ヒツジを使って町おこし
「ところで…ショウ君はザカリヤさんってどんな人だと思ってますかぁ?」
フェリシアさんが目をキラキラさせながら迫ってきた。
「どんな人って…」
これにはさすがに言い淀んでしまう。俺の知っているザカリヤは、あまりいいイメージじゃないからな。
「賄賂をもらって私腹を肥やしまくった金権政治家野郎」
フェリシアさんにはあまり気を使わないアマユキが、はっきりと言ってしまった。でも、俺が知っているザカリヤ・エステルマギもそんな感じだ。
「そうなんです。確かにそういう一面もあります…でも、いいこともしているのですよ。例えば、カルケーストにおける特産品の開発です」
巷の評価を受け入れた上で、フェリシアさんは得意気に言った。
「どんなものを作ったんだ?」
特産品なんて、一朝一夕に作れるものではないだろう。
「最も評価されているのがヒツジのミルクを使ったチーズです。ザカリヤさんが生まれ育ったウォルライエの村の近くには洞窟がいくつもあって、子供の時にそこへヒツジのミルクで作ったチーズを置きっぱなしにしておくとどうなるんだろう?という実験をしていたみたいですね」
ウォルライエの村は、石灰岩でできた崖の麓に造られた村だ。だから、ザカリヤにとって洞窟は身近なものだったのかもしれない。でも、よくそんなことを思い付いたな…。
「そしたらチーズに青カビが付いて、これまでよりずっと美味しいチーズができちゃいました」
ブルーチーズか…印象的な見た目と風味がクセになるチーズだね。人によって好みは分かれるが、俺はイケる派だ。
「なかなかやるじゃないか」
たいしたもんだぜ。
「でも、これは後世の作り話ではないか…とも言われています。と言うのもザカリヤさんの子供の頃の日記に、洞窟にチーズを置き忘れてしまった…という記述があるからです」
おっちょこちょいな一面もあったんだな。
「一方で日記には実験の記録も残されています。だから、きっかけは置き忘れだったのかもしれませんが、その後に様々な実験を行っていたことは間違いないみたいですね」
デキる人は違いますね。
「このチーズをたくさん作るために、これまでは細々と行われていたヒツジの放牧を大々的にするようになりました」
「そうすると美味しいラム肉がいっぱい食べられるようになるね!」
アマユキはチーズよりも肉派のようだ。
「柔らかくてジューシーなラムチョップは最高だよね!」
どうやらフェリシアさんも、ラムチョップは大好きみたいだ。
「俺もラムチョップは好きだぜ。脂ののりがいいよな!」
ようやく3人の意見が合ったね。
「えーっとですね…ウォルライエの村の周りは石灰岩のやせた大地なのです」
ラムチョップに目をキラキラさせていたフェリシアさんだが、我に返るとウォルライエの村の話を続けた。
「だから、作物はほとんど穫れません。それでヒツジの放牧が行われていたのですが、大規模なヒツジの放牧を行うには牧草が足りませんでした。しばらくは稲わらを飼料として与えることになりましたが、それでも十分な量ではなかったのです…」
アマユキはニヤニヤしている…お前らホントに仲がいいな!
「そこで注目したのがクズです。クズは生長が早く、地面に触れるとそこから根を出しちゃいます。そして、別の株として生長していくのです」
「繁殖力がやばいな…」
どうりで緑の砂漠になるはずだぜ。
「そうなんです。繁殖力がとっても強い植物なのです。でも、その葉はヒツジにとってはご馳走なんですよ。ザカリヤさんは子供の頃にヒツジやヤギを使って雑草の除草をする仕事をしていたので、そのことをよく知っていたんでしょうね」
これまでの経験を上手く活かしているね。
「それから、ザカリヤさんが目をつけたのはヒツジのミルクとラム肉だけではないですよ。あと一つ、大事なものがありますよね?」
「羊毛だな」
それくらいは素人の俺でも分かるさ。
「そうです。では、その羊毛をどうしますか?」
「どうするって…服や毛布にするんじゃないの?」
それ以外にどう使えばいいんだ?
「そう考えるのがショウ君の浅はかなところですねぇ~、フフフ…」
ほほう…ならば見せてもらおうか、画期的な羊毛の使い方とやらを!
「羊毛をウシの糞や生ゴミ、お米のとぎ汁などと混ぜて発酵させ、肥料にしたのです。この肥料はライール川の北に広がる穀倉地帯で使われていますよ」
羊毛にそんな使い方があったとはな…これは驚きだぜ。
「ヒツジのミルクを使ったチーズやラム肉を使ったソーセージなどの加工品、羊毛を利用した肥料…ザカリヤさんが町長だった時代のカルケーストは、レガルディアに更なる発展をもたらしちゃいました!」
なるほどね…銅像を建てられるのも納得だ。ザカリヤ・エステルマギという人の見方が変わってきたな。
「今ではヒツジのミルクだけではなく、ヤギのミルクや牛乳を使ったチーズも作られているのですよ」
もちろん、作られているのはチーズだけではない。ザカリヤの遺志はしっかりと受け継がれているのだ。
「そして、ザカリヤさんはカルケーストでの功績が認められ、アインラスクの市長へ抜擢されたのです」
カルケーストの町長で終わっておけば良かったのになぁ…。
 




