユキはもう確信している。
『分かるわよ。分からなければ生きていけないわ、フォンラディアではね』
あの時のアマユキの声が思い出される。そう、アマユキは確信しているんだ。もう距離をとる必要はない。俺達も急いでアリューシャの家に向かった。
アマユキは躊躇うことなく奥へと入って行き、寝室と思しき部屋の前で立ち止まった。
「そこ…お母さんの、寝室なの…」
アリューシャの声が震えている。アマユキがドアを開け、中に入った。同時に俺も不可視の錫杖を中に飛び込ませる。
ああ…やっぱり…。アリューシャの家の前に着いた俺は、思わず天を仰いだ。そこには胸を真っ赤に染めた1人の女性が、ベッドの上で横たわっていた。
「お母さん…お母さん!いやー!」
アマユキを押し退け、アリューシャが母親のもとへ駆け寄った。
『既に死亡しています』
魔剣の非情な宣告、言われなくても分かってるよ!そんなこと。
「アリューシャ…」
さすがのカレンも、何と声を掛けたらいいのか分からないようだ。振り返ったアリューシャはカレンに縋ってわあわあと泣き始めた。カレンがその背中にそっと手を置き、さすってやる。
くそっ!俺は身を沈め、両足に力を込めた。流水の動方・激流と、動かせるだけの筋肉を動かし、そこで生み出された力を繋いでいくと、思いっきり大地を蹴った。
ドンッ!
爆発じみた音が上がり、俺はアリューシャの家よりも高く飛び上がってしまった。やりすぎちまったような気もするが、事ここに至ってはどうでもいい。空に出現させた不可視の盾を蹴り、軽やかに舞う羽毛のようにゆっくりと屋根に下り立つと、四方に不可視の錫杖を飛ばした。
そして、いつでも抜けるように魔剣をこの世界に引っ張り出し、凶行に及んだヤツラを突き止めようとする。どんな些細な変化も見逃さない自信はあった。あわよくば捕縛しようと身構えてもいた。でも、何も見つけることはできなかった。俺達は…間に合わなかったのだ。
アマユキとカレンにアリューシャを任せておけばよかったのだ。俺達がさっさと家の方に向かっていれば、この惨事を防げたかもしれない。何をやっているんだ、俺は…いや、俺達は!やり場のない怒りで頭が真っ白になってしまう。
「落ち着けよ、ショウ」
そんな俺に、低く突き刺すような声が話し掛けてきた。誰だ?




