お守りと子孫
昨日は通りすがりにチラッとしか見なかったルアンザラーン商連合の館は、水平線や半円を取り入れた軽快でバランスのとれた様式が魅力的な建物だ。基本的にはシンメトリーを重視し、幾何学図形を基調としたバランスの取れた造形は、凝りすぎることなくシンプルだな。
「端正でありながら華麗な館ですね」
ユリーシャの一言が、すべてを表していると言っても過言ではないね。
どこを切り取っても絵になると云われるセルゲイザル通りの一角に位置していることもあり、この館の周辺は観光客で賑わっている。まさか観光以外の目的で訪れることになるとは、思わなかったけどね。
約束の時間通り、13時過ぎに館を訪問するとメイドさんが奥の部屋へ案内してくれた。そこには年配の女性が待っていた。
「ユリーシャ・リム・レガルディアです。今日はお忙しい中、時間を割いていただきありがとうございます」
「ナターリア・ルアンザラーンと申します。この度はこのような鄙びた館に足を運んでいただき、ありがとうございます」
ユリーシャが深々と礼をすると、年配の女性ナターリアさんは少し虚を突かれたものの、美しい一礼を返した。その一礼は付け焼き刃の俺の礼とは違い、洗練されている。ナターリアさんに勧められ、ユリーシャが席に着き、俺とカレンがその後ろに立った。アマユキ、ティアリス、フェリシアさんは部屋の外で待機だ。
「半年前の事件でお尋ねしたいことがあり、お伺いしました」
単刀直入にユリーシャが用件を伝えた。
「あれは…病死ということになったはずですが」
ナターリアさんも真実を知っているので、表情は曇っている。
「何もなければ私達もその件を蒸し返すつもりはありませんでした。しかし、昨日の午前中にペスカード市場でファゼルという男性が、毒を持つ生物による刺咬症で亡くなりました」
それはソルタスの本当の死因だ。その話を初めて聞いたのだろう…ナターリアさんも驚きを隠せない。
「まさか…ファゼルさんが…」
妙な反応だな。ソルタスとファゼルの間には関係はあったが、それはたいしたことではなかったはずだ。
「お二人はどのような関係だったのでしょうか?」
俺が感じた違和感を、ユリーシャも見逃しはしなかった。
「ファゼルさんには…1年程前に主人が館の改修工事を依頼しました。その際に、ふとしたことがきっかけで遠い親戚であったことが分かったと、主人が申しておりました」
遠い親戚か…これが突破口になるのかどうかは分からないが、有力情報と言ってもいいだろう。
「そのきっかけとは…何ですか?」
平静を装っているが、ユリーシャも少し声が上擦っているね。
「お守りです」
「お守り…ですか?」
てっきりネックレスだと思っていたぜ…。
「はい…実はそのお守りもなくなっていることが、後になって分かったのです」
どういうことだ?
「それは…アインラスクの魔法戦士に虚偽を述べたということでしょうか?」
話が話だけに、ユリーシャも言葉を選びながらナターリアさんに聞き返した。
「いえ…そのようなつもりは毛頭ございませんでした。お守りは金庫の中にしまわれていたのです。その金庫にはルアンザラーン商連合の日々の業務に支障をきたす書類などはありませんでしたし、主人以外は誰も金庫の開け方を知りませんでした。ですから、遺品の中でも後回しにしていたのです」
それでは仕方がないな…。
「あの事件の際にも金庫が暴かれた形跡はありませんでした。だから、てっきり大丈夫だと思い込んでいたのです。ですが、ずっと開かずの金庫で置いておく訳にもいきませんから…鍵師の方にお願いして開けてもらいました。その時にお守りがなくなっていることに気が付いたのです」
この事件の首謀者は、随分と狡猾なヤツのようだ。
「その金庫には、お守り以外には何も入っていませんでしたか?」
そこも重要なポイントだ。ソルタスしか開け方を知らなかった金庫…しかも、日々の業務に関係のあるものは入れてなかった金庫。いったい何をしまっていたんだ?
「主人が…色々と調べものをしていたのですが、その…資料が入っていました」
何とも要領を得ないな…。
「その資料とは何なのでしょうか?」
ユリーシャも当然、そこを聞く。だが、ここまでは淀みなく答えてくれていたナターリアさんが、口籠ってしまった。重要なことだけに、話してくれないとこちらも手段を選べなくなるんだが…。
「実は…ルアンザラーンという姓は買ったものなのです。本当の姓はエステルマギ。主人はザカリヤ・エステルマギの子孫なのです」
長い沈黙を破ってナターリアさんが語ってくれたことには、ちょっと驚かされたね。後でフェリシアさんに教えてやろう…間違いなく喜ぶぜ!
「あの事件を内密に済ませたかったのは…被害金額がたいした額ではなかったこともありますが、主人や子供達がザカリヤ・エステルマギの子孫であることが発覚することを恐れたからです。ザカリヤに着せられた反逆罪の汚名が晴れることはありませんでした。私達は決して未来を楽観してはならないのです」
いやいや…ザカリヤに着せられた罪はザカリヤ自身の問題だろう。子孫には関係ないはずだ。だが、ナターリアさんはそのように考えてはいないようだ…。
「あなた方がザカリヤ・エステルマギの子孫であるからといって、罪に問うようなことは致しません。それはこの私、ユリーシャ・リム・レガルディアのすべてをかけて誓いましょう」
これは言わば血の呪縛だ。その心情は、ユリーシャにだからこそ分かるのだろう。
「ありがとう…ございます」
ナターリアさんの声は震えている。
「先程のご質問の答えですが…ご存知のようにエステルマギの子孫はザカリヤの失脚に伴って、要職から追放されるという憂き目に遭いました。主人の祖父がルアンザラーン商会を興した時も、色々と苦労があったそうです…」
まさに栄枯盛衰ですね…。
「商会が軌道に乗り、やがて幾つかの商会を束ねた商連合へ発展した頃に、お祖父様は同じエステルマギの子孫のことを気にかけるようになりました。若かりし頃の自分と同じように困苦欠乏している者がいれば助けてやりたい…そのように考え、秘かにエステルマギの子孫の行方を調べるようになったのです。お守りと一緒に入っていたのは、それをまとめた資料です」
これは…かなり重要な資料になりそうだな。
「差し支えなければ…その資料と、それから金庫が置かれている部屋を見せていただけないでしょうか?」
「分かりました。こちらへどうぞ」
ユリーシャの要請を受け、ナターリアさんが立ち上がった。
思っていた以上に色々な話が聞けたな…まさに収穫ありだ。でも、俺達は欲張りなんでね…さらなる収穫のチャンスを逃したりしないぜ。例えるならばスッポンだ…食いついたら離さないスッポンになれ、ショウ!そんな訳の分からないことを考えつつ、俺達は部屋を後にした。




