ファーストコンタクト
窓際の椅子に座り、テーブルの上に魔剣を置いた俺は、どうしたものかと考え込んでしまう。この魔剣はただの武器ではない。比喩でもなんでもなく、俺の相棒になるものだ。つまり、第一印象がとても大事になる。
どういう風に声をかけようか?「おい、魔剣!」はさすがにエラソーだな…。肩を叩いて「もしもし」はどうだ?いや、肩がないし…。「すいません」が当たり障りなくていいか?ちょっと他人行儀すぎるかもしれんが…。
『お初にお目にかかります、ショウ様。これからよろしくお願いします』
魔剣を前にああでもないこうでもないと考え込んでいる俺に、カーナビの合成音声のような聞き取りやすい声が頭の中に響いた。
「お、お前が魔剣なのか?」
俺は思わず声に出して尋ねてしまった。
『声に出さなくても大丈夫です』
魔剣の的確な指摘に我に返る俺、何やってんだか…。
(魔剣は…どうやって使ったらいいんだ?)
最も知りたいことを、今度は声に出さずに尋ねてみた。
『魔剣とは新たな術式魔法を創造する術式魔法の装置です。創造したい魔法を心の中で思い描いてください』
なるほど…概ねユリーシャの話してくれたことと一致しているな。ふと、俺はある可能性に気が付いた。おそらく無理だろうが、確認しておく必要はあるだろう。
(神隠しの魔法を創ることはできるか?)
『申し訳ございません。神隠しはその原理が未解明な為、創ることは出来ません』
でしょうね。ユリーシャもできないと言っていたもんな…予想通りではある。落胆はない。
しかし、ここは後学のために何か創っておきたいところだ。過去に遊んだことのあるファンタジーRPGの魔法で、ポピュラーなヤツならできるだろう。となると、アレしかないな。
(じゃあ…ファイアボールならできるか?)
『承りました。暫くお待ち下さい』
おお、できるのか!何かワクワクしてきたぞ。
『新たな術式魔法の創造が完了しました』
程なくして、魔剣からのメッセージと共に脳内に視覚的に魔法の概要が見えてきた。
術式魔法名:燃え盛る炎の豪球
術の概要:炎の球を爆発させ半径3m以内のものにダメージを与えます。有効射程距離は20mです。
うん?何じゃこりゃ?いや、思っていた通りの魔法であることは間違いないのだが…その、名前がね。ファイアボールじゃ駄目なの?
『申し訳ございません。既に同種の魔法がこの名称で登録されているので、それ以外の名称で登録することは出来ません』
そ、そうなのか。じゃあ仕方がない。しかし、この名前を言うのは…。
『術の発動に正式名称を言葉に出す必要はありません。心の中で唱えるだけで充分です』
助かった…俺は心底ホッとした。使うときは恥を忍んで心の中で唱えることにしよう。
ファイアボールができるなら当然、フリーズブリットもできるよな…どんな名前で登録されているかも気になるし。何だか楽しくなってきたぜ。あれもこれも創ってもらおう!そう思っていた時だった。
コンコン
誰かが俺の部屋のドアをノックした。いいところなのに…一体誰だよ?内心でぶつくさ文句を言いつつドアを開けると、そこにはカレンがいた。
「ユリーシャ様が、くっ…ショウに話があるそうだ」
何だ?カレンの野郎、人の顔を見て笑いそうになっていやがる。失礼なヤツだな…。だが、その理由はすぐに分かった。
「あっ、あの…先程の魔剣なんですけど、まだPMDができていないので…その…」
何だ?ユリーシャ、そんなに焦っていたら何を言いたいのかさっぱり分からんぞ。お前は少し落ち着け。カレンが笑いそうになるのを堪えていたのは、この焦りまくりのユリーシャのせいだな。
「落ち着けよ、ユリーシャ…何があったんだ?」
俺は目線の高さを揃えながら、優しく聞いてやった。
「い、いえ…大丈夫です…」
少し顔が赤いが、ユリーシャは落ち着いたみたいだ。意外と手が掛かるね。
「魔法戦士に必要なのは魔法剣、ショウの場合は魔剣ですが…それだけではありません。PMDも必要なのです」
「PMD?」
聞きなれない単語に、俺はおうむ返しで聞き返してしまう。
「えっと…例えばカレンが着ている服は一見するとただの服に見えますが、実際は硬い皮鎧と同じくらいの防御性能があるのです」
マジで?そりゃすげえな!
「PMDがないと、自分が使った魔法で自分が傷つくことだってあるのですよ?」
そ、そうですか。それはヤバいですね…。
「ですから、ショウのPMDができるまでは、魔剣は使わないで下さいね」
「分かったよ。それで…俺のPMDはどれくらいでできるんだ?」
ユリーシャは視線を宙にさまよわせ、少し考え込んだ。
「明日の…夕方までにはできると思います」
「分かったよ。ありがとう」
専門家に言われたとあってはしょうがない。明日の夕方までは使用禁止だ。
「い、いえ……あの…」
ユリーシャには、まだ伝えたいことがあるようだ。
「そ、それでは…」
次の言葉を待っていた俺に、何やら歯切れの悪い言葉を残してユリーシャは帰っていった。