接触
特に何事もなく、アリューシャは次のお得意さんのもとへ辿り着いてしまった。その間、アマユキは何もしないしカレンもティアリスも何もしない。お前らの策ってなんなんだ?建物に入ると、カレンは俺を連れて受付へと向かった。今度は何をするのやら…。
「私はアインラスクの魔法戦士カレン・グランシェール。この浴場の許可に関して疑義を唱える匿名の通報があった。証書の確認をしたいので見せてもらえるかな?」
カレンがやや威圧的に名乗り、証書の提出を求めた。
それを横で聞いている俺は無表情を貫いたが、内心では突っ込みを入れまくりである。いやいや、お前はライラリッジの魔法戦士でそもそも匿名の通報なんてないぞ。つまりカレンが言っていることは、何から何まで出鱈目だ。
「わ、分かりました…少々お待ちください」
カレンの有無を言わさぬ迫力に気圧され、受付をしていた若い衆は奥へ下がった。
このやり取りは意味不明だが、ここはカレンに任せるしかないだろう。だから、俺は自分にできることをするべきだ。まずは不可視の錫杖でアリューシャの様子を確認すると…ここでもアリューシャは可愛がられているようだ。特に問題はないね。
別の不可視の錫杖でユリーシャ達を確認すると…ユリーシャにとってもこの状況は意味不明なのか、ポカンとしている。ユリーシャの左側にはアマユキが立っているが、こちらの表情は読めない。ユリーシャの右隣に立つフェリシアさんは、いつものように穏やかな表情だ。少し顔は赤いが、ようやく興奮も収まったみたいだ…これからはまともに仕事をしてくれるだろう。
ただ、アマユキにせよフェリシアさんにせよ、何かを隠そうとしているように見える。そういえば、ティアリスはどこだ?不可視の錫杖を操作してティアリスを捜すと…いた。しゃがんで何やらゴソゴソしている。コイツもコイツで何をしているのやら…。
そうこうしているうちに若い衆が証書を持ってきた。カレンがそれをもとにいくつか質問をして、礼を言った。
「特に問題はないようだな。ありがとう」
「い、いえ…」
年下の女の子のファンが多いカレンだが、もちろん男にもモテる。この若い衆にはストライクだったようで、照れまくっているね。
この訳の分からないやり取りの間にティアリスは作業を終えたらしく、ユリーシャ達はちょうど浴場から出ていくところだった。それなら俺達も出ていいだろう…何をやったのかはよく分からなかったが。
今いる浴場は斜向かいが軍の詰所になっているので、俺達はそこで待たせてもらうことにした。おそらくクランドールが通達を出しているのだろう…素性は明かしていないのに、応対した見習い魔法戦士はガッチガチだ。すまんな。
しばらく待っていると、アリューシャが浴場から出てきた。アマユキがカレンに目配せをしている。今度こそ何かやりそうな雰囲気だな…。
再びアマユキの尾行が始まり、引き続き不可視の錫杖でアリューシャを見守り、そして俺達も尾行する。アリューシャはしばらく普通に歩いていたが、その歩き方が急におかしくなった。右足を気にするような歩き方だ。どうした?怪我でもしたのか?
不可視の錫杖を使ってアリューシャの表情を確認すると…どこかを痛がっているという感じではないね。ちょっと困っているようだ。
「どうかしたの?大丈夫?」
そんなアリューシャにアマユキが近付き、親身になって話し掛けた。
「靴ひもが…切れてしまったようで」
アリューシャはバツが悪そうに答えた。
アリューシャにとってはなんとも間の悪いタイミングだが、俺達にとってはいいタイミングだ。都合がよすぎる気もするが…グッジョブだぜ、靴ひも!などと心の中で喝采を送っていると、魔剣が本当のことを教えてくれた。
『あの靴ひもはティアリス様が細工をしたものです』
そ、そうなのか…。さっきいた浴場でなんかしてるな…とは思っていたが、そんな細工をしていたんだな。それは犯罪ですよ、ティアリスさん。ここは大目に見るけどさ。
おそらくこの手の小細工は、レガルディアの魔法戦士にとって常套手段なのだろう。だから、魔法戦士の三人はすぐに行動できたのだ。フェリシアさんも、まともな時だったらカレンの策をすぐに理解したんじゃないかな…。何にせよ、怪しまれることなくアリューシャと接触することができた。ここまでは上出来だ。




