失脚と残された謎
「ねえねえ、もういいでしょ?」
アマユキがこれ以上ないほどの笑顔をフェリシアさんに向けている。人の不幸は蜜の味ってヤツだ。フェリシアさんは仏頂面だけど。
「権勢をほしいままにしていたザカリヤさんですが、それでもその威光は少しずつ陰り始めていきます。そのきっかけとなったのが、遠方の村々や大陸から田畑を放棄した人達が、アインラスクへどんどんやってきたことでした」
経済的な豊かさを求める人々の農村から都市部への流入か…世界が変わってもこの種の問題は変わらないんだな。ザカリヤはこの問題をどうやって解決したんだ?
「その結果として多くの農村で耕作地が荒廃していきました。しかし、ザカリヤさんは特に何の対策もとりませんでした」
「なんで?」
さすがにこれには失望してしまう。
「多くの人が他の地域や大陸からやって来たとしても、それは一時的なものだと考えていたようですね。だから、移住に制限を掛けるようなことはしませんでした」
「でも、ほとんどの都市は移住にある程度の制限を掛けていたんだよ」
ザカリヤの取った手が、かなり異端だったことは間違いないようだ。
「た、確かにそうなのですが…ザカリヤさんは人が増えるとその分消費も増えるので、悪いことではないと考えていたみたいですね」
「でも、治安はすごく悪くなっていったんだよ」
そりゃそうなるだろうな…。
「そ、そうなんです…この頃はあばら家が立ち並ぶ地区があちこちにできて、そういう所の治安は特に悪かったようですね…」
所謂スラムの誕生だな。
「そうは言ってもザカリヤさんと軍との関係は良好でしたから、ザカリヤさんが要請するとすぐに軍の魔法戦士が動いてくれたみたいですね」
それでは問題の解決にならないだろう…。
「軍は何も言わなかったのか?」
いいように使われるのは不愉快だろうに。
「軍はアインラスクの市政に注文を付けたりしませんよ。それにザカリヤさんが活躍した時代は大レガルディア連邦の後期なので、アインラスクのように治安の悪い街からの出動要請は、むしろ歓迎だったみたいですね」
確かにあの時代は軍があまり必要とされなかった時代かもしれない。でも、そういうことじゃあないだろうと思うのだ。うまく言えないけどさ。
「ザカリヤさんを取り巻く環境はさらに悪くなっていきます。それが高齢となっていたイブファレス国王の退位です」
最大の後ろ楯を失ったのは痛いね…。
「新しく王位に就いたオストルガンク王ともそれほど悪い関係ではなかったようですが、そこには隙間風が吹いていたようですね…」
「隙間風も時々いい仕事をしてくれるよね!」
アマユキの感覚はさすがによく分からんが、言いたいことはよく分かるぞ。
「…そして、ザカリヤさんにとって致命的な出来事が起きます。それが先王イブファレスの死去です」
フェリシアさんはますます仏頂面だ。その気持ちもよく分かる。
「お父さんが生きてる間はちょっと遠慮してた部分があるんだけど、亡くなってからオストルガンク王は自分の色を出し始めたんだよ」
先代の否定はよくある話だが、かなり気を使っていたようだな。
「その色がザカリヤさんを反逆罪で逮捕することでした。オストルガンク王は内密にザカリヤさんのことを調べていて、賄賂として受け取った莫大なお金の行方が分からなくなっていることを突き止めていたのです」
何やらきな臭くなってきたね。
「5兆リガもの大金が分からなくなっていたんだよ!」
ごちょ!ったく…どこの国家予算だよ。物事には限度ってものがあるだろうに。
「それは…証拠があるのか?」
額が額だけに、俄には信じられんぞ。
「なあに?フェリシアの言うことは信じるのに、私の言うことは信じないの?」
「そういう訳じゃねえよ…」
アマユキのいちゃもんには閉口してしまうぜ。
「帳簿がありました。ザカリヤさんもその帳簿の作成に関わっていたことを認めたので、間違いないですね」
完全にアウトってことか…。
「ただ、ザカリヤさんはそのお金の管理をすべて部下のキアラマリアさんに任せていました。そして、彼女はザカリヤさんが逮捕された日に忽然と姿を消してしまったのです」
「…ってことは、カネのありかもその女が?」
とんでもない女がいたもんだ。
「たぶん、そうでしょうね。すぐにオストルガンク王はキアラマリアさんの捜索を命じました。レガルディアだけでなく、大陸でも徹底的な捜索が行われましたが、その行方はまったく分かりませんでした」
協力者がいたのかもしれないが、そこまでやっても見つからないとはね…どうなってんだ?
「結局、お金の行方も分からずじまいなんだよ」
「そうなんです…それはザカリヤさんにも分からないことでした」
ザカリヤはキアラマリアのマリオネットだったってことか…。
「その後のザカリヤさんは、エルザスレーン城に無数にある塔の一つに移送され、終生をそこで過ごすことになりました。それほど酷い扱いは受けていなかったようですが、面会は厳しく制限されていたみたいですね」
地下牢に放り込まなかったのは、オストルガンクの情けだったのかもしれない。
「反逆罪で逮捕されてから5年後、ザカリヤさんは家族の身を案じながら亡くなりました。オストルガンク王はザカリヤさんの願いを聞き遂げ、故郷のウォルライエの村にお墓を造り、手厚く葬ったそうですよ」
ザカリヤ・エステルマギという人物は、どちらかと言えば悪いイメージが強いが、立派なこともたくさんやっている人なんだな。それが分かっただけでもフェリシアさんの話を聞いた甲斐があったというものだ。しかし、腑に落ちないこともある。
「アマユキは何でザカリヤのことが嫌いなんだ?」
長い付き合いという訳ではないが、アマユキが聡明な女の子なのは確かだ。そんな娘が妙に偏った評価をしている…そこには何か理由があるはずだ。
「別に嫌いじゃないよ。ただ、私がこの話をフェリシアから聞かされるのはこれで25回目だから…いい加減うんざりもしちゃうわよ」
わざわざ数える方もアレだが、そんなに話していたのか…さすがに引いてしまった俺に、フェリシアさんが必死の弁解をする。
「ご、誤解している人が多いみたいだから…そこは、ねっ?」
まあ…普段のフェリシアさんは色々と気苦労が多いようだし、その原因の一端は間違いなくアマユキにある。ならば、それくらいは仕方ないか…。
そんなことを考えながら町長宅を見やると、ユリーシャとカレン、それからティアリスがこちらに向かって歩いて来るところだった。どうやら自由時間もここまでのようだ。カルケーストのブルーチーズとソーセージ、ちょっと見てみたかったんだけどな…帰りに見ることにしよう。さあ、アインラスクへ出発だ。
 




