魔剣の使い手
なんだ…これは?壁から床、そして天井からも光が失われていく…程なくして部屋は漆黒の闇に包まれた。何も見えない…身じろぎひとつできない。そんなことをして線を踏んだら大変なことになる。
何か…聞こえるな。ユリーシャか?微かにだが…ユリーシャの声が聞こえる。何を言っているのかは分からないが。と、漆黒の闇の中に小さな光が見えた。その光が俺に近付いてくる。
いや…違う。近付いてくるのは光、ではなく光る糸だ。光る糸は俺の体を回り込み、魔剣の方へ向かっていく。今度は魔剣を回り込み、俺の方へ向かってきた。糸が最初に見えた光に到達し、俺と魔剣を囲む楕円ができた。
再び光る糸が俺の方へ向かってくる。だが、糸の軌道は最初の軌道と同じではない。2周、3周…俺と魔剣を囲む楕円が増えていき、漆黒の闇が少しずつ光の糸で削り取られていく。
やがて光が闇を埋めつくし、その光る糸でできた繭の中に俺と魔剣だけがあった。繭から発せられる光が俺の中の深いところに入ってくるような…そんな不思議な感覚がある。まるで自分の心の中の奥底を覗き込まれているような気がする。
でも、嫌な感じはしない。お互いに決して明かしはしない秘密の約束をしているような…そんな感じだ。何かに導かれるようにして、俺は足を踏み出し歩み始めた。同じ距離を魔剣が動く。お互いを隔てていた空間はあっという間になくなった。
俺の前には魔剣があり、魔剣の前には俺がいる。迷うことなく俺は魔剣を掴んだ。すると俺の中から魔剣に何かが注ぎ込まれ、魔剣から何かが俺に入ってきた。
光が更に強くなる。もう、目を開けていられない。俺は魔剣を持っていない方の手で目を覆い、暴力的な光の奔流に必死で耐えた。
いつまで続くんだよ、これ!泣き言なんて言いたくないが、もう耐えられないと思ったその時、誰かの手が俺の手にそっと触れた。
「終わりましたよ。もう大丈夫です」
ユリーシャに促され、俺は恐る恐る目を開けた。すでに部屋には明かりが戻っていた。確かに儀式は終わっているようだった。
ふと足元を見ると…俺の足は魔法陣の線を思い切り踏んでいた。これ、大丈夫なのか?不安げにユリーシャを見ると、ユリーシャは俺を安心させるような穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「儀式は終わったので…もう大丈夫ですよ」
そうかそうか…それなら一安心だな。
「それにしても…不思議な形になりましたね」
なんのことだ?状況が飲み込めていない俺に、ユリーシャが話を続けた。
「魔剣ですよ」
言われて見ると、儀式が始まる前にはただの黒い棒だった魔剣は、日本刀のような形になっていた。
「どうして…こんなことに?」
驚きを隠せない俺に、ユリーシャが答えてくれた。
「魔剣がショウの心を読み、ショウにとって最も違和感のない形になったからです。でも、こんな剣になるとは思いませんでした」
元の世界で俺は時代劇にはまり、それ系の動画ばかりを見ていた時期があった。その影響かもしれないな。
「まあ…それは置いといてだな。この魔剣はどうやって使えばいいんだ?」
トリセツとかは無いのかな?
「魔剣のことは魔剣に聞いてください」
ユリーシャはクスクスと笑いながら言った。
「どうやって聞けばいいんだ?」
これは人間じゃなくて魔剣だぞ?当たり前のことだが耳がないぜ。
「心の中で聞いて下さい。それでちゃんと通じます」
なるほど。よくよく考えてみると、魔法なんてものがある世界なんだから…そりゃそうだよな。
「ありがとう。色々とやってみるよ」
「何か不具合がありましたら、遠慮なく言ってくださいね」
優しく微笑みながら俺なんかを気遣うユリーシャ、天使ですね。
「ああ、分かったよ」
再び3階の自室に戻り魔剣の使い方を…いや、その前にもう1つの用事を済ませておこう。俺は1階に下りて浴室へ向かい、脱ぎっ放しにしていたパジャマを回収した。
ヨレていてもう着ることはないと思うけど、放っておくのはマズいだろう。それに…これは俺にとって大事なものだ。今度こそすべての用事を済ませ、俺は自室に戻った。